五日目~一つ目の竜は苦労性*文殊の開会~
ようやく、以前にお伝えした*次回予告*に追い付くことが叶いました―――34話をお届けします。
まだまだ長い道程を前にして。
今は地道に進んで行くべきだと感じております、今日この頃…
改めて感謝の気持ちをお伝えし、34話の前書きとさせて頂きます(^-^ゞ
*
四、五時限目の科学の授業は、実験の為に移動教室となった。
前半の講義を終えて、荷物を纏めて教室を出ようとした背に掛かる声。
振り返る前に、誰かは分かっている。
しかし正直なところ、そのタイミングに驚いてもいた。
思い返すに―――今に至るまで、“彼”と一対一で話す機会を持ったことが無かったのである。
「あの、透さん。実は折り入って……お話しておきたい事があります」
「―――四隅君? 構わないけれど、実は放課後には先約があってね……」
「知っています。……その事も含めて、事前に伝えておきたいことなんです」
そう、四隅君である。
普段から、壺組の良心または良識とも称される彼のいつになく真剣な眼差しを受けて。
肩の上のモッ君が、くるりくるりと回していた首を止めているのも無理はない。
それほどに、直向きで。強い意志の籠った双眸だった。
「―――ふむ。では、移動しがてら話を聞くのでも構わないのかな?」
「―――いえ、出来れば他の怪異の耳には入れたくないです」
「……話というのは、もしかすると四隅君自身の、というよりか……」
「はい。―――蛍さんのことです」
辛うじて聞き取れる程度に、潜められた声。
それを聞き取った時点で、自分が選ぶ答えなど端から決まっていた。
「では、五限目が終わり次第―――踊り場で待ち合わせよう。それでいいかい?」
その提案に了承を得て、纏めた荷物を小脇に抱えて教室を出た。
モッ君の意味深な視線に気づいてはいたが、そこは敢えて問わない。
モッ君自身というよりか、やはり問題はその瞳の奥の“蛇”にある。
むやみやたらと突いては、藪蛇になりかねない。
先に教室を出ていた蛍が、廊下の先で待っていてくれている。
その後ろ背に、足早に追いつきながら――――少女は何気無い様子で告げる。
「蛍。悪いんだが放課後の待ち合わせ、先に行っていてくれないか。少し、野暮用が出来てね……うん、心配はいらないよ。如いて言うなら、モッ君関連だから」
寧ろそれが、心配だよ……と。
どこか不安げな色を滲ませた蛍を、何とか説き伏せた少女の横顔をじっと見つめる彼は。
普段通りの溜息を零しつつ、軽く羽を振ってもぞもぞと座り直した。
*
「この貸しは、高くつくよ? ……はぁ。正直、祟りもっけを言い訳に使うことに少しも躊躇いを覚えないあたり、君の無謀さには眩暈さえ覚える」
「モッ君……良かったら、この気つけ薬を……」
「ぁああああ、もう……良いよ。諦めるよ。君と関わるということは、つまりそういうことなんだ。―――…ちょっと、空へ気分転換に行ってくる」
ばさばさと、耳音を打つ羽音。
ふわりと窓から飛び立っていくモッ君の“心遣い”に心の中で感謝を告げる。
彼ほどに、空気の読めるフクロウはきっと何処を探しても見つからない。
「さてと。――――では、行くとしようか」
小規模な爆発こそあったが、比較的穏やかに過ぎた科学の授業。
予め纏めていた荷物を手に、待ち合わせ場所へと足早に向かった。
西日の差し込む、密談にはうってつけの踊り場。
―――この学園で、初めて出来た友人と“手繋ぎ”を交わした大切な場所だ。
*
「――――もっけ、どうして場を離れた? ふ、柄にもなく……情でも湧いたのか?」
ふわり、と浮かび上がる視界の先に広がるのは夕暮れに沈みつつある校舎。
橙と藍色の入り混じった様な、不穏な色の空を往く間。
耳鳴りのように響いてきた声に“彼”はあからさまに不機嫌そうな声色を隠さない。
「あれと一日中共にいる苦行を、主も知ってみれば良いのです。気分転換に上空の空気を吸いにでも行かないと身が持ちませんよ」
ふふ、と笑み零す口元まで見えるようだった。
主と思念だけで、やり取りを交わす合間――――こうしている時だけは、彼も己の業を忘れずにいられる。
そう。
あの娘と共にいる間は、ついぞ忘れそうになる。
己の基因を見失いかけては、ギリギリで繋ぎ止めている様な。
そんな危うさが――――あの場所にはある。
