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怪談の学校  作者: runa
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クラスマッチ前後譚~間奏~

クラスマッチ編、終息まであと一歩……(´-ω-`)



 *


「そもそも神酒を探し出すことすら、相応の運が必要だろうに……君ときたら。そんなとこに只でさえ少ない運を使い果たして、今後どう生き延びていくつもり?」

「モッ君。あまりに指摘が的確過ぎて、もう何も返せないのだけれど」

「そうだろうね」

「…………」


 モッ君、ここに来て真顔である。

 寧ろそこは、憐れみのほうがまだ良い気がする。

 助けを求め、周囲に目を遣るも。その結果は言うまでもない。まぁ、十中八九ほぼ同じ状況に会いまみえることとなるね。蛍さんにしても、四隅君にしても……気遣いの視線が逆に痛い。うん、分かっているつもりだ。この六日間、心配を掛け続けた側としては甘んじて受ける他ないのだろう。


 旅に出たいなぁ、と再三に渡って呟きながら(内心)いざ、思いがけず壮大な旅路を終えて帰還した今日この日。やっとのことで帰って来たまでは良いのだけれど……。

 何だろうね、色々と山積されたものを思うと、我ながら懲りずに思ってしまうのだ。

 ――――あぁ、旅に出たい。

 あと、補足がてらもう一つ付け足しておこうかな。主に、自分の心の平安の為に。

 うん、狐火が奇麗だなぁ。夕明かりに混じり合ってこの世のものとも思えないよ。


「……狐火に逃避しないで。時間の無駄でしかないよ。こうして戻って来た以上、君は向き合わざるを得ないんだろう?」

「君には敵わないね、モッ君」

「それはどちらかと言えば、僕のセリフなんだけどね」


 仮にもフクロウでしたよね、と。そう確認したくなるほどに長々と。それはもう、深々と。モッ君は恒例になりつつある溜息を零し、諦観に満ちた双眸を合わせて言う。


「それで? 新酒の神酒を得た君は、神の復興をしたんだね。結果、歪みを潜り抜けて体育倉庫へ六日ぶりの帰還を果たしたと」

「見事な要約だね、モッ君。まあ、大凡はその認識で間違っていないよ」


 一つ結びにした髪を、夕風に揺らしながら空を仰ぎ見た少女。

 耳に響く、開会の合図と。まるでそれに被さるように、遠方から響いてくる楽の音のようなそれ。重なる二つの音を拾い上げながら。

 ここに来てようやく、意思も定まったのだろう。

 普段以上に、その透明度がぐっと増した。

 当人以外はそれに気付いたのか、思わず目を交わし合う。そして風狸青年が、思わずと言った風にして少女へ声を掛けようとした間際。


 ふわり、と少女の視界に入ってきた――――濡れ羽色。美しい鈴の音の声が周囲に満ちていた喧騒を、瞬く間に静寂に変えてゆく。


「御機嫌よう、心太の君。長らくそのお顔を見られず、とても寂しい日々を送っていましたのよ……? けれども、無事に戻られて何よりですわ」

「こんばんは、五月の姫君。長らく顔をお見せ出来ずに申し訳無いことをしました。何しろ……ええ、不測の事態が起こりまして。今日まで帰る目途が付かなかったものですから」

