五日目~一つ目の竜は苦労性*犬猿の仲ならぬ、梟猫の仲~
お久しぶりですm(__)m
ようやくお届けすることが、叶いました31話目。
今日…と言いますと、既に日付が変わってしまっていますが。
近々、もう1話分をお届けできる見込みです。
*
「“風切”なら、昼休みに高等科の放送室へ向かえば会える筈だよ。あれは、校内の天気予報を担当しているからね」
「……校内に天気予報が必要かという疑問がむくむくと立ち上がって来たよ、モッ君……」
「ふ、上手いこと言ってる様で全然言えてないからね? 雲の例えとか、分かり難いことこの上ないからね? ……それと、一応補足しておいてあげるけど。風切と主様は―――」
「にゃあ――――ぁ!! ここで会ったが百年目ぇ、なのだにゃ!?」
言いかけたモッ君の言葉を、聞き取る前に“それ”が落下して来たのだった。
ぼすん、と植え込みに頭上から落ちてきたらしい物体。
それを、しげしげと眺めること暫し。
遠巻きに歩いていく、周囲の怪異達。
それらの視線の中心で、もぞもぞと植え込みから頭を引き抜くべく頑張っているらしい後躯。
しなやかな曲線といい、ふさふさの毛並みといい、うねる尻尾といい―――……
それはまさしく、猫である。
ただし、確信を持って言い切れない部分のある猫である。
「……あのね、モッ君。これは多分猫なのだろうけれど……何だろうね、不思議なことに尻尾が三本ある様に見えるよ」
「不思議も何も無いよ、君。それは猫又―――否、確か当怪は依然に……」
「猫又なんぞと同じ括りに入れたら承知しないのだにゃ!! 吾輩は化け猫である!!」
である、である―――……と。
まるでエコーを掛けた様に響き渡る余韻は、どこか既知感を覚えるそれだった。
知らず知らずのうちに、しみじみしてしまいそうになる。
「ふ、相変わらず芸の無い奴だね。その格好は痛々しいから、さっさと出てきなよ」
「初めから出れたら苦労なんてしないのにゃ!! は、嵌って……で、出られんのにゃ!! おい。祟りもっけ、吾輩をここから退き抜け!!」
「………にゃーにゃー煩いよ馬鹿猫。僕にその義理はない――――行くよ、君…って、何手を貸そうとしてるのさ。お人よしも度を超すと……はぁ、もう良いよ。好きにしなよ」
うん、好きにさせて貰うよと。
溜息を肩に感じながら、少女は半透明の腕を伸ばした。
もぞもぞと、空を掻く後ろ脚に手を掛けて。
一気に引き抜いた所でようやく陽に晒されて見える全貌。
「うん―――……可愛いモノは普段からモッ君で見慣れてはいるけど、君も愛らしい容貌をしているモノの類だね」
「にゃ? ……お前さん、よく分かっているじゃにゃーか。価値が分かる怪異は嫌いじゃ無いにゃ。って―――にゃにゃ?! その半透明はもしや―――」
愛らしい、と称して素直に御満悦になる辺りは怪異として非常に珍しい。
モッ君の醒めた眼差しを日々傍らにしているだけに、何やら新鮮だ。
ともあれ、話の途中から此方を見上げて猫目を瞠る様子から、どうやら自分について知っているらしい。
話の流れ次第では、昨日以上の厄介事が降りかかるかもしれないと半ば諦めつつ――続く言葉を待ってみたものの。
どうやら、モッ君は大方の事情を察しているらしかった。
「本当に煩いね、馬鹿猫。察するに、朝から“これ”を探して校内を彷徨い歩いていたんだろう? …君の主は相変わらず多忙らしい」
モッ君がこれ、と言いながら翼で指し示す先を辿れば。
うん、言うまでも無く自分の頭上だった。
「化け猫君、君は主持ちの怪異なのかい?」
「現状ではそうだにゃ。とは言え、吾輩は仮契約。そこに乗っかってる祟りもっけとは違って基本仕様はフリーだにゃ。ところで、お前さんが“心太”で間違いないかにゃ?」
「…そうだね。学内では、心太と名乗らせてもらっているよ」
「何で一拍分首を傾げたにゃ…?」
「うん、色々と此方にも事情があってね」
親しい友人たちから、新しく貰った呼び名が馴染みつつあることもあり。
束の間、頷くことを躊躇った心境など一から説明していては……無駄に話を長引かせるだけだろう。
曖昧に笑って誤魔化せば、件の化け猫君はさして追究する素振りも無い。
そうかにゃ、と一言で本題に入ってくれた。愛らしいだけでなく、さっぱりした性格らしい。
