第九話 しっちゃかめっちゃか大バーゲン
予定の準備時間が1時間ほど短くなったけれど、オープンの8時前にはすでに10人以上のお客様方が集まり、わいわいがやがや、寒さに負けずに白い息を吐いていた。そして、古着を入れたダンボールを車から降ろすたびに、どっと集まりバーゲン売場が広がる。
これぞ団地主婦パワー也。
古着は1枚1枚すべて、クリーニング店の前や団地のゴミ捨て場で拾った針金ハンガーにかけて箱にしまってあるから、お客様方は自分の要らないものはご丁寧に箱から出して竿に掛けてくれたりもする。
「買うものはこのビニール袋に入れればいいでしょ」
「はずしたハンガーはこの箱でいいわね」と営業の采配までもしてくれる。
ちゃんと広げる間もなく始まったけれど「大古着市」は大盛況だ。
団地の入り口の三角広場とは、みんが勝手に命名しただけの無断で使っている空き地だ。自転車でかけずりまわって、やっと探し出した、誰も持ち主がいないかに見える団地の横の道路っぱたのスペース。
車6、7台分の広さで、駐車場だったのだろうけれど、今は区画整理のために所々に赤い印のついた杭が打たれている。そこに設置されたのは、夜中に持ってきた?物干し竿と竿掛け、そして竿掛けを支えるセメントの台が3セット。そこに、せめぎあうくらい窮屈に掛けられているボロだったはずの古着たち。
手前には、錆びた鉄の脚立2台(それも拾って?きた)が置かれ、その上の段と下の段に1枚ずつ渡したのは、粗大ごみのサイドボードから剥ぎ取った板である。そこにブティックの棚よろしく、バックや手袋、帽子、靴を並べた。
ダンボール4個を足にして、解体している家から持ってきた?戸板を置いただけのテーブル。その素敵なテーブルの上には、あふれんばかりの子供服。
そして、それらを楽しそうに、ムキになって、奪い合って、自分のものにしようと群がる人人人。
みんながひとつの景色になって、冬の終わりの風に吹かれて揺れている。
ちょっと人が引いてくると「じゃ、一回り回ってきましょうか」と虎郎が車に飛び乗る。
今日はおなじみのテープレコーダーに大古着市バージョンが入っている。
「ご町内の皆様、楽しい楽しい大古着市を開催しております・・・」
虎郎が運転して団地中をゆっくり走っている。ポンコツライトバンの屋根に括りつけた旧式のステレオのスピーカーから、風に乗って流れてくるのはみんの声。
すると面白いくらい、車の回ったあたりから、人が飛び出てくる。パラパラ漫画を見ているみたいだ。
スーパーマーケットでもらってきたビニール袋にいっぱいの古着というボロを詰めて、満足そうに元の四角い団地に帰っていく人人。
お昼過ぎにいきなり売れ始めたのが、赤や黄色やラメの化繊のドレスで、1着8百円。仕切り場での収穫物だ。やっと起きた夜の勤めのお姉さん方が、まとめて買っていってくれる。襞がいっぱいついていたり、ロングスカートを膨らませてあったりすると、とてもスーパーのビニール袋に入らない。「いいわよいいわよ」と言いながら、むき出しのまま、とりどりの色を抱えてひらひらと帰っていく姿は、まるでほんとに蝶のよう。
一番大きく売れたのは、おかまのねぇさんの買ってくれた靴である。
これは「アメリカ村」で「ちり紙交換」した時の収穫物だ。
「アメリカ村」というのはかつて米軍の兵隊の住居だったところを民間に貸し出している地域で、住んでいるのはアーティストとか外人とか。ちょっとおしゃれっぽいにおいがする。
そこで手招きされたのが、近々アメリカに帰るという外人のおねえさん。彼女が申し訳なさそうに出したのが、ビニール袋いっぱいの靴だった。
28センチもある。「大女」の真っ赤なハイヒールや、ピンクのパンプス等々8足。
もちろん、トイレットペーパーの進呈も遠慮してくれた。
「これは絶対いける」と、思い切って1足3千円にした。
おかまのねぇさんは、それを見て「きゃ」っと手をたたいて喜んだ。
「ねぇ、これ全部買うからさぁ、安くしてよぉ」と猫なで声が太い。
「わかりましたー。じゃ2万円で」「キャー、パチパチ、うれしいわー、大きな靴って、なかなか売ってないの。だから無理やり小さな靴に足突っ込むのよー。だから足がひーひー言って、ほら、見てよ。いっつもかかとが擦りむけているの。ああん、でも、今現金持ってないわー。悪いけどお兄さん、わたしの部屋まで持ってきてぇー」
背の高いおかまのねぇさんの後を、靴の入ったダンボール箱を抱えた背の低い虎郎が、追いすがるように従っていく。
戦い済んで日も暮れて、3本の竿や戸板のテーブルの上であんなにひしめいていた古着がスカスカになり、残された古着たちが「みんのどこがいけないの」と言わんばかりに、風にはためいている。
総売上98200円也。
最近、見たこともない大金だった。
とりあえず、たまっている家賃を1ヶ月分だけ払おう。電気代とガス代、それと、久しぶりに電話を使える状態にしよう。電話はこの商売に絶対必要。
それから毎週のように、このへんてこりんな「古着屋」はいろんな団地に出没した。
ちり紙交換をして、ボロを集め、洗濯して、ガリ版でチラシをつくって階段を上り下りした。
だけど、1日目ほどの売上を得ることは出来なかった。
そりゃそうである。何しろ1回目は開催のために、3ヶ月の準備期間があったのだ。
「売れ残り」は、どんなにしても「売れ残り」でしかない。
だから、2回売れ残ったものは、半額にした。それで2回売れ残ったら、戸板のテーブルをつくって「ビニール袋詰め放題百円」にした。