私が守るから
中央都市。
戦況は徐々に悪化していた。
飛来するミサイルの数が多すぎる。
何百人ものイハが力を注ぎ続けているにもかかわらず、結界は限界へ近づいていた。
ピシッ――
空を覆う光の壁に亀裂が走る。
「出力が落ちています!」
「第3区画の結界に損傷!」
「もう限界です!」
悲鳴のような報告が飛び交う。
1073番は歯を食いしばった。
(くそ……!)額から汗が流れる。
力を使い果たし、その場に倒れるイハもいる。
吐血する者もいた。
それでも誰も能力を止めない。
結界が破られれば終わりだ。
この街も。仲間たちも。外で暮らす人々も。
全て失われる。
その時だった。
「大型ミサイル接近!」
監視部隊の悲鳴が響く。
巨大モニターに映し出された赤い点。
今までのどのミサイルよりも巨大だった。
「推定威力、通常ミサイルの30倍以上!」
「着弾まで60秒!」
「…核ミサイルです!」
全員が空を見上げる。
巨大な影が雲を裂きながら落下してくる。
誰もが絶望した。
「あれは……」「無理だ……」「防げない……」
[もう終わりだ…]
今の結界では耐えられない、中央都市が落ちる。
誰もがそう覚悟した。
その瞬間だった。
空に一筋の光が走る。
高層ビルの上から、大型ミサイルに向けて光が伸びた。
監視部隊が慌ただしくモニターを確認する。
「な、なんだ……!?」
「大型ミサイルの速度が急激に低下しています!」
ざわめきが広がる。
誰もが空を見上げた。
巨大ミサイルは落下を続けていたはずだった。
だが、その動きが止まった。
まるで見えない手で掴まれたように。
空中で静止した。
「大型ミサイル……停止!」
監視部隊の声が震える。
広場が騒然となった。
「ありえない……」
「推定重量数100トン……!」
「人間が止められる質量ではありません!」
誰もが巨大モニターを見上げる。
空を裂きながら落下していた核ミサイル。
その巨大な破壊兵器が。
今、空中で完全に静止していた。
まるで見えない神の手に掴まれたかのように。
「誰がやった!?」
「守護神か!?」
「違う! マリア様はここにいる!」
監視員が慌てて映像を切り替える。
「高層ビルの屋上に人影を確認!」
「ビルにいる人物が……大型ミサイルを止めたようです!!」
その場にいた全員の視線が、一斉に高層ビルの屋上へ集まる。
ドローンの映像が拡大される。
巨大モニターに映し出されたのは、一人の少女だった。
風になびく長い黒髪。静かに空へ手を伸ばす細い腕。
だが、その姿を見た瞬間。
1073番の心臓が大きく跳ねた。
忘れるはずがない。
何度も隣で訓練した。
何度も競い合った。
何度も一緒に笑った。
あの姿を。
「まさか……」喉が震える。
「あいつだ……」「1074番……!」
ずっと会いたかった。
もう一度会いたいと願っていた。
だけど、こんな形じゃない。
こんな戦場で。こんな絶望の中で。
再会したかったわけじゃない。
お前は自由になれたはずだろ。
外の世界で生きられたはずだろ。
誰にも命令されずに。
全部、自分で決められたはずだ。
俺たちが手に入れられなかったものを。
全部手に入れられたはずなのに。
なんで戻ってきたんだよ。なんで、そこに立ってるんだよ。
1074番はビルから飛び降りた。
重力など存在しないかのように、軽やかに着地する。
そして、ゆっくりと歩いてくる。
以前より伸びた髪。少しだけ大人びた表情。
けれど。その目だけは変わっていなかった。
1074番は1073番の前まで歩いてくる。
そして何事もなかったかのように手を差し伸べた。
「ったく……」呆れたようにため息をつく。
「私がいないと、本当にダメなんだから」あの頃と変わらない口調だった。
冗談まじりで、どこまでも優しい笑顔だった。
まるで昨日まで、いつもの訓練場で顔を合わせていたかのように。
何も変わっていないように笑うその姿に、1073番の胸が締め付けられる。
1073番は震える手で、その手を握った。
涙が止まらなかった。
生きていてくれた。それだけで嬉しいはずなのに。
「ばかやろう……」かすれた声が漏れる。
「なんで戻ってきたんだよ……」握る手に力が入る。
その時だった。
上空を飛ぶドローンの映像が切り替わる。
巨大モニターに映し出されたのは、イハの幹部たちと軍事・政治の最高責任者たちだった。
戦況を見守っていた彼らは、1074番の姿を確認した瞬間。
まるで勝利を確信したかのように表情を緩めた。
「1074番!」
「やっと戻ってきたか!」
