開戦前日
海を隔てた大陸の国がどんな国なのかさえ分からなった。
どんな国で、どれほどの軍事力があるのか全く分からなかった。
国交を樹立したければ、国書を携えた使節を派遣する。
そして、国交樹立するための協議を行う。
それが、国と国が最初に行うことだと、フラン公国も、デュッセルドルク帝国も、フリーラン王国も、そしてイオニア王国も思っていた。
それが、この国々の常識だったのだ。
ドミニク元帥は漁船に見立てた船を数隻出して、相手艦隊の数を見定めようとした。
斥候である。
その報にドミニク元帥は驚いた。
艦隊は軍艦900艘、兵力は凡そ2万を超えると考えられたのだ。
もしかしたら、目視出来ない場所……見えている艦隊の後ろに、もっと居るかもしれないとドミニク元帥は考えた。
軍艦4000艘、兵は10万を超えると考えたのだった。
急ぎ備え沿岸に築いた高い防塁(石を積んだ防護構築物)。
これは、以前、フリーラン王国からの攻撃に備えるために築いた物だった。
そして、デュッセルドルク帝国の沿岸にも築かれている。
この防塁から射程距離の長い弓を使い攻撃する。
そして、出来得る限り相手の船に乗り込み攻撃をする。
投石機も使い接岸する船を攻撃する。
この方法での軍事訓練をフラン公国、デュッセルドルク帝国とイオニア王国にて毎年2回行われていた。
この軍事訓練がどれほど役に立つのか、ある意味では試金石とも言える。
ドミニク元帥は今までの軍事訓練で使った攻撃だけでは不安だった。
相手が全く分からなかったからだ。
海を隔てた先にある大陸の国とは国書を取り交わしたことがあった。
その国も海に面した国だ。
だが、報告によると艦隊が掲げている国旗は、国書を取り交わした国の国旗ではなかった。
もしかすると、国書を取り交わした国・ビザン王国は滅ぼされ、その滅ぼした国が海の向こうからやって来ている可能性があった。
そう考えると海の向こうの大陸、その内陸の国から来ている艦隊と思えた。
フリーラン王国から海軍を率いて海軍大臣であるシモン将軍がやって来てくれた。
これは、ドミニク元帥にとって非常に心強い。
シモン将軍は言った。
「我がフリーラン王国海軍、全軍を率いて参りました。
我が王弟殿下を無事に国に帰国頂くために、この老骨に鞭打ちまする。」
「感謝申し上げます。何卒、若輩者の私にご指導のほどよろしくお願いします。」
「何を言われるのか! ドミニク元帥はクラウス元帥だと思っております。
最早、若輩者とは言えぬご実力と伺っておりますぞ。」
「義父と……まだまだでございます。」
「ご謙遜はもう宜しいかと思いますぞ。
それよりも策をお教え願いたい。
我らはドミニク元帥の策の通りに働くのみでございますのでな。」
「はい。では……。」
策をシモン将軍に話し終えた所……。
「なんと! 3国で軍事訓練を?」
「はい。」
「それは、是非とも我がフリーラン王国も加えて頂きたい!
このことは、この戦が終わってから、我が国王からお願い致しましょう。」
「はい。」
「先ずは、目の前の見知らぬ敵!」
「はい。」
「4つの国で撃退致しましょう!」
「はい!」
その時だった。
連合軍の指令室である屋敷に4つの国の皇帝、国王、大公が入って来たのだ。
「陛下っ!」
「皆に檄を飛ばしに参ったぞ!」
「陛下!」
「ドミニク元帥……これは姉上から頼まれた物。
そなたに私に参った。」
「これは………。」
「幼い子らが作ったと聞いておる。
花の首飾りと月桂樹の冠……。」
「あ……はは……これは、妻がほとんど作っておりますね。」
「それでも……ちゃんと花を選んだのはカロリーネだ。
作ると言ったのはヨーハンだよ。冠は頑張ってヨーハンが作ったそうだ。」
「そうでございましたか……。
ヨーハンとカロリーネには父が喜んでいたとお伝えください。」
「分かった。」
「我らは兵に檄を飛ばして参る。
その後、そのまま帰る。」
「はい! 陛下の檄に兵は必ずやお応え致すことでしょう!」
「うむ。」
4人の王たちは兵の前に立った。
ちょうど、敵艦隊の真正面に陣を敷いている。
その場所はデュッセルドルク帝国とフラン公国の国境に位置している。
「皆、大儀である。
これより見知らぬ国との戦が始まる。
不安が大きかろう。
だが、この国難を乗り越えるために4つの国が手を取り合っておる。
負けるわけはないであろう。
朕がそなたらに願うことは一つ成り。
死ぬな! 生きて国に帰れ!
家族のために、自分の愛する者のために……
勝って生きて国に帰ろうぞ!」
「陛下―――っ!」
「デュッセルドルク帝国、万歳―――っ!」
「フラン公国、万歳―――っ!」
「イオニア王国、万歳―――っ!」
「フリーラン王国、万歳―――っ!」
歓声に応えた王たちは兵に背を向けて立ち去った。
そして、デュッセルドルク帝国の皇帝ハインリヒ4世がレオポルトに囁いた。
「レオ、必ずや、この戦に勝ち、生きて帰れ!
そなたに何かあると……あれが悲しむ。
朕はエリーザベトが人知れず涙を拭う姿を想像したくない。
良いな。生きて帰れ!」
「陛下…………はい!」
「レオポルト殿下……これを……。」
「デートリヒ大公、これは?」
「姉からです。」
「えっ?」
「お渡ししました。」
「レオ……。」
「兄上………。」
「エリーザベト様からか?」
「はい。」
「良かったな。」
「はい。」
「必ず、戻って参れ。良いな!」
「はい。……兄上……私は………。」
兄フロリアン国王に肩を抱かれて頭をクシャクシャになるまで撫でられた。
「帰国を待っておる。そなた自身の命も大切にせよ。
兄を一人にするなよ。良いな?」
「………はい。」
レオポルトはエリーザベトからの手紙を読んだ。
「レオポルト様
お久しゅうございます。
お手紙を頂戴しましたのに、長らく返事を書けずにおりました。
どうか、お許しくださいませ。
此度は我が国の窮状のために、レオポルト様のお力をお貸し頂くこと
誠にありがとうございます。
戦とは、どういうものなのか私には分かりません。
ただ、多くの将兵が命を失うと……それだけは知っております。
私の最後のお願いでございます。
何卒、御身を大切になさって下さいませ。
お命を落とされませんよう、お願い申し上げます。
レオポルト様がお元気で居て下さることが私の幸せでございます。
レオポルト様がお幸せで暮らして下さることが私の幸せでございます。
何卒、私の願いをお心の隅に残しておいてくださいませ。
無事のご帰還だけを願っております。
私に幸せな時間を下さったこと心より感謝申し上げます。
あのデュッセルドルク帝国での日々、その後のお手紙……
私にとりまして大変幸せな時間でございました。
二度とお目に掛かることは無いと存じます。
この手紙がレオに読んで頂く最後の手紙……。
これで、最後でございます。
どうか、ご無事で、ご武運をお祈り申し上げます。
レオへ リシーより」
⦅リシー!⦆口に出すことは憚られた。
レオポルトは心の中でエリーザベトの名を、レオポルト自身が付けた愛称で幾度も呼んでいた。
その日の夜、ドミニク元帥からの報告が戦の開始を告げていた。
時にドミニク元帥26歳、レオポルト王弟殿下22歳、そしてエリーザベト20歳だった。




