日和と夜目
誤字を修正致しましたヽ(´o`;
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「おい。さっさと収束に動け、翔摩。肝心なところで役に立たないのは昔からだね」
聞き覚えのある声。
視線を巡らせた先に、積み上がった椅子から飛び降りて着地した人物。
何あのバランス感覚。物理の法則どれだけ無視しているのかな。
本当に何モノなんでしょうかね。
いや、叔父です。勿論。
呆れた様子を隠さずに二人と担任を交互に見ているけれどその双眸は全く笑っていない。
あ、これは怒っている。
昔の知り合いにこれと全く同じ目をしていた人がいたのですぐに察した。
一方の、二人と話し掛けられた当人。
特に役立たずと断じられた担任がぎょっとしている。まるで、あり得ないものを見たように。
「な、な、…何故貴方がこんなところに」
学園教頭こと、叔父への問い掛け。
しかし、返答はいつになく素っ気ない。
「今はどうでもいい話だね。それよりも、さっさとこの場を任せてクラス周囲の対応に回れよ。この馬鹿二人のせいでこの子が必要の無い迷惑を被ることがないようにね」
男前過ぎる。
何だろう。ものすごく無駄に男前だ。このひとが自分の叔父であることが不思議なくらいだ。
だから、思わずタマゴサンドを飲み込んだ時に少し噎せた位は無視して欲しかった。
「…平気か?」
「だ、大丈夫です」
そんなやり取りをしている間に、この場を駆け去った担任に今になって申し訳なく思う。
あのひとの到着で場の空気が変わったのは確かだ。
後でお礼を言っておかないと。
「魔王子、風狸、事情はおよそ把握している。だが、今回の騒ぎとそれはまた別の話だ。随分安易に動いてくれたな。責任をもって収拾に手を貸してもらうよ」
叔父の発言兼命令に、二人は銘々に頷いていた。
こうしてみると、叔父と少年は背丈が小振りな点で似通っている。加えてやはりコントラスト。
叔父は濃紺のスーツを着ているので際立つ。
似てない血縁みたいだな…と思っているとやはり筒抜けであった。
心から嫌そうな表情に、謝罪しておく。
「ごめんなさい、叔父様」
「いいよ。取り合えず騒ぎが収まるまで教室には戻らないようにね。後から知らせに戻るから、今は理事長室で待機しておいで」
叔父の言葉に頷いて、少女は踊り場を立ち去った。
その背を見送った後、彼は残る二人に向き合う。
「まさか……あの子、貴方の姪?」
「そうだけど、何。ここまで騒ぎを大きくして申し開きとかあり得ないから。風狸。…で、纏めるとこうだな、魔王子。お前の幇縛が解けた状況で、あの子が影響を受けなかった。だから、理由を聞くためにここまで連れ出してきたと」
姪を前にしたときが嘘のように、冷たく冴え冴えとした光を湛えた双眸。
それを前にした青年こと風狸は、その絶対的な怒りを前にして尚も竦む足を無理矢理前に出そうとする。
それもすべて、傍らに座る少年を庇うためだ。
しかしそれを一蹴し、教頭は少年に告げる。
この学園でも数限られた幇縛を有する『大妖』である彼へ宣告する。
「魔王子。お前の在り方にもそうせざるを得ない現状にも同情しない訳ではないよ。だが、その穴埋めにあの子を巻き込むのは看過しない。今回の件でこの先、あの子の学園生活は確実に平穏から遠退いた。影響は確実に出てくる。お前が目をつけたことが知れた以上、様々な思惑にあの子は曝されることになる。……今回に限り見逃すが、二度目はないよ」
二度と少女に関わるなと、暗にそう告げていた。
こと学園内において、教頭に反意を示せるモノなど通常あり得ない。
怪談学園教頭とは、学内において御柱と呼ばれる三者の一人。
学園の中枢にして、彼ら個々が多大な力を有する大妖として名を知られている。
しかし、時に例外は存在する。
今回が、沈黙で肯定されなかったように。
「拒否する。手を退くつもりはない」
「口を閉じろ、小僧」
純然たる殺気に晒されて尚、表情を動かさない魔王子の様子に舌打ちをして殺気を解く。
背を向けて、会話を打ち切る構えの教頭に対し、彼は問いかけた。
「…何故? どうしてあの子は逃げなかった?叫ばない?泣かない?罵らない?絶望しない?壊れない?……知りたい。その理由を、知りたい」
淡々と紡がれる声の中に、隠しきれない期待が滲むのを聞き取った教頭は思わず二度目の舌打ちをした。
これが、どんなことに期待を抱くかなど予期できなかったわけもない。
ただ、この広大な校内で彼らが卒業までの期間に遭遇する確率などそもそも限り無くゼロと考えていた。
とんでもない。あの子の凶相を甘く見すぎた。
まさか初日から引き当てるなど呪われているのではないかと正直思うくらいだ。
「お前の単なる好奇心で、この先のあの子の生活を脅かす気か?」
「なら、守る」
少年の一言に、目を見開いたのは受けた側だけに限らない。