「すぐに守護神直属部隊へ編入しろ!」
「お前の力が必要だ!」
次々と飛び交う指示。
彼らが見ているのは一人の少女ではない。
国家最強の戦力。ただそれだけだった。
その言葉を聞いた1074番は静かに目を伏せる。
そして小さく呟いた。
「また、それなんだ」
怒鳴っているわけじゃない。
それなのに。
その場にいた全員が息を呑んだ。
「力が必要」「国を守れ」「戦え」「いつもそればっかり」
風が吹く。長い黒髪が揺れた。
1074番はゆっくり顔を上げる。
「私たちは便利な道具じゃない」
「戦うためだけに生まれてきたわけじゃない」
その瞳には怒りではなく。
深い悲しみが滲んでいた。
「私たちだって普通に生きたかった。
名前で呼ばれたかった。家族と一緒に暮らしたかった。
決められた小さな世界じゃなくて、外の世界みたいに自由に生きてみたかった」
拳を握る。
「なのに私たちは、生まれた瞬間に全部奪われた」
「名前も。家族も。自由も。未来も。」
声が少し震える。
怒りよりも。悲しみの方が大きかった。
「守護神も悪くない」
「イハのみんなも悪くない」
「外で暮らしてる人たちも悪くない」
「みんな、知らないだけだから」
そして。
初めてその瞳に怒りが宿った。
「でも」
空気が張り詰める。
「生まれてすぐ、家族から引き離して。
番号をつけて、生き方を決めて。戦うことだけを教えて」
「必要な時だけ『国のためだ』って使う人間だけは許せない!」
誰も言葉を発しなかった。
それはここにいるイハ全員が、一度は思ったことだったからだ。
「私たちは兵器じゃない。
実験体でもない。一人の人間なんだよ。」
その一言が戦場に響く。
幹部が低い声で言った。
「理想論だ」
「お前の言うことは正しい。だが、イハがいなければこの国はとっくに滅んでいた」
燃える街。避難する人々。倒れていく隊員たち。
巨大モニターには現実が映し出されている。
「何千万もの命を守るためには、お前たちの力が必要だった」
「それが現実だ」
幹部の声は震えていた。
「誰も好きで子どもを戦わせたわけじゃない。
誰も好きで家族を引き離したわけじゃない。
だが、イハがいなければ守れないんだ……!」
沈黙が落ちる。
それもまた事実だった。
幹部は拳を握る。
「なら答えろ1074番。
組織を憎むなら、自由を望むなら。
なぜ戻ってきた!なぜ戦場へ来た!
なぜ今、そのミサイルを止めている!」
1074番は静かに目を閉じた。
助けてくれた千代さん、玄さん、
初めて「1074番」ではなく、天音として呼ばれた日々。
外の世界で初めてできた友達。
好きな服を着て。好きな場所へ行って。好きなものを食べる。
ただそれだけのことが、こんなにも幸せだった。
自由だった。ずっと憧れていた日々だった。
本当は戻るつもりなんてなかった。
普通に生きてみたかった。
名前で呼ばれてみたかった。
それでも。
1074番はゆっくり目を開く。
視線の先には傷だらけの仲間たち。
1070番。1073番。
慕ってくれた下の学年の子どもたち。
そして全国で戦うイハたち。
「勘違いしないで」静かな声だった。
けれど誰よりも強かった。
「別にあなたたちのためじゃない」
1074番は仲間たちを見る。
そして少しだけ笑った。
「私は、仲間を守りに来ただけ」
涙が零れそうになるほど優しい声だった。
「みんなと、また笑いたいだけ」
1073番は唇を噛む。
やっぱり変わらない。
誰よりも自由を求めているくせに。
誰よりも仲間を見捨てられない。
1074番は空を見上げる。
巨大ミサイルはまだ空中で止まったままだった。
「だから」その足元から眩い光が溢れ出す。
「邪魔しないで」
次の瞬間だった。
1074番が静かに大型ミサイルに向けて手を伸ばす。
それだけだった。
轟音もない。
爆発もない。
ただ。
大型ミサイルが光に包まれる。
そして――
消えた。跡形もなく。
まるで最初から存在しなかったかのように。
広場から音が消える。
誰も理解できなかった。
監視部隊の声が震える。
「ミサイル……消失」
誰も反応できない。
守護神たちでさえ言葉を失う。
常識では説明できない。
今までどんな能力者も成し遂げられなかった奇跡。
いや。
奇跡ですらない。
圧倒的な力だった。
最強のイハ、1074番。
一度は自由を手に入れた少女。
もう二度と戻らないと決めた少女。
その少女が今――
仲間を守るためだけに戦場へ立つ。
そして誰もまだ知らなかった。
この帰還が、世界の運命を大きく変えることになることを。




