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序章 零話

『あなたは、救われる世界を信じますか』


白い文字が、淡い青の画面に浮かび上がった。

その下を、細い光の線が走る。


画面はゆっくりと切り替わり、清潔感のある白いスタジオが映し出された。

床も壁も、どこか病院のように明るく、

けれど無機質になりすぎない程度に木目の装飾が入っている。

背景の大型モニターには、世界地図と、

その上に重ねられた淡い光の粒が表示されていた。


光の粒は、都市だった。

あるいは、シェルターだった。

いまも人が息をしている場所だった。


「こんばんは。

 特別報道番組『リヴァイヴ・プラン、世界はどこへ向かうのか』。

 本日は、先日公開された世界統一機構オンライン会議の映像を、

 改めて皆さまと振り返ってまいります」


落ち着いた声でそう告げたのは、番組の司会者だった。


スーツ姿の男性。

表情は穏やかで、言葉のひとつひとつに必要以上の熱はない。

けれど、それは冷たいというより、

画面の向こうにいる人々を不用意に不安にさせないための、

訓練された落ち着きだった。


司会者は一度、手元の資料に目を落とした。


「闇の霧の発生から、各地で相次いだマギアス化。

 そして、マギアス勢力との衝突。わたしたちはこの二年、

 世界そのものが変わっていく瞬間を見続けてきました」


背景のモニターに、いくつかの映像が短く映る。


閉鎖された空港。

瓦礫の前で立ち尽くす人々。

防護服を着た職員に誘導され、地下シェルターへ入っていく子供たち。

そして、黒く滲む霧に覆われた、かつて街だったもの。


映像は長くは続かなかった。

人々の傷を抉るための番組ではない。

少なくとも、そういう顔をしていた。


「しかし、先日の世界統一機構オンライン会議で、

 ひとつの計画が正式に提示されました」


司会者は顔を上げる。


「リヴァイヴ・プラン」


その言葉が出た瞬間、背景のモニターが切り替わった。

銀色の文字で、REVIVE PLAN。

その下に、小さく訳が添えられる。


再生計画。


「マギアスを殲滅するのではなく、マギアス化の原因そのものに対処する。

 闇の霧の根源を断ち、魔力循環を正常化し、

 暴走した者たちを人の社会へ戻す。

 そのように説明されたこの計画は、世界中で大きな反響を呼んでいます」


司会者は隣へ視線を向けた。


「本日はゲストとして、

 俳優、そして平和支援キャンペーンのイメージアンバサダーとしても活動されている、

 クラリス・パズリアさんにお越しいただいています」


カメラが横へ移る。

そこに座っていた女性が、柔らかく微笑んだ。


長い髪は光を受けて淡く透けるようで、白に近い銀色にも、薄い金色にも見えた。

整った顔立ちには強い主張よりも静けさがあり、

カメラに向けて微笑むだけで、スタジオの空気が少しだけ穏やかになるようだった。


クラリス・パズリア。


街の大型広告で見ない日はない。

避難区域の子供向け教育映像にも出ている。

シェルター内の公共端末を起動すれば、

彼女の声で生活支援情報が流れることもある。


人々に安心を与える顔。

そう呼ばれている人だった。


「よろしくお願いします」


クラリスは小さく頭を下げた。


その動きは、番組慣れした芸能人のものだった。

決して大げさではなく、かといって控えめすぎもしない。

ちょうど、誰も不快にしない位置に置かれた仕草。


「クラリスさんは、前回の世界統一機構オンライン会議をご覧になって、

 どのように感じられましたか」


司会者が尋ねる。

クラリスは少しだけ考えるように視線を落とし、それから静かに口を開いた。


「驚きました」


短い言葉だった。

けれど、その声には作られた感動だけではない、

素直な戸惑いのようなものがあった。


「正直に言うと、わたしも、これまでずっと怖かったんです。

 世界が、少しずつ戦うことに慣れていくような気がして」


司会者は黙って頷いた。


「マギアスという言葉を聞いた時、誰かが傷ついたニュースを見る時、避難区域が増えていく時。

 もちろん、守るためには戦わなければならない場面もあります。

 けれど、そのたびに、どこかで思っていました。この先にあるのは、本当に元の世界なのかなって」


クラリスはそこで一度、言葉を止めた。

画面の中の彼女は、完璧に美しかった。


けれど、その完璧さは、人間離れしたものではなかった。

