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思惑:序

「くそっ。」 

 親任式が終ったその日の夜、ドナルドはグリュニアの一角にある高級ホテル、「グリューネワルト」の一室で毒づいた。

 広いフロアの中央に据えられたカジュアルな意匠のテーブルには、何冊か新聞が置かれている。

 今日の夕方刷られたばかりの号外だ。新聞に書かれている記事はどれも今日の親任式の内容ばかりだ。

 それだけではない、フロアに備えられた大型の液晶パネル、それが写すニュースはどれもこれも同じ内容ばかり、ネットニュースも似たようなものだ。極めつけは、先程から鳴りっぱなしのパソコンのIP電話、携帯、固定電話・・・・・。

 どいつもこいつも飽きもせず同じ内容ばかり・・・・。

 腹の底から沸々と沸き上がってくる怒りを抑えきれず、ドナルドは握り締めた拳を壁に叩きつけた。ジンとした痛みが掌から伝わってくる。少し冷静になった。

 テーブルの上に散らばっていた新聞を押しのけ、その奥にあった紙の束を拾い上げる。

 その紙の束には飾り気の無い文字で「国家強靭化十ヵ年計画 要綱」とある。その内容はもう既に何度か読んで内容も大体頭に入れている。

 書かかれている内容は、デフレによる失業者に対しての雇用創出、具体的に言うならば公共事業の拡大である。

 また現在民間に委託している福祉事業のいくつかを国が法人として管理し、同時に福祉事業に対する支援、また同じ業種の事業が一時的に提携して、一定数の雇用を創出する案などだ。

 問題は、その案を実現する財源だが「国家強靭化論」のおいては、ブリスケンの国債がほぼ全て「内債」という事に注目した財源捻出を掲げている。

 つまり、ブリスケンの国債はほとんどが国内から出ているのである。

 総額としては大体90兆マルケス(900兆円ほど)ぐらいだが、それほどの借金があってもブリスケンの経済が破綻しないのは、長期金利が安いからだ。

 では、何故長期金利が安いのか?簡単だ。金が余っているからである。

 基本的に、ブリスケンの国債を買っているのはブリスケン国民の中でも富裕層の人間達だ。当然、彼らはその貯蓄から国債を買うわけであるが、この国債を買っている富裕層というのは主に大躍進時代に全盛期を迎えた世代なのだ。

 つまり、今の後期高齢者なのである。彼らのほとんどは、若い頃に積み立てた年金、及び貯蓄を食む事で生計を立てているが、それでもその貯蓄が枯渇すれば生活が成り立たなくなる。

 ブリスケンがかつての王国時代のように、家格を重んじる文化であったならば彼ら老人達はその家族が死ぬまで面倒を見る事になっただろう。

 だが、現代のブリスケンにおいてはそういった親と子の繋がりが薄い。子は親から独立して新たな家庭を築く。

 だからこそ、余った老人達は年齢のために働く事も許されず、自分達が生活するために貯蓄を削っていく。金持ちだ金持ちだと言っても、その貯蓄を削っていく以上、そして養ってくれる家族がいない以上、それらが枯渇した時の不安は募っていく一方だろう。

 そこで出てくるのが国債だ。何故彼ら高齢者がわざわざ国債を買うのかというと、国債が最も安全に利益を得られるからである。ブリスケンは深刻なデフレによって経済全体が冷え込んでいる。ブリスケンだけではない。ブリスケンほどの大国の市場が傾くという事は、隣国も勿論その影響を受けている。今、世界は大規模な不況の嵐なのだ。

 その中で、国家がその配当を保証してくれる事で確実に利益回収が見込める国債は非常に「旨みがある」のである。加えて、自国民が自国通貨立てで国債を買っているブリスケンには形式上、債務不履行(デフォルト)が無い事も大きい。だからこそ、国債を買うわけである。

 しかし、国債を買っている事情が事情なだけにこれら国債に流れているマネーは、言ってみれば国債以外に使い道が無いのである。

 だが、政府が毎年発行する国債は多い多いと言っても限度がある。供給が多くても需要は一定なので、長期金利が落ちるのだ。

 そして、今回の財源獲得はその長期金利の安さとデフレ、そして自国通貨を発行している事を逆手に取った方法だ。

 要は政府が大量に国債を発行するのである。

 長期金利が安い事からも分かるように、ブリスケンは借金まみれで、挙句経済も冷え込んでいるが、マネーは余っているのだ。

 そこで発行した国債を使って国が公共事業を立ち上げ、雇用を捻出する。

 当然国債をアホみたいに発行すれば金利は上がる。だがそこでデフレと自国通貨が有利に働く。

 ブリスケンの中央銀行に働きかけて、金を刷ってやれば良いのだ。

 そうすれば国債を刷った金で返せ、デフレは解消され、雇用は捻出される、更に福祉事業を活性化する事で高齢者達の状況もある程度改善されるだろう。

 誰も困らない、全てを救う、万能薬のような、ウルトラC。

 だが実現不可能だ、とドナルドは思う。

 何故ならば、この構想は自国通貨を発行する中央銀行、即ち財界の協力が必要不可欠だからだ。

 だが、財界はウンとは言わないだろう。

 財界を束ねており、中央銀行に大きく影響力を持つブリスケン経済利益団体連盟、通称経利連と呼ばれる組織がある。国内のほとんどの企業は、この経利連に所属している。

 つまり、この経利連をウンと言わせない事には、中央銀行の協力を仰ぐのは難しいわけである。

 更に、中央銀行自体がインフレを防ぐために作られた銀行である事も協力を仰げない事に拍車をかけている。

 それでも、議員達が強く主張すれば中央銀行も折れるかも知れない。

 だが、それはできないのだ。

 何故か、それはブリスケン議会に強く影響力を持つ政治家は皆、経利連に首輪をつけられているからだ。政治献金だ。

 あの青二才の王が、国民から不当に巻き上げた金と揶揄したものだ。

 だが、あの王は何も分かっていないのだ。ドナルド自体は別に私服を肥やすつもりで政治献金を受け取ったわけではない。

 ただ、政治とは表に出ている部分からは想像もつかないほどに手間と金がかかるモノなのだ。それを円滑に行うためには、議員の所得などでは到底足りない。

 だからこそ、違法と知っても政治献金に手を出すしかない。皆やっている事だ。

 しかし、その政治献金という首輪がある限り、政府の人間は強く出る事ができない。

 あの王は何も分かっていない。国とは国民の生活を円滑に行うためにあるのではなく、今もなお金を増やし続ける真の意味での「金持ち」を守るためにあるシステムだという事をまるで理解していない。

 だから、彼が打ち出した案が例え理に適っているとしても、例え国民の支持を得られるモノだとしても、例え全てを救う万能薬のようなウルトラCだとしても、そのシステムを理解していない以上は、この話は、ここで終わりなのだ。

 ドナルドは諦めるように頭を振って、その紙束を机の上に投げ捨てた。

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