28 射手と滑走ユビキタス
病気では、と疑うほどに予定通りの投稿ができてませんね。
あまり大言吐かずに、コツコツと連載するようにします。
その分、今回は少し文量を増やしてみました。
よくよく考えれば、魔王の息子が空間跳躍の魔法を使用していたという手掛かりはいくつもあった。
この広大な王都のあちこちに、僅か数時間も掛からぬうちに罠を仕掛けられたこと。
その罠により築かれた街の迷宮の中を、誰よりも俊敏に動けていたこと。
射手との戦闘で、一瞬前まで目の前にいたはずなのに、次の瞬間には背後から飛びついてきたこと。
全ての違和感が、この魔法一つで説明ついてしまう。
しかし、この空間跳躍は、上級の魔法使いである賢者でさえ難しいとする、とても高度な魔法である。
それを王都の不審者が使えるなどと思う人はおらず、だからこそ彼の能力を見誤っていた。
数日前に、実際に魔王の部下が空間跳躍の魔法を使用したのを見ていた俺でさえ、彼が空間跳躍をすることを視野には入れられなかった。
しかし、なぜ気づけなかったのかを考察する時間など、今はない。
「ハハハ、動きが鈍いぞ!!」
「くッ……うおおお!!」
路地の向こうの開けた十字路にて、憲兵と魔王の息子が戦闘を繰り広げる。
憲兵は必死に剣を振るい、敵に傷を負わせるべく奮起している。
斜めに切り下ろし。手を返して切り上げ。片足を軸に身体を回転させる。横一線の薙ぎ払い。
目線は逸らさない。更に足を大きく踏み出す。相手の中心線を真っ二つに割く。相手が退いた先へ斬りつける。連続した剣戟を、鍛えぬいた腕力と技術で振り続けていく。
その猛攻を難なくいなし、魔王の息子は嘲り笑っていた。
憲兵が腕を振り上げた瞬間、魔王の息子はその間合いに入り込み、顎めがけて拳を突き上げる。
思わずうめき声を上げ、体制が崩れながらも憲兵は剣を振り下ろす。
その流れを柔道のように利用して、魔王の息子は相手の腕をつかみ、そのまま地面へと引きずりおろした。
大の男が道に倒れこむ。起き上がる暇も与えずに、魔王の息子は無防備な背中へ蹴りを入れ、相手の悲鳴がするのを聴きながら馬乗りとなった。
懐の奥から金属糸を取り出すと、目の前の首に掛けて、引っ張り上げる。
憲兵は手綱で制された馬のように、エビぞりとなって自らの首をかきむしる。口から泡が噴出している。
「安心しろ、殺しはしない。だが二度も拘束を解かれては恥だからな。次は暴れるほどに喉を締め上げる縛り方を施してやろう」
俺は、この後の行動に迷っていた。
今すぐ憲兵を助けようにも武器はなく、逃げようにも逃げ道はない。背後は鋼線の壁、前方には嬉々として憲兵を縛り付ける魔王の息子だ。
しかしこのまま何もせずとも、俺の存在がばれるのも時間の問題だろう。
何か策はないか……
(……例えば、この手に持った聖剣の能力を使えるような方法とか)
そう思いながら手元を見ると、剣は小刻みに震えていた。
一瞬、俺が恐怖に怯えているのかとも思ったが……これは聖剣自体が振動している。
俺の脈拍以上にブルブルとしているが……一体なんなんだ?
