二日目~続・そして転がるのは首だけではなく~
久方ぶりの投稿になります(*´ー`*)
前回予告してます通り、二日目の後半戦をお届けします。
***
先導していくその人の背を追い、再びやって参りました。
言うまでもありませんね、例の踊り場にて古びた椅子を背にして向き合う人物。
叔父が手配していたという『例のブツ』こと飛閻魔さんです。
「前置きは面倒だから省く。……守宮から対価はもう預かった。今後、こいつをお前に付ける。これの指示に従えば、魔王子と学内で遭遇する確率は引き下げられる筈だ」
そう言うなり、放り投げるようにして渡されたそれ。
やや灰色がかった、もこもこの正体。
クルリと回した両眼が愛らしいにもほどがある。
フクロウの雛だ。
「……」
あまりの愛らしさを前に、声にならない。
それをどう勘違いしたものか、彼は面倒な様子も隠さずに告げる。
「完全に避けるのは、そいつのレベルでは確約できない。だが、対価分の働きはする筈だ。不満があるなら、お前の叔父にそう伝えろ」
言い終えるなり、さっさと去っていくその背を止める間もない。
手の中のフクロウと共に取り残される形になった自分。
……せめて取説的な何かを残して行ってくれないものか。
フクロウなんて現世でもお目に掛かった事は無いよ。
性質:夜行性位しか浮かんでこないよ。
オカルト界は、基本的に説明を省く傾向にある。
それを再三に渡って思い知らされる自分。
……本当に旅に出ようかな。
しかし、思いがけず響いた声に思考はそれ以上進まない。
「呑気だな、お前。転入一日目にして魔王子に目を付けられただけはある」
それは、うん……何と言ったらいいのか。
脳裏に直接響く声、とでも言えば伝わるだろうか。
横文字ならテレパシーの部類に当たる気がする。
「今のは君だね? 良ければ聞きたい事が山とあるのだけれど……」
手の中のふわふわに向けて語りかけると、フクロウの姿ながらも呆れた様子で見上げる目と合う。
「いいけどさ、これ全部主様にも伝わってるよ。それでもいいなら話せば?」
そうなんだ……。
でもまあ、多少はそこも腹を括らねば進めない。
迷いは後回しにして、聞けるだけ聞いておくことにした。
「君は、まず何の怪異?」
「……そこからかよ。面倒くさいなあ……」
そう言いつつも、フクロウは根気強く説明してくれた。
曰く。
自分はオカルト界で祟りもっけと呼ばれている。
元々は死んだ嬰児の死霊が梟に宿ったものを総称してそう呼ぶ。
現在は主の飛閻魔の下、普段は学園内の要所に散らばって情報収集に当たっている。
祟りもっけは複数存在し、その能力に合わせて担当する箇所も違う。
それを決めているのが、主の飛閻魔である。と。
「……祟りもっけ、か。そうだね……モッ君と呼ばせてもらおう」
「……ネーミングセンスの欠片もないなお前。いいけど。好きに呼べ」
晴れてモッ君呼びが許された以上、ここから先はモッ君で通します。
「では、早速だがモッ君。……君の知覚範囲はどれ位なのかな?」
「ふん、それ位は理解していたか。安心した。正確には状況にもよる。…そうだな、特に他からの干渉さえなければ半径百メートル四方は把握できる。その範囲内にいる怪異の特性や種別、危険度もおよそは判別可能だ」
モッ君、想像よりもハイスペック怪異である。
つまりだ。
このモッ君を含め、多数の祟りもっけを使役しているという飛閻魔氏はおよそ学園内の事は把握していると言っても過言でない。
なるほど、顔役である。
クラスメイト達のあの反応にも納得がいく。
「凄いねモッ君……因みに、期間はどれ位の取り決めになっているのかな?」
「さぁね。状況次第じゃないのかな。……ところでそろそろ教室へ戻らなくていいのか」
「……以外と真面目だねモッ君」
手乗りフクロウを肩に移動させて、席を立つ。
自分と接地している間は、モッ君も半透明になる。
クルクルと首を180度回転させる半透明モッ君を観察しつつ。
仕組みを説明しながら、クラスへ戻ったところで丁度一時限目の鐘が鳴り終わった。
ガラリ、と壺組の教室へ入ったところで首を傾げることになったのは。
クラスメイト達が何時になく緊迫した様子で教壇の上を窺っていた為である。
そこに立つのは、かのクラス担任ではない。
見覚えのある、その角。
彼女はくるり、と視線をこちらへ向けて問うた。
「……残ったのは君だけかな。あの子は強情でなかなか言わないから特定までに時間が掛かったよ。……昨日の放課後、に思い当たる節はある?」
穏やかな響きながら、その奥には何処か冷たいものを含んでいる。
それを感じ取ったところで、およそ推察した。
これは自分の非だ。
「思い当たります」
端的にそう告げると、彼女はまじまじと此方を見下ろしてきた。
それはもう、穴が開きそうなほど一点集中だった。
思わず一歩下がりかけたものの、肩の重みに不思議と留まることが出来た。
モッ君には感謝しなければならない。
「……あの子は意外と繊細なんだよね。それにしても驚いたよ。まさか君がねぇ……」
「天井下がりさんに不要なことを言った点、謝罪したいと思っています。昨日はあれからずっと天井で体育座りをなさっていたので、申し遅れました」
じっ、と再び下ろされた視線。
その眼差しがほんの一瞬、色彩が変化したようにも見えた。
その後に呟き出た言葉に、先の様な険は窺えない。
「君、来た時から思ったけど……何だか面白いねぇ」
……面白い?