誰かの不安を代わりに言葉にするために、少しだけ震えることを許された美しさだった。


「だから、嬉しかったんです」


クラリスは微笑んだ。


「誰かを倒すためではなく、救うための計画が、世界の中心で語られたことが」


司会者が、深く頷く。


「救うための計画、ですか」


「はい。もちろん、わたしは専門家ではありません。

 リヴァル・アニムさんのお話も、すべてを理解できたわけではありません。

 ただ、それでも……殺すしかない、諦めるしかない、

 そういう言葉ではなく、戻れるかもしれないという言葉が聞けたことは、

 多くの人にとって希望だったと思います」


「クラリスさんご自身も、その希望を感じたと」


「はい」


クラリスは迷わず頷いた。


「わたしだけではないと思います。

 きっと、画面の向こうで見ていた多くの人が、同じように感じたはずです」


その言葉を受けて、司会者は正面へ向き直った。


「ありがとうございます。

 ではここで、改めて前回の世界統一機構オンライン会議の模様をご覧いただきましょう」


背景のモニターに、無数の小さな画面が並ぶ。


各国の代表。軍事機構の責任者。

研究機関の長。シェルター統括者。


その中央に、ひとりの青年が映っていた。

若すぎるほど若い。

けれど、誰よりもその場に馴染んでいる。


黒に近い髪。静かな目。年齢に似合わない落ち着き。

画面越しでさえ、彼の周囲だけ空気の密度が違って見えた。


司会者の声が、映像に重なる。


「人類最高の頭脳と称される若き研究者にして、

 現在、世界統一機構特別シェルター管理代理を務める人物」


画面の中の青年が、ゆっくりと顔を上げる。


「リヴァル・アニム氏の発言です」


スタジオの音が遠のいた。

番組の明るさも、クラリスの柔らかな微笑みも、司会者の落ち着いた声も、

すべてが一枚の薄い膜の向こうへ下がっていく。


そして、世界会議の音声が流れ始めた。

青年が、口を開く。


「結論から申し上げます」


リヴァル・アニムの声は、静かだった。

静かで、明瞭だった。


「マギアスを殺す必要はありません」


その言葉が、世界へ落ちた。

画面の中に並んでいた各国代表の表情が、一斉に動く。


驚き。困惑。疑念。

そして、わずかな期待。


誰もすぐには口を開かなかった。

世界統一機構のオンライン会議に参加している者たちは、いずれも各分野の責任者だった。

国家の代表。軍事機構の上層部。研究機関の長。シェルター統括者。

人類の命運などという重たい言葉を、比喩ではなく日々の業務として扱う者たち。

その彼らが、ひとりの青年の言葉を待っていた。


リヴァル・アニム。


人類最高の頭脳と呼ばれる若き研究者。

現在は、世界統一機構特別シェルターの管理代理を務める人物。

彼は、並んだ無数の画面を一度だけ見渡し、それから手元の端末に触れた。

会議空間の中央に、立体投影が浮かび上がる。


青い地球。

その上に、黒い滲みのような点がいくつも表示された。


「現在、世界各地で確認されている闇の霧の発生点です」


地球の表面に、黒い点が増えていく。

都市部。山岳地帯。旧戦争跡地。海上プラント。

そして、シェルター周辺。


「闇の霧は、単なる有害物質ではありません。

 正確には、封印された魔力の漏出現象です。

 千年前に断たれたはずの闇の魔力が、封印の隙間から霧状に噴出している」


リヴァルは淡々と告げる。


「この霧は、通常の人間にはほとんど影響を及ぼしません。

 吸引による体調不良、視界不良、電子機器への軽微な干渉。

 そうした副次的被害はありますが、霧そのものが人類全体を変質させるわけではない」


立体投影が切り替わる。

人の輪郭。その内部に、赤く光る細い線が浮かぶ。


「問題は、魔族性の血を持つ者です」


その一言に、いくつかの画面が揺れた。


魔族。


すでに歴史上から消えたはずの存在。

童話、戦争記録、宗教画、古い遺跡の壁画。そうしたものの中にだけ残る言葉。

だが、誰も笑わなかった。

この二年で、世界はそれを笑えなくなっていた。


「魔族は滅びた。

 少なくとも、現代社会において、魔族という種は確認されていません。

 ですが、血は残りました」


リヴァルは言った。


「かつて魔族と人間が共に暮らした地域がありました。交わりもあった。

 人に近い魔族との混血は、世代を重ねる中で人間社会へ溶け込んでいった。

 動物に近い魔族も同様です。

 彼らは魔力の根源を失い、時間と共に人や動物へ戻っていった」


