一章 二話
「生命反応が弱すぎます」
フィリアは言った。
「動いている様子はありません。敵性反応かどうか、判定できません」
「なら、敵性反応として扱う」
リヴァルは言った。
「ただし、救助対象の可能性を捨てない」
その言葉で、前線の三人が動いた。
『了解。俺が下で受ける』
ガイが大型センサーを道路脇に置き、ブレードデバイスを担ぎ直した。
『リオン、上を見ろ。紫乃さん、入れるか?』
『屋根からなら行けるわ』
紫乃はすでに商業棟の方へ向かっていた。
『でも、あの建物、下がかなり抜けてる。派手に踏んだら落ちるわね』
『了解しました。先に固定点を取ります』
リオンがワイヤーを射出した。
細い線が壊れた看板の支柱へ絡み、そこからさらに上階の窓枠へ伸びる。
リオンの体が軽く浮き、瓦礫の上を斜めに渡った。
フィリアはその動きを見ながら、必死に端末を操作する。
旧商業棟の構造図。避難経路。階段位置。
崩落箇所。霧の進行線。生体反応の位置。
「三階です」
フィリアは言った。
「旧商業棟、三階東側。フロアの一部が残っています。
階段は二階で崩落。外階段も落ちています。
屋上側からなら、リオンさんのワイヤーで入れるかもしれません」
『確認しました』
リオンの映像が高くなる。
壊れたビルの外壁を、彼はワイヤーで上がっていく。
割れた窓の奥は暗い。床が残っているかどうかすら、外からは分からない。
『三階東側、窓枠に到達。内部確認に入ります』
「単独で深く入らないで」
リヴァルが言った。
「生命反応の位置を確認するだけでいい」
『承知しました』
リオンが窓枠に足をかけた。
次の瞬間、建物の奥で何かが崩れる音がした。
フィリアの肩が跳ねる。
『床が抜けています』
リオンの声は落ち着いていた。
『ただし、奥に残存スペースあり。ワイヤー固定で移動可能です』
紫乃が別の角度から建物へ取りついた。
壁の割れ目を使い、ほとんど垂直の面を軽く上がっていく。
くのいち、と言われればそうなのだろう。
だがフィリアには、まるで建物の方が紫乃を通す場所を空けているように見えた。
『リオンくん、右上の梁、使える?』
『荷重確認。二名までなら短時間使用可能です』
『なら、おばさんもそこから行くわ』
『了解しました』
ガイは地上に残っていた。
大通り側から、黒い霧がさらに濃くなる。
ガイの背中越しに、道路の端がもう見えない。
『ガイ班長、霧が接近しています』
リオンが言った。
『分かってる。こっちは見えてる』
ガイはブレードデバイスを片手に構え、商業棟の下で周囲を見回した。
『何か来たら止める。上は任せた』
「ガイ、霧の濃度が基準値を超えたら後退して」
『上に誰かいるなら、確認するまで下がれねえだろ』
「下がってもらう」
リヴァルの声が少しだけ強くなった。
「君まで倒れたら、救助対象が増える」
ガイは短く笑った。
『分かった。ぎりぎりまでは粘る』
「ぎりぎりの判断はこっちでする」
『はいよ』
フィリアは生体反応を見続ける。
弱い。本当に弱い。
見つけたことが間違いではないと、祈るような気持ちで数値を追う。
『確認しました』
リオンの声が入った。
『対象、一名。成人男性と思われます。
意識なし。呼吸、非常に浅い。周囲に簡易バリケードあり。
食料と水の容器を確認』
紫乃の映像が合流する。
三階の残った床。倒れた棚。壊された階段。
積み上げられた机と椅子。
その奥に、人が横たわっていた。
やせ細った男性だった。
顔は土気色で、唇は乾いている。
服は汚れ、片腕には布を裂いたような包帯が巻かれていた。
近くには空になった水の容器と、食べかけの保存食が散らばっている。
彼は、そこに隠れていた。
階段を壊し、登ってくるものを拒み、上階に籠城していた。
生き残るために。
そして、力尽きかけていた。
『これは……』
リオンが膝をつき、男性の首元に指を当てた。
『脈、極めて微弱。呼吸も不安定です。通常搬送には耐えません』
『下まで降ろすだけでも危ないわね』
紫乃の声が低くなった。
さっきまでの軽さが、少しだけ消えている。
ガイが下から言う。
『俺が上がるか』
『だめ』
紫乃が即答した。