「―――まあいい。恐らく、豆腐小僧の末は限りなく事実に近い“咎”の内容を伝える気でいるのだろう。それは別段此方に支障の出るものでもないからな。―――放っておけ」
「―――…言われずともそうします。必要以上に、あれに関わりたいとも思わない」
ふつり、と思念の糸が切れて。
視界だけを共有している状態へと戻る。
その時に感じる、僅かな歪みが昔からあまり得意ではない。慣れないのだ。
―――繋がりを、一方的に断たれるという状態が不快で堪らない。
ばさばさと、意図的に羽音を立てて屋上へと舞い降りた。
眩暈に似た何かを、目を閉じた状態でやり過ごす。
少し休めば、回復もする。
――――そう。もう少し。出来るならば“彼女”に纏わる面倒事が大凡片付いた頃がいい。
けして、それは優しさでも良心と呼べるものでもない。
それはただ、面倒で厭わしいだけのこと。
ただ、それだけのことなのだ。
*
「……いつも言っているけどね、飛閻魔。どうして後処理を全部僕の処へ持ってきたがるんだい君は……」
「うん? いつに無い愚問ですね、風切。――――そんなのは、面白いからに決まっているでしょう」
―――高等科、霧組の一角にて。
周囲からは、やや遠巻きにされた机に積み上げられた書簡の束。
それに埋もれる様にして、半眼の青年が一人。
そう。彼はこの学園でも名の知れた、苦労怪として数えられている。
その所以は単に、何の不幸か“上様”こと飛閻魔のお眼鏡にかなった結果に他ならない。
書簡の束―――それ即ち、嘆願書の束であり。
それに目を通すことが、彼の一日の終わりを告げる作業でもある。
「少しは手伝うとか、そういう気は起きないのかい君は……」
「おや、手伝って欲しいのですか?」
ぞくり、と周囲が怖気を覚える様な艶笑。
それを溜息一つで流せる彼は、この学園内でも一定の力を有する怪異の一人であればこそ。
現に、その教室内にいた殆どの怪異は既に方々へと逃避した後だ。
やれやれ、と溜息をつきたくもなる彼だった。
「いや……いい。何だか凄く無駄な発言をしてしまった気がする」
「ふ、君は本当に変わりませんね。―――思えば、君以外で私が興味を持てる怪異というのもこれまで殆ど現れてはくれなかったのですが―――今になって、あれ程興味深い怪に出会えるとは。まだ捨てたものでもないですね……オカルト界も」
ぴた、と書簡を置こうとした手が不自然に止まるのを飛閻魔が見逃している筈も無く。
そう。敢えて、様子を見ながら知らぬふりで話を続けるあたりに性格の悪さが窺える。
普段は殆ど表さない、険の色。
風切はひた、と視線を据えたまま徐に口を開く。
「姫様に、手出しをすれば―――“緋龍”の怒りを免れずにはいられませんよ。たとえ、学園の三柱に次いで挙げられる貴方とはいえど―――無事では済まない」
その畏れを湛えた深緑に、もはや隠す気も無い“享楽”の意思を浮かべたまま見返すのは。
飛閻魔の、蒼み掛かった鈍色の双眸。
「旧御三家―――日和家の末、ですか。さてさて、不思議なのはそこまで一族総意で愛されながらも。敢えて、この学園に―――否、正確には今代に“秘蔵の姫”を転入させてきた理由ですよ」
僅かに揺れた、肩。
それに微笑を深めた飛閻魔は、畳みかけるようにひっそりと呟く。
「何故―――今なのでしょうね。差し支えなければ、教えて貰いたいものです」
「――――忠告はした。監査役に等しい君に、これ以上伝えられることは無いよ」
なるほど、つれないわけだ。
そう言って笑った彼を、半眼で見上げていた風切。
ややあって、溜息と共に諦めたように視線を紙の束へと戻した。
ガサガサと、紙同士が擦れ合う音。
それを愉しげに、目を細めて見下ろしていた飛閻魔も暫くおいて教室を後にする。
その背を見送った後―――まるでそれを図ったかのように―――黒猫が一匹、高等科のベランダ越しに教室へと戻って来た。
「……ようやく行ったかにゃ。いつになく飛閻魔の冷血の奴、機嫌が良くて気持ち悪いにゃ。いつだったか……風切と初対面の某日よりも、三割増しくらいに気持ち悪いにゃ」
「……昏。伝わっているよ。君は相変わらず、怖いもの知らずのままだね」
「うんにゃ。そんなことは、今更過ぎるにゃ。……あれとは何だかんだで長い付き合いだにゃ。気にしてたら、今まで生き延びて無いにゃ」
「……シビアな関係性だなぁ。で、戻ったからには報告があるんじゃないの?」
