54 渡航者決定
翌日。
俺は未だ徳山館の中にいた。それも、一族の他の人がいる場所とは別の部屋で。
本来ならば今日、一旦、茂別館に向けて帰るはずだった。帰る支度も昨日のうちに済ませていた。
しかし今朝になって、季広さんが直々にこの部屋で待機するように命じられ、今に至っている。
「一体、何でこんなことに……」
「それは某も存ぜぬ。それより異国の酒が手に入ったから、一緒に飲もうではないか」
「断ります」
「かように旨い酒、松前でも京でも手に入らぬ一品だと申すのに……」
まあ、理由はそれとなく察しがついている。
王国との和睦の条件の1つ、「20歳以下の子女を王国に派遣する」という部分がそれだ。
事実、この部屋には俺とほぼ同年代の人達も数名いたからである。
ていうか季貞、まだ10代だったんだ……。それでいてこの飲兵衛ぷり、恐るべし! 10代でお酒が飲める、戦国時代ならではの人物と言ったところか。
「うい~……かような喉越し、極楽至極!!」
「えへへ。海の外なんて初めてだな~」
「随分嬉しそうね、リシヌンテ」
それにその中には、例のアイヌの2人、レスノテクとリシヌンテもいた。
「だってアイヌモシリを出るの、すっごくワクワクするんだもん」
「あっそ」
「あれ~? レスノテク、あんまり嬉しそうじゃないね~」
「当たり前よ。首長になって早速戦があって、しかも負けて。さらには間も置かず未知の異国に行って、しばらくリコナイにも帰れないし。不満よ」
まるで小さい子供のようにはしゃぐリシヌンテに対し、レスノテクは少々故郷の集落のことが気がかりの様子。
まさに、2人の性格を象徴しているかのような反応だ。
時間が経つにつれ、徐々に騒がしくなっていく室内。
すると十数分後、入口の襖から慶広が正装で参上した。それも右手に一枚の紙を持ちながら。
「し、新三郎様! ご、ごごご尊顔を拝し、ま、誠に恐悦至極に……」
「そこまで畏まらなくてもいい、備中守」
「は、はっ!」
慌てて酒を隠した季貞が、酔いが回ったのか動転した様子で上擦った声で挨拶。それを俺たちは、遠くから生暖かい目で見つめている。
「む……左様な眼はやめて頂きたいでござる……」
なら、酒浸りになるのをやめろよ季貞。
おっとそれより、俺としては慶広が手にしている紙がなんか気になるな。
だって、普段あまりお目にかかることのない正装してるから。
「おーい慶広。その紙はなんだ?」
「ああ、今から話す」
そして慶広は部屋にいる人間を全員自分の前に集め、こう言った。
「皆に集まってもらったのは、他でもない。先日の王国との和睦は皆の記憶にも新しいことだろう」
シンと静まり返る室内。その中、慶広は続ける。
「それで、その中にあった和睦の条件の1つ『20歳以下の子女を数名、王国に派遣すること』に関して伝えに来た。実は今日、その派遣の対象となる渡航者が決まった」
慶広曰く、本発表は家臣全員の前でするつもりではあったが、一足先に派遣される者には先に伝えるとのことであった。
今回、渡航者となる人は以下の通り。
・蠣崎慶広
・不破武親
・厚谷季貞
・南条宗継
・小平季遠
あとアイヌ側からの要請により、レスノテクとリシヌンテも俺たちに加わることとなった。
この7名で、ミュルクヴィズラント王国に向かうことになる。
メンバーを見る限り、割りとまともそうな面子が揃っている感じはある。まあ、宗継とか季遠とか殆ど面識の無いのもいるが。
ただ本音としては、俺自身は蝦夷地に残って内政に更に積極的に参加したかった。
特に和人側が決めたこの人事は、当面重要な仕事を任されることない面々を選んだ感はある。
俺は若くして功績を上げているけど五男だし、慶広も三男で嫡男じゃない。
季貞も宗継も季遠も父親は健在で、仕事するにはまだ若いと言わざるを得ないからだ。
でも何はともあれ、あの広益のオッサンや鷹姫から離れられるってのは幸いなことだ。
あの2人の相手は、肉体的にも精神的にも消耗が激しすぎるからな。
その分のエネルギーを王国の技術習得に回せることを、ありがたいと思うしかない。
しかしながらやっぱり気がかりなのが1人。酒乱の気がある、厚谷季貞である。
「む? 某の顔に何かついとるのか?」
「あ、いや……」
とりあえず王国に着いてから、季貞が酒の席でおかしなことをしでかさないことを祈るのみだ。
◆◆◆◆◆
出航当日の松前。
「五郎……元気でな」
「お体に……お気を付けてください」
「承知致しました」
港には多くの人が詰めかけていた。
俺達の身を心配に駆け付けた渡航者の親族や同僚。王国製の巨大な船を一目見に来た野次馬。
そんな人達が一堂に会している。復興もそれほど進んでいない中、ご苦労さんと言ったところか。
その中、父と母はまるで今生の別れかのように、大げさに涙を流して駆けつけてきた。心配性だな~、2人とも。
「土産を忘れるんじゃないぞ」
「異国の調度品には興味がある」
「……あまり弟にせがまないでください」
一方の兄たちはゲンキンなもので、早速お土産を末っ子の俺におねだりしている始末。
親と子は違うものとは言え、全く心配しないのもどうかとは思うが。
すると船のほうから、いよいよ出航の合図となる汽笛が港中に流れてきた。
「いってきまーす!」
「達者でなぁ……!!」
間もなく船は松前を出発。
船はかなり丈夫で、津軽海峡の荒波にも動じることなく、悠々自適に未踏の異世界へと向かっていったのであった。




