閑話 政略結婚
閑話については武親視点を離れ、2話続けて三人称形式となります。
蝦夷地の使節団が、士官学校に向けて出発した数日後の夜のこと。
「お呼びでしょうか、父上」
「イングリッド……ゴホッゴホッ、よく来てくれた」
ここはクヌーテボリ宮殿内にある、国王ヨアキム1世の私室。
そこに、咳に苦しめられながらベッドで寝ているヨアキムと、そんな様子の父を見つめるイングリッドの姿があった。
「最近は病状の悪化が顕著のようですね、父上。私と話をするよりも、ごゆっくり休まれてはいかがですか?」
普段は一人称が「妾」で古めかしい口調のイングリッドも、父・ヨアキムの前では普通の敬語調となる。
一方のヨアキムは、持病の悪化から言葉を口に出すのも辛い状態だ。
そもそも蝦夷地の使節団との謁見も、宴も、無理を押して臨んでいたのだから。
「何、それほど時間は掛からん。話したいのは、お前の結婚相手についてだ」
「結婚相手ですか」
イングリッドの年齢は19歳。立派な妙齢の女性である。
そして王族の常識として、これはまさに政略結婚であることは想像に難くない。
「うむ。して、その相手なんだが……」
「一体、どちらの方を……」
ヨアキムの口から伝えられる、肝心の結婚相手とは……、
「蝦夷地の領主、蠣崎季広の長男・舜広だ」
「……蝦夷地の方ですか?」
先日、矛を交えたばかりの相手、蠣崎家の人間であった。
そして、イングリッドは脳内で必死に舜広についての記憶を辿っていく。
そういえば、和睦の場で季広の三男・慶広の前に居たような……。
「相手も数えで23と適齢。少なくとも年齢面での不釣合いは無い」
「年齢が問題ではありません。知りたいのは、その理由です」
国内の貴族ではなく、なぜ遠くは異国の地の人間と結婚するのか。
王族に取り入って権力拡大を狙う貴族もいる中、反対に回る者が出てきそうなものである。
だから、彼女としては父の意図について訊きたかったのだ。
「――かの宴において、世界が融合したという話が気になっての……ゴホッゴホッ。……あの後、大臣やアストリッドをはじめとするパトロヌス教の聖職者にも聞いてみた」
「ええ。確か世界樹の異常が原因でしたね。そして私が調べたところでは、世界樹を“治す”ためにも是非世界征服を達成し、秩序を保たなければならないと」
「だが世界樹の異常が治れば、本来異世界の土地である蝦夷地などはこの世界から消滅するやもしれぬ」
「……和睦の内容に併合のことを記さなかったのは、結果的に幸いなことだったかもしれませんね」
「そう願いたい。せっかく征服した土地が国家的な最終目標である『世界征服』を達成することによって……ゴホッゴホッ……失われることがあれば、王国の屋台骨が揺るがされる事態も考え得るからのう……ゴホッゴホッ……」
「……」
世界平和のための世界征服を掲げるミュルクヴィズラント王国。
しかし一方で、軍部を中心に自らの領土欲に従って世界征服を支持している人も大勢いる。
それに王国は以前から、国の功労者に征服した土地を褒美として下賜もしていた。
蝦夷地の人間には伝えなかったが、蠣崎家との和睦内容を決める際も何回か揉めていたことは、2人の記憶にも新しい。
そんな負の側面もあるため、世界征服達成後に王国側としては領土を失えば最悪、一気に国が滅ぶ可能性もあるのだ。
それらのリスクを考え、敢えて蝦夷地を要求しなかったヨアキムの選択は正しかったと言える。
「だが、全く影響力を置かないのも考え物。よってお前の仕事は……ゴホッゴホッ……蠣崎家に協力しつつ、異界の地の者どもが我が王国に反旗を翻さぬよう現地で監視することだ……ゴホッ、ゴホッゴホッ……!!」
「父上! お気を確かに!」
