27 勇者と敵兵イルーシヴ
修理後に、ちょっとパスワードで苦戦しましたが、ようやく投稿です。
勇者が、殺されたかもしれない・・・・・・?
落ち着け、落ち着け。
頭が恐怖で一杯なことも身体が不安で押し潰されそうなことも理解している。
動悸で胸の奥が破裂しそうだ。筋肉が引きつる。手に持った聖剣がガタガタと細かく振動している。だが、それでも俺は息を静かに吸い込んだ。一瞬胃から吐き気がこみ上げるも、口を閉じ、歯を食いしばって耐える。そして腹の底から大きく息を外へ。
「ふぅーーーーーーー………」
怖いと思うのは、しょうがない。
ここは、頼れる味方がいない理不尽な闇夜の戦場だ。
訓練を受けた兵士でもない俺が、勇敢に敵と対峙することができるわけない。
だが、ただ怖がっているだけでもいられないはずだ。
生憎と何度も殺されたおかげで、手足が震えながらも前へ進むことに俺は慣れている。
大丈夫だ。まだ俺には希望が残っている。
まだ勇者が危険な状態だと実際に見たわけではないし、街には王都の憲兵が無数に徘徊している。
魔王の息子の居場所も先ほどからの戦闘音で分かっているから、上手くいけば加勢連れて射手の元に向かえるかもしれない。
最悪を考えて動かないよりも、最善を見据えて歩かなければ。
俺は再び息を吸い込み、自分の手を眺めた。もう震えてはいない。
(では……最初に何をするべきだ?)
ここで射手が上手く逃げてくるのを待つ、というのもアリだろう。
彼女の言葉が確かなら、この勇者の家は防衛機能に秀でている。ここで待機していれば、魔王の息子も下手に手出しはできず、この恐怖の一夜からは脱することができるはずだ。
けれど、射手が無事に逃走できるという保証はない。
勇者パーティーとして愛用していた武器の聖弓を持たず、先ほど放った魔法も敵を倒すには及ばなかった。断然、射手は不利な状態なのだ。
応援は来るのか。勇者は不在。戦士はどうしているか。おそらく未だに王都の迷宮の中だろう。賢者にいたっては……となれば、憲兵が偶々通りかかるのを待つしかないのか。
(いや、待てよ……前回、俺が勇者の家を訪れたときはどうだった?)
あのときは確か、付近の路地から憲兵たちが勇者の家を見張っており、俺と賢者は彼等に捕まってしまった。
となれば、同じ日を繰り返している今回も、路地裏かその付近に憲兵がいるはずでは?
けれど、俺がこの家の鍵を回していたときも、誰かが声をかけるなんてこともなかった。
人数は5人ほどだったはずだから、全員が持ち場を離れているとは考えにくい。
(……確認してみようか)
剣を両手でしっかりと抱きかかえ、路地が見える部屋へと移動する。
そこから窓際に身を隠しながら、外を眺めてみた。
俺が一度死ぬ前の夜だと、あの路地から憲兵たちが出てきていたはずだ。
(けれど姿が見えないということは……やはり前回とは憲兵たちの行動が違うのか?)
考えられる原因は、戦士が俺の報告を受けて、憲兵たちに魔王の息子に関する情報を流したことだ。
しかし、この家にある聖剣は王国の宝である。その監視を放り出さなければならないほど、憲兵の人数は少ないのか?
(いや、そんなはずはない。戦士の話だと、今の王都には何千人という規模で憲兵が巡回を行っているはずだ。そこへわざわざ数人しかいない、この家の警備を減らす必要はない)
俺は更に目をこらして、その路地を眺めてみる。
何か手がかりはないだろうか。例えば、戦闘の傷が壁に残ってたりとか……
(おや、あれは何だ?)
