第三十一話 捨てられた文庫本
ロンドンには、もう冬がきていた。
ロンドンにはアンティークがいっぱいだった。コベントガーデン、エンジェル・カムデンパッセージ、カムデンタウン、バーモンジイ、ポートベロー、毎日のようにアンティークマーケットがそこここにあって、おやじさんには悪いけれど、神田の骨董館よりすばらしいアンティークモールがいくつもあった。
見たこともない装飾のガラス器や、銀器がキラキラして見えた。絵画もあった。ブロンズもあった。レースや人形、家具、全ての古いものがアンティーク屋には並んでいた。ジョージアンとか、ヴィクトリアンとか、アールヌーボーとかアールデコとか、そんな言葉があることも知った。それらのアンティークは、もちろん買えないけれど、そのうち買うから待っていろ、と思った。
イギリスの1ポンドは220円だった。
1週間バスでも地下鉄でも乗り放題のウィークリーチケットというのが、当時は2ポンドだった。駅のチケット売場で写真を渡すと、赤い二つ折りのパスをくれた。写真入のパスを持つと、ロンドン市民になった気分だ。これで交通費の心配はなくなった。
1ポンド、2ポンドそして古いものを求めてさまよった。それともうひとつ、今度は課題が増えていた。小さなもの、である。
ロンドンの郵便局で調べてみたら、日本への送料は10キロで約1万円。とてもそんな余裕はなかった。全てを持ち帰るしかない。
だから、なるべく小さなもの。
でも、小さなものは大きなものよりずっと高い。こんな小さなかわいらしい裁縫道具が、ひえー、60ポンド。こんな小さなかわいらしいボックスが、ひえー、今度は80ポンド、こんな小さなかわいらしい人形が、ボトルが、文房具が・・・。
それは、まだ知らない「ミニチュア」の世界だった。アンティークは、限りなく奥が深そうだった。
小さなものをと思いながら、ついつい夕方には、ビニールバックはずっしりとした重さになっていた。
荷造りする時には、なるべく軽くてガサのあるものをスーツケースに入れた。それと拾ってきたダンボールには割れものを入れた。小さくて金属で割れる心配のない重いものは、ビニールバックにそのまま入れる。ビニール袋は大きくて、横幅が身長の半分くらいあった。
自分のものなど、パスポートと財布と文庫本1冊しかなかった。だけどその文庫本は、空港行のバスに向かう途中、あまりの重さに捨てた。
文庫本1冊捨てたって、何の足しにもならなかった。
多分、全部あわせると60キロ以上あったと思う。それを体重50キロ弱のみんがよろよろと持った。
今なら、キャスター付のバックなんて当たり前だけど、当時はそんなものはない。
飛行機の荷物預けは20キロまで。だから、25キロくらいなら許してくれるだろう。
この頃は、手荷物のカウントがけっこう甘かった。
搭乗手続きのカウンターで、スーツケースを乗せる。多分スーツケースは22~23キロ。ダンボールが8キロくらい。だから、ウェイトメーターにのせた時、つま先でスーツケースの隅っこをちょっと持ち上げた。
ヒースロー空港で働く南の国の航空会社のお姉さんは、そんな悪事には気づかずに「18キロ」とカウントして、次にダンボールを置くように促した。
ダンボールは思ったとおり、8キロちょっとで、合わせて26キロ、お姉さんは「うーん、ま、いいわね」という表情で、搭乗券を渡しながら「あら、その荷物は?」と聞いてくる。
「これですか? これ、軽いんです。手荷物です」
「そう、それならいいわ」
重かった。有に30キロ以上はあった。
それを、いかにも軽そうに肩にかけるのに苦労した。
来たときとは反対に、オマーン、イスラマバード、カラチ、北京。それぞれのトランジットで、何時間もの間、その30キロに悩まされ続けた。