気道を塞がんばかりの席に苦しむ父の背中を、イングリッドは優しくさする。
「ハハハハ……案ずることは無い。どの道、朕の命はもう長くはない。それよりもお前は、自分が為すべきことに注力してくれい」
「父上、そんな悲しい言葉をおっしゃらないでください……」
「お前こそそんな悲痛な顔をするな。お前は次期国王なのだからな……。では、よろしく頼む」
「……了解しました」
「うむ、下がって良い」
ヨアキムの言葉通り、イングリッドは彼の私室を後にした。
父の体の具合を憂慮しながら……。
◆◆◆◆◆
「手放しには喜べないお話でしたわね、お姉様」
イングリッドが廊下に出ると、扉のすぐそばに妹・ヴィクトリアの姿があった。
「相変わらず趣味が悪いのう、ヴィクトリア。人の会話を盗み聞きするとは」
「偶然、通り掛かっただけですわ」
「言い訳も相変わらずじゃ」
ヴィクトリアの盗み聞きする癖は昔からのこと。
幼少の頃から慣れているため、もはやイングリッドとしてはそれほど気にも掛けない。
「と、とにかく! お父様のお体の具合が優れぬうちに結婚しても、お姉様としては十分な祝福を感じられないのではないかと、わたくしは……」
「ヴィクトリア、申したいことはそれでは無かろう。本当のことを話すのじゃ」
イングリッドが真剣な表情になったのを見て、若干取り乱したヴィクトリアも彼女と真摯に向き合う。
「……率直なお話、お姉様はお父様の指定なさった結婚相手をどのように思っていらっしゃいますの?」
単刀直入なヴィクトリアの質問に、イングリッドは少し悩んでしまった。
「どのようにと申されてものう……顔もよく覚えおらぬ男に感想など抱けぬ」
「同感ですわね」
イングリッドの意見に同調するヴィクトリア。
そして彼女は、蝦夷地に対するえげつない計画を自分の姉に提案する。
「わたくしがお父様でしたら、領主の三男・蠣崎慶広を何らかの方法ーーたとえばクーデターなどで領主に仕立て上げ、彼と婚約させたほうが王国にとっては有利だとは思いますわね」
「……我が妹ながら、恐ろしい事を考えるものよのう」
ヴィクトリアが提案したのは、場合によっては蝦夷地全体を転覆させかねない計画。
もちろん、彼女自身もこれは本気ではないようだが。
「では問おう。その意図するところは?」
「蠣崎慶広、不破武親、リシヌンテ……あの3人は、蝦夷地の住人の中では極めて特異な人物と見ていい方々ですわ。何せ、蝦夷地には魔法の存在自体を知らない者が大多数のはずなのに、あの方々は何故かご存知でいらっしゃいました」
「ああ、それにアストリッドの神託に対しても妙に冷静じゃったな。他の皆は度肝を抜かれておったのに。その上、リシヌンテ殿に至っては新たな神託までよこしおった」
「でしょう? そう、あの3人こそ、王国の世界征服事業を最も理解していただける方々。そのような彼らに蝦夷地を支配してもらったほうが、王国側としても都合が良いとは思いますが」
「ヴィクトリア」
王国優位の戦略を延々語るヴィクトリアを、イングリッドは右手をかざしながら一言で閉口させる。
「確かに王国にとっては都合の良い戦略じゃ。じゃがその戦略をとっては、蝦夷地の民が犠牲になる。『世界平和のための世界征服』を標榜する妾達が、それではいかんのじゃ」
「それは承知の上ですわ、お姉様。あくまで王国側主体の希望的観測です」
「それなら、良いのじゃが……」
ホッと胸を撫で下ろすイングリッド。
だが一方で、ヴィクトリアの戦略眼の高さと、場合によっては手段を選ばない思考が垣間見えることになった。
「それでは、失礼致しますわ」
そう挨拶してすれ違う妹の背中は、どこか冷徹で狡猾だった。
ーーそしてヴィクトリアの思惑は、彼女の意図しない形で現実のものとなる。




