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がん病棟の鍼灸師  作者: 中元信作


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第11話 忘れられない言葉に思い出せない言葉

「あんたといると、なんか気分がいいね。」


 私が帯津病院のリハビリ室にいた頃、担当していた車イスの小さなおじいさんから掛けてもらった言葉です。

 この言葉がどうしたわけかうれしくて、20年以上経った今でもふとした拍子に思い出しては、私はあきずに気分を良くしています。


 おじいさんは、時々腰痛で歩けなくなり、何度も入院してきたいわゆる病院の“常連”の患者さんでした。


 当時はまだ法律も緩く、何度も入院して何度もリハビリができました。だいたい私だってリハビリ室にいながら理学療法士でも作業療法士でもなくただの鍼灸師なのに、リハビリを担当できていたのどかな時代でもありました。


 おじいさんにはまったく歩く気がありませんでした。

 私が毎朝車イスを持って病室へ迎えに行き、寝ているおじいさんに朝の挨拶をして腰の具合をたずねると、

「今日も痛いね。」

 と涼しい顔で言い、ベットの上からピクリとも動こうとはしません。

 しかたなく私がほぼ全介助で、ベットサイドに腰かけてもらい、靴を履かせて、首に両手を回してもらって、両腕でおじいさんの腰を持ち上げ、車イスに移ってもらいました。

 おじいさんも慣れたもので、あたかも自分の力だけでベットから車イスへ移ったかのような“やりとげた”顔をしています。

 毎朝これの繰り返し。


「どうです?今日はひとつリハビリ室で歩く練習でもしてみますか?」

 病棟の廊下で車イスを押しながら私が聞き、

「そうだなぁ。ま、今日のところはやめておこうや。」

 とまるで他人事のようにおじいさんが返答するのも毎朝のルーティーン。

 リハビリ室に着くと車イスに座ったまま、私が脚の施術をやり、まだ時間があるので(本来やるべき立ったり歩いたりの練習をしないから時間はたっぷり余ります)、雨が降ってなければ車イスで少し外へ出て気分転換をしてから病室へ戻るのも毎日のお決まりのパターンでした。


 冒頭のうれしい言葉を言ってくれたのは、脚の施術が終わり、私がひざまづいておじいさんに靴を履かせている時でした。


「そうですか。それはよかった。私もこの時間がとても好きですよ。」

 というようなことを答えた気がします。

 自分が何を言ったのかはよく覚えていません。

 人って他人から言われたことはよく覚えてるのに、自分が言ったことは忘れがちです。


 実際私にとっても楽しいリハビリでした。桜の季節には一緒に桜を眺めたり、のんびりとした時間を過ごしました。それはよく覚えています。


 そんなことより、心配になるのはこのおじいさんの脚の方です。

「リハビリ担当者のおまえが、そんなにのんびりモタモタやっていたら、すぐにおじいさんは歩けなくなってしまうぞ!」

 ここまで私の駄文を読んでくれた親切で忍耐強い方の中に、そんなご批判を持たれた方もおられると想像します。


 それは確かに私も心配でした。

 遅々として進まないリハビリの責任は当然担当者の私にあります。もしもおじいさんがこのまま寝たきりになってしまおうものなら、その責任の一端は私にあります。

 そんな不安を当時のリハビリ室の責任者にもらすと、彼は一つの格言を紹介し、私を慰めようとしてくれました。


『歩けるようになる人は、リハビリなんかなくても歩けるようになる。一方、歩けない人は、いくらリハビリやったって歩けるようにはならない。』


 この格言が、リハビリ界のものかどうかは知りません。

 何しろ当時のリハビリ室の責任者もまた理学療法士でもなければ作業療法士でもないただのマッサージ師でしたから。

 もしかしたらリハビリ室で働いているマッサージ師界隈だけで語り継がれている格言なのかもしれません。この格言はあまりにも悲観的にすぎます。


 私たちの心配をよそに、結局このおじいさんは寝たきりにはなりませんでした。

 この方はたいていいつも2週間ほど入院すると、やがて「腰痛が楽になった」と言って車イスに乗って退院し、その後2週間ほどすると「また腰が痛くなった」と言って車イスに乗って入院する、を繰り返していました。

 にもかかわらず不思議なことに歩けなくなり寝たきりになることはありませんでした。


 腰の痛い時以外、あるいは看護師や介護士や私の目と手の届かないところ以外では、おじいさん、どうやら普通に歩いて生活していたようです。お家では普通に歩いて暮らしているとご家族がおっしゃっていました。

 信じられませんでしたが。


 おじいさん自身も、車イスに座ってはいても、ご自分が歩けないとは思ってはいませんでした。

 歩()ないのではなく歩()ない。

 自分は腰が痛いから歩かないだけで、やろうとすればいつだって歩けると思っていたようです。


 私がリハビリを担当している時に、おじいさんは一度だけ歩いてくれたことがあります。

 リハビリ室の平行棒を見て、

「あれはなんだ?」

 と聞くので、

「あの棒に掴まって歩く練習をするんですよ。」

 と教えると、

「ふーん、ひとつやってみるか。」

 と言います。


 さあきた!