「まぁ、不測の事態? それは一体どのようなものだったのかしら。差し支えなければ、是非聞かせて頂きたいわ」


 椿の扇で口許を覆いながら、艶めいた声でそう囁く。

 いつしか、すぐ傍まで身を寄せられていた。潮の香りを纏う、海神の末姫。その身のこなしは、相変わらず優雅で隙がない。

 双眸に宿る愉しげな色と、脳裏を掠める一陣の風。それに僅かに混じっていた、香。

 それは同じ潮の香だ。

 やはり、という思いから。期せずして確かめられた結果に、思いがけず緩んだ口許をくしゃみで誤魔化しておく。

 しかしそれには、色々と厳しいものがあったようだ。

 実際、今日はまだ石化せずに持ちこたえているモッ君。少しは耐性もついてきたのだろう。そんな彼から、もれなく既知感を覚える視線を受けることになった。

 少しは大目に見てね、モッ君。早くも心が折れそうです。こう見えて、確実に疲れは蓄積しているんですよ。馬鹿にならない六日間でした。

 そんな内心を漏れなく包み隠し、平静を装う自分。それはもう、涙ぐましい。


「……失礼。ええ、是非聞いて頂きたいところです。五月の姫君、他でもない貴女に語るためにあった六日間でしたから。ただし、少し猶予を頂けますか?」

「――――それは、どうして?」


 珍しく、虚を突かれたような色を過らせた水底の双眸。やや間を置いて、低められて問いかけられた。

 それに一つ頷き、少女は厳かな調子でこう告げる。


「クラスマッチが始まったばかりですからね。お互いの競技に一段落ついたところで、観戦がてら話をしていきたいと思うのです。……いかがでしょう?」

「……っふ、ふふ。面白い方。本当に貴女は、私の期待を裏切らない方。……宜しくてよ。ちなみに貴女はどの競技に出場されるの?」

「塩レースですよ」

「……まぁ」


 何て気の毒な、と言わんばかりの双眸の色に再来する、複雑な心境。

 以前から気付いてはいたものの、まるで罰ゲームそのものが如く、一様に微妙な目を向けられる度に思うのだ。

 いや、そもそもね。そんな悲惨なものを見るような目を向けられるほどの競技を提言したのは一体誰だと。その疑念がいよいよ限界を迎えようとしている今日この頃。


「では、後ほど」

「愉しみにしていますわ」


 優雅に身を翻し、組ごとの列へ戻っていく美しい背。同じジャージ姿なのに、どうしてこうも違うのかな。溢れ出るオーラがそうさせるのか。そうなのか。


「――――呆けている暇はないと思うけど」

「うん。今回は雲海も引き連れてはいないようだからね……」


 そこまで言い差して、上空の飛影に手を振る。

 さあ、とうとうやって参りました。六日ぶりの家族の再会劇である。クラスマッチの最中ではあるものの、理事長――夕立叔母様をはじめとした教師陣は、黙認の姿勢をあくまで崩さない。

 オカルト学園、雲海騒動にも透けて見えるように、保護者乱入にも割と寛容である。見様によってはモンスターペアレント云々称されても否定できないと思うのだが、そこは柔軟な対応を選択するらしい。平穏重視。まさにそんな校風が窺える。

 それはさておき。

 予め状況を予見していたであろう風狸青年の采配で、周囲には十分なスペースが設けられていた。モッ君、瓢箪君と並んで気配りの出来る怪異。それが風狸青年である。

 そして絶句する怪たちが大半を占める中へ、躊躇う様子もなく、緩やかにとぐろを巻きながら降臨した龍。

 一瞬にして清浄な山間の空気が、沼臭い校庭を吹きわたる。

 銀色の鱗が次第にその輪郭を変えていく最中にも、その背から降りて駆け寄ってくる凪伯母様。涙目と言うより、もう泣いている。少しの隙間もなく、ぎゅっと抱き寄せられた抱擁に申し訳ない思いで一杯になる。

 おそらく、相当に心配を掛けたに違いなかった。


「……伯母様。心配を掛けて、御免なさい」

「……無事で、良かった。本当に。六日も、辛かったでしょう……?」

「いいえ、何より一人ではありませんでしたから」


 そこまで言って、凪伯母さまの後ろに、母と鶯伯父さまの姿を垣間見る。一様に安堵の表情を浮かべている二人に、抱きしめられたままの状態で小さく手を振った。

 さて、ここで終われば全ては平穏事もなし。

 とは言え、本題はここからだ。

 銀の鱗は掻き消えて、ゆったりとした歩みで傍まで来ている祖父。その人の、一見すると穏やかな表情をそのまま捉えてはいけない。嵐の前の静けさ、と言う言葉は恐らくこういう時のためにあるのだ。


