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怪談の学校  作者: runa
16/48

帰郷と吹雪

……まだまだ二日目に辿り着けませんρ(・・、)

今回で帰郷編は一段落です。



***




 父の通話が物凄い勢いで切れた。

 きっとすぐさま帰ってくるだろうな…。



 携帯を仕舞い、鞄を手に両者の間を窺う。



 何だろう。

 空気が分からないよ。

 この際、感動の抱擁でも言い合いでも構わないのだけれど。

 何故ここで沈黙するのだ母よ。

 困るのは主に娘の自分です。



 何はともあれ、状況描写で時間を稼ぐ方向に舵を切った自分です。




 まるで無表情。

 無機質を連想させる淡白な端麗さ。

 …………うん。分かってる。自分でも訳が分からない。けれども、そうなのだ。他に言葉が見つからない。

 さておき、青年。

 どの角度から見てもその事実は変わらない。

 これが祖父か。

 これで祖父か。


 つくづく見た目は当てにならないな……。



 もう一方。

 無機質に寄り添うようにして立つ人。

 穏やか微笑み柔らかな印象。

 赤みがかった巻き毛を揺らして、どこか楽しげにこちらを窺っている。

 さておき、美女。

 どう見ても叔母様と同年代なのですが。

 これが祖母か。

 すごい祖母だ。



 しかし、この状況はどうかと思う。



 何故、沈黙したばかりでなく娘の背後に然り気無く移動しているのだ母よ。

 止めようよ、娘を盾にするのは。





「相変わらずね、時雨? 安心したわ」


 間柄としては、祖母に当たるひとがそう言って微笑むので、ほんの少し場が和んだ気がした。


 これには感謝しなければ。

 そろそろ空気が持たないことを、ひしひしと感じ始めたところで救いの糸。

 やれやれ。人に頼ってばかりでは駄目だよ自分。



「あの、……初めまして。おじい様とおばあ様で良かったでしょうか?」



 内心は結構な勇気だった。

 たったこれだけでも、掠れた声が全てを物語るよ。

 ただ、少なくとも嫌そうな顔はされなかった。

 

 それだけで安心した自分も大概チキンである。



「あなたが呉葉ね? ……まあ。綺麗な娘に育ったこと。貴女の幼い頃に似ているわ、時雨」



 身内補正、素晴らしいね。

 ここは素直に受けておきたいところである。

 加えて自然な感じに下がりたい。

 フレームアウトを図りたい。


 いや、良くやったよ自分。

 母の繋ぎくらいにはなった筈。



 だからね、母さん……?

 いつまで私の後ろに張り付いているつもりですか。



「時雨? いい加減に呉葉の背中を隠れ蓑にするのはお止めなさい。これではどちらが親か分からないでしょう。…………ところで、あの屋根はどうしたのかしら?」


 心底不思議そうに、ここに来て爆弾投下。

 それはもう、ナチュラルでしたよ。

 その影響かな。

 再び私の影に同化しようとする母。


 …………母さん。これはもう誤魔化しがきく段階ではないように思う。



 他に道はなく。

 仕方なく分かる範囲で纏めた事実を、述べるまで。



「あの、おそらく粉塵爆発を起こしたものと思われます。実際に目で見て確認したことではないので、憶測の粋を出ませんが。…母は、この通り混乱しているので出来れば時間を貰えると有り難いです」


 奇しくも、夜目の本邸で似たような切り返しをする人物がいるのも露知らず。

 苦労人ないしはフォローに回る側の人間は得てして時間を稼いで巻き返しを図る習性を身に付けているものなのだ。

 苦労する側は、何処にいても苦労する。



 さて。

 そんな呉葉の苦し紛れの言葉に、しかし彼らは想定していたような呆れた眼差しであるとか怒りの様相といったものを浮かべなかったのが意外である。

 寧ろ、祖母はなぜか涙ぐんでいた。

 そして祖父は感心したように目を瞠っていた。



 …………何ゆえ?