 待った甲斐があったぜ。

 ようやくついにおじいさんが歩く気になってくれました。

 リハビリ担当の私にとって待ちに待った千載一遇のチャンス到来。

 まさに“この機会を逃してなるものか!”です。


「よっしゃ!やりましょう!」

 と大急ぎで平行棒の前に車イスを固定し、フットレストを外すと、おじいさんは私の介助を待つことなく、自分からサッと立ち上がり、平行棒の棒も掴まずに向こう端まで早足で歩くと、そのままUターンしてまた早足で歩いて車イスに戻ってきて、どかっと腰を下ろしました。

「歩けるじゃないですか!」

 と大喜びし興奮したのは私だけ。

 おじいさんはいたって冷静。当然だ、みたいな顔をしています。

 もう一度歩いて見せてほしいと頼んでも、

「今日はもういいや。腰が痛くなるといけないから。」

 と、それ以上はもう歩こうとはせず、わたしも渋々いつものお散歩ルーティーンに戻りました。

 それでもその日は車イスを押しながら心の中で

“これでおじいさんも自信がつき、明日からは歩く練習ができるだろう”

 とそんな明るい展望を思い描いていました。

 しかし翌日もその翌日もそのまた翌日も退院するまでずっとおじいさんが歩くことは、二度とありませんでした。


 おじいさんはおそらく私のことをマッサージ師、あるいはお散歩付き添い師(そんな職業があればですが)だと思っていたと思います。

 いずれにせよおじいさんにとって私はリハビリ担当者でもなく、もはや鍼灸師ですらなかったはずです。


 リハビリ室勤務とその後の病棟鍼灸師としての経験から、歩けない人が歩けるようになるために必要なことは、筋力を付けたり、立ち方・歩き方の体の使い方を思い出すことよりも、“自分は歩ける”と信じ込むことだという結論に至りました。


 筋力をつけたり立ち方歩き方を覚えるのは、歩く自信を取り戻すための手段に過ぎません。

 逆に言えば、いくら脚の筋肉を付け、立ち方歩き方を頭に完璧に叩き込んだとしても、“自分はもう歩けない”と思い込んでしまった人は歩けるようにはなりません。


 こんなこともありました。


 そのおばあさんは大腿骨頭の骨折で入院し、ようやく骨もつながったので担当医からリハビリの指示が出たまではよかったのですが、この方は「もう私は歩けない」「怖い」と言って、立つ練習すらしようとはしてくれません。

 そんなこんなで入院が長引いてしまうと、やがてこのおばあさん、ついに認知症になってしまいました。


 ところが認知症になっていろんなことを忘れてしまったついでに、歩く恐怖や自分はもう歩けないという思い込みまですっかり忘れてしまうと、あれだけ怖がって拒否していたリハビリにも素直に応じてくださるようになり、自分から進んで立ったり座ったりを繰り返し、たいしたリハビリもすることなく、あっという間に歩いて退院してしまいました。


 私はリハビリの専門家ではありません。

 ただ治癒ということに関していえば、マイナスの思い込みを取り外すことは、実は物理的なアプローチ以上に重要なテーマになってきます。

 無意識のマイナスの思い込みが治癒の邪魔になっているケースと多々遭遇しました。

 無意識のレベルで“できない”と思い込んでいる人が“できる”と思い込むようになると大きな治癒が起こることも見てきました。


 しかし無意識の世界は意識した途端に無意識ではなくなってしまいます。

 無意識の世界を意識して変えることは可能なのか?

