移乗攻撃
海での戦いは風向きも大きく影響する。
風上だと矢も届きやすい。
風下になった時の対処で戦の勝敗が決まることもある。
雨が降れば火矢は効果が得られない。
また、船同士の意思疎通も困難である。
声が届くことは無い。
風の音、波の音で搔き消されてしまう。
しかも、この海戦では4つの国の連合である。
今回の戦では、3国での演習のように陸で上げる4つの狼煙で合図を送る。
それをフリーラン王国・シモン将軍にも伝えた。
後は、可能な限り海で決着をつけるだけである。
⦅陸には上げない!⦆
向かってきている敵艦隊の姿を陸から目視できる距離になる前に出るとも決めていた。
夜襲を掛けることを、仕掛けられる前に、こちらから仕掛ける。
そうドミニク元帥は決めていた。
夜襲に出る数は決めていた。
フラン公国だけで出るとも決めていた。
他の艦は次の作戦から出る。
夜空を見上げて「エリーザベト、行ってくる! 子らを頼む!」と言い、軍艦に乗った。
「雨は降っていない。
風上に風向きが変わった今! 少ないチャンスだ。
必ずや、数隻を渦潮の中に入れよう!」
そう兵に伝えたドミニク元帥は渦潮の位置より沖に出た。
火矢を放ち、船に乗せている投石機でも攻撃した。
急に現れた艦隊に敵艦隊は驚いているように思われた。
最初の攻撃を終えて、ドミニクは艦を渦潮よりも陸に近い場所へと移動させた。
攻撃している全ての艦は火矢での攻撃1回、投石機での攻撃1回と定めて、その攻撃が終われば直ぐに陸に近い場所へと渦潮を回避しつつ移動した。
移動した先には残りの全軍が待機している。
中央にはデュッセルドルク帝国600艘、フラン公国600艘、フリーラン王国400艘。
左にはデュッセルドルク帝国400艘とフリーラン王国600艘。
右にはイオニア王国1000艘。
左右の艦隊は沖からは見えない位置に待機している。
挟み撃ちをするために……。
火達磨になったのは敵艦隊だけではなかった。
フラン公国の艦も火達磨になった艦があった。
陸から見ていたレオポルト王弟殿下は、「私も出る!」と言い、周囲の反対を押し切って、シモン将軍が乗る軍艦に乗ったのだ。
そのレオポルトの間の前で、火達磨になったフラン公国の艦を見た。
フラン公国の艦は沈んでいった。
⦅ドミニク殿!……ご無事か?……ご無事なのか?⦆
その後で渦潮に翻弄されて海に飲み込まれていく敵艦隊を見た。
少なくとも数隻は海の中に沈んでいった。
「殿下、今からでも降りて頂く。」
「将軍、年齢をお考えになられては如何か。
将軍こそ降りられては?」
「何を仰せになられるのですか!」
「将軍、目の前で我が方の艦が沈められているのに知らぬ振りを出来ると?」
「殿下……。」
「将軍に降りろとは申しさぬ。
だが、私も降りぬ。
将軍の戦いを見せて頂ける最高の場所に私は居る。
学ばせて頂きます。」
「殿下……。では、乗られる限り御身を守れるのは御身のみだとご承知おきを!」
「勿論だ! では、あの中に参ろうか。」
「御意!」
火達磨になった艦が敵味方共にあった。
レオポルトはその中でドミニクが乗っている艦を探そうとしていた。
そして、ドミニクが敵艦に乗り込んでいるのを見つけた。
⦅ドミニク殿! 何をなさっておるのだ。
司令長官が敵艦に乗り込むなど……。⦆
「将軍! ドミニク元帥が敵艦に乗り込んでおられる。」
「承知! 向かっておりまする。」
⦅ドミニク殿! 貴方にこんな戦で命を失って貰っては困る。
貴方には待っている女性が居る。
リシーが待っているのだから……可愛いお子達が待って……。
リシーの、お子達の元へ帰って頂く。⦆
敵艦に乗り込めるよう接舷した。
移乗攻撃を行うために……。
真っ先に乗り込んだのはレオポルトだった。
「将軍、貴方には艦に残って頂く。」
「御意。」
「乗り込むのは私!」
「なんと仰せになられたっ!」
「将軍、司令長官を守らねばなるまい。
司令長官に後ろに下がって頂き、本来の司令長官としての責を負って頂く。」
「それは、殿下も同じでございましょう。
陸軍の司令長官! それが殿下の責ではございませぬか!」
「その役目は譲って来た。」
「譲る?」
「そなたの息子殿に、な。」
「なんと? 今なんと仰せになられた?」
「さぁ、移乗攻撃が始まるぞ!」
「殿下!」
「後は頼む。なるべく多くの兵を乗せて欲しい。
あの艦が沈む前に………。」
接舷すると、艦が揺れる。
その揺れと接舷時の音も接舷の合図だ。
「行くぞぉ―――!」
レオポルトの声で兵たちが敵艦に乗り込んだ。
ドミニクを助けるために……。