 解読できないよ、これは。

 あの説明で何やら想定外の化学反応が起きている。


 怪異のツボが分からない………






「聞きました? 鳶から鷹が生まれたみたいねぇ…。本当に面白くなってきたわ」


 いや、その真偽については兎も角として。

 個人的には鳶の方が好きなんですが……

 因みに。ここでの鳶は両親たちの事らしい。




「何故あの二人からこんなに良心的な娘が生まれたのかが不思議ですね。それにしても良い孫娘を持ちました。………こんなことならもっと早くに来訪すべきでした」



 ……良心的。

 いえ、あの。標準ですよ。

 しみじみ言われると何か居たたまれないのですが。

 しみじみする様子はどこか年相応ですね。




 なぜか、しみじみする二人と。

 未だに背後に隠れたままの母と。

 その狭間で何かの境地に至りそうな自分です。



 数刻後、庭へ駆け込んできた父。

 父が庭に佇む祖父母二人を見て、声にならない叫びを上げるのを目にした娘は思う。



 ああ、そうかもしれない。

 自分はこの中では、良心的かつ常識の範囲内に収まっているだろうな、と。





「三人とも、ひとまず『螢澪』へいらっしゃい」


 そんな祖母の提案があったのは、全員が庭に揃い踏みした直後だった。

 それに対し、三者三様。

 それはもう、見事に別れました。



 母は、明らかな絶望の色を浮かべており。

 父は、初めて本邸に招かれたと喜びを噛み締めていた。

 そして少女はと言えば。

 そもそも『螢澪』の意味が分からない。



「あの、『螢澪』とは?」

「日和の本邸。あなたの生家ですよ、呉葉」



 少女の問い掛けに答えたのは、祖父である。

 既に変化を遂げたその姿は、銀灰色の龍である。

 すらりと長い全身を風に乗せながら、人語を紡ぐ。


 ふむ。不思議なのはつまり、龍の口でも同言語の発音が可能だという点だろうね。


 しかし、本邸と来ましたか……

 耳慣れぬ響きである。

 家じゃないのね。

 邸宅なんだね。

 気軽の対極に当たるよ?