路地の入り口から横に5メートルほど離れたところで、何か大きなものが見える。
犬やネコよりも大きな塊が、わずかだがうごめいているのだ。
塊は芋虫のように地面を這って壁際を移動している。
そしてようやく街灯の光の端がそこに届いたとき、銀に光る剣が見えた。
「まさか・・・・・・!!」
俺は聖剣を持ったまま外に飛び出し、その塊の元へと向かう。
そこには、体を奇妙に縮こませながら苦痛に呻く憲兵の姿があった。
前回の夜にて、俺と賢者を捕まえたときに居た一人である。
彼は腕を後ろで交差させ、腹ばいになって前へと身体を進めようとしている。
その様子から、おそらくは身体を細い鋼線で縛られているのだろうと予想がついた。
また口には布を噛ませられ縛られているので、大声を出すこともできないようだった。
俺は周囲を警戒しながら、彼の元へと駆けつける。
突然の足音に、憲兵は驚いたようだが、俺が口元の布を外そうとするのを見て、外れるまでは大人しくしていた。ようやく息苦しさから解放された憲兵は、しばらく呼吸を安定ようと必死になっていた。
「ぷはぁ、ぜぇぜぇ……」
大丈夫ですか? と声を掛けると、彼は俺の方をギロリと睨む。夜であまり顔が見えないからよかったものの、昼間なら真っ直ぐに見てしまえば立ちすくんでしまうような眼力があった。
「貴様……一般人がこの時間に、何故出歩いている。何者だ」
這いつくばった状態でも、声から気迫が伝わってくる。
どうやら憲兵は、俺を自分の拘束を解いてくれた救助者ではなく、夜間に出回る不審者だと捉えたらしい。まさかここでいがみ合う訳にはいかないから、俺はつたない言葉ながら誤解をなくそうとした。
・・・・・・少しのウソを入れて。
「ええっと、俺はすぐそこの家の住人ですよ。何故出歩いてかって言われたら……俺はさっきまで寝ていたんです。けれどほら、向こうから何か激しい音がしますよね?」
魔王の息子と射手との攻防はまだ続いている。
けれども、矢が放たれて生まれる破壊音が少なくなってきたから、状況は芳しくなそうだ。
「それでビックリして目を覚ましてしまって、近くに憲兵の方がいたら、あの音の正体は何なのか聞こうと思って外に出てきたんです。用心のために、武器になるかは分かりませんが、この模擬刀を持ってね。そしたら貴方の姿を見つけまして、慌てて駆けつけたというわけですよ」
まさか正直に話をしたところで、ついさっきまで勇者パーティーの一員の聖女様と出歩いてました、という事実は信じてもらえまい。理解を迅速にしてもらうためなら、多少のウソを混ぜ込むべきだ。
憲兵は俺の言葉を、大体は納得したようだ。目つきは穏やかになり、謝罪を述べた。
「そうでしたか、それは失礼を。ともかく今は身体に細い金属糸が巻き付いてまして、まずはそれを取り除いてほしいんです。話はその後に」
俺は頷き、彼の身体に纏わり付く鋼線に触れる。魔王の息子の仕業に違いないと、感触でわかる。そこからどうやって線を切ればいいか悩んだが、憲兵の腰から剣を抜かせてもらい、身体と糸の間に差し込んで引っ張ることで、一本一本外すことに成功した。
彼の腕が自由になる程度にまで切ると、彼は自分で糸をほどき、ようやく立ち上がることができた。
「ありがとうございます。ですが、私はすぐに本部へ戻らせて貰います、貴方も、安全な場所へ隠れなさい」
「何があったのですか?」
「王都を騒がす襲撃者と戦闘になりましてね。罠にかかったところを拘束され、路地に放り込まれてしまった。他の仲間とも散り散りになってしまったが、あの戦闘音を聞いて、近くで憲兵が戦っているのかと思い、路地から這い出してきたんです」
そう言うと、彼は路地の方へ手を招きながら進む。
俺も彼の後に続いた。そこには、鋼線で作られた蜘蛛の巣が、壁と壁の間に仕掛けられていた。
「気をつけてください。今、この王都にはこのように、見えにくい糸で作られた罠が多数仕掛けられています。下手にうろつくのは避けて欲しい」
なるほど、やはり勇者の家近くにも罠があるのか。俺が移動した距離から考えても、やはり魔王の息子は広範囲に罠を仕掛けているらしい。
自分の装備を点検し、身体をほぐしている憲兵に質問する。
「これも魔王の息子の仕業なのでしょうか」
「よくご存じで。そうです、奴の仕業です。我々の敵は用意周到かつ、潜伏に長け、このような罠を使ってみせる。しかもですね……」
憲兵は剣を抜き、そして構えた。
「奴は、襲撃者は……高度な魔法を使用します」
「……魔法?」
「ええ、その魔法により既に同胞は何人も倒されている。これから貴方を自宅へとお送りしますが、決して油断なさらぬよう。特に、壁際にいるときには、特にです」
壁際に……?