赤い線が、人の輪郭の奥で細く脈打つ。


「自覚できるほどの魔性は、もう残っていない。

 本人も、家族も、社会も、それを知る術はない。

 ですが、闇の霧が発生したことで、眠っていた魔族性が再び反応し始めました」


人の輪郭が歪む。

腕が膨れ、背中に棘のようなものが走り、顔の半分が影に染まる。


「突然、自分の中に知らない力が戻る。知らない本能が叫ぶ。

 知らない肉体変化が始まる。本人の精神は、その変化に追いつけません」


赤い線が、黒く染まった。


「拒絶反応。暴走。これが、初期マギアス化です」


会議の画面のひとつで、軍服姿の男が低く息を吐いた。


「暴走個体への対応で、現場は限界です」


彼は、発言許可の表示を待たずに言った。


「我々はすでに、二百七十六のシェルター防衛戦を経験している。

 暴走マギアスは少数でも、通常兵力では被害が大きすぎる。

 防具技術がなければ、とっくに複数の都市圏が失われていた」


「その認識で間違いありません」


リヴァルは即答した。


「人間側には数があります。装備もあります。

 現在のアーツデバイスは量産され、各シェルターにも標準配備されている。

 一般兵であっても、ガンデバイス、ブレードデバイス、ナイフデバイスなどを

 通常武器として扱うことは可能です」


別の投影が出る。

銃型。剣型。槌型。拳部装着型。

さまざまな武器の図面が並んだ。


「ですが、アーツデバイスを介してマナセットを発現し、

 マナアーツを使用できる人間はごく一部です」


リヴァルの指が、投影の一部を拡大する。

武器と使用者の間に、細い光の接続が描かれた。


「アーツデバイスは、触媒です。

 人間がマギアスの領域に踏み込むための変換器であり、安全装置でもある。

 しかし、誰もがその接続に耐えられるわけではない。

 適性のない者が無理にマナアーツを発現しようとすれば、肉体が先に壊れます」


「一方で、マギアス化した者は」


研究機関の長らしき女性が口を挟んだ。


「発症時点でマナアーツを使える」


「はい」


リヴァルは頷いた。


「マギアス側は数こそ少ない。

 ですが、マギアス化した者は原則として全員がマナアーツを使用可能です。

 人間側は多数でありながら、マナアーツ使用者は限られる。

 マギアス側は少数でありながら、一人ひとりが特殊戦力として機能する」


画面上に、二つの図が表示された。

左には、人間側の多数の兵士。

右には、少数のマギアス。

数だけなら左が圧倒している。

だが、右側のひとりひとりには、赤く輝くマナセット反応が表示されていた。


「これが、この戦争が成立している理由です」


リヴァルは言った。


「数では人類が勝っています。

 技術でも、防具でも、補給でも、人類は優位です。

 にもかかわらず各地で被害が拡大しているのは、

 敵対するマギアスが全員、マナアーツ使用者だからです」


軍服の男が、苦々しく言った。


「だからこそ、殲滅が必要だという意見もある」


会議の空気が変わった。

それは誰もが考え、誰もが口にしたがらない言葉だった。


殲滅。処分。予防的排除。暴走する前に殺す。

あるいは、マギアス化の兆候が出た者を隔離し、戻らないと判断した時点で処理する。


この二年で、人類はその言葉に慣れ始めていた。

リヴァルは、表情を変えなかった。


「その方針では、戦争は終わりません」


静かな否定だった。


誰かを責める声音ではない。

現場を知らない理想論でもない。

ただ、計算結果を読み上げるような声音だった。


「発症初期のマギアスを処分する対応は、短期的な被害を減らします。

 ですが、それは同時に、適応可能なマギアスを敵に回す行為でもあります」


投影に、別の資料が表示される。

処分記録。暴走個体の鎮圧数。適応個体の確認数。マギアス勢力の声明。


「マギアス化は、必ずしも人格の消失を意味しません。

 魔族性を受け入れ、理性を保つ者も存在します。

 ですが、発症初期に危険個体として処分される事例が積み重なったことで、

 彼らは人類社会を信じなくなった」


リヴァルは、ほんのわずかに目を伏せた。


「彼らは言っています。マギアスは殺され続けている。

 人権を勝ち取るために立ち上がれ、と」


画面の一つで、年配の代表者が唇を結んだ。


「つまり、我々の対応が戦争を拡大させたと?」


「対応の一部が、火種になったことは否定できません」


会議の空気が少し硬くなる。

リヴァルはそれでも声を荒げなかった。


「ただし、それは現場の過失ではありません。

