第一章 プロローグ
――英雄伝説。
これはアストラ帝国に伝わるおとぎ話だ。
遥か昔、帝国は未曾有の危機に陥った。
大勢の魔物が一挙に帝国へと押し掛けたのだ。
多勢に無勢で帝国は大打撃を受けた。
騎士は敗れ、魔導士は倒れ、帝国のあらゆる強者が魔物の餌食になっていった。
そんな中、一人の男が立ち上がる。
剣と魔法の才に溢れた男だ。
万を超える魔物を斬り伏せ、時には魔法で薙ぎ払い、遂には押し寄せた全ての魔物を駆逐してみせた。
これには帝国も大歓喜で彼を称えた。
彼は貴族でも騎士でもなんでもないただの村人。
しかし帝国にとって彼は英雄と呼ぶに相応しい男だ。
そしてアストラ帝国は彼に爵位を与えた。
一生遊んでも使い切れない程の報奨も与えた。
だが彼はそれを全て拒んだ。
その時の台詞は有名なもので、誰もが知っている。
"その全てを被害にあった者たちの為に使って欲しい"
聖人というのはまさにこういう人の事を言うのだろう。
彼こそ真の英雄だ。
その伝説は未だに語り継がれ子供への読み聞かせでは大いに楽しませてくれるおとぎ話である。
かくいう僕もその英雄伝説に憧れて、誕生日プレゼントには剣を強請ったが。
「おいリバル!なにボーっとしてやがる!さっさとソレを運べ!ソレが最後だろ!」
唐突に怒鳴られた僕はすぐに丸太を抱え走り出す。
今は冬支度の為に木材を集めていたところだ。
怒鳴ったのは僕の父親、ハインツ。
ガタイがよくてこの村では自警団のリーダーでもある。
「ちょっと疲れたから休憩してただけだよ」
「言い訳すんな!お前は目を離すとすぐにサボるからな……」
何を心外な。これでも僕は真面目なんだけど。
ただちょっと足を休めているだけだ。
まあここでまた何か言えば三倍になって返ってくるから黙って働こう。
丸太は大きな倉庫へと運び込む。
今日はこれで二十本目だ。
僕はまだ十歳になったばかりだからこの辺りで仕事は終わり。後は日課の素振りだな。
いつも通り僕は家へ帰るとその足で裏庭へと赴く。
剣を振るときはいつもここだ。
「イチッ!ニッ!サンッ!」
上段から勢いよく振り下ろし、それを何度も繰り返すこと百回。次は父親から学んだ技を反復練習する。
「アストラ帝国流・強撃!」
魔力を手に集め力強く握った剣を真上から叩き下ろす。衝撃波が足元を揺らし、地面には小さい溝を生み出した。僕の力ではまだこれが精一杯。
父親ならこの剣技でぶっとい幹すら叩き斬る。
そうして日課を終える頃には日が暮れ始めていた。
「ふぅ……今日もこのくらいにしとこう。英雄になるにはまだまだ精進しないと」
汗を拭いそのまま風呂へと直行する。
前に一度日課を終えた足でリビングに向かったら汗臭いとキレられたからね。
風呂から上がりサッパリした身体でリビングへと向かう。既に夕食の支度をしているようで、部屋全体にいい匂いが漂っていた。
「ああリバル。もうすぐできるから座ってなさい」
母にそう言われ僕は食卓の席につく。
父は既に着席していて僕が座ると同時に話しかけてきた。
「リバル、今日は何を練習してたんだ?」
「前に見せてもらった剣技だよ」
「ああ、強撃か。他にもいくつか見せてやっただろ?そっちの練習はしてないのか?」
「そっちはもう完璧だからね」
過去に強撃以外にもあと二つ剣技を見せてもらったことがある。そっちはもう自分なりのアレンジを加えて技は完成していた。強撃に関してだけはやっぱり力がモノを言うのか、修得したとは言い難い。
「そうか。リバルは本当に剣の才能があるな。もうあと二年もすれば抜かれちまいそうだ」
「いやいや、流石に言い過ぎだよ」
父は自警団のリーダーをやっているだけあって、この村一番の剣の使い手だ。それに元冒険者だという事もあって、まだまだ父に勝てるとは思えない。
たまに村へ訪れる冒険者に剣技を見せてもらってるお陰で修得している技の数だけなら僕が上回っているだろう。しかし経験値があまりに違いすぎる。
僕はまだ小さいからと実戦は経験させて貰えていなかった。過保護なのはいいが十歳にもなって魔物の一匹すら狩った事がないなど恥ずかしいんだけどな。
