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9 初陣での初勝利

 「コタンシヤムの乱」は、作者による架空の合戦です。

 勝山館の南、1里半(約6㎞)離れたところ。


 付近は近くに海を望むほかは鬱蒼とした森林地帯。季節は初秋、まだ紅葉は現れていない。

 兵士達は獣道しかない狭い道のりを、えっちらほっちら息を上げながら歩いている。

 そして、今回の戦の原因について口々に語り合っている。


「なぁ、今回の戦って、なんで起きたんだ?」


「交易上の諍いだべさ」


 兵士達が言ってることは恐らく真実だ。

 アイヌ民族は領土欲に関しては淡白。狩猟中心の彼らに明確な土地の線引きは意味を成さない。もし原因があるとすれば、交易のトラブルにある。


 余談だが、史実では江戸時代に入ってくると、松前藩はアイヌに対する支配を強めてくる。

 その結果、一方的に和人側の要求が押し通るようになり、同時にアイヌに対する差別もどんどん深くなる。

 俺はそんな歴史を知っているから、改変が許されているこの世界ではそのような事態を未然に防ごうと考えている。


「おっ、あれが勝山館か?」


「気ぃ、引き締めていかんとな……」


 のんびり会話をしてはいるが、ここはすでにアイヌの占領下にある彼らの庭。

 何時、どこから攻撃が来るのかわからない。ここからは全員、最大限の警戒態勢を敷く。


 だが、開戦の合図は突然始まった。


「ぎゃあああっ!」


「うわあああ!!!」


 前衛の兵士から悲鳴が上がった。どうやら懸念していた奇襲攻撃のようだ。


「皆の衆、守りを固めよ!」


 全員、次の来襲に備え防御態勢をとり、慎重に周囲を見回す。

 そして息を飲み、森の中で相手の姿を探すが、叫喚の声は休む間もなく次々に上がった。


「グオオオオオッ!」


「ひぃっ、助けてくれえ!」

 

 敵は前方にいるのか? 悲鳴の上がったほうに視線を移してみる。

 しかしアイヌの姿は見当たらない。だとすれば、アイヌが今使っている武器はただ1つ。


(弓矢か……)


 だが、矢を放っている敵兵も見当たらない。隠れている場所が特定出来ないのだ。


 そのうち、矢は俺達の所まで飛んでくるようになり、俺は手持ちの槍でなんとかはじき落としてみせる。

 しかし、暴風雨のように隙間なく連射されているため、前に一歩も進むことができない。


「くっ、これでは進軍もままならん!」

 

 とは言え、矢も無限にある訳ではなく、飛び道具の嵐は一旦静まり返った。

 けれど、いきなりの奇襲攻撃に俺達は多くの兵を失ってしまった。


「アイヌもなかなかやるじゃないか」


 しかし俺は、不謹慎にも強敵の出現を喜ばずにはいられなかった。


 やはり戦とは一騎打ちだけではなく、戦術も醍醐味と考えているからだろう。

 普通なら小便を危うく漏らしそうになるところを、「チート能力」が楽しみに変えている。


 けれど状況は楽観視できない。こちらは大損害を被ったのに、向こうは一兵卒も失ってないからだ。


(仕方ない、ここでチート能力2つ目、御披露目といくか)


 相手方の戦闘員が発見できないといっても、それは目視の上でのこと。

 つまり「物理的な方法以外で」見つけられれば、発見も可能となる。



 ◆◆◆◆◆


 

