11 手ごわい敵兵
翌日。
俺と守継を筆頭とした陽動部隊は、麓を西回りで勝山館に進んでいた。
「越中守さん、どのあたりぐらいから陽動を始めるべきなんでしょうか?」
陽動はタイミングが肝要だ。しくじれば作戦がバレて、攻略が難しくなる。
場合によっては、俺がチート能力を行使して強行突破……も考えられなくはないが、時間がかかる上に補給の問題も絡んでるから、迂闊に使えない。
「今はまだ時期尚早だ。拙者が合図を送るから、それまで待て」
「了解しました」
「では行こう……」
「あ・な・た♡」
「うおわぁ!」
突然、俺たちの背後から女性の声が聞こえた。
しかも、甘い言い方をしてはいるが、言外に腹黒さとデンジャラスさを匂わせている。
「……うむ、なんだ?」
「今日討ち死にしたら……一緒に死んであげますからね♡」
「……承知」
おいおい守継さん、肩が思う存分震えてますぜ。男はどうした、あんたの中の男は。武士として情けないですよ。
と言いたいところだが、守継が恐怖に悶えるのも無理はない。
この女性の名は鷹姫。季広さんの長女で守継の正室だ。
「あなたも……」
「?」
「もし、夫を死なせたら、人形使って呪ってあげます」
「は、はい」
しかもこの女性、いわゆる『ヤンデレ』。だって両手に小刀持ってるし。
それに元の史実じゃあ、かなりゲスいことやって誅殺されたんだっけ。
しかも理由は、彼女の野望に関係してたはずだけど……何だっけかな?
とりあえず現時点では、その野望に季広さんの従兄弟・基広を巻き込んで死なせた、ぐらいに留めておこう。
「……越中守さん、お互いの命のためにも」
「う、うむ。力を、合わせよう……ハハハハハ」
くわばらくわばら。これじゃあ、退くのも簡単じゃないよ。前途多難だ、ハァ……。
◆◆◆◆◆
しばらくして、俺達は陽動実行地点に到着。ここから作戦を開始する手筈だ。
「では、いくぞ」
「はい!」
そして守継が合図をしようと手を振り上げた、その時。
「ギャアアア!」
南条隊の兵士から悲鳴が上がった。
「な、なんだ?」
「まさか敵襲か!?」
もしかしてバレたのか? そりゃないよな、ここまで最小限に足音消してたはずなのに。
だが金切り声はその後も続いた。
「ウワアアア!」
「ひええぇぇ!」
突然の来襲に兵士の統率が乱れ、逃げ惑う。
「落ち着け! 隊列を乱してはならぬ!」
「……」
守継が自分の隊の兵士の混乱を沈静化させる中、俺はあの索敵能力を行使する。
アイヌの攻撃なら相手の体力ゲージが見えるはず。慎重に周囲を探る。
だが、俺は目を疑った。
「……マジで?」
体力ゲージが見えるには見えた。けれど問題は本数だった。
なにせ俺の視界にはたった“一本”の赤い線のみ。他に体力ゲージは無い。
「いやいやいやいや、ええ?」
まさかたった1人で? そうだとしたら、スゴい命中率と勇気だ。
「弓兵、用意! 放てぇ!」
俺がどぎまぎして目を丸くする間に、守継が隊を正常化し、アイヌが攻撃してきたと思われる方向に矢を放たせる。
俺は行く末を見守った。南条隊が矢をうつ中、相手の攻撃は止まっている。
「やったか?」
守継が停止の指示を出して、俺がその方向を再び見ると、体力ゲージはない。
「……待ってください」
しかしその下に敵兵の死体は見えない。取り逃がしてしまったようだ。
「ぬうう、小癪な……」
「越中守さん」
「なんだ?」
「今襲撃してきた人物は、おそらく1人です」
「な、なんと?」
俺は自分の能力を悟られないようにしつつ、状況説明に徹する。
「ふむう、蝦夷にも勇ある者がいるのか……」
「今回の敵は、一筋縄ではいかないでしょう」
「わかっている。幸い、作戦実行に支障がでるほど被害は出ていない」
今回の被害は6名の死傷者で済んだ。
とは言え兵力の少ない蠣崎軍にとって、貴重な戦力を失うのは忍びない。
ちょっと疲れちゃうけど、索敵能力を常時発動させたほうがいいな。
1度ならず、2度まで同じ手に遭うのは情けない。
作戦実行は、しばらく持ち越されることになった。
守継の正室は実在の人物ですが、名前が不詳のため、作者のほうで名前を設定しました。