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67 翻訳、そして決闘

 大聖堂での行事が終わった後も、俺達は工房や港の視察に回った。

 行く先々で頑張ってメモを取りながら、必死に知識を吸収しようととにかく奮闘。

 それらが終わる頃には、既に日も暮れていた。そこで今日の所は、宮殿のほうに戻ることになった。

 

 パトロヌス教に入信したかって? それに関しては取り合えず保留。

 経済的なことを考えたら、史実でのキリシタン大名のように貿易の利を狙って入信すべきなんだろうけど。でも今のところは様子を見たい。

 それに俺にとって、ミネルヴァやフレイアたちは信仰の対象と言うより、“友達”って感じだから。


「むにゃむにゃ……この酒も旨そうだじょ~……」


「すやすや……」


 もともと、戦国時代の人間は寝る時間が早いもの。

 本来の就寝時間を超えて活動していたため、季貞達が寝付くのに時間は殆ど掛からなかった。


「ヤバ……俺も寝ちゃいそうだ……」


「待て武親。仕事を途中で放棄するのは良くないぞ」


「だってなあ……」


 一方、俺と慶広は午前中に購入した大量の本を翻訳する作業に取り掛かっていた。

 だがパソコンもコピー機もこの時代にあるはずがない。勿論、筆を執っての手作業。

 正直、骨が幾らでも折れそうだ。チート能力の1つ『他言語翻訳』を行使しているとはいえ、作業開始からまだ1冊も終わっていないのだから。


「おや? まだ寝ないッスか?」


 そこにメイド服姿に戻ったラウラが、差し入れを持って部屋に入ってきた。


「ああラウラか。何せ、余と武親しか本を訳せるものがいないのでな。ま、これも国の発展のためと思えば苦ではない」


「と言っても、俺はいい加減寝たいんだけどね」


「おい」


「そうだったんスか。ではこれ、差し入れの紅茶ッス。明日も早いから、無理しちゃダメッスよ」


「ありがとう、ラウラちゃん」


「では、失礼するッス」


 ラウラは今日は静かに部屋を後にした。


「では、再開しようか」


「さあて、寝るかー」


「待てと言ってるだろう、おい」


 ベッドに戻ろうとした俺だが、慶広に強引に引き戻され渋々翻訳作業を再開した。しかしそれから30分と経たないうちに、俺はテーブルの上に突っ伏して熟睡した。



 ◆◆◆◆◆



 2日後。俺達はクヌーテボリの街を出て、ヴィクトリアやラウラ達が卒業したセーデル王立士官学校を訪れた。

 士官学校までは50㎞あったため、昨夜、士官学校近くの宿で一泊してからの訪問となった。


 士官学校の建物は赤レンガ造りで、多くの校舎や訓練施設等を有し、敷地の真ん中には(タワー)もそびえ立つ。


「ここに来ると、帰ってきたなーって感じがするッス」


 ラウラは懐かしそうに校舎を歩く。 

 ちなみにラウラ率いる小隊の中で士官学校出身は、彼女だけだそうだ。


 戦国時代の日本でたとえるならば、下野(現・栃木県)の足利学校と言ったところか。

 もっとも足利学校では兵法や医学も教えていたが、中心学問は儒学だ。

 でも足利学校から遠い地に暮らす戦国武将は、出身者に仕えてもらって個人的に師事してもらうこともあったそうだ。

 

 とはいえ、俺の一族は父も含めて全員独学だったけどね。


「皆ー! おはようッス!」


 校舎に入ると、先導していたラウラが開口一番に生徒に向かって大声で挨拶した。


「お、おい……あの制服って……」


「親衛隊の方かしら……?」


「し、親衛隊って言ったら、王国軍の中で最も名誉ある部隊じゃないか……!」


「そうね……。それにその後ろの人達、見慣れない格好をしているからきっと外国の使節団よね……」 


 すると波紋を広げるように、生徒たちは一斉に噂し始めた。

 それに彼らの発言を聞くに、親衛隊はエリート部隊のようで、彼らにとっては近寄りがたい印象がある様子。


「お、おはようございます……」


「べ、別に緊張しなくていいッスよ。自分はまだ、戦場を経験したことが無いヒヨッ子士官ッスから」


 軍隊では階級がものを言う。年上であっても階級が上のラウラに敬語を使うのを忘れない。

 皆、一様に敬礼を以て挨拶を返す。


 だが、俺の言えたことではないが本当の意味での礼儀を弁えない者もいる。

 校舎を校長室の方角に進んでいくと、ある1人の男性士官候補生が俺達の前に現れた。


「これはこれは……誰かと思えば、ラウラさんではないですか。――いや、今は親衛隊所属のラウラ・ミュルダール少尉と呼ぶべきでしょうか」


「……はぁ、面倒臭い男に当たったッスね」


 年齢はラウラより5歳くらい年上と思われる、メガネを掛けた青年。

 その出で立ちはエリート然としていて、どこか鼻にかけたような態度だ。


「ラウラちゃん、こいつ誰?」

 

「自分より1年後輩のエイヴィン・ウルリヒ。見ての通り、敬語を常用しているくせに誰に対しても尊敬の心が無い、困った男ッス」


 なるほど、つまりアストリッドの男版ということだな。

 ラウラの評価通り、確かに面倒臭くて困った男というのはわかる。


「おやおや、相変わらずつれないですねミュルダール少尉。しかしそのような態度を見せては、後ろの蝦夷地からの使節団に迷惑がかかるのでは?」


「それはこっちの台詞ッス! とにかく、自分たちはこれから校長室に向かうッスから、邪魔立てしないで欲しいッス」


「そういうわけにはいきませんね。何せ僕は、そこの男性に用事があるのですから」


 そう言ってエイヴィンが指したのは俺……ではなく、隣にいた季遠。

 

「拙者にて候か」


「ええ、そうです」


「如何様にござるか?」


「領主の子息たる蠣崎慶広さんや、ヴィクトリア王女殿下と決闘を申し込んだ不破武親さんの名は小耳にはさんでいます。

 しかし、それ以外の人物の名は聞こえてこない。ですので、僕としてはあなたの実力を試したい。どうでしょうか?」


 コイツ……上手い事言って、実は結構小物じゃないか?

 あからさまに俺や慶広と闘うことから避けているようにも見える。

 ともあれ、そんな彼からの急な果たし状に対し、季遠の答えは――


「武士たる者、戦場より逃げたるは恥。……承知にて候」


「有難いこと。では場所は……」


「ちょっと待つッス! 訓練と実戦以外で武器を扱うのは私闘になるッス! 発覚したら即、退学ッス! エイヴィン、何考えているッスか!?」


 すでにこの場で決闘する気満々の季遠とエイヴィンの間に、ラウラが割って止めに入る。


「そうでしたな。――でしたらミュルダール少尉、あなたはこれから校長室に向かうのでしょう? そこで決闘の許可状を出して貰いたい」


 しかしエイヴィンも屈せず、ラウラと取引に出る。


「ぐっ……確かに校則では、校長の監視の元での決闘は認められているッスが……。でも許可が出た事例はほんの数回ッスよ? それに……」 


「ふふふ、別に相手を殺すための決闘ではありませんよ。あくまで『実力を試したい』だけですから」


「分かったッス。でも、許可は下りないと思うッスよ」


 結局ラウラのほうが折れて、彼女は校長に決闘の許可申請をしに校長室へ向かった。

 まさかの展開だな。いきなり士官候補生に決闘を申し込まれるとは。

 だが闘う以上、季遠にはこんな小物に負けてほしくはない。

 

 俺達は、ただ季遠とエイヴィンの2人を見つめるのみだった。

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