夕食を済ませると僕は自室に行く。
この村は静かで娯楽施設なんて一切ないが、のんびり暮らすには最高の環境だ。
幼馴染のリンネや何人か同年代の友人もいる。
僕は死ぬまでこの村で暮らすだろうと、その時までは思っていた。
――カンカンカンカンッ
夜も深まり僕は微睡みの中、突如村中に鳴り響く鐘の音で目が覚めた。
口酸っぱく小さな頃から教えられてきた警鐘だ。
これが鳴るということは村に危険が迫っていることを意味する。
僕はベッドから飛び起き上がるとすぐさま窓から身を乗り出して外の様子を伺った。同じように何事かと外に出ていたのかおじさんと目が合う。
「何があったんですか!?」
「魔物だ!魔物の群れが来るぞ!リバル、ハインツさんは起きてるか!?」
「多分!」
僕の部屋は二階にある。父さんと母さんは一階だ。
パジャマ姿で階段を駆け下りると既に装備を整えた父さんが玄関先にいた。
「父さん!魔物が来たって!」
「ああ、知っている。お前はここにいろ」
「僕も行く!」
「だめだ!ここで母さんを守れ。魔物の群れがどれほどの規模かは分からんが防壁を超えられる可能性もある」
「嫌だよ!僕も戦う!」
父さんは僕が戦いに出るのを許してはくれなかった。
僕の剣の腕前は父さんにこそ敵わないが、村の中では二番手だ。それだけ実力があるにも関わらず父さんは一向に首を縦には振らなかった。
「お前まで外に出たら村の中に入り込んだ魔物を誰が倒すんだ?リバル、いいか。村を守るのはどこのポジションであっても同じだ。ただ俺は村の外でお前が村の中なだけだぞ」
「……分かった」
父さんに諌められ僕は渋々頷く。
「行ってくる。母さんを頼んだぞリバル」
「分かった。気を付けてね」
「あなた……ご無事で」
険しい表情で出て行った父さんの背中は大きかった。
騎士を目指すならまずは父さんを超えなければならない。というのもこのアストラ帝国で騎士というのは位が高い。
国の周りが山に囲まれていて魔物の出没頻度は他国に比べて圧倒的に多いのが理由だ。
冒険者もいるが彼らだけでは到底捌ききれない。
その為他国への牽制も兼ねて騎士団の数も充実している。
騎士団に入るには相応の実力、礼儀、知力を求められる。それが簡単ではなく、騎士になれた時点で将来が約束されたようなものだ。
「父さん遅いな……」
家に残されてから既に三十分は経っている。
しかし村は静かで少しばかり防壁の外が騒がしいくらいだ。
「ちょっと見てきていいかな?」
「駄目よリバル。ここにいなさい」
「様子を見るだけだよ。すぐに戻って来るから」
「……ほんとにすぐよ?」
母さんも父さんの様子が知りたいのだろう。
許可を得た僕は剣を腰に差すと玄関を飛び出した。
村の中は怖いくらい静かだった。
人っ子一人出歩いていない村というのも不思議な感覚に陥る。
僕は防壁の方へと向かった。
外では剣戟の音が僅かながら聞こえる。
防壁の上からは弓矢で攻撃していて、僕に気付いてはいなかった。
「駄目……もう抑え……!」
「逃げ……!」
「ハインツさ……!アンタも……!」
微かに父の名前が聞こえた気がして、僕は防壁へとまた一歩近づく。
「来るぞぉぉぉッ!」
誰かの叫び声が木霊し防壁の一部が吹き飛んだ。
幸いにも僕のいる場所から少し離れた所が破壊されたようで、草むらに隠れながら様子を伺うことにした。
「行けッ!コイツは俺がやる!」
父さんの声がする。草むらをかき分けて家屋の影からソッと声のする方を覗き込む。
そこには大人二人分はあろうかという背丈の筋骨隆々な見た目をしているミノタウロスがいた。
僕は息を呑んだ。
ミノタウロスと呼ばれる魔物はA級指定の化け物だ。
上級騎士、もしくはA級冒険者でなければ勝てない相手。そんな相手と対峙しているのは僕の父さんだった。
大丈夫……父さんは強い。
ミノタウロスが相手でも負けないはずだ。
僕は拳を握り締め父さんの戦いを見守る事にした。
先に動いたのは父さんだ。
凄まじい速さで剣を突き出したと思うと次には流れるような動きでミノタウロスの首を斬り裂いた。
グゥゥオォォッ!
