三日目~そして遭遇するものは*中庭編~
若干の、シリアスを含みます_(._.)_
とはいえ長くは続かないのは、主人公が彼女だからですね‥。
***
……本当に、水を得た魚のようだった。
否、寧ろそれ以上だったかもしれない。
これ以上に適した例えが浮かばない自分の語録に、限界を感じた四時限目。
「怪異性って……割と天候に影響を受ける場合が多いのかな?」
「君の着眼点は、総じて既存の枠から外れたものが多いね……まぁ、確かに怪異の派生自体が自然現象を元にしたモノたちもいる。だから、天候や刻が影響するのは否定できないね」
モッ君の解説を受けて、机に沈没したまま成程と頷く。
体力が無さ過ぎる、とモッ君の鋭い突っ込みもとい嘴落としが炸裂したが。
それは持ち前の勘の良さでごろりと回避。
半眼になるモッ君を横目に、よしよしと湿気でもさもさしたモッ君の頭部を撫でてセットし直しておく。
ぶるぶると嫌そうに身振いしながらも、けして本気で振り払わないモッ君。
やっぱり良い子である。
「君に真面目な話があるんだけど」
「……察するに、雇用条件の事だろう? 否、正確には派遣条件かな」
半眼を継続していたモッ君の目に、僅かに滲む困惑。
やはりこの子は素直だ。そしてそれを当人もとい当鳥が気付いていないのだろう。
そんなことを内心で呟きながら、続く言葉を待った。
「……何で君、そういうところばっかり察しが良いんだろうね」
「平穏に暮らすための知恵だよ。モッ君。それだけは常備してるのさ。……それで、君の主の意向はもう出ているのかな……?」
この時は、珍しくモッ君の逡巡する様子が見えた。
やはり素直な子だと思う。
同時に、言われずとも継続の条件は言葉にしなくても透かし見えてくるものであり。
迷う様にカチカチと嘴を鳴らすモッ君に、苦笑しながら言葉を先んじてみることにした。
「上様、聞こえていますね? 学園内の監査を担う以上、私の様に死角になりやすい存在は常時目が行き届く範囲にいた方がいいでしょう? 先の依頼については、こちらが反故にしたのですから、契約上こちらに非があったということで今日付けで破棄して頂いて結構です。……その上で、今後についてのお話を。もし、初めにお伝えした内容に賛同して頂けるようであれば、引き続きこの子を私の傍に付けて貰いたいのですが。
意に沿うものであれば、モッ君にそのまま伝えて頂ければ。その時点から契約更新という流れでこちらは提案したいと思います」
そこまで一息に言い終えて、一先ず安堵のため息を零したところで。
やはり半眼のモッ君がでん、と構えている。
その貫禄が素敵です。
「君……実は真正の馬鹿なんじゃないかと僕は思う」
「モッ君、今の君は通訳なのだから。間に私見を挟んでは駄目だよ」
「正しい……けど、間違ってるから根本が!! なんで僕が指摘してるの……」
暫し、もごもごと呟きを洩らしていたモッ君。
そんな彼の真っ当さが、どれだけ自分にとっての救いになっているか分からない。
だからこそ、改めて認識もする。
この学園における気の緩みは、下手をすると一方的な捕食を招きかねない。
人と怪異は、隣り合う存在であっても全く違うモノだからだ。
そして人と人、怪異と怪異の関係性において特に顕著であるものは。
『権威』が生死に直結する場面が多いことだろう。
ある意味で、直接的な危険の代名詞である『上様』に筒抜けになっている現状は憂慮すべきだ。まさに死亡フラグを常に間横に置いているのと同様。
それを認識した上で、真正面から監視を提案するのは矛盾しているのでは?
