クラスマッチ前後譚~神様にとっての栄養素は、バランスよりも好物云々が重要らしい*中編~
ようやく纏まりました、神酒探し編をお届けします<(_ _*)>
*
まずは、問題点を整理しよう。
東西南北は分かっても、どちらへ進めばいいのかが分からない。
完全な迷子に残された道は、基本的に一択しかない。
要するにそれは、にべもない言い方に置き換えると四文字に集約される。
『他力本願』
動かずに、他者の救助を待つこと。時に有効的な手段として一般に認知されているものの一つ。ある程度土地勘のある場所、もしくは地図を手に歩き回れる状況下を除いては次善の策といっても過言ではない。
「――少なくとも自分はそう思うが、君はどう思う?」
外套を一旦脱いで、泥だらけになったそれを勢いよくバタバタと払った後。
ひとまず、見える範囲で一番高い木の根元で考えを纏めていた最中。
ふと、視界に入り込んできたのは赤毛のリスだった。
大様にして、物語の中でメルヘンの象徴として描かれているそれである。
ふむ。日本のリスは灰色が多数を占めていると思ったがその限りではなかったらしい。
そんな感慨を胸に、思わず孤独に耐えかねて発したのが先の言葉だった。
勿論、返ってくるはずのない問い掛け。
実際、聞いているのかいないのか首を傾げたままでこちらを見下ろしてくる赤毛である。
どうやら警戒心よりも、好奇心が優っているらしい。
見方によっては、非常に律儀に見えなくもない。耳を澄ませて、じっと枝に留まっている。
「ここが何処なのか、君に教えてもらえたら嬉しいのだが……そうもいくまいね」
苦笑を滲ませつつ、伸びをした少女。
一瞬視線を外している間に、どうやら赤毛は木の上に駆け上ってしまったようだった。
もはや姿形もない。
やれやれ、何か他に居場所を伝える手段が自分にあれば。と。
自嘲しながらも、幹に凭れ掛かってまずは深呼吸をする。
息を整え、思考を冷静に置き換えること。
何よりも、信頼ありきの今の自分がどれだけ幸運か。
改めて、それを思う。痛感もする。
だからこそ、震える手足も辛うじて留められる。
自分の状況を把握した上で、一番確実に合流できる策を思索できる。
それが何よりも、今の自分にとっての強みだと理解していた。
「さて、まずは……」
その場を、動かずに調べられる手段。
その地点から、動かない。――――つまり、高低差なら辛うじて許容できる範囲だろうか。
少女は閉じていた眼を開いて、視線を少しずつ上げていく。
針葉樹の、天辺。その高みからならば、周囲を見渡すことも可能だろう。
しかし、それにしてもである。
広葉樹と比べて、この登りにくさ満点の壮大な枝ぶり。
端的に言おう。
眩暈がする。
身一つで登るには、難易度が上級過ぎるだろう。
逡巡すること、暫く。
――為せば成る。為さねば為らぬ。何事もそうだろう。
――とはいえ、もしもの落下時に再びあの外套頼りになってしまうのも考えものだ。
メリットとデメリット、双方が脳裏を駆け巡る。
しかし、遠からず結論は出ただろう。
そう。逡巡の最中に、空気も読まずに上から落ちてきた声さえ無かったならば。
「登るのかい? 十中八九落ちるだろうから、お勧めはしないぜ」
「いや、それを悩んでいる最中――――」
はた、と我に返って思考を中断したまま樹上を仰いだ少女。
少女の視線の先には、今まで見たこともないような見事な毛並みをした猿が一匹。
それは、まさに。
「夕焼けのように、見事な赤毛だね」
「お褒めに預かり、光栄だ。ところで嬢ちゃん、迷っているんだと?」
「……まるで聞いてきたような口ぶりだね」
「まあ、こいつから聞いたからな」
こいつ、と指した肩の上。
よくよく目を凝らせば、円らな双眸。両者ともに赤毛なので一体感が半端ないのだ。
ここでようやく、あの『赤毛』だと分かった。
「……さっきのリス君。そうか……あの一人語りも、無駄ではなかったね」
有難う、リス君と。被っていた外套を脱いでその場でお礼を言う。
特別返答はなかったものの、何やら代弁してくれたらしい赤毛の猿が樹上から口を開いた。