今の会話の流れで、どうしてその総評に至ったのかは不明である。
けれども空気は確実に弛緩した。
肩のモッ君も、止めていた首の回転を再開している。
「そうそう、君は謝りたいと言ったけど残念ながらあの子は今日はお休みしてる。また機会があったら、仲良くしてやってよ。ふふ、多分リベンジに燃えてるから」
怪異間の仲良しは、その言葉通りの意味とは限らない。
蛍の呆れた様な視線を横目で見ながら、そう思った。
ともあれ、二時限目の鐘が鳴る。
科学の授業を二時限連続で行った後には、小雨の降りだした窓を見上げつつ行動学。
今日は雨童先生も出勤されている。
雨童子の怪異である老教師は、青天の折は授業も難しいのだ。
曇り空の場合は半分半分らしい。
モッ君の情報である。
午前の授業が終了し、クラスメイト達の大半が教室を飛び出していく。
その大勢の中には自分も含まれている。
本当は調理場を貸してもらってお弁当を作ることも検討していた。
しかし、叔父叔母の吹雪と棘の応酬。
更に加わった雷雲。
数々の騒動の前に、とても言い出せる空気では無かった。
従って今日も、購買へ参戦してきた次第である。
それはお昼休みの戦場を制し、ほくほくとした思いで教室へと戻っている最中のこと。
本日の戦利品はBLTサンドである。
競争率が半端無かったが、競り勝ったものである。
オレンジ果汁100%ジュースも同時に会計に持ち込んだ。
因みに。
普段は購買の隣に居を構える四隅君は、今日は姿が見えなかった。
どうやら今もって組み合わせ薬味に奮闘している最中らしい。
上手くいくといいのだが。
水を向けた以上、その動向は慎重に見て行きたいものである。
そんなあれこれを、つらつらと考えながら歩いていた。
肩に乗ってもしゃもしゃとBLTのLに当たるレタスの端を摘まんでいたモッ君が不意にその動きを止めた。
その時の自分はと言えば。
オレンジジュースの濃さに、内心でこの組み合わせは失敗したかなと思っていた。
脳裏に響いたモッ君の声に、一瞬反応が遅れたのもこれが所以である。
「おいおい、とんだ無茶をする奴だな。取り敢えず窓から離れておけ、もう間に合わない」
言い終わりとほぼ同時であったと思うのだ。
突風と共に、モッ君が摘まんでいたレタスが空へ舞い上がる。
ふわり、と周囲の空気が落ち着きを取り戻した時。
やはりそこにいたのは、かの少年と背後に疲れた様子で浮く青年の二人だった。
窓枠に危げもなく飛び移り、目の前に着地した彼の視線を受けて嘆息する。
この時点で諦観していた。
やれやれ、どうやら今日も平穏なお昼は望めないらしい。と。
今日は、例の踊り場ではなく屋上へと場所を移すこととなった。
二人には先に行ってもらい、一度壺組に戻った私は蛍へ事情を説明してから向かうことにしたのだ。
蛍さん、再びの蒼白。
なんだか友人として申し訳ないばかりである。
引きとめる言葉を、気持ちだけ受け取っておくと言い置いて教室を後にした。
その後はモッ君の案内で、屋上に上る。
モッ君はこのまま逃避を図ることを幾度も勧めてきたが、ここで逃げても繰り返しになるだろうと伝えた。
モッ君の知覚範囲を掠めるまでに、彼らが要する時間が短過ぎるのである。
やはり大妖と呼ばれるだけに、彼らの捜索の手をかわすのは至難。
それが分かった以上、用件を聞いた方が早いと思うに至った。
しかし、後にこの選択を如何にかして回避しておくべきであったと後悔する自分の姿も見える様な気がしていた。
その予測は、掠めるどころか実際のところは的を得ている。
ともあれ、今は屋上である。
曇天の隙間から、天使の梯子が幾重にも差し込む真昼の空を見上げて。
モッ君とともに踏み出した。
待っていた二人の元へ歩み寄って、結局以前と同じ問い掛けを選択した。
「今日は、どういった要件でしょうか?」