そう言われたら、確かに否定は出来ない。
ただし、前提からこの学園内に複数の祟りもっけ達が放たれている現状を鑑みれば。
避けられないなら、見える範囲で監視して貰った方が気も楽である。
まして、気心の知れたモッ君であれば尚良し。
簡潔に言ってしまえば、ただそれだけの事になる。
さて、当の上様がこれを受けてどう出るか……。
石化こそしていないものの、言葉を発さなくなったモッ君。
まるで性質の悪いクイズ番組の出題者が如く、じりじりと待つ姿勢を取り続けること数分。
もしかすると、話しかけた時点でその場に上様がいなかった疑惑さえ覚え始めていた。
そんな最中。
全く予想のつかないタイミングで、それは始まった。
突如、モッ君の首が兆候もなくグルグルし始める。
そこに運悪く、近くを通っていた手長足長の双子。
彼らは驚いてバランスを崩していた。
彼らは二人で一人分の怪異として周知される珍しい怪異であり。
壺組では一種のムードメーカー的立ち位置にある。
かの担任の発言時には、普段から真っ先に反応を返すマメさも見せる。そんな彼らである。
「おーい、びっくりさせんなよぉ」
肩車の上にあたる手長さんが慌てて上体を整えながら苦情を言って去って行く。
それにすみません、と頭を下げつつグルグルをやめたモッ君に視線を戻した。
そしてまず、思ったことは。
何だかモッ君……老けたね、という非常に切ない感慨だ。
「まずはその目を止めないと、この場で伝言役を降りるよ? 僕」
「ごめん、モッ君。とりあえず、今だけ目にモザイク掛けるから……」
「モザイクって……何!? 本当に無駄なとこばっかり器用だね君は……」
モザイク付きの半透明少女が、フクロウを手に乗せて会話するという奇妙な光景がかくして出来あがった。
しかし、それはいざ出来あがってみると様々な問題を含んでいたことが判明する。
まず、周囲のクラスメイトに大変不評だった。
仮にも怪異だよね、と確認したくなるくらいの退き具合だった。
更に蛍さんからの、無言の首振り。正直これが一番堪えたと言っていいだろう。
また、少女がこの状態では周囲が見難いことに気付くという裏事情も加味された結果。
殆ど時間をおかずに、少女のモザイク化は解消されたのである。
そろそろ、話を戻そう。
モッ君の心労がただ増しただけという結果の下で、上様の返答が明かされた。
「話が早くて、助かる。……だそうだよ。この伝言を以て、契約の更新にあてると。本当にそれで良いんだね?」
「二言は無いよ。さて、この場を以て契約の更新は成されたね。今後とも、宜しくモッ君。頼りにしてるよ」
「……君、一体僕に何を期待してるの……はぁ、もういいよ」
憮然とした様子ながらも、よじよじと肩に乗った重みに慣れてきた今日この頃。
何だかんだ言いながらも、なるべく爪を立てないようにしているモッ君。
気遣いの出来るフクロウ。
それがモッ君なのである。
魔の五時限目、もとい数学の公式迷宮。
出口すなわち正答を求め、四苦八苦している内に夕刻の光が教室に差し込んで来る。
照らし出される怪異達。改めて見ると、これはこれでシュールである。
そもそもペンを持てない怪異たちもいる。
主に教室内を漂ったり、這い回ったり、じっと潜んでいたりする面々が。
そんな彼らが、数式をどのように表すのかと言えば。
口頭あるいは念写となるらしい。
呼ばれた時だけ、黒板の前に整列する怪異な並び。
チョークが空を飛び交い、何やら紅い塗料で浮かび上がる答えも中には存在する。
遠目だと若干見難いのが難点である。緑の地に紅はね……
更に、こだわったからと言って加点の対象にはならないらしいね。
因みに授業後、蛍さんに学園のテストについて確認してみたところ。
やはり解答形式は、筆記か念写に限られるとのことである。
蛍さんとのテスト談義を終えて、ようやく迎えた三日目の終わり。
放課後の学内は、怪異の独壇場へと変貌していく。
廊下を思い思いに駆け回るモノから始まって、ごそごそと自らのテリトリーに潜んで時を待つモノ。時間帯で行ったり来たりするモノ。パターン研究に余念がないモノ等々。
それこそ様々な怪異達がいる一方で、学園を出て、辻や水辺に集うモノもいるらしい。
また帰宅の概念自体が曖昧であるからこそ、生徒の中には在籍期間中を全て学園内で過ごす怪異もけして少なくはない。
寝ても覚めても、学内。これ如何に。
論争の種は常に尽きないところもまさに怪談学園らしい。
