蛇に睨まれたように身が竦む、されど彼は石を砕けない(2)
「………チキントラス先輩とカルトネ先輩がいつもバスケ付き合ってくれるの、ウチホント感謝してるんス…………ほら、うちの学年、バスケするのが難しい方多いッスし……………」
ウィリアムが落ち着いている間を見計らって、フィリップはすぐさま【グリフォン】の2人に感謝を伝える。兄によって悪くなった気分をすぐにでも晴らすため───
「バスケが普通にできる先輩方は、TOP5に集中してるッスし…………お二人にしか誘えなくて…………」
「え〜 ! なんでなんでぇ!?アタシもフィルちゃんと一緒に遊びたいのに〜!!」
フィリップの背を軽やかに叩く、明るく元気な声。見ずともそれが誰かなのかは容易く分かる。習性のように姿勢がピシリと整いだし、滑らかに振り返り頭を下げる。
「お疲れッス ! バンタン先輩 ! ツナグ先輩 ! 」
バスケットコートに入ってきたのは、今まさに話題に入り込んできたTOP5が一角、チーム【フランケン】であった。
「おぉ〜…………フィルちゃん達もお疲れお疲れ……………」
汗だくになっているフィリップ、【グリフォン】の3人に気がついたバンタンは、ついさっきまで彼らが仕事直前であるというのにバスケをしていた事実に早くも辿り着く。
「────【フランケン】………!!」
ツナグとバンタンの額にかかる強烈な敵意。しかし、それは敵から発生されたものではない。彼の立場的にも、実力的にも───
「あっ、ウィリアム………顔を見るの久々ですね」
「いやいや…………最近死に顔見たでしょホラホラ」
【フランケン】の二人の発言は、同級生相手にするようなものではないが、それも無理もないこと。度重なるスタンドプレーにそもそもの実力不足。故に閑職を回されてばかりのウィリアム………チーム【メドゥーサ】と、フリムホーツ州の柱たるチーム【フランケン】が一堂に会する現場など滅多にあるものではなく。機運に恵まれTOP5案件と合流できたとしても、ここぞとばかりに驚く程の無能ぶりを発揮し、死体の状態で閉幕を迎えてきた───彼はまさしくうつけ者。
「うるせぇぞ死ね !! 」
数え切れぬ程愚行を繰り返してきて、一丁前に敵意をこちらに向けてくる…………そんな彼の態度は不快でしかないのだ。
「───本当に口先だけは強いですよね」
食事の直前で召集され、何十分も間空腹のストレスに苛まれているツナグに、それを耐える心の余裕はなかった。日ごろから疲れた目つきをしているツナグだが、悲しいことに、時たまそこに差す感情の色は苛立ちに由来するものばかり。その仄暗い目つきは、寒色の憤怒を宿したボソボソの声と混じわり、ウィリアムに差し向けられる。
「んだとぉ?殺すぞ ザコが………オレは無敵のモンスターだぞ…… ! 文句があるなら言ってみろよボケッ ! とっとと言えやぁぁぁカスッッ !! 」
ツナグの細やかな感情と発言の意図について推し量るよりも早く、ウィリアムはツナグに詰めより声を荒げた。ドレッドヘアーを覆うフードの影。そこから突き上がってくる視線は、蛇のそれのように鋭い。
「少し待ってくださいよ。貴方みたいに他人を二文字で表すのは、僕には難しいんですから」
しかし、ウィリアムのドスを効かせた声にも、ツナグは微塵も動じることはなかった。それどころか更に皮肉を重ねてウィリアムの神経を逆撫でする。
「ああン!?てめぇ…………ぶっ殺すぞオイ !! 」
「───だから、口先だけで済ませるのが情けないと言ってるんですよ」
更に挑発を重ねる。ツナグの冷たい目線は鋭利さを兼ねるようになり、そして同じように冷ややかだった声は熱にとって代わられ始める。
「死ねだとか殺すだとか。言葉だけでなく行動でも表現したらどうなんです?」
ウィリアムの小指………細く小さな蛇が、その口元を飾る牙を吐き出した。楊枝の先のような細く頼りない姿は、見る見ると大きくなり────ナイフ程の大きさで拡大は落ち着く。強く強く、怒りのままにナイフを握りしめ振り被りながら、ウィリアムはツナグと視線を合わせた。
ウィリアム•サラグリル【表象:メドゥーサ】
彼の能力は他者の行動の抑止。平たく言えば、ウィリアムと目を合わせてしまった者は動くことができなくなってしまう。能力の対象者、今で言えばツナグは、攻撃、逃走、対話………といった神経に関連する行動選択の全てを剥奪され、身動きが取れない状態に。即ち無防備を強制されている────
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
その一声と同時に放たれる牙のナイフによる一撃。それは何の躊躇もなくツナグの右腕に繰り出された。
兄の蛮行を阻止しようと駆け出すフィリップの動きは、チキントラスの腕にて抑えられ、ツナグの隣に立つバンタンは「うわっ刃物っ」と小さく声を出しやや怯えている。
即ち、ツナグは〝メドゥーサ〟の攻撃をその場で突っ立った状態で、誰の庇護も受けずに受けることになる────
〝メドゥーサ〟の牙がツナグの白い身なりを赤の装いに変えようと、忙しなく振り下ろされていく。腕に、足に、ウィリアムの攻撃は何度も何度も食いかかる…………金属音を上げながら。
「……………〜っ!!」
〝メドゥーサ〟の異能は、生物の神経に干渉する形で動きを止める。つまり、化質の動きは能力の対象外。ツナグの肉体を覆う化質は、ウィリアムの牙の先を完璧に防ぎ、厚いコート、手袋はツナグの肉を守り切る。
上がり始める息、牙の振動は手と腕に負担をかけ続け、傷を与えられない事実はウィリアムの怒りを曇らせていく。威勢のよかったウィリアムの連撃は急激に尻すぼみし、終わりを迎えた。ウィリアムの視線がツナグの目から逸れる───よってツナグを拘束していた〝メドゥーサ〟の能力は解除された。
「何度も言わせないでくださいよ。言い捨てて終わりにするんじゃなくて、実際に行動に移してみませんか ?」
金縛りのような感覚が明け、ツナグのその薄い唇が言葉を発する。それは直前までのそれとは大差ないウィリアム宛の皮肉。しかしながら、苛立ちを主としながらも穏やかさの混じったそのようなものであった。
「………ねぇバンタン。なんかツナグめっちゃ機嫌悪くない?」
「ご飯食べる直前に呼び出し食らったから、ツナグ今お腹ペコペコなんだよね…………しかもアタシ、自分の分一口ツナグに食わせちゃったから、満腹中枢刺激されて尚更尚更……」
聖人君子とまではいかずとも、ツナグは誰に対しても角のたたない言葉づかいで穏やかに接する、度量のある人間だ。しかし、ここ最近の彼は荒んだ調子でいる事が多い。原因は恐らく【ぬらりひょん】の再来。フリムホーツ州で再び暗躍をするようになって以降、TOP5の重責の険しさは一入となっている。まともな神経をしているならば、擦り減る方が道理に近しい。そんな精神の状況下で、腹減ってる時に腹立つ奴がムカつく事してきたというになら、すぐにでも発散しなければやってられないのだろう。
褒められた事ではないが、責める気にはなれない。火種であるウィリアムがその形相を誰にも見せぬよう、そっぽを向きつつコートを去っていってる以上、優しく声をかけてあげるくらいしか、一同にできる事はなかった。