 古今東西の先人たちがこれに挑戦してきました。


 意識しないで無意識を変えるにはどうやら”儀式”や”手順”が大事になるようです。

 このことについてはまた後日書きます。



 認知症の話で思い出す人がいます。


 このおばあさんは太ももをハチに刺されて腫れあがり、歩けなくなって入院してきました。

 入院して1週間ほどで認知症の症状が出始め、やがて怒りにまかせて暴れまくり、誰かれかまわず噛みつくようになってしまいました。


 私がこの方の施術に入った理由が、リハビリだったか鍼灸だったかは忘れました。

 患者さんの希望に応じてできることはなんでもやっていたので、こと患者さんが老人の場合、リハビリと鍼灸の境界線はかなり曖昧になっていました。

 痛みを取る手伝いも、歩けるようになる手伝いも両方やりました。

 

「噛み付くから気をつけて。」

 病棟看護師の心配をよそに、施術に入っても私がおばあさんに噛みつかれて腕を歯形だらけにすることは幸いなことに一度もありませんでした。

 ごく普通になんの障害もなく仕事ができたことを覚えています。


 認知症の方が暴れたり、暴言をはいたり、徘徊したり、それに噛みついたりすると、当時は「認知症だからしかたない」と認知症がその行動の原因だとされていました。

 しかし私は病院スタッフでありながら現代医学の外に属する人間だったので、異常行動の原因を病気のせいにせず、本人に聞いたり、家族やスタッフに聞いたり、記録を読んだりして探ってみると、ほとんどの場合、異常行動は、病気で頭がおかしくなってしまったからというよりも病院スタッフの対応の雑さが元になっていました。


 言うまでもないことですが、認知症の患者さんにも感情があります。

 それに、その方の認知している世界の中では合理的で理にかなった行動を取っています。ただその認知している世界が私たちの世界とは違うに過ぎません。


 その方の立場に立ってみれば、暴れたり怒鳴ったり噛みついたりするのにはちゃんとした理由があり、私の調べたところ、その暴力的な行動は、多くの場合、病院スタッフの無礼な対応に対する当然の対応として取られたものでした。

 同じ立場に置かれたら、私だって同じように怒り狂ったであろうひどい扱いを、認知症の患者さんは受けていました。あくまでも当時の話です。


「もう少し、認知症の患者さんにもやさしく接してあげたらどうかな?」

 恐る恐る私がスタッフに提案すると、

「だったらアンタがオムツを変えなさいよ!」

 と厳しい言葉が返ってきたものです。


 人は、自分が下の世話をする相手にはやさしくなれないものなのか。

 私にも心当たりがあります。

 私の母は最晩年、がんが脳に転移しわけがわからなくなると、できることができなくなり、別にやらなくてもいいことを楽しげにやるようになりました。

 そんな母に私はやさしく接していたか?

 自問すると今でも後悔で胸が痛くなります。

 時々、いえ、正直に告白しますとかなり時々、私はイライラしながら母の世話をしていました。

 イライラする私の顔を覗き込む母の悲しげな眼差しが今も胸に突き刺さっています。


 繰り返しになりますが、噛みつくおばあさんが私に噛みつくことはありませんでした。

 私が噛みつく原因を理解していたことと、その原因を取り除こうと無力ながらも努力したためです。


 おばあさんはハチに刺された腫れが引くと、さっさと退院しました。


 それから1、2週間経った頃のこと。

 病院の私のところに身なりの良い物腰の柔らかい老婦人が訪ねてきました。

 入院中お世話になったお礼に来たとおっしゃいます。

 ところが、私にはこの品の良い老婦人にはまったく見覚えがありません。

 困っていると、照れくさそうにお名前を教えてくださいました。

「◯◯です。ハチに刺されて入院していた。」

「ああ!◯◯さんですか!すっかり見違えてしまったのでわかりませんでした!」 

 入院中はもちろん化粧っけなどありません。おまけにいつも誰彼かまわず噛みつこうと牙を剥き、髪を振り乱し、目を血走らせ、眉間にはシワを寄せていたので、目の前の物静かでお上品な人物がその方だとは微塵も思いませんでした。

「入院中にはとんだお見苦しいところをお見せして、」

 などとこちらが申し訳なくなるほど恐縮していらっしゃるので、

「こちらこそ至らぬところばかりで本当に申し訳ありませんでした。」

 と謝ると少しホッとした表情をされていました。


 今は認知症の患者さんの気持ちや意見を尊重するようになっていると聞いています。

 しかし当時は認知症と診断されレッテルを貼られてしまうと、何を言っても「この人認知だから」と真剣に聞いてくれる人が周囲からいなくなってしまいました。

 聞いてくれないどころか、「認知だから」何をやっても大丈夫だと雑なひどい扱いをするスタッフもたまにいました。


 自分の言葉が誰にも届かなくなる病気。

 人間扱いされない病気。

 認知症になって本当に恐ろしいのはこの点にありました。

 これは本当に恐ろしい。

 何も悪いことをしていないのにある日突然自分が動物扱いされるのですから患者は怒って当然です。


 今は改善されていると聞いています。


 入院中は怒りのあまり何かに取り憑かれ、退院して本来の姿に戻った人はこの方の他にもお二人ほど思い出します、しかし今回はこの方のご紹介だけにとどめておきます。

 ご本人にとってもあまり思い出したくない記憶でしょうから。



 ものすごく重要な仕事をした言葉なのに、何を言ったのかどうしても思い出せない不思議な言葉もあります。


 以前ご紹介した四十代男性の患者さんのお話です。

 2度の命の危機を2度の大手術で乗り越え、今もなお末期がんではありますが仕事にも復帰され毎日元気に過ごしておられます。

 