(まさか盗難防止用のブザーとか? それにしてはタイミングが遅いし)
待てよ、と俺は聖剣の役割を思い出す。
聖剣は勇者に特別な力を授け、同時に勇者を護るために様々な効果を発揮する。
もしやこれは、その効果の一つなのではないか。
勇者が危機に瀕しているのは間違いないし、聖剣もそれを察して、彼を助けようとしているのではないか。
試しに鞘から刀身を引き抜いてみようとする。しかしまあ、抜けない。
確か選ばれた勇者のみが聖剣を扱える、という話を聞いたことがあるが本当だったらしい。
多分、俺が持ったままでは、この聖剣が特殊な力を発動することはなさそうだ。
と思っていたとき、段々と聖剣の震えが増してきたかと思うと、俺の手から飛び出して、鋼線の壁の方へと空を飛んで突っ込んでいった。
その速さ、射手の矢にも匹敵する。
「ええ!?」
余りに突然の出来事なので、驚きが遅れてやってきた。
聖剣は鋼線の壁にぶつかり、当然ながら絡まる。
けれど自身を高速回転させたかと思うと、張り付いた鋼線を巻き込み、周囲の壁もろとも罠を破壊してしまった。
ガラガラとレンガや屋根瓦が崩壊し、隣家の二軒は内部があらわになる。
唖然とする俺をよそに、聖剣は街の道を一直線に飛んで行った。
バイク並みの速度で飛んでいく様はミサイルみたいだ。
「……ハッ!!」
俺は慌てて瓦礫の上を通り越し、聖剣飛んでいる方向に走り出す。
何が起きたかは理解不能だが理解できる。
おそらく聖剣は、勇者の元へと向かっているのだ。
そして聖剣に絡みついた鋼線のうち一本が、俺の目の前で引きずられている。
何とかそれに飛びつき、急いで両手で絡めとる。細い糸が肉を締め付けようとするのを、何とか引っ張って持ちこたえた。
聖剣は俺の体重負荷に少しよろめいたが、気にせずそのまま数メートル先を飛行している。
ガクンと身体が前方に引きずられ、俺も聖剣に引きずられて王都の道を滑走していく。
水上スキーの選手のように、何とか体をまっすぐに保とうとする。
ただの革靴を履いているせいで、足裏の摩擦熱で段々と熱くなるが、気にしてはいられない。
一度転べば、背中の皮が剥げるまで街を引きずり回されてしまうだろうと、必死に平衡感覚を働かせた。
地面のレンガなせいで足元ががたつくけれど、集中していれば転倒は防げそうだ。
そのとき、背後から大声が響く。
「逃がしてなるものかあああッ!!!」
俺に振り返れる余裕なんてないが、声の主が魔王の息子だということは容易に察しが付く。しかし聖剣の飛ぶスピードで逃走している俺に、奴が簡単に追いつけるわけもなかった。背後で走る音がしたけれど、次第に遠ざかっていく。
(これは、逃げ切ったか!?)
いいや、違う。
そう気づいたのは、前方に見えた屋敷の壁に、紫色に輝く魔方陣が現れたときだ。
まばゆい光と共に、魔王の息子が壁から飛び出し、赤い目でこちらを睨んできた。
「逃げられると思ったかッ!!」
怒号と共に短刀を取り出し、俺の前に立ちふさがる。
驚いた拍子で、俺は尻もちをついてしまった。しまったと思うも、体勢を立て直せない。
このままでは、延長線上にいる魔王の息子めがけて無防備に突っ込んでしまう。
飛んで火にいる夏の虫、という最悪な言葉が頭をよぎるも、俺は手からワイヤーが抜け出ないよう握りしめることに精一杯だ。
その掌すらも、鋼線が食い込んで痛みを増し、擦れた痕から血が滲みだす。
俺の顔を見て、魔王の息子は歪んだ笑みを浮かべた。
「フハハハ、我が手中より逃れられると……、チッ!!」
突然、魔王の息子が向きを変えて、目の前を走り抜ける。
そして俺の背後から、黄色い閃光が落下してきた。敵の逃げた方向へ曲がり、速度を増して飛行する。そして横の路地に入り込んだかと思うと、まばゆい発光と共に爆発音と煙が上がった。射手の射撃だ。
(そうか!!……壁の壊れた音で俺たちの居場所に気づけたのか)
上空を眺める俺を飛び越え、幾つもの光矢が王都に降り注ぐ。
魔王の息子は街の隙間を駆け巡り、その背後に矢の軌跡が煌めいた。
俺と聖剣はその横を通りすぎる。そして激しい爆発音とともに、土煙が路地から舞い上がる。
(命中したのか!?……いや、違う!!)