 情報がなかった。時間もなかった。

 目の前で暴走する個体が人を殺そうとしているなら、止めるしかない。

 守るための選択だったことは理解しています」


軍服の男の表情が、わずかに動く。


「ですが、その選択を続ける限り、次の暴走者が生まれ、次の処分が起こり、

 次の敵対勢力が生まれます。

 マギアスを殺しても、闇の霧が漏れ続ける限り、新たなマギアス化は止まりません」


リヴァルは指を動かす。

地球の投影へ、再び黒い点が浮かぶ。


「根本は、ここです」


黒い点が一斉に拡大される。

その奥に、さらに深い黒が表示された。


「封印された闇の魔力。その漏出。闇の霧との接続。

 魔族性の血を持つ者の中で、魔力循環が強制的に再起動される現象」


言葉だけを聞けば難解だった。

だが、画面の中の図は明快だった。


封印された黒い核。そこから漏れる霧。

霧に反応する人間。暴走するマナ循環。


「マギアス化した者を殺すのではなく、この循環を止めます」


リヴァルは言った。


「魔力循環の要所に停止装置を打ち込み、闇の霧との接続を断つ。

 暴走を止め、魔性の発症部分を沈静化する。

 再封印が完了すれば、停止装置は不要になります。

 マギアス化した者は、限りなく人間と同じ状態へ戻る」


「本当に可能なのか」


別の画面から声が上がった。

スーツ姿の女性代表だった。


「暴走個体を殺さず、沈静化し、さらに社会復帰させるなど」


「可能です」


リヴァルは即答した。


「少なくとも、理論上は」


その一言に、会議の何人かが眉を動かす。

リヴァルは続けた。


「理論を現実に落とすためには、実戦データが必要です。

 ですが、基礎実験はすでに成功しています。

 マナ循環を停止させること自体は可能です。

 問題は、対象が暴走状態にあること、そして循環の要所が個体ごとに異なることです」


投影に、人型の図が表示される。

胸。腹部。背中。頭部。手足。

いくつかの位置に光点が生まれた。


「人間の急所を狙うのではありません。

 魔性の発症点、あるいは循環の要所を特定し、そこへ停止装置を打ち込む。

 戦闘部隊には、殺傷力だけでなく、拘束、探知、制圧、精密な一撃が必要になります」


軍服の男が腕を組んだ。


「通常部隊では難しい」


「はい。通常のアーツデバイス装備だけでは困難です。

 マナアーツ使用者を中心とした小隊運用が必要になります」


「数が足りない」


「その通りです」


リヴァルは否定しなかった。


「だからこそ、全ての戦場を一度に救うことはできません。

 優先順位を付けます。

 発生点、霧の濃度、暴走個体の規模、シェルター被害、周辺避難経路。

 これらを統合し、最も救命効果の高い地点から対応します」


「君のシェルターを中心に?」


「はい」


その返答に、会議のいくつかの画面で小さなざわめきが起きた。

リヴァル・アニムの管理する特別シェルター。

それは、ただの避難施設ではなかった。


世界統一機構の権限を受け、衛星情報、広域通信、各国の防衛データ、

シェルター管理システムへの限定介入権を持つ、事実上の作戦中枢。

その管理代理が、この若い青年だった。


「特別シェルターには、計画の実行に必要な分析設備があります。

 衛星監視、マギアス反応検出、アーツデバイス調整、停止装置の試験運用。

 現時点で、最も早く現場対応へ移れる拠点です」


「君は、世界中のシェルターの優先順位を決めるつもりか」


「私ひとりで決めるつもりはありません」


リヴァルは言った。


「ですが、計算は私が行います。

 判断材料も提示します。最終承認は、世界統一機構の権限に従う」


「拒否した場合は?」


別の代表が問う。

リヴァルは少しだけ沈黙した。

それは迷いではなく、言葉を選んでいるような間だった。


「その場合も、闇の霧は止まりません」


会議室が静まり返る。


「マギアス化は続きます。処分は増えます。

 マギアス勢力はさらに結束し、人類側への攻撃を正当化するでしょう。

 シェルターは守れても、社会は戻りません」


リヴァルは顔を上げた。


「私は、皆さんに命令する立場ではありません」


その声は、どこまでも穏やかだった。


「ですが、人類にはもう、対症療法だけを続ける時間は残されていません」


誰も、すぐには答えなかった。

画面の中の代表たちは、それぞれ違う場所にいた。


安全な会議室。

地下の指揮所。

移動中の装甲車両。

仮設シェルターの通信室。


