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10/20

思惑:破

 親任式から一夜明けた朝、グリュニアからかなり離れた位置にある、首都オルニアスの官僚達の中でも特に高い地位にある者が暮らす高級官舎の一室。

 その広く機能的な部屋のリビングに男が一人立っている。その外見はやや痩すぎな体型に始まり、浅黒い肌、茶色い瞳、カールのかかった短い髪、180センチ後半はある長身、そして愛嬌のある顔にはやや厚みのある唇が存在感を主張している。

 彼の名前はアボット・ハウスマン。

 その年齢は壮年に差し掛かりつつあるが、実年齢より十歳は若く見える。

 朝から上機嫌な彼だが、理由は言うまでもない、先日の親任式だ。

 親任式に先立って行われたブリスケン議会二院の内、下院の議員を決める選挙では、彼が党首を務めるブリスケン人民党は惜しくも、ドナルド率いるブリスケン革新党に僅差で敗れ、第一党の座を逃した。その前の上院選挙でも第一党を奪われているため、実質二連敗だ。

 昨日までは今まで代行府を組閣する立場だった与党から、野党に引きずり下ろされた―――しかも、よりにもよって自分が党首となった時期にだ、その申し訳なさと悔しさで胸がはちきれんばかりだった。

「フフフ。」

 思わず、笑みが零れる。

 ところがだ。昨日の親任式で、今までお飾りだけ存在すると思われていた王家が、宮内省が、代行府の組閣を認めないと言い出すではないか。

 ブリスケンの現王位にあるウィリアムが、十年ほど前からメディアに良く顔を出しているのは知っていた。また、その美貌から国民にそこそこの人気がある事も、アボットは承知していた。

 しかし、足掛け百年にも渡って象徴という名の傀儡となる事を良しとしていた王家が、今になって牙を向くなどと誰が予想しただろうか。

 しかも、今回の親任式の騒動、世論はどうやらウィリアム王に傾いているようだ。

 これは好機だ。今、ウィリアム王に味方して世論を味方に付ければまず間違いなく次の選挙では自分達人民党が第一党に返り咲くだろう。

 いや、ひょっとしてひょっとするとこのまま勢いに乗じて選挙のやり直し、なんて事もできるかも知れない。

 そうなればこっちのモノだ。選挙に敗れ野党に甘んじた雪辱をこれほど早く返せる日が来ようとは・・・アボットは神に感謝したい気分だった。

 しかし、唯一気になる所があるとすればウィリアムが親任式で提言した「国家強靭化論」だろう。

 アレは危険だ。アボットもコネクションを通じてその要綱を読んだが、あの案は間違いなく経利連を敵に回す。

 そりゃそうだ。デフレになればなるほど、従業員の給料は安く済むし、リストラを称して人件費を削減できる。更に、競争相手はどんどん不況で潰れていくのだから。

 経利連の面々は生き残る。そのための政府とのコネクションなのだ。実際、他国でも似たような状況が繰り広げられている。国にとって潰れると不味い企業は絶対に生き残るのだ。というより、生かされるというべきか。

 そして、経利連に都合が悪いという事はその金という鎖に繋がれた自分達にも都合が悪いという事だ。

 だが、まぁ良い。彼は笑みを深めた。

 年端もいかない若造一人、人民党が政権を握ってしまえばいかようにもコントロールできる。どうせ、やれ国の再興だの、やれ臣民のためだのいった所で所詮は国民の人気取りをして、王家の権益を拡大する腹積もりだろう。

 だったら懐柔して、その欲望を満たした上で飼い殺しにしてやれば良い。

 精々、その美貌を活かして我々の便利な道具になってもらおうではないか。

 アボットは来る二週間後の事を思い、胸を躍らせた。

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