「魔王子、このひとの前で安易な言葉は口にしてはいけない」
思わず、といった勢いで風狸が割り込む。
しかし、少年は静かに首を降った。
「安易?… 違う。もう半分確信を持ってる」
「半分って…?因みに残りの半分は?」
「あの子の意思次第。その余地位は残してる」
「………」
「………」
教頭と少年の傍らから、二人分の沈黙が落ちる。
絶句したのも無理はない。
何しろ上の発言は、普段の彼を知るモノならば総じて踏み込みすぎたものだ。
誰、君? である。
張り詰めていた空気さえ、行き場をなくして霧散した。
目を丸くしたままの教頭を前に、魔王子の名を持つ少年は止めの言葉を放つ。
「あの子を知りたい。叶うならば、輪廻を共にするモノとして」
絶句に上があるならば、彼ら二人は今その心境にあたる。
それはオカルト界におけるプロポーズ同然の言葉をこの段階で耳にしたなら、無理もないと言える。
魔王子が風狸を連れ、騒ぎの収拾に向けてその場を去った後も教頭は暫く天を仰いでいた。
これは『先代』にも伝わる。
元より、隠せるものではない。
場合によっては『日和』が表に出てくるかも知れぬ事態に今から頭痛を覚えているのだ。
当の少女は何も知らぬまま、歯車は既に廻り始めていた。
混迷した一日である。
理事長室で噎せ返るほどの緑に囲まれながらも、そこだけは誤魔化しがきかない。
癒しが足りない…
平穏はいったい何処にあるのか。
いや、諦念はまだ早い。
何とか取り返せると信じたい。うん。今は取り合えずそれだけだ。
「大丈夫か…? 初日からこの騒ぎは予期していなかった部分もあってね。肝心の助けが遅れて済まなかった。因みにあれらは名乗ったか?」
無人の理事長室へ足を踏み入れてから数分後。
理事長こと叔母が駆けつけてくれた。
叔母の問い掛けに、弛く首を振った。
「いえ。何だか此方から尋ねるのも憚られて。…でも、彼らは高位の怪異ですよね」
「そうだ。ちっこい方が夜目一族の長子。怪談の王の血族だから、学園での通り名は『魔王子』。一緒にいたのは『風狸』だ。これは長子の傍付きにして異母弟にあたる」
夜目一族。
怪談の王。
異母弟…?
いや、最後については上下が逆ではないのか。
「逆じゃない。あれが弟だ。年齢も大分違うぞ」
聞けば200歳差だという。
怪異こわい。
しかし、聞けば聞くほどに平穏からかけ離れた語彙たちである。連続である。嫌な予感しかしないとは、これはこれで凄いのか。
「まず始めに、聞いておきたい。夜目一族のことはご両親からは?」
「聞いていません」
即答だ。速答でもある。きっと今までの人生でも、これより早い返答はなかったかもしれない。
何せ脳裏を掠めもしない。
自分に正直に反応したらこうなった。
「……わかった。うむ。どうしたものかな……あれも歴史を辿ればかなり面倒な家系だ。一から説明してたら日が暮れる。今はざっくり説明するから、追々補足していくのでも構わないか?」
「はい。お願いします」
もう頭痛がしてきた。
かなり、の強調が恐くて突っ込めない。
日が暮れるって…
まだ正午を回って一刻も経っていないのですが。
こわいな、夜目一族。
そして叔母が語った内容は大まかに以下の通り。
夜目は、夜を統べる怪異一族である。
御三家と呼ばれる名だたる名家の一つ。
現当主はその特異性から、怪異たちのなかで『怪談の王』と呼ばれている。
先程まで対面していた白い少年は、怪談の王の息子であり、一族の継子にあたる。
そして、彼もまた当主の特異性を引き継いでいる。
この特異性をして、彼は学園内で幇縛を受けている大妖のひとりに数えられているのだ。
因みにこの特異性。ざっくり言えば、対面したモノの最も恐怖を覚える姿形に擬態できるものらしい。
「……あの、もしかすると彼の幇縛は」
「そう。銀バッジだ。あれを意図せずに外したのだろう? 何か見えたか?」
苦笑しながら問われたそれに、戸惑いながら首を振る。
「いえ、特には何も」
「やはりか……ふむ。いや、予想は付いてたんだ。実際のところね。だが、まさか一日目にしてあれと遭遇するどころか、幇縛が外れた状況で対面するなどまさかに読みきれなくてね」
「…それは、どういうことですか?」
予想がついていた、と叔母は言った。
いかに観察眼に優れているとは言っても、辻褄の合わない発言であるのは確かだ。
まるで、入学前から意図していたような響きに自然と眉が寄る。
叔母は一瞬、理事長としての顔に戻って一息に告げる。
「日和の血は、夜目の影響を受けにくい」
「……何故ですか?」
先を続けるのが段々恐ろしく思えてきた。このまま聞いていけば、取り返しのつかない事実まで見えてきそうな予感がした。
叔母様、どうか程々に留めてください。
そんな内心の声を背景に、しかし話の流れとして沈黙も選べずに問い掛けていた。