ミノタウロスの野太い声が響き渡ると、死ぬ間際の力を振り絞ったのか巨大な斧を横薙ぎに振るった。
父さんはそれを剣の腹で受け止めたがあまりの威力に吹き飛び、後方の家屋を破壊した。
一瞬父さんが死んだかと思ったが、瓦礫を押しのけてムクリと起き上がった。
ミノタウロスを倒した。
やはり父さんは強いんだ。
「全員聞けぇッ!今すぐ身一つで村から逃げろ!」
何を言っているのか。父さんは声を張り上げてそう言った。一番の脅威は既に倒されたはずだ。
なぜ逃げなければならないのか。
僕はその意味を数秒後に知った。
壊れた防壁からヌッと顔を出したのは先ほど倒したはずのミノタウロス。ではなく、先ほどとは別のミノタウロスが姿を見せた。
その数五体。
父さんがいくら強くとも、村の住人を守りながらその数はいくらなんでも対処できない。
「俺が時間を稼ぐ!その間に全員逃げ――」
父さんの言葉は最後まで紡がれなかった。
何処からともなく飛来した斧が父さんの身体を上下真っ二つに裂く。僕も言葉が出なかった。
父さんがその場に倒れ血溜まりが広がっていく。
それを見ていた村の人達は顔面蒼白となり一斉に駆け出した。
「う、うわぁぁぁ!」
「は、ハインツさんがっ!」
「逃げろぉぉぉ!」
村で一番の実力者がこうも簡単にやられてしまってはもはや太刀打ちする気力も失われる。
村は騒然となり散り散りに逃げていく住民たち。
しかし、魔物はそう簡単には逃がしてくれなかった。
ミノタウロスの足元をすり抜けて大量のゴブリンが姿を現し、逃げ惑う村人へと襲いかかっていく。
一人、また一人とやられていき僕の見ている光景は血の海へと変貌していった。
この場にいればいずれ僕も標的になる。
そう思い、僕は帰るべき場所へと駆け出した。
ゴブリンたちが行く手を阻んだが、僕の相手ではない。実戦は初だったが、ゴブリン程度に遅れは取るものか。
「アストラ帝国流・強撃!」
一撃でゴブリンを斬り伏せ、自宅へと急ぐ。
家に辿り着くと玄関の扉は開け放たれていて、明らかに何者かが侵入した形跡があった。
嫌な予感がする……。
剣を握り締めそっと家の中へ入ると、廊下は血塗れで、垂れた血が転々とリビングへと続いていた。
震える足でゆっくりとリビングへ向かうとソファにもたれ掛かるようにぐったりとしている母さんの姿があった。
「母さん!!」
駆け寄ると背中からバッサリと斬られたのか血がとめどなく溢れている。息はしていなかった。
「母さん……」
僕が家から出なければ守れたはずだ。
騎士になろうと言う者が守るべき人から離れて行動するなんてあってはならない。
涙が溢れ僕の視界は滲んでいく。
母さんを殺したのは僕だ。
どうしてあの時家に留まっていなかったのか……。
「ミノタウロスが来るぞぉー!」
「逃げろッ!」
「逃げるなんてどこに逃げたらいいのよ!」
外からは逃げ惑う人たちの悲鳴が聞こえてくる。
悲しみに暮れている時間も与えてくれない魔物が憎い……。
父さんも死んだ。
母さんも死んだ。
ああ、もうどうにでもなれ。
「いや!まだだ!リンネがいるはず……!」
幼馴染の事をすっかり忘れていた僕は玄関を飛び出すと数軒隣の家へと急いだ。
既に半数近い住民がやられたんじゃないだろうか。
そこら中に血だらけで倒れているご近所さんがいた。
幼馴染の家の玄関も開け放たれていて、警戒しながら中へと入った。
リビングにはリンネの両親が倒れていて、声が出そうになるのを片手で抑える。
足音を立てないように二階へ上がるとリンネの部屋は扉が閉められていた。少しだけホッとした僕は小さくノックをする。
返答はない。
女の子の部屋に勝手に入るのは気が引けたが今はそんな事も言っていられないと、仕方なく扉を開いた。
「……リンネ」