しかし、いずれは付属の寮も建設されるのでは、というのが大方の見方であるらしい。
以上、河伯少女の知恵袋から抜粋いたしました。
怪談と廊下を犇めき合う怪異たちの隙間を縫うようにして、蛍と共に向かう先は学園の中庭だ。
因みに、和の雰囲気漂う中央庭園ではなく迷路花壇を配したフランス式庭園の方である。
此方を指定されたのには、趣味云々では無く単純に高等科と中等科のちょうど中間地点にあたるという明確な理由がある。
そう、つまりは待ち合わせ。
実は屋上を下り、階段で左右に分かれる間際に約束していた。
その提案をして来たのは、残念ながら当人と言うよりか付き添い役の方だったことを振り返りつつ纏めよう。
彼曰く。
「放課後、もし予定が入っていないようなら今日もう一度集まるのはどうかな? 今後の学園生活についても先達として相談に乗るよ?」
以上の誘い文句から、今回の中庭召集に至った経緯である。
つまり魔王子君ではなく、風狸青年によるお誘いだ。
うん、若い方があらゆることに対して意欲的なのは今に始まったことじゃない。
ただ、その見た目に釣られてはいけないという具体例の様な彼らを見ていて思う。
外見年齢が、精神年齢に必ずしも対応するとは限らないんだね。うん、真理だ。
そして現在。
この真理について蛍さんと話しながら、迷路花壇へ繋がるアーチを潜ったところだった。
湿り気を含んだ風が通り抜けて行くのを頬に感じ、ふと何か嫌な感覚が過る。
それはまさに、不穏な風の象徴のよう。薄ら寒い空気だ。
言い表しようの無い、不穏さを感じつつ。
蛍の腕を取って透明度を高めたところでギリギリ横を掠めて墜ちたもの。
それは氷塊だ。
地面を穿つようにして、飛来したそれらの中には赤子の頭ほどの大きさも確認できる。
下手をしたら、怪我だけでは済まない。
ざっと目を凝らし、先ずはそれだけ把握した。
凍てつくような風へと変化した庭園の中に、暫くして現れたのは三つの影。
この時点で、ある程度の予想は付いていた。
果たして、彼らの正体はそのままである。
夕明りに照らし出された影以外の部分は、水分を含んで濡れている。
一日目に遭遇することとなった水辺の怪異三人組だ。
とはいえ、以前とは比べ物にならない異様を纏う。
恐らく、今の彼女たちは昼の比では無い程に遠慮も加減も無い。
こうして近づいてくる今も、彼らは足元から霜を纏って地面の草を凍みさせていく。
地味な弊害だな、と息を潜めて薔薇の垣根に同化しながら様子を窺っていると。
「ねぇ、まさか君……龍灯家の三姉妹とも因縁があるの? 呆れてモノも言えないよ」
ここで肩のりモッ君の出番だ。
その呟きに、成程彼女たちは姉妹だったかと。
少女は目を丸くしながらも納得していた。
実は以前から感じていたのである。
色彩や質感はそれぞれに異なるものの、どこか雰囲気が似通っている。と。
意外なタイミングではあったが、また一つ疑問が解消された訳ではあるが。
さて、龍灯家。
察するに今、再びの一族関連になるのだろう。
……この曖昧さが、全てを明らかにしているね。
そう、察しの良い方なら言わずともこの時点で伝わっている事だろう。
正直に言えば。知らないのである。
これは致命的だ。
それでも、敢えて言いたい。
限られた日々の中、けして少なくは無い怪異関連の書籍を漁る労力。
その端から端まで目を通していくことが如何に困難であることか。と。
「……はぁ。その様子だと、龍灯家自体を知らないんだね? 本当に君よく今まで生きて来られたよね? 僕からしたらその方が神秘だよ……」
モッ君に未だ嘗て無い程に呆れられている現状だけは、もの凄く伝わって来た。
うん、何だろうね。
先ずは、泣いておこうかな。
幸いにも居場所の把握に至っていない彼女たちを横目に、消音設定でね。
「君のその呑気さ……ある意味大物だと思うよ? それで、何処から話していけばいいの?」
じっ、と見詰めただけでモッ君は全ての把握に至ったらしい。
以心伝心にも程度があると思うのだけれどね。
とは言え、モッ君の溜息の大きさが全てを物語るよ。
そしてそれを皮切りに、位置を察知された模様です。
地面を穿つ、鈍い音と共に。
足もとに、ほんの僅かな差で突き刺さった氷の茨。
この短時間で形状変化に至るとは、と驚きに目を瞠っている間にも。
完全に囲まれてしまいましたね。
さて、これが本当の万事休すかと。
察すれば腹を括る以外に選択肢など無い訳で。
後はただ、やれるだけの事に絞る。
その帰結に安堵に似た何かを感じながら。