それぞれ違う現実を抱えていた。

けれど、この瞬間だけは全員が同じものを見ていた。

若い青年が示した、たったひとつの可能性。


「確認したい」


年配の男性代表が、ゆっくりと口を開いた。


「君の計画は、マギアスを人間へ戻すものだと考えていいのか」


「正確には、マギアス化の暴走を停止し、人間社会へ戻れる状態を作る計画です」


「魔族性そのものは?」


「封印が正常化されれば、発現は抑制されます。

 本人が人として生きることは可能になります」


「再発は」


「闇の霧が再漏出しない限り、可能性は大きく下がります」


「保証は」


リヴァルは、初めて少しだけ視線を落とした。


「ありません」


会議の空気がまた動いた。

だが、彼は逃げなかった。


「保証はありません。科学において、未来の完全保証は不可能です。

 ですが、現行方針を続けた場合の破綻確率より、

 私の計画を実行した場合の生存率と社会再建率は高い」


彼は端末に触れた。いくつもの数値が投影される。

被害予測。避難可能人口。シェルター維持限界。

マギアス勢力拡大率。闇の霧漏出推移。


専門家でなければ一目で理解できない数字の群れ。

けれど、会議に参加している者たちは、その意味を理解した。

現状維持では、緩やかに負ける。


「皆さん」


リヴァルは言った。


「私たちは、この二年で多くを失いました。

 都市を失い、交通網を失い、家族を失い、隣人を疑う心を得てしまった」


彼の声に、熱はなかった。

だが、だからこそ響いた。


叫びではない。演説でもない。

冷静な事実として、彼は人類の傷を並べていた。


「マギアス化した者たちも同じです。

 彼らはある日突然、自分の体が変わり、

 自分の名が恐怖の対象になり、社会から追われた。

 暴走した者もいる。人を傷つけた者もいる。許されない行為もあった。

 ですが、全員を殺すことでしか終われない戦いなら、それはもう平和ではありません」


誰かが、画面の向こうで目を伏せた。


「守るために殺す。その選択を否定するつもりはありません。

 現場では、必要な時もあるでしょう」


リヴァルは続ける。


「ですが、人類の方針として、殺すことを唯一の解決策にしてはならない」


中央の投影に、黒い霧と人の輪郭が重なる。


「闇の霧を止めます」


次に、暴走したマギアスの輪郭が静まり、人の姿へ戻る図が表示される。


「魔力循環を止めます」


さらに、封印の図が現れる。

黒い核の周囲に、複数の光点が配置される。


「封印の根源を解放し、正しい形で再封印します」


そこで、リヴァルは言葉を切った。

会議の画面に並ぶ全員が、彼を見ていた。


「マギアスを殺さず、暴走を止める。封印の人柱を殺さず、解放する。

 闇の霧を止め、世界を元の循環へ戻す」


青年は、ゆっくりと言った。


「私たちは、もう選ばなくていい」


一拍。


「殺すか、殺されるか。守るために排除するか。諦めて失うか」


画面の中で、リヴァル・アニムはまっすぐ前を見ていた。


「その選択を、終わらせます」


中央の投影に、ひとつの文字列が表示された。

REVIVE PLAN.

世界中の画面に、その名が刻まれる。


「これが、リヴァイヴ・プランです」


沈黙があった。長い沈黙ではなかった。

けれど、その数秒の間に、会議に参加していた誰もが考えた。

そんなことが本当にできるのか。

この若すぎる青年に、世界を預けていいのか。

マギアスを殺さずに済むなら。

人柱を殺さずに済むなら。

闇の霧が止まるなら。

失った日常が、ほんの少しでも戻るなら。

最初に拍手をしたのは、誰だったのか分からなかった。


ひとつ。またひとつ。

画面の向こうで、掌が鳴る。

やがてそれは、会議全体へ広がっていった。


軍服の男は拍手しなかった。ただ、深く息を吐いて目を伏せた。

研究機関の長は、目元を押さえていた。

年配の代表者は、小さく頷いていた。


リヴァル・アニムは、その中心で静かに立っていた。

拍手に酔うこともなく。

称賛に笑うこともなく。

ただ、自分の提示した道が承認されていくのを、当然のように見ていた。

そして、画面の中で一度だけ、彼は目を伏せた。


祈るようにも見えた。

計算を終えたようにも見えた。

会議映像は、そこで一度暗転した。


拍手の音が消える。

画面も、音声も、途切れる。

けれど、世界は止まらなかった。

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