「……ん?」


「アイツ、何をやっているんだ?」


 多くの兵士が前方の警戒に当たっている中、俺は静かに森林の木々を見つめた。

 俺の能力を知らない皆からすれば、戦の最中に『珍妙』なことをしているように見えるだろう。


「五郎、戦場であるぞ」


「まあまあ、少し待ってください」


 今俺の視界には、他の人には見えない「赤いゲージ」が、森のあちこちに一本ずつ見えている。この赤いゲージはいわば“相手のHP”だ。


 これが俺のチート能力2つ目、「周囲の生命体の体力を視認できる能力」だ。

 この能力のチートな点は、実は相手の状態を調べられるところだけではない。


 この赤いゲージの下には、敵兵が存在する。

 味方の体力ゲージは青色で示されるから、敵味方の区別は一目瞭然だ。つまり隠れていても判るため、伏兵も一発で探し当てることができる。

 

「父上、敵の居場所がわかりました」


「な、なんだと!?」


 目を凝らしても誰もアイヌの兵を発見できない中、俺の宣言に周囲がざわめく。


「しからば、俺に弓矢を渡してください。一発、やり返してみせましょう!」


「おおっ!!」


 自信の表れか、出任せに大言壮語が飛び出してしまった。

 しかも俺は、自分で言うのもナンだが「蝦夷地一番の武辺者」との呼び声が高い。

 

 蠣崎方の武将、兵士たちは全員、そんな俺に最大限の期待を投げかける。

 プレッシャーには強い自信はあったが、まるでステージ上に1人で発表をやるときのように、激しい緊張感が俺を取り巻く。

 俺の心情に呼応して、腹も下ってゴロゴロ音を立てる。


(前世の時から俺は、緊張すると腹にくるなぁ……)

 

 しかしアイヌの追撃がない今こそ、反撃の絶好の機会。これを逃してはならない。

 俺は父から弓矢を受け取り、俺にしか見えない赤いゲージの方向へ弓を構える。


 鍛錬では何本も放っていたが、実戦では初めて撃つ。しっかり狙っているつもりだが、自分の手はプルプル震える。


(ちゃんと当たれよ、俺の矢!)


 そして俺はついに、一本の矢を発射した。

 振動する手で撃ったとは思えないほど、矢はキレイな放物線を描く。



「ぐっ、オワアアアアッ…………!」


 そして狙ったあたりで、呻くような叫び声が聞こえた。どうやら命中したようだ。


「……う、ウオオオオオオッ!!」


 そしてその命中は、そのまま味方の鼓舞にも繋がった。さながら俺は、源平合戦のときの那須与一となっていた。


「吉兆なり! 皆の者、今こそ反撃の時ぞ!」


「おおおおおっ!!!」



 ◆◆◆◆◆


 

 その後の蠣崎軍は、優勢に転じた。

 勢いづいた味方は、季広さんを筆頭に続々進撃する。アイヌも必死に応戦し、兵力と地の利を利用するも、俺の前には意味をなさなかった。


「うおりやぁ!」


「アアアッ!」


「はいやぁ!」


「ひいいっ!」


 俺はチートな身体能力に頼り、流れに任せるままに敵兵をバッサバッサと斬り倒していく。

 俺も有頂天になり、普段言わない大胆発言も堂々と飛び出す。


「さあさあ、俺とまともにやりあえる奴はいないのかあ!!!」


「ひいいっ! ばっ化け物だあぁぁ!」


 槍も通じず、矢もあっさりはじき返す俺を前に、アイヌの軍勢は為す術が無かった。

 相手の戦力が次第に削れていく。そんな戦場で無双する俺を、怪物扱いする者も現れ始める。


「撤退、撤退!!」


 自分たちの不利を悟ったのか、昼過ぎにはアイヌ兵は勝山館のほうに退却。

 蠣崎軍は、一応の勝利を収めたのであった。


「お味方、大勝利!」


「うおおおおおおっ!!」


 勝ちに湧く味方。しかし、俺たちは局地戦を制したに過ぎない。

 とは言え、奇襲を受けて崩れた体勢をよく戻したものだ。そこは喜ぶべきことなのだろう。  

 とりあえず今は、小さいながらも楽しい祝勝会を楽しもう。

 


 ―――勝利の美酒に酔いしれる陣中。だが、戦いはまだ始まったばかりだ。

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