 頷きたくないな。

 通常なら、やんわり断っている場面だよ。

 問題は今が、通常でないということに尽きる。



 背後には、半壊した家。

 日は既に沈みかけている。

 父だけが異様に乗り気。


 ……以上踏まえると、不利な点ははっきりしている。




 提案に最終的に頷いたことは、言うまでもないね。


 何せ、父の物凄い期待感半端無い。

 いや、そんな少年のような熱い眼差しを向けられても……


 余程嬉しかったと見えるね。




 『螢澪』に向かうにあたって、全員祖父の背に乗ることになりました。

 そう。銀の龍の背に………


 改めて考えてもなかなか無い状況である。

 何処かにこれと似たようなシチュエーションの歌があった気がする。

 掘り下げないよ? 勿論です。


 因みに乗るまでにも一波乱あった。

 それはつまり、自分です。


 人の姿を既に見ていたことは大きい。

 だからこそ、何の抵抗もなくその背に跨がるのが余計に躊躇われたのだ。

 この感覚、おかしくないと思うのですが…

 けれども戸惑ってなかなか踏み出せない自分を見て、乗りたくないのだと受け取った祖父が言わずともそれはそれは雄弁に哀しげな雰囲気を醸した為。


 慌てて乗りました。

 哀愁漂う背に、出来うる限り俊敏に乗りましたとも。



 孫に乗られて、喜ぶ龍の図。

 …………ほのぼのですね。


 ただね、母の顔色の悪さが酷くて正直それどころでは無かったかな。

 現実はそんなものです。




 何はともあれ、住宅地を離れた私達です。

 幾重と広がる山林を跨ぎ、河を二つ越えた先。

 霧深い谷を眼下にする頃には日も大分暮れて、宵の帳が降りている。

 龍の背中から見渡せる山並みの間。


 臼靄の視界に、ぼんやりと橙の灯りが見えた。

 不思議と、懐かしさを覚える色だった。


 降下していく龍の背中から、少女は初めて己が生家を目にすることとなったのだった。




 一言で言えば、大きい。

 山の斜面に抱かれるようにひっそりと佇む邸。

 花の頃だからだろう。薄桃色の霞がかった一帯は甘い馨りに包まれている。

 箱庭のような一角に、とぐろを巻きながら着地した祖父。



 その背から降りたところで、少女は後れ馳せながら気付いた。


 視線の先に、彼らの到着を待っていたのだろう。

 並び立つ面々がいた。

 そしてその中から、駆け寄ってくる一人。

 それはもう物凄い美女だった。


 その美女の腕に、惑う間もなく抱きしめられている現在。


 うん。すごくいい香りがしますよ。

 そして思ったより痛い。

 この細腕で何故。

 そして何より言いたい。


 …………お願いします。誰か、説明してください。






「凪、呉葉が戸惑ってる。まずは名乗ってから、が順当だと思うよ?」



 うん。泣きそう。

 この一日で、一番欲しかった言葉がこれである。


 そうだよ、皆さん。まずは自己紹介だ。

 それと出来たら説明をしよう。



 救いの言葉は、自分を抱きしめた美女の斜め後方。苦笑したまま此方を窺う青年から発せられた様子だ。

 森の樹皮によく似た色調の髪と、空色の眸が印象的な人だ。

 全体的な色彩は真逆なのだが、どこか学園の叔父にも似た雰囲気を感じる。

 背は、叔父の方が小柄である。

 言わないよ? 勿論です。

 それくらいの思慮は備わっているからね。



「こんにちは、呉葉ちゃん。で良かったかな? この邸内は強力な加護が掛けられているから、互いの名を名乗っても問題ないからね。先に伝えておくよ。僕は日和の現当主で、今君を抱きしめている凪の夫にあたります。空神一族十三男坊、日和 鶯といいます」



 再び出ました一族関連。

 初めから本人に聞くのは正直憚られる。

 最低限、調べた上で分からないことを後で聞くことにしようかな…

 だから今は、表情筋を誤魔化しきってみせるよ。

 すべては円滑な怪異関係を作っていく為である。




「うぐいす…おじ様ですね? 初めまして。呉葉と申します。以後、宜しくお願いします」



 美女に抱擁されたまま、二人目の叔父へ挨拶を返すと俯かれた。


 ……何故。

 どこか不快にさせる部分があっただろうか。



 少女の疑問はさておき、聞こえないところで呟かれた彼の本音は図らずも少女に抱き付いたままの美女の意識を戻す切っ掛けになる。




「なにこれ。可愛い。話には聞いてたけど……日和に婿入りして初めて報われた気がする……」

「鶯………? どさくさに紛れて何初めに挨拶を交わしてるのかしら」




 それは、地を這うような美声でした。

 氷点下の只中へ放り出されたが如く、周囲が急速冷凍されていくのは気のせいでしょうか………?




「煩いな、凪。然り気無く呉葉に見えない位置を選んで殺人的な蹴りを入れないでくれる? そんなに一番が気に食わないなら、僕より過去の自分を省みればいいのに」



 ま、まさかの毒舌ぶり。

 優しげな外見に似合わず、なかなかの鋭さですよ。

 当事者でなくとも痛いって、どれだけだ。



 はてさて。どうして自分の周りにはまともな夫婦が存在しないのだろう。

 両親は、うん。……あれだよ。言うまでもないね。

 理事長と教頭先生は空気読みスキルが人智を超えてる。

 そして今回は棘と吹雪の応酬と来ましたか……


 濃すぎるよ。

 もっと、薄めてほしいものである。



「言うようになったじゃない、鶯? でも、今は遠慮なさい。大切な姪との時間は誰にも邪魔はさせないわよ」



「……話聞いてた? まずは自己紹介。二度も言わせないでね。肝心の姪っ子が困惑してるのに気付かないんじゃ、本末転倒だよ」



 棘が、棘が……!

 と言いたい。


 しかし、言えない。

 なぜか?