「さっぱり……というよりも、単純に深く物事を考えないという性質なだけだよ。その辺を誤解しない様にね」
モッ君の最近の覚化が著しい点に関して、近々友人たちに相談を持ちかけてみようかと思っている現状。
それでも、愛おしくてならない自分も大概である。
自覚をしていても、抜け出せない。うん―――つまりこれは。
「…うん。大丈夫だよ、モッ君。君の心配は杞憂だから」
「いや、どちらかと言うと杞憂でしかないから」
「この溢れんばかりの愛情が、他でもないモッ君自身に伝わらないのが歯痒くてならないよ―――……」
「本当に君って……はぁ。呆れて何も言えないよ」
傍から見れば。
祟りもっけと気安げに会話を交わしているという光景自体、非常に信じがたいものなのだ。
それを使役する存在が公然のものであるからこそ、周囲が遠巻きにするのも当然。
それは彼らのやり取りを横目で見ている化け猫にとっても同様だ。
とはいえ、殊更この祟りもっけとは以前から因縁を持つ分―――その視点は若干周囲とはズレてもいる。
その心境に関しては、思わず零れ出た呟きに表される通りだ。
「何なのにゃ……この茶番」
ぺろぺろと前足を毛づくろいながら、両者のやり取りが一段落するのを待っている間。
その間も時間が止まる訳では無い。
二限目の予鈴が鳴り響くのを、耳にした心太と称される怪異。
彼女は半透明の面を、どこか申し訳なさそうに俯けて提案した。
「化け猫君、話の続きは昼休みに入ってからでも構わないだろうか?」
「――うんにゃ。そもそも、昼休みが本題なのにゃ。吾輩は、仮の主にあたる“風切”からお前さんを探す様に頼まれていたのだにゃ。だから、昼休みになったら改めて迎えに行くから教室で待っていてくれれば助かるにゃ」
こうして、再び火中の栗を掴まされることとなる少女の有様。
モッ君が言いかけて、全て言い終える前に転がり込んできた猫との遭遇。
それが繋がる―――昼休みの邂逅。それに伴う、再会。
今はまだ、知らない。
そう、この化け猫。
彼は“風切”に付けられている監視役の一怪なのである。
元を辿れば、その先はやはり“彼”の存在へと繋がってゆく。
現状において中枢にあたる三柱に次いで支配権を持つ者―――学園の影の支配者である“飛閻魔”。
化け猫の目を通して、今に至るまでの少女の周囲を見終えた彼は。
一見、普段の酷薄の色を湛えながら―――その口元に艶笑を浮かべる。
「つくづく面白い―――……このまま傍観に徹するのも悪くない。だが……」
そろそろ、直接視界に収めても良い頃か―――?
口元で呟かれた、その不穏。
少女にとっては不吉と言い換えて過言でないそれは、酷薄に紛れて周囲には伝わらない。
―――だが、その『刻』は確実に迫っていた。
*
一時限目の音楽を終えて、教室へ戻る途中で遭遇することとなった化け猫君。
改めて思い返すと、その艶やかな毛並みはまるで満天の夜空を切り取った様に見事なものだった。
ふと、数学の文章題から逃避しがてら頭上を眺めていて……色彩の似たものを見つけたので思わず振り返りもする。
因みにここで言う色彩の似たモノ―――それ即ち、蓑虫さんの見事な美髪のことである。
古典の時間に、女性の黒髪を『ぬばたまの~』と掛けて表していた様に。
どうせなら、彼女の可愛らしさや美しさを損なうことの無い呼び名を考えたいものだと改めて思った。
二限目の数学を終えて、三限目は美術。
向かう先は音楽室よりも、やや西側の美術室だ。
モッ君を肩に乗せて歩きながら、蛍に相談してみる事にした。
「……そうだね。蓑虫さん、普段は髪に隠れて見えないけど―――学内でも指折りの造形の綺麗な怪だもの。どちらかと言えば、蛹じゃなくて蝶に例えたほうが合うのかも…」
そんな蛍の呟きに、光明を得た様な感覚を覚える。
思わずその場に足を止めていた。
ああ、そうだ。まさに―――あの、美しい羽を広げた艶やかさは。
「―――黒揚羽。そう……揚羽、というのはどうだろう?」
「……うん、綺麗な名前。私は良いと思うな」
蛍はそう言って、微笑んでくれた。
この後押しは、大きい。
そこで普段は縁の無い自信を胸に、肩の上を見上げてみた。
珍しくモッ君が「君にしては、真っ当なセンスだね」と賛同してくれたので。
うん、これはいける気がする。
そう、思いを決めたのと同時だったと思う。
