第10話 効いてしまったホメオパシー
どうやら私も歳を取りました。
近頃、無意識に話が長くなっています。
後になってから「あれ?今話が長かったかな?」と気づく始末です。
これがもっと歳を取ると、後になってからも気がつくことがなくなるのでしょう。
記念すべき第10話をここに書く前に、前回までの『がん病棟の鍼灸師』を改めて読み返してみますと、まったく話は横道だらけでとても読みづらく、何より前置きが長いことに今さら気がつきました。
自分でもあきれるほど本題へ入らないときています。
私が思い出したことをつらつらと懐かしいままに書いているせいです。
そもそも歳を取ると思い出も増えます。それがために、本題へ入ろうとしても、その前にいろいろ思い出してしまって話を進める邪魔をしてくれます。
親切にもこの長い私の思い出話を読んでくださる方は、特に若い方、どうぞジジイの戯言と忍耐強くお付き合いください。
帯津病院の同僚でもあり尊敬している先輩でもあり、またがんサバイバーでもあるびわの葉温灸師のO野さんも、ものすごく話の長い人でした。
「ああ、また同じ話だ。その話、この30分の間に5回も繰り返してるよ。気づいてないのかな?」
よく心の中でこんなことを思いながらO野さんの有り難い話に耳を傾けたものです。
当時O野さんは60代くらいでした。
今の私はまだ50代とはいえ、だいぶあの頃のO野さんに近づいてきています。
また前置きが長くなりました。
短く要領よくと思っても、気がつくと話が長くなっています。いやはや歳はとりたくない。
まったくため息ばかりです。
まだ二つ三つ、思い出したこともありますが、目を固くつむり、無理やり話を始めます。
ホメオパシーというのは、私が勤務していた当時O名誉院長が大変に興味を惹かれ、猛勉強をして情熱をもって帯津病院に導入した代替療法です。
日本語では“同種療法”といいます。
※ここから先のホメオパシーについての説明は、すべて私のあいまいな記憶に基づいており正確ではありません。 私の文章を読んで、万が一にでもホメオパシーに興味を持たれた奇特な方がいらっしゃいましたら、どうぞもっとちゃんとした別の文献でお調べになることを強く推奨します。
さて、
私が理解したホメオパシーとは、同じ波長のものが重なり合うと互いに打ち消し合い、どちらの波も弱まるか消滅してしまう現象を応用したものです。
つまり、ある病気の人が、その病気と同じ波長を持つ物質と出会うと、その病気が消えてしまう、言い替えると、この地球にはその人のその病気と同じ波長を持つ物質が必ずどこかに存在していて、その物質のエネルギーを取り込んだ“レメディ”と呼ばれるとても小さな丸い砂糖粒を舐めると、互いの波長が干渉し合い病気が消えてしまう。
そんな仕組みの医療体系がホメオパシーです。
使われる物質は鉱物、植物、動物など地球上で手に入るものならなんでも。
そうなると心配になるのが副作用です。レメディに使われる物質にはもちろん毒のあるものも含まれるので、副作用どころか中毒だって心配になります。
しかし心配はご無用。
ホメオパシーに使われる物質はどれも完膚なきまで徹底的に希釈され、レメディには物質の成分のカケラが1分子も残ってないとされています。
レメディに入っているのは物質のエネルギーのみ。
ホメオパシーでは、物質が薄ければ薄いほど、物質的なものがなくなればなくなるほど、レメディのエネルギーはかえって純度が上がり、効き目も強くなると言われています。
物質がないのに効果がある。
そんな不思議なところにもO先生は魅力を感じたのかもしれません。
O先生は、これをわざわざ本場のイギリスまで行って勉強し、莫大な金額を払ってほとんど全種類のレメディを大人買いするとともに、帰国後、希望する患者さんには無料でレメディを処方しました。(のちに事務方の要請を受け、確か2週間分のレメディで2千円くらいの有料になったと覚えています)。
患者さんにとってみたら、信頼するO先生がそこまで夢中になり、熱心に研究し勧める代替療法です。何より無料(安い)ということもあって、O先生の患者さんはほとんどすべての皆さんがホメオパシーを希望されました。