気持ち悪い、を連発する黒猫の背を撫で擦りつつ。
程々のところで、説明を促せば。
びょん、と垂直に立てた尾をゆらゆらさせながら昏が訥々と話し始めた。
「勿論だにゃ。当面はどうやら“咎”の一件について収拾を図る気でいるようだにゃ。やはり、あの子は桜庭の河童を見捨てる気はさらさら無いみたいにゃ」
「……やれやれ。そうすると、僕はその合間に五月姫の動向を抑えておく必要が出てきそうだなぁ。海神関連はややこしいから、本当はあんまり積極的には関わりたくないんだけど……それも姫様の為なら、致し方なし。か」
苦笑しつつも、どこか活力に満ち溢れた横顔に溜息を零す猫が一匹。
―――往々にして、付けられているモノと付いているモノ。その両者の関係には溜息の割合が多くなるのがオカルト界における不変律なのかもしれない。
*
「――――あ。透、こっちこっち」
柔らかな声に、視線を上げた先で。
安らぎの象徴たる蛍の安堵した様な笑みを見つけて思う。
蛍を守るために、自分に出来る限りのことを考えていこう。
そしてもし、限りでは儘ならないその時は。
場合によっては、“彼ら”の協力も必要不可欠になるかもしれない。
俯いていた顔を上げて、長く伸ばした前髪の隙間から“彼ら”―――白と黒の兄弟を交互に見据えながら少女は気付かれぬように、嘆息した。
夕暮れの明るさの中で、少女が合流して始まった四人の怪異による話し合いの場。
―――後に、“文殊の会合”と称されることとなるそれの、第一回が開かれた瞬間だった。
「すまない、待たせたね。……私がいない間に、何か有意義な話は聞けたかい?」
「ふふ。夜君も、風狸さんもこの学園内では古参に数えられる怪だもの。透がいない間も、為になる話を沢山教えてもらったよ?」
「うん、それは何よりだ。―――二人とも、忙しい合間に会う時間を作ってくれて感謝しているよ。遅れてしまって、本当に申し訳ない」
改めて頭を下げようとした少女の視界に、するりと伸ばされた白い手。
思わず視線を上げた先で、どこか困った様子で笑う夜君と見合った。
「謝らなくて良い。……そもそも、呼び出したのは此方だし。予定を合わせて貰っているのも、僕らの方だから」
「ありがとう、夜君。そう言って貰えると、心が軽くなる」
そのまま、示された蛍の横―――中庭の丸テーブルの空席に腰を下ろした。
見上げれば、やはりというか……白いパラソル。
何だろうね、うん。洒落たカフェ風……を演出したいのかな。
螢澪の菜園、理事長室の片隅―――そして中庭とここまで揃えてくる辺りに、何とも言えないこだわりが透けて見える。
どちらだろう。
一体―――叔父様と叔母様、何れのこだわりに当るのか。
聞いてみたい様で、聞けずにいる現状にささやかな憂いを覚える今日この頃である。
「……何か、気になることが?」
「いや、そんなに大したことでもないんだ。―――それより、風狸青年。いつから連絡方法を“風便り”に限定するようになったのかな?」
「うわぁ……その笑顔。つまり、クラスの誰かしらから聞いた後なんだね?」
「分かっているのなら、無駄な問い掛けは省いた方が効率的だと思わないかい?」
風狸青年は、若干の顔色の悪さを笑顔で誤魔化しつつ―――穏便な収束を図っている模様だ。
しかし、現実はそんなに甘くはないのだよ青年。
乙女が周囲から受ける誤解が、如何ほどに当人にとって面倒かつ厄介なものであるか。
今一度、その身を以て知るべきだと思うのだ。
不穏な微笑みを浮かべた少女が、更なる追撃を加えるべく―――口火を切るその前に。
しかし、事前に手は打たれていたらしい。
「ふふ。…透、程々にしてあげて? 風狸さんも今後はなるべく怪通りの少ない場面を選んで送る様に心掛けると言っていたし。ね、今回は見逃してあげよう?」
恐らく、この会が始まる前からこういった流れになることも予期していたのだろうね。
そういった面での周到さや、根回しには……呆れを通り越して感心させられる。
夜君の申し訳なさそうな表情を前にしてこれ以上話を掘り下げるのも、無為な気がした。
―――ただし、あくまで今回は退くだけだ。
以前にも言っている通り、中々に根深いんだなこれが。
だから、何かをきっかけに再燃すればこれを限りに終わる保証はない。
その辺りの心境も含めて、再度“彼”に向けて微笑を深めれば。
流石に顔色を失くして、ぶるっと伸びた背筋を震わせていた。