「自分の性別は雌だから、その認識は改めて欲しいと言ってるぜ。それと、お礼については先に住まうモノとして当然のことをしたまでだとさ。あんたは運がいい。こいつはリスの中では毛色が違う。他のリスだったら、わざわざ伝えにまで来なかっただろう」
「……誤りについては謝罪を。確かに、とても奇麗な毛色をしているね」
「いや、毛色云々はそういう意味で言った訳じゃないんだが……まあいいか。まずは、確認がてら質問に答えてくれ」
この状況で、否やもない。
構わないと頷いた少女であった。
しかし結果としては、想像していたよりもはるか斜めの問い掛けが落ちてくる。
一瞬尋ね返そうかと真剣に悩んだほどだ。
「黄玉の蜜、山垂の青明、睡緑の一滴。――――どれか一つでも、聞き覚えは?」
謎掛けの一種かと、瞬きを繰り返すこと暫し。
自分が持ちうる記憶の隅から隅まで、当てどもなく探ってはみたものの。
まあ、実際のところは欠片ほども掠めもしないのである。
遭難して、ようやく会話の通じる何かと出遭えたと思えば。
次の瞬間には、悲しい現実を突きつけられるのだから。
うん、現実の無情さには際限がないのだろう。身に染みて感じられるよ。
「いや。お役に立てなくて、申し訳ない……」
「そうかい。まぁ、そんなに肩を落とすな嬢ちゃん。駄目元で聞いたのに加え、実は試させてもらった。――――やっぱりあんた、運がいい」
ガサガサと樹上の葉をかき分けて、身軽に飛び降りて来た赤毛の猿。
それと同時に、彼の肩に一体化していたリスさん(雌)がチチチ、と警戒音なのかそれ以外なのか判断のしようがない声を立てつつ膝の上に乗って来る。
膝のりリス……なんだか噛みそうだ。
「試すとは?」
「こんな辺境にあんたみたいな嬢ちゃんが一人彷徨い歩いているってのも、なかなか妙な状況だからな。この辺は知る者が知る『神酒』の採取地でね。時々、根こそぎ酒を酒瓶に詰めて帰ろうとする馬鹿が湧くもんで、一応定期的に見て回ってんだ。――さっきの三銘柄に反応するかしないかで、大体見分けられるのさ」
「ほぅ……なるほど。合理的だね」
つまり、番人みたいなものだろう。
いずれにせよ遭遇することになるだろう、と緑麗神が言っていた通りの状況をこうも早くに迎えている現状。
災い転じて福となす、とは正にこの現状を指すのだろう。
「……で、嬢ちゃんはどうしてこんな辺境に迷い込んだんだ?」
「それについて説明する前に、とある神からの伝言をあなた宛てに預かっています」
「嬢ちゃん……神の御使いか? それにしちゃあ、色々手際が悪いようだが」
「余計なお世話です。これが常態です。そして神の御使いは臨時仕様なので悪しからず。普段は怪談学園の一生徒ですから」
「……すまん、何だかよく分からなくなってきた。とりあえず、伝言から聞かせてくれるか?」
そうでしょう。説明している当人が、このややこしい現状を何処から何処まで言葉を尽くして語ればいいものか分からないくらいなのですから。
心から、貴方に賛同したい。
何だかよく分からないね、うん。本当に。
ひとまず、伝言から伝えて『協力』を得るまでの流れに持って行けるかは自分次第。
分かっているのは、それくらいだからね。
「緑麗より、神酒の守り手に向けて。眠気も吹き飛ぶような、極上の神酒を求む。尚、この神酒の半分の権利を譲渡する代わりに、社の再興に手を貸してもらいたい――とのことですが、如何でしょう。猩猩さん?」
「チチチ」
「…………一体いつから。おいおい……ちょっと、待った。整理する時間をくれ。谷を追われてこの方、ずっとあれは惰眠に興じて来たと聞いていたんだがなぁ――――はぁ。そうか、とうとう目を覚ましたか」
口を開くまでの、一連の流れがその察して余りある心情を如実に表していた。
絶句し、放心に近い表情。割と見慣れてはいるものの、それを自覚した自分にささやかなダメージを挟みつつ。それはさておき。
暫く頭を抱えて沈黙していたが、合間に上がったリスさんの『ちょっと、いつまでそのままでいる気?』と言わんばかりの可愛らしい声掛け。
覚醒せざるを得なかったのだろう。のろのろと顔を上げ、諦観の滲む声でその内心を吐露する。
それを聞き終えた自分に出来ることといえば、ひとまず謝罪するしかない。