部屋の真ん中で項垂れるように座り込むリンネの首からは、血が流れ落ち床を真っ赤に染めていた。
遅かった……父さんも母さんもリンネも、みんな死んでしまった。誰も守れず騎士になんてなれるはずがない。
リンネのもう動かない身体を抱きしめ、声を殺して泣いていると外からは悲鳴が止めどなく聞こえてくる。
誰かを守るのが騎士だ。
英雄伝説で語られる騎士になりたいと常日頃から思っていたのに、今じゃこのザマ。
いや、せめて一人でも多く救いたい。
「リンネ……見ててくれ。僕がこの村を守るよ。だから……おやすみ」
頭をそっと撫でたあと僕は家の外へと飛び出した。
向かってくるゴブリンを、一心不乱に斬って斬って斬りまくった。
いつしか村の中で動いているのは僕とミノタウロスのみとなった。
残るミノタウロスは五体。
僕一人で勝てる相手じゃないのは理解している。
それでも今戦わなければ僕は誰も救えない。
「リバル!ダメだ!逃げるんだ!」
遠くから僕に向かって大声を張り上げている人がいる。ああ、あれは向かいの家に住んでるおじさんだ。
昔から僕の事を可愛がってくれていた。
僕はその声を無視してミノタウロスに立ち向かう。
圧倒的な存在感。
ミノタウロスの殺意の籠もった目が僕の足を竦ませる。
グルルル……
唸り声も恐ろしい。
今にも逃げ出したい。
視界の端には腰から真っ二つにぶつ切りにされている父さんの姿が見えた。
父さんから学んだ剣をここで活かす。
剣を強く握り締め腰を落とし、一気に駆け出した。
「アストラ帝国流・強撃!」
ミノタウロスの懐に入り込み強烈な一撃をお見舞いする。分厚い皮膚が裂け血が吹き出すとミノタウロスが痛みに悶えた。
「アストラ帝国流・強撃!」
二撃目は首を狙う。
喚くミノタウロスは防御することも頭から消えていたのか、剣の刃が綺麗に首を斬り裂いた。
鮮血を浴びた僕は次のミノタウロス目掛けて一歩踏み出す。
「水神流・流し刃!」
ミノタウロスとすれ違いざまに刃を首に当てる。
後はそのままミノタウロスの後ろへと流れていくだけで首が斬り落とされた。
ただそれだけの技だが足運びがなかなか難しい。
二体目のミノタウロスも倒れ、残すは三体。
ブモォォォッッ!!
仲間を殺られたせいか怒り狂った一体が斧を振り回しながら突進してくる。
「アストラ帝国流・千牙!」
突進の勢いに合わせて首を一突き。
止まる事などできなかったミノタウロスはそのままぐったりと僕の方へと倒れ込んできた。
服は血塗れ、片手で顔を拭い視界を確保する。
二体のミノタウロスは僕を警戒してか斧片手にジリジリとにじり寄ってきた。
「掛かってこい!僕は逃げないぞ!」
ブモォォォッ!
一体が駆け出すともう一体も同時に駆け出した。
二体同時に戦う場面が今までなかった僕は腰を低く落とし剣を水平に置く。
村に立ち寄る冒険者達から見せてもらった剣技だ。
見ただけで模倣することができるのは僕の才能だろう。
「雨天流・雨嵐!」
本来は二本の剣で舞う剣技だが、今回は一本だ。
独自に改良した技でミノタウロス二体の猛攻を止める。
「喰らえッ!」
全身をバネにして回転しながら剣を振り切ると、鈍い音が二回聞こえた。
手の感触から骨を断ったはず。
しかしミノタウロスの生命力は化け物級だ。
「雨天流・連雨!」
追撃の斬撃を二度放つと後方へ飛び退き構えを取った。
——ズルリ
ミノタウロスの首が地面に落ち、頭を無くした身体はゆっくりと地面に倒れ伏した。
僕は満身創痍で荒い息を吐く。
五体のミノタウロスは倒した。
これで村は守れた。
もっと早く……動いていれば……。
生き残った住民からの歓声を背に僕はそのまま眠るように倒れ込んだ。
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