夜目一族についての概要は理事長から聞いている。
螢澪の館でも、ぱらぱらと資料を捲る時間があった。
祖母が暇な時にでも、と用意してくれた資料の中にぽつぽつと出てくる出てくる。
やはり一族というだけに、その歴史も相応のものらしい。
そんな一族の継嗣が、自分に接触を図ろうとする所以も把握した。
とはいえ、謝罪があの時点で済んでいないと言うのであれば改めて謝罪する用意はある。
ただ……奴隷は勘弁願いたい。
その時は、流石に頷くことは出来ない。
そうなれば自分に待つ運命はけして楽観出来るものではないだろう。
さて、どう転んだものかと内心で頭を抱えている。
しかし、少女のそういった考えは丸ごと返答によって霧散した。
それどころではなくなった、と言った方が分かりやすいか。
「心太の君に告げる。願わくば、いずれ輪廻を共にするものとして正式に申し込みたい。君のこの先の輪廻を、私に貰えないか?」
沈黙。
その内訳を見てみよう。
言った当人は、返答を待っている。
その傍らの青年は、まさかこのタイミングでと空を仰いで頭を抱えている。
モッ君は硬直を越えて、そよとも動かない。
言われた当人こと少女は、首を傾げていた。
言わずと知れたことである。
その言葉の解釈を、少女は持たなかった。
肩のモッ君へ、さり気無く視線を向けたものの。
石化したような有様を見て断念する他無い。
ここで肝心なことは、おそらく『輪廻』が示す意味である。
現世で育った少女に、それを咄嗟に解釈しろという方が無茶な話だ。
従って、少女が選びとった答えは要するに……
「あの、返答に時間を頂くことは可能でしょうか? 出来れば明日、同じ時間にもう一度お会いしてお答えしたいのですが」
保留である。
紛うこと無き、時間稼ぎである。
それは恐らくここにいる全員が知るところである。
とは言え、銘々の反応を見る限りは無難な選択だったと言えよう。
少年こと魔王子は、分かったと一つ頷いた。
傍らの青年こと風狸は、取り敢えず平静を取り戻していた。
唯一の例外は、未だに石化から回復してこないモッ君だけである。
よし、話は以上でと解散の流れに漕ぎ着けただけでも前回に比べて進歩には違いない。
飛び去る二人を見送った後、ようやくモッ君が息を吹き返した。
これには心から安堵した。
かくして屋上を下り、教室へ戻る途中。
モッ君がようやく言葉を発した。
その時に尋ねられたことについては、その時点で答えも決まっていた。
「君は、さっきの話を日和の面々に伝えるつもりでいるの?」
そう言えばモッ君は自分の出自を知っているのだな、と思いつつ。
特に迷うことなく頷いた。
これを受け、モッ君は再び石化した。
間際に、もう僕は終わりだと呟いていたのが気に掛かる。
それにしても祟りもっけというのは、石化する怪異なのだなと思っていた自分。
その認識の誤りを知るのは、それから数時間後の事である。
教室へ戻ると、蛍が駆け寄って来た。
やはり今回も相当に心配させたらしい。
一瞬、先程の話を蛍に相談するのも検討しかけて結局断念した。
雰囲気を思いだすに、恐らくそう軽々しく話していいことではないと思った。
その考えは実際のところ、全く間違いでは無かったことを後になって省みる。
きっとあの時、蛍に相談を持ちかけていたら蒼白を越えた何かを見ることになっただろう。
何かとは、つまりあれである。
急激なショックは、怪異にあっても重大なダメージになり得るという実例である。
午後の授業は、何事もなく進んだ。
むしろ授業中こそが平穏と言える現状に、何か世知辛いものを感じながら古語のノートを取った。
数百年と生きた怪異にとっては、古語という認識は薄いのかもしれない。
時々懐かしいなぁ、という呟きを耳にした。
二日目を何とか平穏で締めくくった安堵にへたり込みそうになる。