「緑麗神が起床されたのは、一昨日の夕暮れですよ。起床の挨拶をしたのは私です。なので、文句は余さず受付けますが……」
「儂の名前を知っていることと言い、嬢ちゃん。あんたもそれなりに面倒な怪異筋とみたが、どうだい。合ってるかい?」
「その読みは、非常に的確なものであるとだけ伝えておきます」
「はは……やっぱりなぁ。因果なものだ。それも怪異であれば仕方ないか」
「チチチ」
まるで同意するかのような、絶妙のタイミングでリスさんが鳴く。
あまり深く考えたくないものの、もしやこの膝の上の彼女も怪異に含まれるのだろうか。
限りある脳内知識をパラパラと捲りつつ、首を傾げるしかない。
当人に(とはいっても、おそらく猩猩氏を通訳にして)聞けば一発であろうが、今はその時ではないと全力で自分を騙しつつ。
要するに、先送り。これ以上の問題は御免被る。そんな少女の内心事情。
意図したところではなかったものの、結果的に首尾よく『神酒の守り手』に邂逅出来ただけ、斜面を転がったことに意味はあったのだろう。
歪みを肯定するものではないが、物事には総じてメリットとデメリットが生じる。今回の場合は、この歪みから来るメリットが上手く働いたということだろうか。
「……まぁ、いい加減に潮時だったんだろうな。神も眠り過ぎれば、存在を忘れられてゆく。過去には眠りから覚めず、消滅した神もいると聞く。その点では、あれの運もまだ尽きてはいなかったんだろうさ。嬢ちゃん、あんたの声が無ければ『緑麗』は絶えていただろう。思えばあれとも長い付き合いだ。面倒なのは否定しないが、それでもあれの恩恵を受ける怪として、嬢ちゃんに文句を言うつもりはない。むしろ感謝を言わんとな」
「そう言ってもらえて、何より」
若干苦いものを混じらせつつも、その言葉に嘘は無いと思った。
だからこそ、少女はそれに対して素直に笑う。
色々と、内心で呟いているのは自分も同じだ。ただ、それでもあの神に消えてもらいたいとは思わない。再興が可能なら、それに助力を惜しもうとも思わないのだ。
「……貴女も、協力してくれるのかな?」
「チチチ」
「有難う、助かります」
「チチ」
前半は『勿論』、後半は『気にするな』といった雰囲気だろうか。
おそらく前足を使い、懐のあたりを引っ張られて視線を下ろしたところに期待に満ちた眼差しを見た。
流れから予想して問い掛けると、どうやら間違ってはいなかったらしい。
任せておけと言わんばかりに、ふわふわの胸毛を前に反らせている。
可愛いな、リス。よしよし、と毛並みを撫でてみる。嫌がる素振りは無いので、取り敢えず思う存分撫でておく。可能な時に癒しを得ておかないと、後々後悔するのは自分だ。
「……嬢ちゃん、本当にあんた何者だよ。いや、いい。答えんでいいから。独り言だぜ」
何が所以か。
奇異のまなざしを受けつつも、その理由を口にするつもりは全くないと言わんばかりの表情にこちらとしては首を傾げる他ない。
「緑麗からの久方ぶりの頼みとあれば、仕方あるまい。嬢ちゃん、あんたの神酒探しに手を貸そう。ただし、一つ条件をこちらからも追加させて欲しい。一応、神酒の守り手からの追加条件という形になるが、いいか?」
「どのような条件でしょう?」
「……そこで安易に頷かない冷静さは、気に入った。嬢ちゃん、追加条件は――」
――――もし、三銘柄の内で二つ以上を自分が先に見つけた場合は、取り分を半分では無く三分の二へ変更してもらいたい。また、万一これの逆になった場合は、神酒は半分。社の再興には無償で手を貸そう。
「……猿知恵というよりかは、狐のそれに近しいような気がする」
「チチチ」
「同意してくれるのかい?」
「チチチ」
神酒探しを始めるにあたり、猩猩氏から追加条件として加えられたそれを思い返しながら、深森を進む。その肩には、赤毛のリス。
彼女は自分に協力してくれるらしい。これは素直に有り難いことで、森を往く間も方向を示してくれる。迷う心配がなくなった分、ようやく『神酒探し』に本腰を入れて取り組むことも出来るというものだ。
しかし、それにしてもである。
勝っても負けてもあちらに損は生じない提案をさらっと放り込んでくるあたり、何とも抜け目が無い。