ただ、患者さんの皆さんがO先生と同じくホメオパシーを信じていたかといえば、それはまたまったくの別問題です。
私の知る限り、ほとんどの患者さんはホメオパシーについて半信半疑だったように思います。
いえ、正直に申しますと“半信”すらなったかもしれません。
見たところ、患者さんたちのホメオパシーへの信頼は、レメディの物質と同じくほぼゼロ、と言っても過言ではありませんでした。
無理もありません。
そもそもホメオパシーの背景にあるヨーロッパの文化が日本からは遠すぎます。だいたいエネルギーや波長の話もよくわかりません。
それに、物質が1分子も入ってないとはいえレメディの中には猛毒の砒素なんてものもあります。
砒素を舐める。
あんまり気持ちの良いものではありません。
「そんなのが本当に効くの?」
「本当に大丈夫なの?」
O先生の背中でそんなささやきが病院のそこかしこで聞かれました。
ただ患者さんの“信じたい”というエネルギーだけが、ホメオパシーへの信頼を支えていたように思います。
そうは言っても私も病院側の人間で、自称O先生派の最右翼だったので、いつもホメオパシーの弁護をしていました。
ホメオパシーだって効果がありさえすれば、みんなが幸せになれるのですから、私も効果が上がるよう熱心にホメオパシーの肩を持ちました。
「ホメオパシーと言ったって、日本では誰も知らないですけれども、これがヨーロッパに行けば、誰もが知っているよく知られた民間療法で、ことイギリスでは王立だか国立だかのホメオパシー病院があるくらいです。なんでも聞くところによると、大昔コレラが流行したときなんかは、普通の病院よりもこの王立ホメオパシー病院の方がはるかにコレラをよく治したそうですよ。」うんぬん。
O名誉院長の病棟回診に同行していたときのことです。ある男性の入院患者さんがベットの上で、
「先生、どうしてもタバコが吸いたくって困っています。なんとかなりませんかね?」
と悩んでいました。するとO先生は、待ってましたとばかりに大きくうなずいて、
「ああ、それならホメオパシーが良いですよ。ちょうどタバコがやめられるレメディがあります。」
と自信たっぷりに胸を張りました。
男性の病室を出ると、おそらく間をもたせようとしたのでしょう。愚かにも私は
「先生、タバコをやめられるレメディがあるのですね。ぜひ私にもお願いします。」
などと心にもないことを口走ってしまいました。
どうしてこんなことを言ってしまったのか。
これは喫煙者でしたらすぐにわかっていただけると思いますが、私にはタバコをやめる気などこれっぽっちもありませんでした。喫煙者の禁煙宣言なんて中身のない挨拶のようなもので、本気にする人なんていません。
ところがO先生は本気にしました。喫煙者ではなかったからです。きっとその辺のところがよくわからなかったのでしょう。
すぐさま私のために正式なホメオパシーの手続きが取られ、あれよあれよという間に1クール、確か2週間分のレメディが届けられました。
レメディの種類は忘れました。
何しろタバコをやめる気などそもそも私にだって1分子もなかったのですから。
さて困りました。
せっかく先生が処方してくれたのに、今さら冗談でしたとはとても言えません。
かと言ってレメディを舐めずにこっそり捨ててしまうなんてことも絶対にできません。せっかく先生が一生懸命勉強し大金を注ぎ込んで輸入したレメディです。本来患者さんに使われるべきレメディを私が横取りしてしまったようなものなのですから、これはしっかり味わって厳粛な気持ちで舐めさせて頂かなければいけません。捨てるなんてもってのほかです。
そこで考えました。
先生の顔を立てて、レメディのある2週間だけはちゃんと禁煙しよう。そして、
「先生!レメディを舐めている間は禁煙ができました!ありがとうございます!ホメオパシーのおかげです!」
と報告して、
「じゃあ続けるかい?」
と言われたら、
「いえ、私のためレメディを使うのはもったいない。私の分は患者さんに使ってあげてください。」
と丁重にお断りして、また楽しく喫煙を再開しよう。
そんな作戦を立てました。
これは実にうまい手だと我ながら感心しました。
この方法なら先生の顔も潰さないし、ホメオパシーにも泥を塗らない。それなのに大好きなタバコも継続できる!