視線を前に戻したとき、また紫色に光る魔法陣を前方に見つける。
そして指先からヌルリと魔王の息子の上半身が飛び出てきた。だが……
ヒュンッ
矢が魔法陣めがけて打ち放たれ、その中心を打ち抜く。
魔王の息子はすぐにその体を引っ込めるやいなや、壁ごと魔法陣が破壊された。
闇夜に怪しく光る大きな模様は、射手にとって格好の的なのだろう。
聖剣が飛ぶ先々に幾つもの魔法陣が現れては、一線の射撃が射貫き続ける。
もはや、魔王の息子は隠れるつもりもなく、家の壁から、屋根から、路地裏から飛び出して射手の矢から逃れつつ、俺を狙って走り続ける。
そして数多の矢が、家を一つ残らず破壊するかのように、障害すべてを打ち抜いていく。射手の言っていた限界とは、何だったのか。
いや、違う。魔法陣という固定化された標的に撃ち込むだけなら、先ほどまでの相手を延々と追跡するような効果はいらない。まっすぐ速く飛ばすことにのみ魔法の効果を割けば、より少ない魔力で矢を放てる。
空間転移の魔法陣の現れる速度は増し、矢の飛ぶ数も増し、俺は崩れ落ちる家々の間を通りすぎる。
横目で崩壊する住宅を眺めるも、どれも中に住人はいなかった。それを知っているからこそ、射手もこの無茶苦茶な射撃ができるのだろう。
前方からレンガの破片が飛びちり、体に無数の痣ができた。俺は歯を食いしばって耐え忍び、息を吐くたびに咆哮した。
「うおおおおおおおおッ!!」
気付けば魔王の息子と射手の戦闘を後方に置き去りにし、俺は闇夜を颯爽と引きずられ回っていた。
と、聖剣の飛行するスピードが低下し始める。
そして一つ先の曲がり角を曲がったところで、カランと地面に落下した。
しかし俺は慣性の法則から逃れられない。何とか身体を丸めて衝撃を和らげる姿勢をとる。それでも動きがとまるまでの間に、街路に身体を擦り付け、背中から壁にぶつかった。
「グゥッ……!!」
身体は無茶な運動と聖剣に引きずられた影響で、ボロボロになっている。
立ち上がった瞬間に、ジンジンと染みる痛みが細胞という細胞を埋め尽くした。
自分の精神も疲弊しているらしく、息を吐くことすらも億劫になる。
できるなら今すぐに目蓋を閉ざして、その場で寝っ転がっていたい。
けれど、それでも足を動かさなくちゃいけないから、よろめく足取りで聖剣の元へと近づいた。
「ハァッ、ハァッ……こんなところに何があるんだよ」
俺は聖剣を持ち上げて、その刃が指し示す方向へ顔を上げた。
暗がりの奥に積みあがった瓦礫がある。魔王の息子が暴れまわった跡だろうか。そのとき、触れてもいないのに、パラパラと砂塵を舞わせて数枚の瓦が崩れた。
その隙間から見えたのは、ボロボロの布切れ。
嫌な予感がして、そこに手を伸ばしてみると、ベタリとした液体が手に付いた。
「……まさか」
急いで瓦礫の山をかき分け、中に埋もれた物の正体を確かめる。
ヒヤリとした冷たい感触を覚え、それを引き上げると一本の手を見つける。
その根元を掘り進めると、足や胸、そして生々しい刺し傷が残る胴体が見えてくる。
そして、すっかりと瓦礫をどけて、埋まっていた人の顔を見た瞬間、俺は予感が的中してしまったことに戦慄した。
生気を失ったようなその姿は、俺の最後にみた彼の姿からはかけ離れすぎていて、これが現実の光景だと信じられなくなる。
「お前は、どうして……」
王都の路地が隅にて、彼は意識もなく倒れていた。
彼は………勇者は、致命傷を負ったまま、虚ろな目で光なき闇夜を眺めていた。
住人不在の王都の静けさは、勇者の息遣いが聞こえないことを、狂おしいほどに知らしめていた。
言い訳がましいですが、最近立て続けに大きな出来事が続きまして、上手く執筆できませんでした。
申し訳ありません。
次回更新は、日曜日です。週一ペースに戻ろうと思います。