どういうことだろうか。今までの魔王の息子は罠と近接格闘しかしてこなかったはずだ。話の盛られやすい噂話ですら、魔法を使ったという内容は聞いたことがない。
「その魔法というのは一体・・・・・・?」
「ええ、それは」
そう言いかけて、憲兵は俺を路地裏へ押しこんだ。
そして彼は路地から飛び出し、なにやら振り返って路地の突き当たりの壁へと剣を構える。
驚きもつかの間、彼がにらみつけていたその壁がまばゆく輝く。
街灯よりも爛々とした光。突然眩しくなったことで、俺の目はくらむ。
視界が白くなり、ズキンと頭痛を覚える。けれど視覚が狂う直前、俺はあるものを見てしまった。
憲兵の俺を押す腕と路地を曲がる角の間。壁には円上の模様が浮き上がっていた。
そして微かに光り始めていたその光の色は・・・・・・
(紫色の魔法陣……まさか!!)
「……空間跳躍、とは便利なものだな」
俺の死角となった斜め前の壁際から、声がする。
ざらついた低い声が、独り言を呟く。
「こうして、遠くから視界に入った敵の元へ、すぐ間近まで寸暇のうちにたどり着けるのだからな」
憲兵は素早く胸元に手を突っ込むと、笛を取り出して甲高い音を鳴らした。
王都の街にホイッスルが響く。その音を聞いてもなお、声は淡々と言葉を紡ぐ。
「しかし……見ればそこの憲兵、一度は捕縛した気もするが、どのようにして抜け出したものか。拘束が甘かったか……」
ああ、いる。すぐそこに、あの男が。
俺は息を殺して、路地裏で縮こまる他なかった。
静まっていた手の震えが、再び掴んでいる聖剣を小刻みに揺れ動かす。
(なぜ、魔王の息子が空間跳躍を使っている!!)
それは魔王の部下が使っていた魔法だ。あの紫色の魔法陣を、見間違えるはずもない。しかも賢者によれば、その魔法は相当に高度なものだったはず。そんな空間跳躍の魔法を使える者が、この王都に二人もいるのか?
俺の思考が纏まりきるよりも前に、声の主は憲兵の方へと歩き始めた。
「さあて、我が手にかかってなお、今一度生還した希有な憲兵よ。残念ながら貴様の幸運を、ここで終わらせてやるとしようか」
震えるな、静まれ!!
この手が震えていたところで、俺は敵に勝てないじゃないか。
怯えるな。前を向け。
俺は死なない。勇者を、射手を、戦士を助けなくては。
もう一度、賢者と会って名前を呼んでやらなければ。
俺は、魔王の息子に、勝ってやるんだ!!
「では幸運なる憲兵よ、この魔王の息子に倒されるが良いッッ!!」
金属のぶつかり合う音と火花が飛び散った。
そうして俺が覚悟を決めて立ち上がったとき、手元に握られた聖剣に埋め込まれた宝石が、小さく輝いたのだった。
次回投稿は、明日です。
時間は、今日より早い夜のうちになりそうです。