ほんの僅かな逡巡の後。
高めていた透明度を霧散させ、同時に蛍を背後に庇って向き合う。
とうとう姿を捉えた獲物を前に、喜悦を浮かべて見せる少女たち。
その指先を始点とし、三方向から放たれた茨は獲物を覆い尽くしていく。
凍える茨の棘から、滴り落ちるのは紛れも無い真紅。
ひた、ひたと地面を染め上げる紅い情景を前にして。
少女たちは漸く仄暗い満足感を見せる。
その唇は、甘く紡ぎ出す。
「あぁ、なんて美しい色なのかしら」
「私たちから逃れられるなんて、一瞬でも思っていたのなら……ふふ、面白いわね」
「もぅー。結局こうなる事は始めから分かってるんだからー。端から逃げたりなんてしなければ良かったんですよー? 本当、時間の無駄だものー」
銘々に言い紡ぐその順番は、まるで決まっているかのように以前と同じであり。
事実、彼女たちは上から順番に言葉を発する習慣があった。
つまり長女、次女、三女の順番である。
「……五月姫様、がっかりなさるでしょうねぇ。どうしてか、気にかけておられたモノがこの有様ではきっと退屈されてしまうわ……」
「本当……なんて期待外れなの。せめてこの氷像をお見せしましょう? ほんの少しでも姫様が日々思い煩われている安寧を晴らす足し位にはなるのではなくて……?」
「姫様を退屈させるなんてねー。本当、あり得ないですよー。つまり存在すら無駄だよねー」
銘々に言い終えて、最後の最後に溜息を揃えた姉妹たち。
互いに頷きを交わし、足元に萎れた草を見るのと同じ。
未だに血の滴る氷像を、興の醒めた目で見詰めた。
興味の薄れたものに、いつまでも構っている程彼女たちも暇ではない。
こうしている今も、校舎に残って報せを待っているであろう『五月姫』の元へ身を翻した。その直後。
ざわり、と周囲を押し包む様な異様が立ち込める。
ぞっ、と背筋を這い上る様な圧迫感を一様に感じた三人が頭上を仰いだ。
仰いだ瞬間から、感じていた感覚はより確かなものとして伝えてくる。
そう、彼女たちは知っている。
視界に捉えた白と黒の双翼。
この学園における、限られた大妖の一人にして。
『夜目』の継嗣。怪談の王の直系。二面性を有し、人と怪異隔てなく畏怖を抱かせる絶対的な存在。
紛れも無い、魔王子と称される彼が上空から彼女たちを睥睨していた。
言葉こそ発せられてはいないものの、その琥珀からは筆舌に尽くしがたい怒りの感情が滲み出ている。
夕暮れを背に、その真白は酷薄に美しい。
真正の大妖たる一柱。
その不興を招いたモノの末路など言わずとも知れている。
「君たちは、けして手を出してはいけない領域に踏み込んだんだよ……? まだ、自覚はないみたいだけどね。……でも、そんなことは理由にはならない」
兄の手が、既に幇縛に掛かっているところまで見て取っていた。
未だ嘗て、これほどの激情を表す兄を自分は見た覚えがない。
傍にいるだけで、薄氷に身を切られているかのようだ。
殊、この学園内において兄の怒りをその身に受けて無事でいられるような存在は片手の指ほどしか存在しない。
そして、今この場に兄を止められるモノは誰もいないのだ。
風狸は諦念と憂いを込め、兄の代わりに最後通牒を三人へ告げた。
「友人に手を掛けた君たちへ、今この時を以て『夜目』の粛清を下す」
蒼褪めた少女たちへ、僅かな哀れみも躊躇も慈悲も無く。
少年の指先から、夜の深淵が伸ばされていく。
靄のようなそれに包まれた瞬間から、抗う術は無い。
繰り返されるのは尽きぬ悪夢。
逃れる事は叶わぬ、白の闇。
永遠の、闇の帳―――――。
声にならぬ叫びを。狂騒に落ちた彼女たちの様を。
酷薄に見下ろした双眸から、伝い落ちる一滴。
その滴が、地上へ跳ねた瞬間。
さわ、と空気が変わった。
伸ばされていた闇が、その先端から輪郭を曖昧にして掠れていく。
やがて漆黒が薄闇になり、白い闇全てが今の刻と中和する頃。
夕暮れが、辺りに戻って来る。
その状況を、誰一人把握出来ないままの沈黙が流れ。
静寂を乱す足音が、中庭に響く。
そこに、在る筈の無い声が重なった。
「ごめん。……少し、状況を読み違えたらしいよ」
先程、氷の茨に巻かれて血を流した筈の少女たち。
絶句したままの彼らの視線を一身に受けながら。
半透明の少女と友人は、共に気まずそうな空気を背負って現れた。
夕暮れの辛うじて残る光が、少女たちを照らしている。
正直に言っていいかな。
これ、どうやって収束すればいいと思う……?
次話にて、三日目の締めくくりとなります。