何処か痛々しいものを見る眼差しの蛍。
労わりの色は、状況によっては痛いものである。
我が身を持って実感する、これに勝る経験は無い。
そう言い聞かせつつ。
荷物を纏めて一緒に教室を出ます。
そうして遭遇することとなる、校門前の異形。
まずは感想をお伝えしておこうかな。
うん、確かに首が無い。
きっとそれは元々美しい栗毛だったのだろう。
けれども今は、吹き出た血に因るものか斑に染まっている。
遠目でもそれだけは判断できた。
「やあ、今日は無事に帰れそう?」
何時の間にやら瓢箪君が傍に来ていたらしい。
相変わらず、怪異らしさからかけ離れた可愛らしい声である。
彼の問い掛けには蛍が答えていた。
「夜行日に校門前に留まるのはリスクが大き過ぎるわ。狙い打ちされるもの」
彼女の言葉通り、今日は三つの影法師は見当たらない。
どうやら今日は塗り壁たちにパイプを振らずに済みそうである。
「それにしても……今日は一段と荒れてるわね夜行。程々にしておきなさいと前から言っているのに懲りないんだから」
蛍の言葉に、どこか親しみの色が混じるのに気付いたのとほぼ同時。
件の夜行さんが、こちらへ向けて駆けて来た。
近づけば近づくほどに、その大きさは見上げるほどの異相である。
さて、とうとう蛍先生から学んだ対処法を披露する時がやって来た。
実は今日、購買の戦場における戦利品はもう一つあった。
ペンや消しゴム(色彩七色セット)を横に鎮座していたそれを迷うことなく購入したのも全てはこの時の為である。
ド、ド、ドッ。
目の前に迫ったそれに、掲げると同時に体勢を低くする。
因みにモッ君は念の為、屈みこむ直前に膝の上に移動させている。
そして指の間から状況を窺った。
両手に持って掲げたそれを目にした途端、嘶きを上げて宙へ静止した夜行馬。
目にした、というのは正しくないか。
正確には嗅ぎ取った、という方が頷ける。
馬の上の夜行さんを、近くで見た瞬間。
余程に言いたかった。
どうしてそんなに頑張ってしまったのかと。
一言で言えば、現代アレンジの弊害である。
尖らせた髪の毛はもはや固め過ぎて剣山のごとく。
特攻服と呼べそうな装束は、方向性を幾度も試行錯誤して来たのだろう。
民族衣装みたく独自の進化を遂げている。
何より背に踊る文字が、どう頑張っても緊張感を保たせられない。
……『海豚』って。
もう、何処に収拾を求めればよいのか迷う有様である。
ツンツンなのに……背中は海豚。
ここまで迷走する怪異も珍しいのではないかな。
そんな内心の声などいざ知らず、当の夜行さんは一通り睥睨して踵を返した。
止めて、その背を靡かせないで欲しいよ。
視界から例の文字を頑張って外しつつ、平静を装って立ち上がる。
その手には一対の草履。
夜行さんには、一対の草履を掲げてしゃがみ込む。
これが夜行日の正しい過ごし方なのだ。
ともあれ、遠方からは忘れ物ならぬ草履忘れをした怪異たちの逃げまどう声が響いている。
現世でも、オカルト界であろうと、忘れ物の弊害は地味に痛いのだ。
夜行馬に蹴られて飛ばされてきた怪異たちに混じって、やはり今日もまた首たちが転がっている。
……そう言えば首たちは掲げる手が無い。
これは割と切実な問題なのかもしれないな、と。
校庭をそれなりの数で転がっていく怪異たちを避けつつ、下校した二日目である。
校門にて、未だに調子を取り戻し切れていないモッ君を空に見送った。
弱弱しく羽ばたいていった背に一抹の不安を抱きつつ。
明日も校門で待ち合わせをして別れた。
肩のふんわりとした重みが消えて、若干寂しい。
少女はそうして今日も学ぶ。
夜行日においては、転がるのは首だけに留まらないのである。
ここまで読んで頂いた方々へ、感謝申し上げます。
次回は螢澪の邸からお届けします(^-^ゞ