 その方が元気になってだいぶ経ってから外来で私の鍼を受けている時のことです。

 いつものようにお腹に手を当てて状態を診ていると、

「先生、あの時、先生はこうやってお腹を触りながら何て言いましたかね?」

 と聞いてきます。なんのことかと聞いてみれば、


 2度目の大手術のあと、手術はうまくいったのに術後の回復がとても悪く、どうしたらいいかといろいろ試してはみても、熱は下がらないし、便は出ないし、食べられないし、当然手術の痕は痛いままだしで、この方の体調は日に日に悪化していきました。

「ああ、オレはもうこのまま死ぬんだ。」

 そんなことを力なく思いながら、その時も鍼を受け、いつものように私がお腹に手を当てていると、

「おや、これは”なんとか”だな。うん、もう大丈夫だ。」

 と独り言のように私がつぶやいたのだそうです。

「で、その”なんとか”が何だったのか思い出せないんですよ。先生、あの時なんと言いました?」

 その方がおっしゃるには、私がその時ボソッと”もう大丈夫だ”と言った言葉を聞いて、”あ、オレ大丈夫なんだ”とふっと安心したのだそうです。

 どうしたわけか、その日以降体調はメキメキと回復し、やがてまもなく日常生活を取り戻すまでになりました。

 そんな大事なきっかけになった言葉なのに、肝心のその”なんとか”の部分がどうしても思い出せない。


 ところが、私も思い出せない。

 言葉を思い出せないどころか、自分がその時に何か言った記憶すらありません。だいたいいつも黙って施術をしているので、何かを言う時には満を持して、しっかり準備してから口を開く、ようにしています。変なことを言って患者さんを怒らせてはいけませんから。(そうは言っても余計なことを言ってしょっちゅう患者さんを不快にしてはいました)。


 がん患者ばかりの病院で働いているので、手術の痕は毎日のように見て触っています。

 さて私は何を言ったのだろう?

 思いつく限りの私が言いそうな言葉を挙げてみましたが、患者さんは首をひねるばかり。

「そんなんじゃなかったなあ。」


 私が言ったというその”なんとか”が何かは結局わかりませんでした。

 どっちにしろ私の”大丈夫だ”がきっかけで体調が戻ったのだから、それでよしということにしようと私たちは無理やり話をまとめてしまいました。


 自分が意識せずに言った言葉が人を元気にした。

 それはとてもうれしい話でした。だいぶ鼻の下も伸ばしました。

 オレは無意識でも人を治癒できる。と自惚れもしました。


 しかしよく考えてみたら、これは反面とても恐ろしいことで、その時はたまたま良い方向へ人の背中を押せる言葉を発せましたが、その逆だって十分考えられます。

 例えば、私が患者さんのお腹に手を置いてポロッと無意識に「ダメだこりゃ」などとつぶやこうものなら、元気付けるどころか、逆に呪いの言葉となって患者さんを悪い方向へ背中を押してしまいかねません。

 無意識にポロッと言ってしまう言葉は、自分ではコントロールできないだけに恐ろしい。

 変なことを言わなくて良かったと、その時は額の汗を手で拭いました。


 いつどんな時でも無意識に温かい思いやりのある言葉がポロッと口から出るように、普段から心を清く正しく美しく保ち、慈愛とやさしさで胸をいっぱいに満たしておかなければなりません。


 まあ無理でしょう。

 どんなに転んでも私はマザーテレサではありません。

 食欲にまみれたつまらない人間でございます。


 そうれはそうと、

 言葉は意図して強く言うよりも無意識にポロッとつぶやいた方が相手にしっかり届くようです。

 考えに考え抜いたことを情熱を込めて大きな声で言った言葉は、たいてい相手の手前でポトリと床に落ち、そのままそこで干からびます。

 一方、何の気なしにポロッと言った言葉は相手の胸の奥深くにまで届き、いつまでも生きています。


 冒頭に紹介したおじいさんの言葉もおそらくふっと思ったことを無意識に言っただけだと思います。

 だからこそその言葉はいまだに私の思い出の中にどっかりと腰を下ろし、ことあるごとに私を喜ばせてくれています。


 間違っても、リハビリをサボりたいがために私をおだてようと意図的に言った言葉ではありません。


 たぶん。



 今回はこの辺りで終わりにします。

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