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一児の母の。

 公聴会が終わった後、一旦ジェーンはオルニアスの郊外にある自宅に戻った。

 閑散とした住宅地の一角にあるシンプルな白い一軒家。そこがジェーンの住まいだ。

「ええ、ええ、ではそれでお願いします。」

 シンプルで、かつ機能的なリビングの真ん中でジェーンはPC、固定回線、携帯の間をウンザリとするぐらいに往復している。

 自宅にいるからといって仕事から解放されるわけではないのだ。

 勿論それは、来る予算の議決に際して各党で動く、所謂「造反議員」の足並みを揃えるためであり、そして来る大連立政権に向けての最終調整のためだ。

 財界や自分の属する政党の顔色を伺い、ビクビクしながら政治と関わっていかなければならない今の現状に、不満を抱いていた議員はジェーンが思っていたよりも多かった。

 これなら何とか予算案に『国家強靱化論』の案をねじ込めるかも知れない。

 自分の手で政界に新たな風を吹き込む事に、例えようの無い胸の高まりを覚える反面、家庭をおざなりにして仕事に没頭する自分に、罪悪感を覚えないわけではない。決して。

 そんな事を考えながらジェーンがPCの画面でメールを確認していると、今年四歳になる娘のフランソワが駆け寄ってきた。その後ろを追うように、自分より年齢も背丈も一回り近く低い夫、ロイもリビングに入ってくる。

「ママ、あのね。あのね。」

 そう言いながら裾を引っ張る娘は堪らなく可愛い。少し赤みがかったリンゴのようなほっぺた、黒く艶のかかった短い髪、ジェーンはPCから視線を落として娘の頭を撫でてやる。

「はいはい、ママは仕事中だからパパと一緒に遊ぼうか。」

 そう言ってロイがフランソワを抱き上げようとする。

「やー!ママが良いのー!」

「我が侭言わないの。」

 手足をジタバタさせて抵抗する娘を、ロイは器用に抱き上げる。

 童顔で背も低いロイが娘を抱くと、歳の離れた兄弟にしか見えない。

 そういえば、最後に娘を抱っこしてやったのはいつだったか・・・。

「良いわ。ママと一緒に遊びましょ。」

「仕事とか、大丈夫なの?」

 ロイがそう尋ねてくる。

「大丈夫よ。ある程度一段落したし、余り根を詰めすぎても効率が悪くなるだけだから。」

 そう言って娘を抱き上げる。

「ん~可愛い。」

 いつかぶりに触る娘は、とても柔らかく、愛しかった。

◆◇◆◇

 約二時間後、やっと眠りに落ちた娘を横目に、再びジェーンは液晶画面と睨めっこを再開する。

「余り根を詰めすぎるのは良くないんじゃなかったっけ?」

 そう言いながらロイが傍らにマグカップを置く。中にはコーヒーが入っていた。

「有難う。」

「ん。」

 短い応答の後、リビングに沈黙が舞い降りる。

 再度口を開いたのはジェーンだった。

「ごめんなさいね。」

「何が?」

「貴方にばかり家庭の事を押し付けてしまって。」

 ああ、とロイは合点がいったような顔をした。それから彼は笑顔を作って

「仕事があるんだから、仕方ないよ。」

 と言った。

「それは貴方も同じでしょ?」

 無意識の内に、ジェーンの指がマグカップの淵を撫でる。

「確かにそうだけど、俺の仕事はずっと楽だし。」

「それは言い訳にはならないって分かってるわ。」

 その言葉を聞いてロイは肩をすくめた。

「そうかも知れないけど、俺が選んだ事だし。それに―――」

 ロイは困ったような表情をして、頭を掻きながら上を向いて、そのまま黙ってしまった。

「それに、何?」

「ん~、いや、別に良いよ。」

 ジェーンはロイの方を向き、彼と視線を合わせる。

「そういうヒキってあんまり好きじゃないの。言いたい事があるならはっきり言って。」

「あ、いや、その、何て言うか。まぁ大した事じゃないんだけど。」

「言いなさい。」

 ロイはハァ、とため息をついて口を開いた。

「まぁ、何と言うか。そういう部分も含めて好きになって、結婚しちゃった以上、仕方がないよね。って事を言いたかったんだ。うん。」

 そのまま彼はプイ、と顔を逸らした。

「なるほどね。」

 そのままPCの電源を一旦落として、ロイの方に近寄る。

 急に寄ってきたジェーンに何事かと振り向いたロイの後頭部に手を這わせ、頭をグイと寄せるとそのまま接吻。

「むぐ!」

 慌てて反射的に身を引こうとするロイを押さえつけて、舌を口内に滑り込ませ歯茎をなぞるように舌を動かす。

 少しロイが落ち着いてきた所で今度は喉奥に舌を思い切り入れ込み、ゆっくり唾液を絡ませ合いながら引き抜く。

 そのまま唇を離すと、唇の接触点から絡まった唾液が糸のように引いて出る。

 未だに状況が飲み込めず、半ば放心状態になっているロイの頬をツツ、と撫でて囁く。

「私、頑張るから。」

 そんな二人の傍らでは、何も知らない娘がすやすやと小さな寝息を立てていた。

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