単に賭け好きかと言えば、条件もシビアでないあたり……正直判断に迷うところだ。
「どちらかと言えば、賭けというよりか遊戯の感覚に近いのだろうね」
「チチチ」
曖昧なところで、ひとまず思考を据え置く。
今は、猩猩氏の性格についての考察よりも優先して考えなければならないことがある。
「探す目安は――薫り、一帯の木々の密集具合、地面の色の三つだったね?」
「チチチ」
その通り、と言わんばかりの赤毛リスさんの声を受けて改めて眼下を見渡す。
一旦森を抜け、岩場の一際高い場所を探して登った現在。
深い谷間と緑深い西の尾根――その稜線がくっきりと晴れ渡った空の下では一望できた。
見渡す限り、様々な木々が生い茂っている。季節は初夏に差し掛かろうかと言うところ。まさに夏山といった景観は、見事の二文字に尽きる。
「密集具合……素人目には、どこも適度に密集しているように見えるけれどね」
「チチッ」
まだまだ甘いな、と言わんばかりの軽快な赤毛リスさんの声に導かれるようにして自然と視線は岩場を下った先へ向く。
若葉が目にも鮮やかな深緑の一帯が、濃い緑の中に囲まれるようにあった。
これは若しかすると、である。
「……とりあえず、あそこまで降りてみようか」
「チチチ」
少女と赤毛のリスが、こうして神酒探しに奔走する最中。
その場所から北の方角へ少し進んだ先、苔生した谷間の上空にようやく一つの羽音が到達しようとしていた。
「――――狂相持ち、か。まさかここまで厄介なものだとは思わなかったよ」
上空を飛行する黒い青年。
彼は今にも舌打ちを零しそうな、切迫した表情を隠さない。
高麗と共に領域を分け、木々の合間を、目を凝らすようにして飛び続けている。
大気は未だに掴み切れず、いつ落下してもおかしくはない状況は変わっていない。
それでも、飛ばないという選択肢は無かった。
宵闇が訪れていない時間帯。真昼の空の下。本来の能が顕現できない彼にとってはこの上なく歯痒い。
とは言え、日が落ちた山中での捜索は少女にとっては危険と隣り合わせとなる。
いずれにしても、悪条件と言って間違いではなかった。
彼が宵宮邸を出る際、当主夫妻から直々に知らされていたことがある。
嘗て行われた代替わり『黄昏の改変』。その発起となった日和の先代当主及び一族総和の意思。それは詰まるところ、孫娘に対する周囲の悪評と謂れのない風聞。それに対する隔絶を意図したものであったと。
予てより、日和は『血縁至上主義』として周知されて来た稀なる一族であり。『天候』を司る至高の血筋として、比類ない能を併せ持つ。
その怒りを買ったものは例外なく破滅の道を辿るとされており、代替わりを終え、現在に至るまで日和の名に畏敬の念を持つものはそれこそ数限りない。
そんな日和から、座を継いだ夜目。
しかし、その家格はけして比べられるようなものではない。
影響を及ぼせる範囲は勿論のこと、怪異としての能。周囲を統べる力量。
全てが、足らない。
それは先日の落雷騒ぎもとい夜目当主の決死の謝罪劇にも表れている。
あれが不問に付されたのは、正直なところ奇跡と言い換えても差し支えない事象だ。
二度目は無い。まさに最初で最後の赦しである。
それほどに、格が違う。
他の二家に関しても、恐らく同様の問題を抱えている。座を継いでも、古の三家の力が衰えた訳ではないのだから当然だ。
その日和が一族総意の下、惜しみない庇護を注いでいる末姫。
もし、その身に何かあれば――――それはすなわち、『日和』を敵に回すことと同義。
例外なく、周囲も含めて潰されることは避けられない。
けれども、今はそれだけではない。
畏れる気持ちが無いと言えば嘘になる。だが、それだけであったなら宵を待つことに躊躇いを覚えなかった筈だ。それが嘗ての、自分ならば。
僅かな日数を通して、大きく変化してきた今。比べるまでもなく、兄も自分も変わった。
あの兄が、心を開いた。そんな稀なる怪。
そもそもあの兄が、学園で微笑みを浮かべる姿など想像すらできなかった。それが今はどうだろう。きっと彼女自身は、認識すらしていない。
周囲に与えている、変化。その影響が、他ならぬ彼女自身に端を発していることも。