 冗談でも何でもなく、凍えて口が回らないのだ。


 寒いです…

 震えが止まらない。

 意識が遠退きそうです。

 これ、痴話喧嘩の範疇に収まらないと思いますが…






「そこまでになさい、凪。鶯の言う通りよ。あとね、周りの迷惑も考えること」



 祖母の柔らかな声が響くのと同時に、周囲に立ち込めていた冷気が嘘のように氷解していく。

 春風に包まれたような暖かさに、漸く震えも止まった。



 生命の危機は脱しましたね。

 そしてまずは、解放してもらいました。


 我に返った様子の彼女と、その横に夫。共に正座をする彼らの前には無言の祖父。



……。

…………。

………………。


 その一角だけ再び冷気が舞い戻っていたのは、おそらく演出的効果によるあれである。

 渦巻く龍と、暗雲なんてまさにそれである。






「暫く放っておきましょう。呉葉、邸中を案内するから。いらっしゃい」


 祖母の曇りない笑顔に頷くまま、手を引かれて歩き出した先には満開の垂れ桜。


 夜陰に溶け込むようにして、淡く光る花弁の一片一片が風に揺れる。


 妖しさの中に、紛れもない美しさを内包するそれを見上げながら花弁を掻き分けるようにして、少女は祖母と共に重厚な正面の両扉を潜った。





 壮観である。




 庭の広さに既に圧倒されていた自分。

 邸の扉を潜って、まず目にしたのは吹き抜けの木造エントランスだった。

 左右から幾重に吊るされた灯りによって、仄明るく照らし出されている中央階段。

 正面から見れば見るほど、見事なものである。

 現世でも目にすることのなかった邸宅様式を前に、目を瞠った少女の様子に祖母が楽しそうに表情を綻ばせている。


 階段のみならず、エントランスにはもう一つ視線を引き付けて無理もないものがあった。


 吹き抜けの、その先に。

 遥か上の暗がりから、木彫りの龍が下にいる自分を睥猊していた。



 …………物凄い芸術センスだな、と。

 呆けた思考の端で呟く自分がいる。



 広い高いレベルが違う。

 その三拍子を唱えながら、手を引かれるままに階段を上っていく。


 一体何階あるのかな。

 予想も付かないほどに、只ひたすらに上へ上へ伸びている。



 ここは、某油屋なのかな。

 こんなに部屋数を充実させてどうする。

 これは寧ろ旅館ではないのか。


 ……果たして維持に掛かる諸々を考えただけでも、気が遠くなるような感覚を覚えるよ。



「ふふ、無駄に広いでしょう? この邸はね、学園の下駄箱と同じなのよ。代々の当主が造り足していった結果がこれだもの。お陰で、七割位の部屋については把握も管理も追い付かないのよ」



 まさかの七割………。

 実用は僅か三割に留まるのですね。

 恐るべし、螢澪邸。




「『螢澪』はちょうどコの字型、古い言い方だと翼廊の様式になっているから、エントランスを抜けたら左右に分かれているの。右翼は家族で、左翼は主に客間として普段は使い分けているのよ?」



 右翼、左翼の言い分けは様々誤解を生みそうで内心は複雑な少女である。

 あくまで、建築様式ですよ。

 加えて独自の呼び方です。

 悪しからず、ご留意ください。


 誰に言うでもなく、そんな注意書が過る。



 そして、祖母の案内でたどり着いた先は右翼の最南端に当たる襖の前だった。

 萌木色の襖を両側に開くと、真っ先に飛び込んで来るのは一面の桜色。


 開けた視界一杯に、見事な屏風絵を配した大広間である。




 並ぶ朱色の膳と、広間の様相に戸惑って立ち竦む少女に、柔らかな祖母の声が掛かる。



「今宵はあなたの迎えの宴よ。お帰りなさい、呉葉」



 祖母の声にいまだ追い付かない部分もさることながら。

 これは想像していたより大変なことになってきたとしみじみ実感し。


 祖母に分からぬよう、少女はほんの僅か嘆息した。
















読んでいただいた方々に、感謝を込めて。

今作もつらつらと書いてますが、最近はもう2つ書き進めている物語がありまして。

亀の速度でご迷惑をお掛けしています(^-^ゞ


次回は、某少年の視点を上げていく予定です。

宜しければ今暫くお付き合いください。

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