15 援軍到着、そして形勢逆転
「敵将、討ち取ったりいいいぃぃぃっ!!」
俺は高らかに、敵将ヌクリの首をかかげ勝利を宣言する。守継や生き残った南条隊の面々が歓喜に湧き、大きな拍手を叩く。
鷹姫も「本当は守継様に討ち取らせるべきだったのに」と、丸聞こえの独り言を言いつつ渋々手を叩く。
白星に大喜びの南条隊。すると本陣方面から1人の伝令兵が到着した。
「伝令! お館様が南条隊全員、本陣に撤退せよとの仰せです」
「わかった、すぐにでも帰投せん!」
守継は掛け声も上々に撤退。道中、元気に歌う兵士達の声が森の中を伝う。
やれやれ、そんなことやってアイヌの軍勢に見つかったら、どうするつもりなんだろうね。敵将の首級をあげられたのは万々歳だろうけど……。
今も俺の手は震えている。
気持ちを押し殺して平静を保とうとはしても、奥から沸き上がる嬉しさ、そしてそれと相反するはずの悲しみが止まらない。
前世では何の感慨も無かったけど、今は早くこんな戦乱の世が終わることを切に願っている。
◆◆◆◆◆
数刻後、本陣に到着。陣中には既に撤退済みの武将が数名席についていた。
「南条越中守守継、ただいま参上つかまつりました」
「不破五郎武親、ただいま戻りました」
「よい、座れ」
松明灯る陣中、俺と守継は席につく。守継はため息をついて、台の上にある作戦用の地図を見る。
この時代はまだ正確な地図はない。それでも作戦を決めるうえで重要なものではあった。
「戦果はどうだ?」
「陽動は、敵の援軍もあって成功致しませんでした。しかし、敵将の首を1つ討ち取って参りました」
「ふむ、どのみち広益も山頂は奪取出来なかったし仕方ない。むしろ将の首1つは大いなる勲章に値する」
「そうですか……」
「とは言え、1つこちらも戦果を上げたぞ」
山頂は奪取出来なかったのに? 一体、何の成果を上げてきたって言うんだ?
すると季広さんの隣で、広益が少し嬉しそうな、「ワシは負けておらんぞ」と言わんばかりの負けん気をこちらに向ける。
大人げなくムサい顔つきなこと、この上ない。
「行方不明中の重季を、広益が山頂で拾ってきたそうだ」
「その話は本当ですか?」
「ああ、そうだ」
捕らわれていた下国親子のうち、息子の重季が戻ってきた。今はアイヌの詳しい作戦等を訊かれているご様子。ただ依然、父親・師季の消息は不明だ。
「五郎、確かに今回の戦は押され気味だったが、相手の戦力は確実に削れた。この3日間はこれだけでもよしとしよう」
俺たちの奮戦もあって、敵の兵力の5割は削れた。並みの大名であれば撤退するレベルの損害。だが今回の武装蜂起は、相手方が一向に退こうとしない。最後まで手に汗握る激戦が続きそうだ。
「ところで、息子の慶広が陸奥から援軍を率いておるそうだ」
「話は聞いています」
「数はおよそ2000。今の我々には大軍だ。明日の朝までには着くことだろう」
俺たちとて無傷ではない。次々降りかかる熱戦の嵐に、およそ4割の兵力が失われている。
普通なら即時撤退となる大損害だが、勝山館は交易の要衝。今ここで失うわけにはいかない。
「だが、ここまでの移動で援軍の疲労も溜まっておろうから、再出陣は明後日以降かのう」
「俺としては、新三郎様との再会が待ち遠しい限りです」
「明日はゆっくり語らえ。そして士気を高めるがよい」
「はっ」
俺は一礼して本陣を後にした。
◆◆◆◆◆
翌日。慶広が引き連れてきた援軍が、船に乗ってはるばる到着した。
「おせえぞ、慶広」
「おい。津軽海峡をはるばる渡ってきた余に対して、失礼だろう」
「それともお前の嬉し恥ずかし、初恋バナシをここで披露してやろうか? 海翔くん」
「む、それは勘弁……」
嘘だよ。そんな話をここですると、喋っている俺のほうが恥ずかしくあるっての。
にしても、慶広もだいぶ顔が引き締まったというか、やつれたと言うか……。
とても津軽海峡の横断だけでなったとも思えないし、どうしたんだ?