『床がもたないわ。ガイくんが来たら、この人ごと落ちる』
『なら、どうする』
リオンが携行キットを開く。
『応急処置を開始します。ただ、現地で安定化できる状態ではありません。
心拍が落ちています。搬送中に停止する可能性が高いです』
フィリアは端末を握りしめた。
見つけた。見つけたのに。
助けられないかもしれない。
リヴァルがすぐに通信を飛ばす。
「医療区画へ緊急接続。ポイント06、要救助者一名。
重度衰弱、心肺機能低下。遠隔指示を」
返答を待つ数秒が、ひどく長く感じた。
紫乃は男性のそばに膝をついた。
指先で男性の手首、首元、胸のあたりを順に確認する。
それから、静かに息を吐いた。
『普通の応急処置じゃ無理ね』
リオンが紫乃を見る。
『ミス・シノ』
『うん』
紫乃は自分の小さなケースを取り出した。
それは武器というより、化粧道具のようにも見えた。
細い容器がいくつも並び、それぞれに色の違う小さな印がついている。
フィリアは、紫乃が何をしようとしているのか分からなかった。
けれどリヴァルは分かったようだった。
「ミス・シノ」
『分かってるわ』
紫乃は男性の胸元を開き、呼吸を確認した。
『今からするのは治療じゃない。死にかけた体を、少しだけ騙すだけ』
「医療区画、聞こえているね」
リヴァルが言う。
「ミス・シノの処置を前提に搬送準備。
心肺補助装置と隔離ベッドを用意して」
医療区画から短い返答が入る。
紫乃は小さな容器を二つ選んだ。
『心臓に、動けって命令する』
彼女の声は穏やかだった。
『肺に、息をしなさいって脅す』
三つ目の容器を選ぶ。
『それから、脳だけは死なせない』
リオンが携行呼吸器を取り出した。
『呼吸補助、準備します』
『お願い』
紫乃は男性の首筋ではなく、胸元と腕の数か所に指を置いた。
そこから何かが流れ込んだように見えた。
色はほとんどない。
だが男性の体が、小さく跳ねた。
フィリアは息を呑む。
男性の胸が動いた。
浅い。けれど、動いた。
ガハッ、と乾いた音が通信に入る。
リオンがすぐに呼吸器を当てる。
『呼吸補助、開始』
紫乃は男性の胸に手を当て続けている。
『まだよ。戻ってきなさい』
男性の指がかすかに動いた。
心拍数が、ほんの少しだけ上がる。
フィリアの端末に表示されていた生命反応が、
消えそうな点から、か細い線へ変わった。
「反応、戻っています」
フィリアは震える声で言った。
「まだ弱いです。でも、戻っています」
『長くはもたないわ』
紫乃は言った。
『これは生かしているんじゃなくて、落ちるのを手で押さえているだけ。
早く運ぶわよ』
「リオン、搬送準備」
『了解しました』
リオンは男性の体に簡易固定具をつけ、呼吸器を固定する。
ワイヤーの一本を梁にかけ、即席の吊り下げ搬送ラインを作った。
『三階から地上へ直接降ろします。ガイ班長、受けられますか』
『任せろ』
ガイが下で両腕を広げる。
『ただし、霧が近い。急げ』
フィリアは霧の進行を確認した。
「霧の濃度、上昇中。地上西側は危険域に入ります。
東側側道へ移動してください。商業棟の北側はまだ薄いです」
「ガイ、北側へ回って」
リヴァルが指示する。
「受け取り後、そのまま東側側道へ。
リオンは上から誘導。ミス・シノは最後に離脱」
『了解』
『承知しました』
『はいはい。おばさんが最後ね』
紫乃は男性の胸から手を離さなかった。
リオンが搬送ラインを張る。
男性の体がゆっくりと浮き、壊れた窓枠の外へ運ばれていく。
その瞬間、建物が軋んだ。
残っていた床が、低く鳴る。
紫乃が顔を上げる。
『あら』
リオンの声が鋭くなる。
『床、崩落します』
「リオン、紫乃を」
リヴァルが言うより早く、リオンのワイヤーが紫乃の腰のハーネスへ絡んだ。
『失礼します』
『ええ、どうぞ』
床が抜けた。
紫乃の足元が崩れる。
だが彼女の体は落ちなかった。
リオンのワイヤーに引かれ、斜め上へ逃げる。
片手はまだ男性の体へ向けられていた。
『まだ切らないで』
紫乃が言った。
『この人、今手を離すと落ちるわ』
『維持します』
リオンは歯を食いしばることもなく、淡々と答えた。
ただ、ワイヤーにかかる負荷の数値は赤く染まっていた。