うん。あの反応はあの反応で……それなりに複雑な気持ちになる。
「すまない、今後はくれぐれも気を付ける」
「夜君、君が謝る場面では無いからね。その辺りの線引きは、きっちり分けよう」
「――――はい」
心なしか、夜君に向けられている視線の中に嬉しそうな色が混じっていた気がする。
怪異とは思えぬ、素直な感情。
蛍さんとの関わりで、毎日癒されると感じている一方で。
夜君との関わりは、心洗われる様な気持ちに近いのかもしれない。
いやはや、新鮮だ。
改めて考えるに、自分の“友人を見る目”だけは唯一確かなのかもしれないね。
その後も、基本的には和やかに進められた四者会合。
クラスマッチにおける、知っていて有意義な情報から始まって。考え得る限りの五月姫対策まで。
追加で“上様”こと飛閻魔氏対策を議題に出そうかと思い掛けた。
しかし、結局のところ言葉にならない。
その理由は―――単に、現時点で挙げるにはあまりに山積し過ぎているような気がしたからだ。
補足するなら、自分自身の考えが纏まっていないこともある。
風切に返答を待ってもらっている現時点で、曖昧な議論は避けた方が良いだろう。
「……透? 何だか今日は疲れているみたい。大丈夫?」
「いやいや、今日はどころか大抵疲れているよね? …あ、そう言えば俺はまだ赦しを貰っていなかったね。今後は透ちゃんで構わないかな?」
「……まさかのちゃん付け。意外です」
「……風狸。軽い。少し慎め」
「兄さんが生真面目過ぎると思うのは俺だけかな……意外かぁ……蛍ちゃんの目から見た俺の印象は一言でまとめると?」
「「地に足が付いていない感じ」」
「ねえ……いつから、そんなにシンクロするようになったの二人? え、兄さん何その目。蛍ちゃんも気のせいかな……心なしか残念なものを見る感じがひしひしと……」
うん、大分打ち解けてきたようで何より。
丸テーブルに沈没している風狸青年を横目に、楽しげに笑み交わす蛍と夜君。
思うにこの二人、割とその心根が近い様である。
―――この二人には、なるべく心穏やかでいて貰いたいものだ。
ふ、と視線が合う。
沈没していた筈の、風狸青年の問い掛けるような眼差し。
普段は見事なまでに隠し遂せている、紛れもない大妖としての双眸と見合えば。
無意識に、口の中で呟いていた。
――さて。どこまで週末の間に動けるだろうね、と。
それを受けて、音にせずに紡がれた返答は。
――翼は必要かな?
正直なところ、それは願ってもない返答。
ほんの僅かに瞠った後。
ややあって微笑した少女は、小さく頷いた。
*
夕暮れの光を受けて、穏やかに締めくくられた第一回の文殊会合。
互いに手を振って、校門前で別れた二人と二人。
白と黒の兄弟を見送りつつ―――蛍と共に歩きだした少女。
ふと、気に掛かったことをぽつぽつと呟く。
「そう言えば……最近、瓢箪君に会わないな。縄張りを変えてしまったのだろうか……」
「山組の瓢箪君? 確か……風の便りで、暫く山間に戻るみたいな話を聞いた気がする」
首を傾げつつも。
蛍は正確なところは分からないけど、と前置きしながら教えてくれた。
「―――ふむ。山間ね」
「多分、一族の会合とか…?」
成程、そういうこともあるか―――と。
その時はその程度にしか思わずにいた、何気ない会話。
しかし、後となっては“何気無さ”の中にも幾許かの“予感”が混じっていたのだろうと推察される。
例外無く、多くを手繰り寄せてしまう少女の有様。
今回も、それは例外ではなかった。
ただ、それだけの話である。
三差路で手を振り交わし――――そうして、訪れる週末。
これより先、二人が再び顔を合わせるまでには実に“六日間”の空白が生じることとなる。
当の少女が予感すらしていなかったそれは。
今はまだ、誰も知らない。
少女のみならず、複数の怪異を巻き込んだ旅路の果て―――青天の空の下。
クラスマッチ当日から、遡って語られていくこととなる。
お読み頂いている、皆様へ。
次回は、本文の最後で予告しています通り…
少し、趣向を変えてお届けしていく予定です(^-^;
具体的には、時系列を遡って“咎”編に突入していく流れになります。
とは言え、シリアス4割・その他5割位を目安に考えております。
それほど構えずに、今暫くお待ち頂けたら幸いです。
※補足まで※残りの1割は、皆様の主観にお任せ致します。




