73 ラウラの初陣
ディンケラ山賊団と戦闘を開始してから、およそ1時間が経過した。
場所はセーデル王立士官学校とヴェーテ村の間にある山道。
周辺には木々が沢山生い茂っている。人数で劣る俺達は、これらの木々の陰に隠れながらゲリラ戦術をとっていた。
だが、戦況は思わしくないものであった。
「守護者の太刀筋!」
ラウラが頭目であるゴッドフリードに斬りかかる。
だが、ゴッドフリードはそれでやられるような男ではなかった。
「安易に魔法に頼るたあ、大したことねえ嬢ちゃんだなあ」
「!」
ゴッドフリードは、片手だけでラウラの渾身の一撃を食い止める。
伊達に大陸中に名を轟かせている山賊ではない。命のやり取りをする中でも、余裕の表情を見せている。
それを見たラウラは、間をとって後ろに下がらざるを得なかった。
「なんてことッスか……」
「隊長! 危ない!」
「へ……? ――うわあああ!!」
しかし戦場に息つく暇などない。
山賊の1人が斧でラウラの首をはねようと、大きく横に振るう。
が、ラウラは持ち前の素早さでしゃがみ込み、間一髪で事無きを得る。
「危なかったッス……」
「ラウラちゃん……」
「武親、よそ見するな!」
「おっと、いけね」
そして息つく暇が無いのは、俺達も同じだった。
護衛小隊の皆も頑張ってくれてはいるが、さすがに防衛線を突き破ってきた何人もの構成員が、俺達の元にも襲い掛かってくる。
「はあっ!!」
「ぐわああああ!!」
だが少数であるのが幸いし、1人、また1人と次々に斬り伏せていく。
「ハッ……それでもやっぱ、キツイな」
「疲労で、太刀筋が安定せぬ」
「拙者も同じくであります……備中守殿」
「矢も狙いが定まらないわね……」
しかし疲労の影響は既に出ている。体力と集中力が底を尽きかけている状態だ。
そんな俺たちの元に、一時退避してきたラウラが走ってきた。
「ハァ……ハァ……」
足取りの重いラウラを抱きかかえると、彼女の顔や服が汗でぐっしょりと濡れていた。
何せ、彼女にとってはこれが初の実戦。訓練での戦闘との乖離を前に、負担が重くなっていたようだ。
「ご、ごめんなさいッス……。偉そうに魔法とか、歴史とか教えておきながら……自分が、情けないッス……」
「ラウラ……」
すでに護衛小隊のうち、すでに十数名が戦死。
ただ、それ以上に山賊団のうち60人が地面の上に斃れている。
むしろ初実戦にしては本当に良くやったほうと言えるだろう。
もっとも、山賊のほうが隊員を生け捕りにしようとしていたため、そこが付け入る隙となっていたのも要因ではあるが。
だが生け捕りを諦めた山賊は、次々に隊員を倒していった。
俺はラウラの頭をなでながら、必死に慰める。
「慶広、ラウラちゃん、これ以上の戦闘は危険だ。別に俺達は山賊討伐の任務を請け負っているわけじゃない。ある程度、山賊団にダメージは与えたんだ。ここは退却した方が安全だ」
「だが、誰が殿を務める? 相手は余達を限界まで追い詰めるつもりだぞ」
「そ、そうッスね……。ディンケラ山賊団は、一度襲ったらしつこいことで有名ッス……」
確かにそれは分かっている。
だがゴッドフリードはともかく、他の部下は俺のチート能力であっさり倒せるレベルだ。だったら……
「――俺がやる」
「何だと?」
「た、武親さん……正気ッスか……?」
「慶広は正使、ラウラは隊長。どちらも俺達にとっては欠かせない人材だ。あんたたちを殿にするわけにはいかないさ」
それに、これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。
ゴッドフリードと直接対決しなければ、少なくとも使節団の皆と生き残っている隊員を逃がす自信はあるしな。
相手を無理に討ち取らないのが殿の常識であるとはいえ、あわよくば頭目以外全員を討てるかもしれない。
「であれば、私も殿の任に就きます」
「ラグンヒルさん?」
「護衛の任は最後まで果たしてみせます。使節団の人に、負担はかけさせられません!」
そう宣言するラグンヒルの顔は、使命感に満ち溢れていた。
これは断るわけにもいかないな。
「じゃ、一緒にやろう」
「はい!」
こうして、俺とラグンヒルの2人で殿を担当することになった。
「! 双方とも、危のうござる!」
季貞の指摘を受け、俺は再び刀で山賊を3人斬り捨てる。
時間が無い、他の人には急いで戻ってもらわないと。
「他の皆! 早く逃げて!」
「季貞、宗継、季遠、レスノテク、リシヌンテ。余達もここから離れよう」
「御意!」
「退却、退却ー!!」
ラウラの命令によって、戦闘を継続していた隊員も士官学校方面に退き始める。
「では、やりましょうか!」
「合点承知の助だ」
拳を合わせる俺とラグンヒル。
「俺の名は不破五郎武親! 我こそはと思う者は、我が首を捕って手柄とせよ!!」
俺は山賊に向かって腹の底から咆哮をあげる。
こうしてコタンシヤムの戦い以来、人生で2度目の殿がここに始まった。
◆◆◆◆◆
「だいぶ、山賊団の数も減りましたね……」
「ハァ……ハァ……。どうやらそうみたいだな」
殿の任に就いてから1時間後。
俺とラグンヒルの奮戦の結果、ディンケラ山賊団はその数を100人までに減らした。
他の使節団一行や護衛小隊の姿が完全に視認できなくなったタイミングを見計らい、俺達もようやく退却を始めることが出来た。
当然、俺達も命を失うわけにはいかず、迫りくる山賊に要所要所で攻撃を加えつつ、全力で慶広達の後を追った。
それでも、士官学校が見えるまでは本当に地獄そのもの。
山賊と言う名の死神が、容赦なく俺達を三途の川の向こうに追いやろうと、血眼になってつけてくる。
士官学校がようやく視界に飛び込んできたところで、山賊団はついに追撃の手を止めたのだ。
「それにしても……さすが王女殿下と決闘を繰り広げただけはありますね! あの屈強な山賊を、あそこまで軽々と倒し続けるなんて!」
「はははは……どうも。これでも蝦夷地では“武辺者”と称されているみたいだからね」
しかし使節団のメンバーは無事だったが、結果として護衛小隊が壊滅したのは事実だ。
これだったら、最初から前線に出てきて戦った方が良かったのか……?
「それに引き換え……私ときたら情けないものですね……。かれこれ10年は王国軍に所属しているのに……」
いや、ラグンヒルたちにもプライドはある。
最初からそうしてしまっては、彼女たちの沽券にも関わることは想像できる。
あの隊員の死体は、彼女たちの覚悟の表れと考えるべきだろう。
山賊の慰み物となることを良しとしない、高潔さが窺える。
そういえば、ラウラは大丈夫なのかな……。
「ああ……そう、だな……」
「た、武親さん……?」
「あ、あれ……め、目が……」
や、やばい……。危機を脱したかと思ったら、急に眩暈が……。
限界を超えて、体を酷使し過ぎたか……。ダメだ、倒れる……ぞ……。
士官学校を目前として、俺はとうとう意識を失った。