ガイが地上で男性を受け止める。
『受けた』
「東側へ」
リヴァルが即座に指示する。
「走って」
『了解』
ガイは男性を抱えたまま走り出した。
大型センサーは道路脇に置き去りになっている。
フィリアはそれを見て、少しだけ胸が詰まった。
高いと言っていた装置。
それでも、ガイは一度も振り返らなかった。
紫乃とリオンも建物から離脱する。
リオンは壁を蹴り、ワイヤーを巻き取りながら降りる。
紫乃は途中の看板支柱に足をかけ、そこから軽く地面へ降りた。
霧が、すぐ後ろまで来ていた。
黒い帯が商業棟の一階を包む。
さっきまで男性がいた上階の窓も、ゆっくりと灰色に滲んでいく。
「全員、東側側道へ到達まで三十秒」
フィリアは言った。
「ガイさん、少し右です。そこ、舗装が抜けています」
『了解』
「リオンさん、後方の残留反応、追ってきていません。
紫乃さん、霧の流れが早いです。屋根上より地上の方が安全です」
『分かったわ』
『フィリアさん、退避先は』
リオンが尋ねる。
「第十四臨時シェルターでは対応できません。
直接こちらへ搬送した方がいいです。医療区画、準備中。
最短搬送ルートは東側側道から旧幹線道路へ出る経路です」
「搬送車両を出す」
リヴァルが言った。
「ポイント06東側外縁へ緊急車両。受け取り後、医療区画へ直行」
通信が慌ただしく切り替わる。
けれど、リヴァルの声は最後まで落ち着いていた。
ガイたちが東側側道へ抜ける。
霧の濃度が少し下がった。安全域ではない。
それでも、さっきよりはずっとましだった。
フィリアは息を吐いた。
手が汗ばんでいた。
「対象の生命反応、維持しています」
彼女は言った。
「弱いですが、消えていません」
『消させないわよ』
紫乃の声が返ってくる。
いつもの軽さに戻りかけている。
『おばさん、こう見えてしつこいの』
ガイが息を整えながら言う。
『こう見えて、じゃなくても分かる』
『あら、ガイくん。あとで少し痺れる毒を盛ってあげましょうか』
『遠慮しとく』
リオンが短く入る。
『搬送車両の到着を確認。あと二分です』
「全員、その場で待機。霧の濃度が上がる場合はさらに東へ移動」
リヴァルは指示を出し終え、ようやく一度だけ息を吐いた。
それから、紫乃へ通信を繋ぐ。
「さすがだよ、ミス・シノ」
『あら』
紫乃は少しだけ笑った。
『褒めても毒くらいしか出ないわよ』
「十分すぎる」
リヴァルは言った。
フィリアは画面の中の紫乃を見た。
男性の胸に手を当て、呼吸器の位置を確認している。
その横で、リオンが搬送準備を整え、ガイが周囲を警戒している。
「紫乃さんのおかげです」
フィリアは思わず言った。
「私、見つけただけで」
リヴァルは彼女を見た。
「見つけただけ?」
フィリアは言葉を詰まらせる。
「だって、助けたのは紫乃さんで、運んだのはガイさんたちで」
「そうだね」
リヴァルは否定しなかった。
「ミス・シノが繋いだ。ガイが運んだ。リオンが支えた。医療班が受け取る」
それから、リヴァルは静かに続けた。
「でも、君が見つけなければ、誰も手を伸ばせなかった」
フィリアは端末を見る。
小さな生命反応。今も弱い。
けれど、確かにそこにある。
「ポイント06は、封印地点ではなかった」
リヴァルは前線と医療区画へ共有する報告を書き込みながら言った。
「けれど、生存者を一名発見。救助中」
その言葉が、オペレーション室の記録に残る。
封印地点探索。結果、該当なし。
暴走個体一名、非殺傷制圧。
生存者一名、緊急搬送。
外れ。
でも、無駄ではない。
フィリアは、その記録を見つめた。
外れの場所にも、人はいる。
誰かが残っている。
見つけられるかどうかも分からないくらい弱い声で、
それでも生きている人がいる。
搬送車両の到着を知らせる通知が鳴った。
前線映像の中で、医療スタッフが男性を受け取る。
紫乃は最後まで胸元の反応を確認し、
呼吸器を固定し直してから、ようやく手を離した。
『引き継ぐわ』
紫乃が言った。
『この人、まだこっち側にいるから』
医療スタッフが頷き、担架を車両へ運び込む。
ガイが道を空ける。
リオンが周囲を確認する。
