58 謁見の間と宴の間
「お父様、お母様。蝦夷地からの使者をお連れして参りました」
「御苦労」
俺達は、クヌーテボリ宮殿の謁見の間に通された。
そして一番奥の2つの玉座に座る人物こそ、ミュルクヴィズラント王国の国王とその王妃なのだろう。
……ああ、緊張してきた。
蝦夷地にいた時には、たとえ季広さんに初めて挨拶に行ったときでも、ここまで張り詰めたことは無かったのに。
やはり一地方の大名――領主と、大国を統べる者とでは風格が違うんだろうな……。
「よくお越しになった。朕はミュルクヴィズラント王国第2代国王のヨアキム・エイナル・ミュルクヴィズラント。世間では“ヨアキム1世”の名で通っておる」
「私は王妃のマルティナ・リスベツ・オクセンシェルナですわ」
国王と王妃の姓が違う。と言うことは、王国の少なくとも中心的な地方は夫婦別姓と言うわけか。
対して戦国の日本は……実はよくわからない。
何故なら、明治が始まるまで女性は自分の苗字を公にはしなかったからだ。
確かに実家の苗字で知られている女性もいるが、それらはあくまで通称。
本当のところは、現代日本でも説が分かれていたし、当事者となってからの俺自身もあまり気にして過ごしていなかった。帰ったら確かめてみるか。
それに2人とも、俺達の誰よりも背が高いと見えた。
玉座の前の段差なんて無くても、きっと俺達は見下ろされることになるだろうな……。
いやいや、俺達は今回は正式な使者なんだ。ビシッとしないと。
松前からの贈呈の品を献上したところで、俺達は自ら名乗り上げた。
「余が正使である蠣崎若狭守季広が三男、蠣崎新三郎慶広だ」
「俺は副使の不破五郎武親です」
「某は厚谷備中守季貞と申す者にござる」
「拙者は南条宗継であります」
「小平季遠にて候」
「リコナイの首長、レスノテクよ」
「チリオチの首長チコモタインの娘の、リシヌンテで~す!」
パリッと決めた感のある和人側に対し、アイヌ側はわりと普段と変わらない態度であった。
さて、俺達のこと、国王陛下と王妃殿下の目にはどう映ったんだろうか?
「ほう……なかなか興味深い者どもだな。贈呈の品も然り。のう、マルティナ」
「ええ。大陸のいずれの国とも異質な文化をお持ちのようで」
大陸のいずれの国とも、ねえ。つまり異世界『ミズガルズ』においては、日本に相当する文化圏の場所は無いってことか。
恐らくあの2人の俺達を見つめる目は、前世の世界で言うオリエンタリズムに近いものだろう。そんな感じもする。
「それはともかく、此度は遠路はるばるお越しになった客人をもてなすべく、朕から盛大なパーティーを用意しておいた。後で宴の間に来るとよかろう……ゴホッ、ゴホッ……」
「陛下!?」
「す、すまぬ……異国の客人に会うため、今日は無理を押して謁見の間に臨んだのだ……ゴホッゴホッ……」
随分、体調悪そうだなヨアキム国王は。何の病気なんだ?
するとそこに、ヴィクトリアがそっと耳打ちをしてくれた。
「――お父様は、ここ数か月病床に伏せておりましたわ。それも、正体不明の病に冒されて」
「正体不明の病?」
「ええ。国中の医者に診せてもらいましたが、結局不明のまま。治療も施せず、わたくしたちも困惑しておりますの……」
うーむ、ミュルクヴィズラント王国の医療技術のレベルがまだわからないからな。
果たしてヨアキム国王の病気が、現代日本では完治できるものなのか、それとも最先端の医術ですら手の打ちようがないものなのか。
俺の医療関係の知識は、市販の刊行物をかじっただけのもの。そんな俺にまともな診察や治療は出来ない。
「なんで、そんな無理してまで……」
疑問に思い訊こうとしたが、ヨアキム国王がそれを遮った。
「ゴホッ……客人どもよ、心配召されるな。それよりも、宴の席でお前たちの国についてゆっくりお聞かせ願いたいのだが」
「……わかりました」
その後謁見の間での儀式が終わり、俺達は宴の間へと案内された。
◆◆◆◆◆
宴の間に入ると俺達は三度圧倒された。
「う、うむ……」
「すっげえ、豪華……」
「どうやら、王国中の王侯貴族がお出ましのようだ」
慶広の言う通り、内装、食事の両方に贅を凝らした広大にして壮麗な部屋の中には、既に数多くの人々が臨席していた。
それも“異世界”らしく、様々な種族の人達の顔も見える。
出席者は、総勢で約300人といったところか。こんな豪華なパーティーは、前世現世含めて初めての体験だ。
「……つーか慶広。あんたなんでそんなに冷静でいられるんだ?」
「経験の差、だ。前世のな」
はいはい、そーですか。
さすが、前世では名のある退魔師一家の跡取りだった人は違いますな。俺みたいな、ド・庶民だった奴とはな!
「酒は何処ぞ? 酒は何処ぞ?」
「備中守さん、少しは落ち着いてください。宴は逃げませんから」
「否、酒は逃げるかもしれぬ。思い立ったら飲む! それのみにござる」
はしたなく騒ぐ季貞。俺が止めようとすると変な持論まで展開しだす始末。
これは、渡航前に懸念していたことが現実に起きそうな予感……。
「すごいすごいすご~い! ねえねえレスノテク、アイヌモシリでもこんな宴って開けるのかな?」
「それは無理かしらね、リシヌンテ。さすがにリコナイやチリオチ周辺の集落や蠣崎家の人達を集めても、ここまではいかないわね」
レスノテクの言う通り、確かに今の蠣崎家やアイヌの力じゃ不可能に等しい。
だが将来、天下統一を果たした折には、自前で大規模なパーティーを開催したいものだ。
「使者たちの席はここ。国王陛下と王妃殿下、そして王女殿下の近くだ」
するとそこで、ここまで先導していたブレンダが俺達の指定席について説明し、自らは俺達の真向いの席に座った。アストリッドもその隣にいる。
俺達はフリングホルニ号を降りてからクヌーテボリ宮殿に至るまで、全く心が落ち着く時間が無かった。だが、ようやく落ち着ける場面にありつけそうだ。
そして15分後。ようやくヴィクトリアやイングリッド、そしてヨアキム国王とマルティナ王妃が到着。使者を迎えるための豪勢すぎる饗宴がここに開始された。




