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みんはアンティークディーラー  作者: そとまちきゆみ
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第四十二話 明日に向かって

4年後にバルセロナでオリンピックが開かれると気付いたのは1988年の年末だった。

テレビの画面から映し出されるバルセロナの町は、次々に古い建物が壊されている。古い柱、古い壁、古い門。

「バルセロナと言えば、アントニオ・ガウディでしょう。ガウディと言えば、アールヌーボーでしょう」

みんは、その壊されたアールヌーボーが、どんどこ市場に流されている幻想を見た。

「行きましょう、今すぐアールヌーボーを買いに行きましょう」

バルセロナでは、大きな教会の前で木曜日に市場が開かれる。

すぐにチケットを手配した。安いチケットは、バルセロナ直行なんてない時代である。買えたのは正月早々のロンドン行だった。

大丈夫、ロンドンからフェリーでフランスに渡れば、後は地続き。

もちろん、まだユーロトンネルは開通していない。

30時間の飛行を終えてロンドンに着いたのは、火曜日の昼間だった。

走り出した。

だけど、ロンドンからパリまでは約450キロ、パリからバルセロナまでは、約850キロ。合計1300キロの行程である。

飛行機から降りてそのまま走った。アールヌーボーがどんどん壊されている。それが、どんどこ売りに出ている。

ただただ、それを思い続けてひた走った。

ドーバー海峡をフェリーで渡り、フランスに入ったらもう夜だった。

だけど、バルセロナの市場は週に1回しかないから走り続けるしかない。

カレーを過ぎ、パリを左手に見ながらオルレアンにたどり着き、リモージュを目指しトゥールーズを経て、やっとスペインに入ったら、すでに木曜日だった。

それでも走って、目指すはバルセロナ。アールヌーボーが待っている。

虎郎は限界を超えたようだ。フンフンとやたら古い歌を口ずさんでみたりする。その目はもう血走っている。

イギリスで車を借りたから右ハンドル。それで右側通行。つまり日本で左ハンドルを運転するのとは、逆になる。器用なものだ。

それでも時々、ウインカーを出そうとして、ワイパーがキキキと動いたりする。

車は、当時まだ出回り始めたばかりの韓国のヒュンダイ。ちっぽけな車だった。ちゃんと握っていないと、ハンドルがガタガタ揺れた。

眠りそうになると、しりとり歌合戦を繰り返す。歌いながら、時々みんは眠っている。

ウトリと眠っては、眠っちゃいかんと目をこする。

虎郎はみんに、眠っていていいよと、あくまで優しいが、こんな異国の高速道路で、二度と帰らぬ人になる訳にはいかない。

しだいに夜が明けてくる。黒い空が下の方からブルーに変わり、やがて薄いグリーンになり、だんだんオレンジ色に変わる。やがて幾筋もの光が雲をつらぬいて空いっぱいの朝焼けだ。

何と美しい光景。だけど、今はそれどころじゃない。

あの壊されているアールヌーボーを買わなくちゃ。

冬の朝が明けきらない前にバルセロナに着いて、アンティーク市場に向かう。

肌を刺すような空気の中で、市場は始まろうとしていた。

アールヌーボー、あの、いっぱい壊していた柱や壁、それに門。

けれど市場は素知らぬ顔で、かつてマドリッドで行ったラストロと似たようなガラクタばかり。あの頃より、ちょっとはアンティークがわかるようになったから、古そうなスプーンやグラスがちらほら見える。もちろんここでも、フラメンコを描いた金属の飾り皿もあり、おもちゃの闘牛の剣も変わらずに揺れている。

あれ?おかしい、アールヌーボーがない。あんなに壊していたはずなのに。いや、壊していたのは柱や壁、それに門。

そう、柱や壁、それに門だけだったのだ。

そんなものが一部でもこんな市場に並ぶ訳もなく、万一並んでいたとしても、そんな壁や柱や門をいったいどうやって荷造りすればいいというのか。

そんなものを買ってコンテナでも仕立てるつもりだったのだろか? そして、柱や壁、門が、日本で売れるなんて、聞いたこともない。なにより、ブルドーザーで壊したそれらの建造物は、日本に着くころにはこなごなの、壁土まみれだろう。

日差しがきらきら眩しくて、ここまで来ないとそんなことすら気が付かなかった自分の思い込みがおかしかった。

虎郎も同時に気づいたようで、充血した目でフッフッフッと小さく笑っていた。

昭和の天皇が崩御したのを知ったのは、そのまま車を走らせて立ち寄ったドライブインのスタンドに並んだ新聞だった。まるでスターの死を知らせるように写真が大きく掲載されていた。

昭和が終わった。新しい時代がやってくるらしい。


さぁ、また走り出そう。

ガタつくヒュンダイに乗り込んだ。

冬の空は晴れて、今日もいい天気になりそうだった。



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