64 書店
翌日。俺達は宮殿前の広場に集まっていた。
「それでは皆さん、出発ッスよー!」
「はいっ!!」
「うぃ~っす……」
しかし、元気なラウラや彼女率いる護衛の小隊(魅力的なことに、全員女性)とは裏腹に、俺達7人は昨日の疲れがあまり取れていなかった。
その上、霊泉でのぼせた影響が依然尾を引いているらしい。
「本当に大丈夫ッスか……?」
「正直、キツイ……」
「某も、先日は少々飲み過ぎたでござる……」
俺達の様子はさながらゾンビそのもの。顔はやつれ、意思も無く不気味にラウラたちの後をふらふらとつけていく。
そんな俺たちに、護衛小隊の隊員も引き気味であった。
「隊長。蝦夷地の使者が“死者”にしか見えず怖いのですが」
「変なダジャレはやめるッス! 気にしちゃダメッス!」
「はあ……」
異世界2日目、実に締まりのない一日のスタートであった。
◆◆◆◆◆
しばらくして、俺達は昨日宮殿に向かう途中で一度通った商店街に立ち寄った。
「ここはセントルム商店街ッス。殿下のお話では、一度立ち寄られたらしいッスね」
「ああ。ただ昨日は宮殿での行事が最優先だった故に、殆ど店の中まで入ることは出来なかったが」
「蝦夷地に持って帰りたいものいっぱいあるしね」
「では、今日はお店一軒一軒を詳しく見ていくッス!」
最初に案内された店は、かなり大規模の百貨店であった。
「かように大なる商い処は初めてにござる」
「松前では、到底考えられぬ規模でありますな」
「壮観にて候」
店内の様子は、まさに現代日本で言うデパート。 地上5階建てで、内部には大小さまざまな店舗が参入している。
この状況に、さっきまで倦怠感満載だった俺達も途端に目をキラキラと輝かせ始めた。
「ね~レスノテク、こっちに面白いものがあるよ~!」
「ちょっと待ちなさいリシヌンテ。……もう、本当に子どもなんだから」
他の皆が異世界での未知の文物を前にして、まるで子供のようにはしゃぎ回る中、俺と慶広はデパート内のある書店に立ち寄っていた。
俺達の付き添いは、当然小隊長のラウラであった。
「物に関しては季貞達に任せるとして、余達は思想について学ぶとしよう」
「そうだな……」
その書店は売り場面積こそ小さかったが、棚には天井までびっしりと本が並んでいた。店内には、立ち読みをしている人も大勢見受けられた。
「ねえラウラちゃん。王国の人の識字率って、結構高いのかな?」
「そうッスね……都市部に関しては9割近いと思うッス。でも田舎に行けばいくほど、当然ながら識字率下がっていくッス。酷いところでは1割もいない地域も」
「極端だな、おい」
クヌーテボリの街を歩く限りでは、ミュルクヴィズラント王国はかなり繁栄している国だと感じていた。
だが、相当地域間での格差が広がっているみたいだ。
「知っているかもしれないッスけど、この国は拡張政策によって国土を広げているところッス。けれど征服した地域によって、教育に関する考え方が違っていたッス」
「なるほど。貴族並の生活水準を持つ人間しか、学が無い地方もあるというわけか」
「それだけではないッスけど、それも正解ッス」
江戸時代、日本の識字率が世界一だったことを考えると、だいぶ事情は違うみたいだ。
近世の日本では、庶民でも手習いをしない子供はあまりいなかったらしいし。
もっとも戦国時代に関しては、日本も識字率はそこまで高かったわけでは無かったのかもしれない。
ただ、寺院での説法などで培われた論理的な思考法は、本来の歴史においても西洋の宣教師を唸らせたものらしい。
中には、日本人の話を聞いてキリスト教がだんだん信じられなくなって、棄教した神父すら存在したというエピソードもあるくらいだ。
「王国自体は、教育大国をスローガンに掲げているッスけどね」
「ともかく、世界的な太平の世を築くうえでは、教育が欠かせないのだけは判明している」
「とにかく、これから魔法も並行して勉強する以上、俺達もこちらの世界の文字を原文でも読めるようにしておかないとな」
先の戦が始まる直前の最後通牒で『ミズガルズ』の文字が読めたのは、単に女神からのチート能力によるおかげだ。
確かに意味を解するのが目的であればそれで十分だが、これからは原典を原文で読む必要も出てくるかもしれない。
そうだ、もう1つここで聞きたいことがあったな。
「ラウラちゃん。魔法って、意味さえ合ってれば言葉が違っても同じ魔法を発動できるのか?」
「出来るかと言えば出来るッスね。ただ意味と効果が同じでも、公式には非常によく似た別の魔法という扱いにはなるッスが」
取り扱われ方が、微妙なところで複雑なんだな。
だがこれで、蝦夷地に帰ってから地元の住民たちに、純粋に日本語やアイヌ語で魔法を教えることも出来るということが分かった。
それに、慶広やリシヌンテが『ミズガルズ』に来る以前から魔法を利用できた理由も。
取り敢えず、魔法に関するノウハウを習得出来れば良い。
別に俺達にとっては、公式の扱いなんぞ知った話ではないからな。問題は、その実用性だ。
「ひとまず、俺達の学習のためにも訳本でも書いてみようかね」
「だが、季貞達をはじめ純粋な戦国の日本人にも教えるとなると、余達が書かなければならぬ写本の量が馬鹿にならない。こちらの言葉を瞬時に解読できるのは、今の所、余達しか居ないのだから」
「最初はそうだろうな。けど、ある程度の冊数が書き上げられれば、後の部分は市井の人間にでも任せればなんとかなるべ」
現代日本みたいにコピー機でもあれば楽なんだけどな。
一応、この時代にも活版印刷はあるらしいが、漢字文化圏の日本語や中国語にとっては使い勝手が悪いし。
手書きによる写本が最も現実的だろうね。
こうしてみると、現代日本で自殺したことがつくづく悔やまれる。
その後俺達は、実に100冊以上の本を購入した。