「本当に、心配しましたよ」

「申し訳ありません、おじい様。今回のことは……」

「いいえ、貴女の責任ではありません。安心しなさい。責任の所在に関しては『日和』の名のもとに、私自ら動くつもりでいます」


 いいえ、おじい様。寧ろそれに安心を覚えろと言う方が無理な話ですよ。

 正直にそれを口にすることが、出来る筈も無く。


「おじい様、僭越ながら申し上げます。今回のことは自分にも非が無いとは言えません」

「だから、前回のように慈悲を求めている。……ええ。貴女の優しさは十分に承知していますよ。けれども、今回は駄目です。『日和』を束ねるモノとして、それに連なる姫を害したモノへ咎めを与えないという選択肢はありません。それに……」


 ――――私の目を、誤魔化せると思いましたか?


 ぞわり、と周囲に立ち込めた殺気混じりの威圧。問い掛ける必要はない。言いたいことは明らかだ。バレている。これは完全に見通されている。

 表情を変えないことに、この時ほど苦労した記憶は無い。

 岩間落ちした時の傷。

 これは、既に完治している。

 それは周防様にもお墨付きを頂いていることからも、明らかな事実だ。それでも微かに、目を凝らせばという程度に跡は残っているものの。いや、普通は気付かない。

 高を括っていたと言われれば、それまでだ。

 けれどもそれを一目で見抜いた眼力に、祖父とはいえ「恐ろしい……」と内心でひたすらに呟いていたのも無理はないと思う。


 ああ、平穏が崩れ落ちていく音がする。

 これを幻聴として片付けるには、色々と無理がある。

 周囲の蒼白。静まり返った大蝦蟇たち。ひらりひらりと漂っていた狐火さえも、上空へ避難している有様だ。

 最早救いは見えない。まさにクラスマッチの再開すら、危ぶまれたその時であった。


「……相変わらず、血縁至上主義は変わらぬと見える。久しいね、龍王の翁」


 そんな凍り付いたような沈黙さえ、ものともせずに言い紡ぐただ一人。

 今尚、最盛期の神力には遠く及ばないと言ってはいたものの、そこはやはり神と言うべきか。


「……緑麗。睡眠過多でとうに消滅したかと思っていましたが」

「変わらないね、その物言いも。身内以外には少しも興味を割かない在り方に、文句を言うつもりはまるでないが。しかし大概にせぬと次第に親しみも畏怖に変わろうぞ?」

「……部外者は引っ込んでてもらえますか」

「ふふ、懐かしい切り返しだ」


 祖父の遠慮も容赦もまるでない物言いにさえ、言葉通りに懐かしそうな……どこかしみじみとした様子を覗かせる緑麗神。

 それに次第に毒気を抜かれたのか、はたまた単純に相手をすることが馬鹿馬鹿しくなったのか。恐らく後者の理由から、立ち込めていた祖父の怒りの『気』が一気に和らいだ。

 思いがけない恩恵である。

 非常に失礼なことは承知の上で、敢えて思う。――うん、この神の再興に手を貸して初めて良かった。

 心の底から、そう実感できたよ。


「全く、退屈せぬな。世の中も。……日和の末、そろそろクラスマッチとやらを再開したらどうだろうか? この調子では夜が明けてしまうぞ?」


 どこか脱力したような祖父を背に、振り返った緑麗神――その声を皮切りに、ようやく周囲の音が戻ってくる。


 確実に和らいだ空気を確認し、ようやく微笑んだ少女は平穏を辛うじて繋ぎ止めてくれた神に感謝の気持ちを込めて告げる。


「そうですね、夜が明ける前にクラスマッチを始めましょう」


 石化したモッ君を、ポンポンと叩きつつ。周囲に悟られぬ程度の深呼吸。

 さあ、本番はこれからだ。


ここまでお読み頂いている方々へ、改めて感謝の気持ちをお伝えしつつ。


次回、幕引きとなります。

亀の如き歩みですが、見届けて頂ければ幸いです。



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