車両の扉が閉まった。
「搬送開始」
リヴァルが言った。
「全員、帰投して」
『了解』
ガイが答える。
『大型センサーは?』
リオンが尋ねる。
ガイが一瞬だけ霧の方を見た。
置き去りにした大型センサーは、もう黒い霧の中に半分飲まれていた。
『……後で回収班に頼む』
「いい判断だ」
リヴァルは淡々と言った。
『高いんだろ』
「高い」
『怒るなよ』
「怒らない。君たちの方が高い」
ガイは少しだけ笑った。
『そう言われると、返しづらいな』
紫乃が通信に入る。
『リヴァルくん、そういうことさらっと言うからねえ』
「事実です」
『そういうところよ』
リオンはいつもの調子で言う。
『帰投ルート、確保済みです。ガイ班長、ミス・シノ、こちらへ』
『はいよ』
『はいはい』
三人の反応点が、ポイント06から離れていく。
フィリアはそれを見送った。
霧はさらに濃くなっている。
大通りも、商業棟も、さっきまで誰かが生きていた上階も、
少しずつ黒い表示に覆われていった。
もし、あの時。
「ちょっと待ってください」と言わなかったら。
その点は、誰にも見つからずに消えていたのかもしれない。
フィリアは唇を結んだ。
怖いと思った。
自分が見落とすかもしれないことが。
自分の一言が、誰かの生死に関わることが。
それでも、目を逸らしたいとは思わなかった。
「フィリア」
リヴァルが呼んだ。
「はい」
「次から、撤退前の広域生命反応確認を標準手順に入れよう」
フィリアは少し驚いた。
「いいんですか」
「必要だと分かった」
リヴァルは言った。
「今日、君が見つけたから」
フィリアはすぐには答えられなかった。
胸の奥が、熱いような、重いような、不思議な感覚になる。
「……はい」
ようやく、それだけ言った。
リヴァルは報告書に新しい項目を追加する。
撤退前広域生命反応確認。
担当欄には、まだ名前は入っていない。
けれどフィリアには、それが自分の仕事になるのだと分かった。
ポイント06は、封印地点ではなかった。
探索結果としては、外れ。
けれど、その外れの場所で、ひとつの命が見つかった。
フィリアは、遠ざかっていく三つの反応点を見ながら、
ゆっくりと息を吐いた。
自分がこの席にいる理由を、また少しだけ知った気がした。
訓練施設の隣には、小さな休憩スペースがあった。
壁際に簡易ベンチが並び、中央には飲料用の端末が置かれている。
医療区画に近いせいか、そこに置かれている飲み物は水分補給用のものが多い。
甘いものは少ない。
けれど、フィリアの手には、今日もオレンジジュースの紙パックがあった。
両手で包むように持って、少しずつ飲んでいる。
「また訓練してたのか」
シェスターが言った。
彼は出撃前の装備確認を終えたところらしく、
片腕にはバンテージアーツデバイスを巻いている。
完全に起動しているわけではないが、いつでも使える状態には見えた。
「はい」
フィリアは紙パックから口を離し、小さく頷いた。
「昨日より、少しだけ長く続けられました」
「少しだけ、な」
「少しだけです」
「そこで張り合うな」
シェスターは呆れたように言った。
「体調は」
「大丈夫です。医療担当の方にも確認してもらいました」
「ならいいけどな。無理すんなよ」
「はい」
フィリアはまたオレンジジュースを飲む。
その様子を、少し離れた位置からリヴァルは見ていた。
訓練後のフィリアは、以前よりも顔色がよくなっていた。
シェルターへ来たばかりの頃に比べれば、肩の力もわずかに抜けている。
まだ細く、小柄で、戦場に出る人間の体ではない。
けれど、自分から訓練施設へ向かい、自分の力を知ろうとしている。
それだけで、彼女は少しずつ変わっていた。
「リヴァル主任」
研究員の一人が、端末を持って近づいてきた。
「フィリアさんの訓練ログです。昨日分と今日分をまとめています」
「ありがとう」
リヴァルは端末を受け取る。
研究員はフィリアの方をちらりと見た。
「本人の志願で、発現訓練を継続しています。
体調もかなり安定してきました。
負荷後のディスチャージも、前回より短く収まっています」
「ディスチャージの制御が進んでいる?」