ふわり、と窓から吹き込んできた風と手の中にカサリと音を立てて納まった感触。
―――風便りだ。
「まさかまた……」
「大丈夫だよ、蛍。――――今回の便りは、警告文ではないから」
やや、顔色を悪くした蛍に手紙を片手に微笑んだ少女。
辿り着いた美術室の扉の前で、唯一無二の友人に向けて安心するように告げる。
「放課後のお誘いだよ。予定が無ければ、蛍も一緒にと」
「あ―――夜君と、風狸さん? そう言えば……相談しようって話をしていたね」
「そう。今後、この学園で可能な限りの平穏を得る為に必要な知恵を先達たちから得ようという……言い換えれば“文殊の会”といったところかな」
「文殊……慣用句の、三人寄れば文殊の知恵? ふふ、でも今回は四人だね?」
「そうだね、場合によっては今後はもっと増えていけるかもしれない」
――――そう、多く知恵を集めればきっと一人で考えるよりも妙案が浮かぶこともあるだろう。人が言葉を交わす様に、怪異同士が言葉を交わすこと。
それは、きっと意義のあることだと思うのだ。
*
「水も滴る良い怪異部門―――七年連続首位が頷ける容貌だよねぇ」
「八尾比丘尼先生のこと? 一体その集計は何時してるの? 誰の投票なの?」
同じテーブルに座って、ニマニマと壇上の美しい怪異を見上げて解説しているのは言うまでも無く河伯少女であり。
彼女の解説兼感想に対して、逆さのまま疑問を投げ掛けているのは揚羽である。
そう。
美術の授業が始まる前に、既に新しい名前を提案させてもらった。
その時の彼女の表情と反応―――これを語り始めると、きっと一日があっという間に終わってしまうことだろう。
うん、良いモノを見た。
「ふふ、何時になく矢継ぎ早に聞くんだねぇ……揚羽? まだ微妙に目が赤いよ。僕ので良ければ、ハンカチを貸そうか?」
「っ、っ、……からかわないでよ。河伯!! これはただ、思ったよりセンスが悪く無かったから安心しただけなの!!」
授業中ということもあり、最少の声で叫ぶという揚羽の器用さにほとほと感心する。
少なくとも少女自身には、出来ない芸当である。
「揚羽さん、喜んでくれて良かったね」
「うん。でも、元々は蛍がくれたアドバイスのお陰だよ。お礼を言うなら、こちらの方だ」
有難う、蛍と。
本日の美術教材―――胡瓜と、茄子と、トマトを挟んで感謝の気持ちを伝える。
籠と果物ではないのか、と内心で思っていたのは秘密だ。
まして、胡瓜を見るや目を輝かせてスケッチに取り掛かった蛍を前にして。
とても、そんな空気の読めない発言をしようとは思えなかった。
「それにしても……胡瓜に掛ける、この気魄……茄子とトマトは楕円と円なのに」
「四隅君……そこは好きこそものの上手なれ、というやつだよ。おそらくね」
「こんな極端な例は、初めて目にしました」
呆れを通り越して、感心したような面差しで蛍の描いたスケッチを眺める四隅君。
彼らの緻密で繊細なスケッチに比べ、自分の描いたそれは何とも賞し様の無い複雑な曲線美の象徴だ。
うん、分かっているから。
だから―――そんなあからさまに残念なモノを見た様な視線はいらないよ、モッ君。
「君……いや、うん。……誰しも欠点というのはあるものだよ」
「励まさないで、モッ君。それは今の自分にとっては追い打ちになるから」
美術は、元々からきし駄目だった。
オカルト界に来たからといって、それは変わる訳でもない。
やれやれ、ここは一度目の前にいる二人に本格的に教えを請うべき場面だろうか。
つらつらとそんなことを考えていた為だろう。
不意に、背後から差した一つの影。
ふわり、と頬を掠めた柔らかな胡桃色。
「ふむ。これは近年稀に見る―――逸材の予感がするの」
聞き覚えの無い声は、まるで幼子のよう。
けれども、その灰色の双眸には老獪な光が入り混じる。
八尾比丘尼先生は、どうやら非常に特異な目をお持ちのご様子。
現に、肩の上でモッ君が絶句したまま半石化状態へと移行しつつある。
モッ君が絶句するというのは、生半なことではない。
うん、やはりこの先生只者では無いな。
少女の感慨を背に―――モッ君が完全に石化するまであと僅か。
お読み頂き、ありがとうございます。
再びお会いできることを願いつつ…
次回はサブタイトル通り、遭遇編に踏み込みます。