「日和の方が、本来家格が上にあたるからだよ。夜目は元を辿れば、日和の分家筋に相当する」
…うん。沈黙を選ぶべきでしたよ。
結果として、告げられた内容に目眩がしてきました。
「いずれ知ることだけどね、本当はもう少し学園に慣れた頃に話すつもりでいた。だが、今日の騒ぎだ。今後はどう転んでも『夜目』、『瀧野入』辺りからの干渉は避けられないだろう。いずれは『辻』も出張ってくる。…まずは何にしても把握するところから始めないとな」
叔母様、容赦の欠片もないですね。
つまり、それだけ逼迫しているということだろう。
俯瞰で見ないと冷静でいられない自分の立場が、今はただ恐ろしいばかりだ。
「日和は、旧御三家の一つ。天候を司る一族だ。空を統べる家として、これより上位は無い。その直系の血筋に連なる君は、ハーフとはいえ日和の能も継いできている」
詰んだ。
旧御三家って。
空を統べる一族って…
終わりました。平穏な日々が。
父よ。あの軽い説明は何だったのか。
いや、本当に。天気予報云々言ってる場合じゃないよ。
痛い…
この情報は出来たら自分が生きている間に仕入れたくなかった。これは取り返しのつかないミスだ。
「日和が天の候を統べる一方で、夜目は地上の夜を統べる。古くからこの両家は密接な関係にあってね。…特に先代の頃は『日和』はかなりの知名度を誇っていたよ。ただ、今は代替わりの影響もあって曾てほどの権勢を誇ってはいない。そもそも先代はそういった点にこだわる性質でもなかった。寧ろ面倒だと思っていた節がある。だから、代の変わり目を利用して御三家の名を夜目に押し付けた。それが今の形だ。それに追随するように、当時御三家と呼ばれていた『日和』『朱鷺羽』『辻』は其々の分家筋に格を譲って表舞台を降りた。その時の騒動を怪異たちのなかでは『黄昏の改変』と呼ぶこともある。結果として、現在の御三家は『夜目』『蝶化身』『瀧野入』へ移行した。……ここまではいいかな?」
良くないです。
もう、旅に出たい。
「……もしかして、『夜目』以外にも学園にその御三家が在籍しているのですか?」
「That's light. そうだよ。まずは、『瀧野入』が今後どう出るかが問題でね。なにせ、あの五月姫は以前から夜目のに執心している。まあ、愛でていると言った方が正しいかな。それと…、壺組にも一人いるが気付いたか?」
……勘弁してください。
叔母様、獅子を千尋の谷に突き落とすを地でいくつもりだ。同様に可愛い子には旅をさせよと言う。
しかし、この通り可愛くはないですよ。
だから、平穏をください。
それと叔母様。何故切り返しを英語にしたの。
話を戻そう。
今はとにかく今後の指針を決めてかからないと。
流されたら、行き着いた先は地獄でした。
……なりかねない。学園怖いよ。
なんで御三家そんなに集まっているの。
あえてそこは別々の学区に分けてほしい。
「壺組にいるのは、死神一族だ。『朱鷺羽』だよ」
まさかの、接点ありだ…
死因を聞かれましたね。2番目の質問でしたよ。
そうなんですね。
今後は可能な範囲で、関わらない方向性で。
静かな生活を送ろうと思います。
「まぁ、何もこの御三家以外に大妖と呼ばれる面々がいない訳じゃない。家の名はともかく、ここは面倒な輩がそれなりに集まる学舎だ。今日は会わなくてもいつかは遭遇しただろう……ほら、そんなに気を落としてくれるな」
慰めになっていないですよ、叔母様。
……それなりに、って。つまりいるんですね。
早々に示唆しないでください。洒落にならない。
平静を保つのでやっとこですよ。
ああ、やはり甘かったよ。激甘だった。
自分の認識の甘さが、今になって自分をここまで追い込むことになるとは。
反省した。
私に先読みのスキルはない。
だから、もっと父や母に尋ねておけばよかった。
勿論、天気予報も出来ない。
けれども、『日和』の血筋に連なっているのはどうやら事実のようである。だから、改めて資料集めだ。自分の身の回りのことくらいは、認識して慎重な対応ができるように。
それが、遠回りでも。
きっといずれは、平穏の手助けになる。
……でも、暫くは父を無視したいな。
うん? 勿論当て付けです。
綺麗事だけで回るなら、人生こんなに複雑にはならないでしょう。
あ……、でもお昼に両親の仲を修復しようと決意したばかりだ。
どうするの、自分。
嫌だな。何処にも逃げ場がない。うーん。
「叔父様も、そんなに可哀想なモノを見る目でこちらを見ないでください」
追い詰められた心境の少女。その視界の隅に、どうやら収拾をつけて戻ったらしい叔父の姿が映る。
なんだか、心なし顔色が悪い気がする。
え、まさかこれ以上事態が悪化することはない筈だ。
え、まさか。
どうかこれ以上は勘弁してください。
「………済まない。『夜目』の説得に失敗した」
現実は無情だ。
嫌な予感しか当たらないよ。
もう、旅に出ていいですか?