「制御というより、体が慣れてきている印象です。
本人が意識して止めているわけではありません」
「なるほど」
リヴァルは表示されたデータを見る。
フィリアのマナ圧。負荷上昇。
ディスチャージ発生。排出後の安定値。
どれも前回より乱れが少ない。
体の中で増えすぎたマナが、限界に達する前に外へ逃げている。
翼状に現れたあの白金の光は、攻撃ではなく、やはり自己保護に近い。
少なくとも現時点では、そう判断していい。
「ライト波形を出して」
「はい」
研究員が端末を操作する。
画面に、白く細い線が現れた。
フィリアのマナセット、ライト。
現代分類には存在しない、仮登録のマナセット。
リヴァルはその線を見つめた。
「昨日の波形と重ねて」
「重ねます」
二つの線が表示される。
完全に同じではない。けれど、基本形は近い。
訓練中の負荷で乱れた部分を除けば、波形はかなり安定している。
リヴァルはさらに別のデータを呼び出した。
マギアス化反応。
暴走個体の魔性波長。
初期の暴走発症記録。
最近回収された個体の魔性反応。
複数の黒い線が、画面の上に重なる。
研究員が少しだけ眉を寄せた。
「比較対象を、マギアス反応に?」
「確認したい」
リヴァルは淡々と答えた。
フィリアのライト波形。
マギアスの魔性波長。
二つは似ていない。
似ていないはずだった。
属性も違う。発生源も違う。反応の質も違う。
片方は白く、片方は黒い。
そう表現したくなるほど、出力の印象も異なる。
けれど。
リヴァルの指が止まった。
山と谷。上がるところと、下がるところ。
強くなるところと、沈むところ。
二つの波形は、同じ形ではなかった。
だが、妙に噛み合っている。
まるで、片方の乱れを、もう片方が逆向きになぞっているように。
「この波長は……」
リヴァルは小さく呟いた。
研究員が画面をのぞき込む。
「何か?」
リヴァルはすぐには答えなかった。
休憩スペースでは、シェスターがフィリアの紙パックを見ている。
「それ、好きなのか」
「嫌いではないです」
「好きって言えばいいだろ」
「好き、です」
「言えるじゃねえか」
フィリアは少し困ったように笑い、またオレンジジュースを飲んだ。
その光景を一度だけ見て、リヴァルは画面へ視線を戻す。
兵器ではない。
あそこにいるのは、訓練後にオレンジジュースを飲んでいる少女だ。
けれど、この波形には意味がある。
まだ形になっていない。
まだ本人へ伝えられる段階ではない。
希望と呼ぶには、あまりに細い。
それでも、リヴァルの頭の中で、いくつかの線がつながり始めていた。
「このデータ、研究開発部へ回して」
リヴァルは言った。
「追加解析ですか」
「そう。それと、ガンアーツデバイス系の触媒適合資料も」
研究員が少しだけ目を瞬かせる。
「ガンアーツデバイス、ですか」
「まだ仮説だよ」
リヴァルは端末の中の白い波形を見た。
「でも、形にするなら早い方がいい」
「了解しました」
研究員はすぐに端末へ指示を入力する。
リヴァルは画面を閉じなかった。
ライトの波形は、まだそこに残っている。
フィリアは自分が何を持っているのか知らない。
シェスターも知らない。
研究員ですら、まだ意味までは掴んでいない。
リヴァルも、答えを得たわけではなかった。
ただ、見えた。
マギアスを殺す以外の選択肢。
その輪郭の、さらに手前にある細い線。
「リヴァル」
シェスターの声がした。
「そろそろ出るぞ」
リヴァルは端末から顔を上げる。
フィリアも紙パックを持ったまま、こちらを見ていた。
まだ少し疲れている顔。
それでも、前よりずっと安定している目。
「分かった」
リヴァルは端末を閉じた。
「オペレーション室へ移動する」
フィリアが慌てて紙パックを置こうとする。
シェスターがそれを見て、軽く手を振った。
「飲み終わってからでいい。数十秒で世界は滅びねえよ」
「でも」
「訓練後なんだろ。飲め」
フィリアは少し迷い、それから小さく頷いた。
「はい」
リヴァルは、そのやり取りを見ながら歩き出す。
まだ伝えない。
形のない希望を、彼女に背負わせる必要はない。
けれど、動き出すなら今だった。