彼女の周囲にいつしか集ってゆく怪たちの表情が、どれほど生き生きしたものであるかすら。きっと、本当の意味で彼女はまだ気付いていない。
「たとえ手繋ぎをしていなくても、君はとうに……友人、なんだ」
顔見知り程度なら、抱くことのない焦燥。
それを苦笑混じりで噛み締めて、広がる森林へ必死に視線を巡らせる。
この一帯の主に、伝手があればまだ良かった。
だが、西の尾根にはここ暫く『主』が立っていないと聞く。緑麗の衰退に余波を受ける形だろう。抜きん出た能を有する怪たちは各地に分散し、現在はそれぞれの領分で細々と存在を留めることに苦心しているらしい。
歪みによって、再び別の地点へと飛ばされたであろう少女。
翼を広げ、必死に伸ばした手は空を掴んだ。
まるで、意思を持つようなあの『歪み』が一度ならず二度までも彼女を巻き込む一連の流れに、傍らにいた高麗が思わず零した呟き。
それが今も、脳裏を離れない。
「――――まさか、すでに邂逅しているのか」
それが『誰』を示し、発せられた言葉であるかなど十分すぎるほどに飲み込めた。
その名すら、表だって口にすることは躊躇われる存在。
同時に、今回の歪みを生じさせたであろう当怪。
嘗て、日和と同様に御三家のひとつに数えられていた『境界』を統べるモノ。
「……さすが、一日目にしてあの兄と遭遇しただけはある。そして今は、滝野入の姫君に加えて飛閻魔までもが関心を寄せているのだから……」
もはや溜息も隠さず、羽音も荒々しく旋回を続ける。
憐憫すら抱きそうになる、彼女の有様。叶うならば、力になりたいと思う。
彼女を、無事に見つけ出したいという思いは日の傾きが変化していく間にも強まる一方だ。
しかし、広大な西の尾根。
焦りばかりが積み重なり、次第に揚力も下がってゆく。
休みなく飛び続けることにも、やはり限界はあるのだ。
それでも歯を食いしばり、川面に沿って木々の隙間に目を走らせていた彼。
――――遂に、その努力が報われる瞬間が訪れる。
「透ちゃん……! 良かった無事…………なのかな、これは?」
「末尾に行くにしたがって疑問符が増えていく気持ちは、分からなくもないよ」
ようやく見つけた少女は、どうやら一人で行動していた訳では無いようだ。
念願の再会、というよりも些か微妙な空気に染まった川岸に近いその場所は木々も疎らで若木の数がやけに目立つ。
差し込む光も、森の中だというのにやけに明るいのは若葉の色を透かしているからだろう。
そうして周囲を見渡した後に、結果的に視線が戻らざるを得ないのはそこだけ明らかに空気が違うからだ。
少女が困った様子を隠さない視線の先には、地面に蹲る赤毛の猿が一匹。
普通の猿ではないことは、その大きさや漏れ出る言葉、その他の要素からも問わずとも知れている。
状況が把握できず、少女へ問い掛けようと視線を戻したところで。
ふと、少女が片方の手に持つ重量感溢れる物体に目がいった。
否、むしろ凝視していた。
まさか、と。結果的には全て表情に出ていたのだろう。
彼女は、徐にそれを――酒瓶を掲げてその場で苦笑して見せた。
「どうやらこれ、神酒であると同時に新酒らしいですよ。猩猩さんが味見がてら、一口含んだ後はあんな様子です。それなりの度数らしくて。でも、幸せそうですね……」
そう言って、酒をちゃぷちゃぷ揺らしてみせた少女の肩の上。何故か赤毛のリスが満足げに胸を反らしているのが謎な状況。
もはや何から聞いて言ったら良いかも分からず、風狸青年はそのまま空を仰いだ。
夕暮れに染まりつつある、淡い薄紫。朱が所々差し始めたそこに、もう一つの飛影が現れるのはそれから半刻ほどが経った頃。
舞い降りた高麗もまた、この訳のわからない展開を前に暫く遠くを眺めていたものの。
宵闇も迫る山の中、少女の一声もあり一同は野営の準備に取り掛かることにした。
狼煙がてら、集めた薪で火をおこす。
それを頼りに、徒歩で捜索をしてくれていた瓢箪君も無事に合流した夜半。
困惑を隠せない面々を前にして、斜面を転がり落ちた以降の話をつらつらと語ることとなった少女だった。
次回はクラスマッチ中継を挟んで、終盤戦へ突入していく模様です(^-^;