タバコは2週間だけは我慢しよう。
そうすれば万事が丸く収まる。
自分の考えを自画自賛しながら、その日の夜、さっそく最初のレメディを口に放り込みました。
それ以来です。
それ以来、私はタバコを1本も吸っていません。驚きました。今でも思い出すと驚きます。
その最初のレメディを舐めてからこのかた、今日のこの瞬間に至るまでの20年近くの間、私はタバコを1本も吸わずに過ごしてきました。
自分でも信じられないけれど、本当のことです。
たった一粒のレメディが、身体中に染みついたしつこい悪習を見事に打ち砕いてしまいました。
ホメオパシーが効いてしまったのでしょうか?
そうとしか考えられません。
他に私が禁煙する要素などどこにもなかったのですから。気持ちすらありませんでした。
このようにホメオパシーの切れ味鋭い効き目を、O先生はきっと何度も目の当たりにしてきたからこそ、あれほど熱心に取り入れようとしたのでしょう。
ただ残念ながら、私自身がホメオパシーに効果があったところを見たのは、実のところ自分の禁煙の1例だけでした。
今も帯津病院でホメオパシーをやっているかは知りません。
私が病院を離れてすでにもう10年になりますし、今では埼玉から遥か遠くの四国に暮らしているので、もう病院の情報は風の便りにも入ってはこなくなりました。
ホメオパシーについて私が最後に聞いたのは、O先生の
「ホメオパシーにレメディは必要ない。」
という言葉です。これを聞いて、
「ああO先生はすでに次の段階へ進んだのだな」と思いました。
ここから察すると、帯津病院にはもうホメオパシーはないのかもしれません。
ただ、これまで長々とご紹介したホメオパシーを巡る一連のエピソードには、代替療法の“効かせ方“についての重要なヒントが隠されています。
世間一般では、レメディのような物質の入らないただの砂糖粒を偽薬と言います。
こんなことを書くと、
「レメディがプラセボだと言うなら、お前の鍼と灸だってプラセボだ!」
とホメオパシーの関係者の中には烈火のごとく不機嫌になる方もいらっしゃることもわかります。
だけどプラセボの何が悪いのでしょう?
私はプラセボこそ真の医学だと思っています。
同じ病気が治るのであれば、体に大穴を開けるよりも、砂糖粒を舐めるか心地よい鍼の刺激の方がはるかに健康的だと思います。
ただの水だって、プラセボを使えば病気を治せる妙薬になるとわかっているのだから、真剣にその方法を追求すべきだと私は思います。
水はよっぽど飲み過ぎなければ毒にはなりません。
有毒物質で体の一部を破壊することで他の体の一部が正常に戻ったかのように見せかける行き当たりばったりの医学が、たとえそれが今は政治的・経済的に支配的な地位を占めていたとしても、今後100年、200年経ってまだ支配的いられるとは私にはどうしても思えません。
この医学では運良く病気は治せても、健康になるにはものすごく遠回りだからです。
ただし手術は人類が地球にいる限り残ると思います。手術は緊急避難的にどうしても必要な時があります。
ではプラセボの達人、プラセボの上手な使い手になるためにはどうすれば良いのか?
治癒というものが無意識になされる以上、プラセボを使う時も無意識の世界を意識する必要があります。
ところが意識された無意識はもう無意識ではありません。これがとても難しいところです。
患者さんに、
「これはプラセボですよ。」
と宣言して施術すると効果がないかといえば、j必ずしもそんなことはありません。
私と患者さんの無意識の何かに作用して、効果が出てしまう時もありました。
無意識の不思議なところです。
さて、
以上で長い長い前置きを終わります。
ここからプラセボの使い方、無意識に作用する代替療法の効かせ方の私なりの試行錯誤を書こうと思ったのですが、予定よりもはるかに前置きが長くなってしまいました。
このことについては、回をあらためて書きます。
次回は、今回のエピソードの冒頭で歳を取ることに触れてしまったせいで、病院で出会った認知症から復活した患者さんのことを思い出してしまい、その方たちのことが頭から離れません。
次回はそんな皆さんのエピソードを書きます。
読んでくださりありがとうございました。