「全く、愛季様は人使いが荒くて大変だ。南部家との戦にはしょっちゅう駆り出され、終われば休む間もなく政務に入る。体中が枯れ果ててしまうところだ」
「それは……気の毒だったな」
「後な……」
それからも慶広の愚痴は延々と続き、終わる頃にはすっかり日も暮れる時分であった。
聴いてるほうもグッタリしちゃうよ、全く。
「ふむ、話が長くなってしまったな」
「気づくの遅え……」
「まあ、明日は休息日だ。明日も付き合ってもらうぞ」
「ハァ? 勘弁してくれよ……」
「余に無礼を働いたと、父上に申しつけるぞ」
げ、仕返しかよ。コレだから大名の息子の相手は大変だぜ。
「権力濫用すべからず」と言いたいが、面倒くさいしいいや。
「はいはい、聞いてやりますよ」
「では、今日もいい時間だ。寝ることにしよう」
「そうかよ。じゃお休み」
「お休み」
ふう、やっと解放されるぜ。こちとら前日まで、最前線で槍を振るってしんどかったんだからな。
て言うか、やつれている割に饒舌なヤツだ。慶広、お前だけ明日勝山館に向かえよ。
……文句考えるだけで眠い。俺も、体に溜まった乳酸を除去しないとね。
とりあえず俺は、陣中の自分の寝床に向かって歩いて行ったのだった。
◆◆◆◆◆
援軍到着の翌日、蠣崎軍は再び勝山館の奪還を目指す。
開戦時は兵力にして833対5000と、こちらが圧倒的に不利な状態だった。
だが今は2400対3000と大分差を詰め、立場は逆転とまではいかなくとも互角。
勝山館を取り返すのも、あながち不可能ではなくなった。
とは言え楽観視は出来ない。油断すれば均衡はすぐにでも崩れる。今はただ、目的を果たすことにしよう。
「そう言えば武親、お前敵将の首を取ったとか言ってただろう?」
「ああそうだけど、なんだ?」
「いや……お前を羨ましいと感じただけだ」
珍しいな慶広。あんたが俺を羨望の眼差しで見ているとは。
「南部との戦では無かったのか?」
「どうも前線に出ることが少なく、なかなかな」
「だったら、今日は良いチャンスじゃないか?」
その時、慶広の顔が不敵になる。
「ふっ、お前の戦功を超えてみせるぞ」
「追い越されないよう、俺も負けないからな」
「油断するなよ」
「そっちこそな」
俺たち2人は開戦の合図で固く手を組み合い、お互いの持ち場に進んでいった。
◆◆◆◆◆
先日まで、圧倒的兵力差の中でも互角の戦に持ち込んでいた蠣崎軍。2000もの援軍が合流したことで、一気に勢いづいてきた。
「某の名は長門広益なり! 某と勝負したい者は前に出よ!!」
「拙者は南条越中守守継! いざ参らん!!」
「不破兵部少輔武治。推して参る」
各隊の将兵達も活き活きしている。これはいけそうだ。じゃ、俺も行動開始!
「不破五郎武親! 見参っっ!! うおおおおっ!」
俺もまた、混沌極まる戦場に大きな槍を片手に猛進していった。
◆◆◆◆◆
戦は蠣崎軍優勢に進んだ。
先日までの激戦で、大量の戦力を失ったアイヌは防戦一方。
勢いづいた俺たちの敵ではなく、ジリジリ戦線は勝山館に近づき、正午頃には包囲するに至った。
下国親子とは逆の展開、兵力はこちらが上だ。
「蝦夷は籠城戦に持ち込む見込みのようです」
「ふむ、だがそう長くは保つまい。そもそも食料の貯えは少ないはずだ」
籠城ね。援軍でも期待出来るんだったら、有効な手段だ。
ミサイルとかの近代の破壊兵器もあるわけじゃないから、現代人の想像よりも手強い戦術。だからこそ、城攻めの上手い将は名将と言われる。
だけど弱点もある。
一番は、補給が絶たれたら食料不足に陥って守備兵の餓死が増えることだ。兵糧攻めという戦法もあるしな。
兵糧攻めには時間がかかるという欠点もある。
だが、兵農分離が進んでおらず農閑期にしか戦えない他の大名と違って、蠣崎軍はそもそも『農』がないからその分長く戦える。
だから、一番の大敵は北国特有の弱点『雪』かな。でも今は夏だから多分大丈夫さ。
それよりも、アイヌ側がどう状況を打破しに来るかが鍵だ。
「むっ、勝山館から蝦夷の兵が1人出てきたぞ!」
そう1人で思考を巡らせていると、アイヌのほうから異彩を放った大男が、剣を持って参上してきた。
「そこの奴! 名乗りをあげよ!」
大男は顰しかめっ面でこちらを見て静かに歩みを進める。そして蠣崎軍に囲まれる中、重低音の大声で名を言った。
「我が名はコタンシヤム! 精強なるアイヌ兵を率いる大将だ!!」




