嵐の前
嵐の前の静けさに多くの国民が身を置いていた。
まだ、戦は起きていない。
国民の避難先も確保せねばならないが、それを引き受けてくれるのはフリーラン王国だった。
海からの最初の攻撃を受ける沿岸に暮らしている国民をフリーラン王国との国境近くの村へ避難させている。
戦いの状況によれば、順次フリーラン王国へ避難させる算段になっている。
それは、デュッセルドルク帝国も同じである。
そして、もう一つの同盟国であるイオニア王国。
イオニア王国は農業国だが、島国故に海軍の力は劣っていない。
今回の戦で共に戦って貰うことになっている。
束の間の平和の時間にレオポルト王弟殿下は、病床に付しているエリーザベトの父で前大公であるフェルディナント・フォン・フランに会える機会を得た。
扉が開かれて、そこに起き上がれない前大公・フェルディナントがベッドに横たわっていた。
そして、妃のルイーゼが寄り添っていた。
レオポルトに気付いたルイーゼが夫・フェルディナントに声を掛けている。
フェルディナントがルイーゼの手を借りて起き上がろうとした。
それを見たレオポルトは制止した。
「大公、何卒、そのままで……。」
「相済まぬ。……このような姿のままで……。」
「いいえ! お会いできただけで私にとりましては幸せでございます。」
「……殿下は……立派になられましたな。」
「嬉しゅうございます。」
「……私は……謝りたいと思っておったのです。」
「謝るなどと……。」
「聞いて頂きたい。……どうか、命が潰えるまでに……謝りたかった……。
……今、その時を得られました。」
「大公! 無理なさいますな。」
「否………聞いて下され。
……あの時……エリーザベトを妃にと……申し出られた時……
私は、貴方に娘を委ねなかった。 委ねられなかったのだ。
貴国は……政情が安定していなかった。
そんな国に……娘を嫁がせられなかった。
貴方の気持ちも……娘の気持ちも……考慮しなかった。
婚約者は居たが、解消も出来たのに……私は、しなかった。
ドミニクなら……少なくとも、この国は安定している。
私は、私には、それが最良の選択に思えた。
………済まなかった。………貴方の心を壊したのは私だ。
どうか、恨んで下され。……エリーザベトを恨まんで頂きたい。
どうか……エリーザベトを……恨まないでやって頂きたい。」
「大公! 私は誰も恨んでおりませぬ。
誰も……誰一人として恨んではおりませぬ。」
「レオポルト王弟殿下……。」
「大公、私には3人も父親と呼ぶ方がおられるのです。
一人は亡くなった私の父、もうお一人は亡くなられたデュッセルドルク帝国皇帝
陛下、そして最後のお一人は……フラン大公! 貴方です。
父と思うお方を恨むなど……そのようなこと絶対に有り得ないのです。
大公、どうか、どうかお元気になって下さい。
私は、もう父と呼ぶお方を失いたくはありません。
どうか、快癒してください。お願いでございます。」
「………レオポルト王弟殿下……ありがとう。」
「レオポルト様、もうこれ以上は……我が夫を休ませて下さいませ。」
「そうでございました。 また、参ります。」
「はい、お願い致します。」
「……レオポルト………。」
「はい。」
「………何卒、何卒、この戦で勝利を!」
「はい!」
「……無事に帰還されよ。……待って…いるからの……。」
「はい! 必ずや、戻って参ります。」
レオポルトは敬礼して部屋を出た。
これから、海の向こうの大陸からやって来る艦隊と戦わねばならない。
全ての人を守りたいと切に願った。
そのレオポルトの心の中には、エリーザベトの面影があった。
⦅必ず、守るよ。 君の大切な人たちを……。⦆
そう誓うレオポルトだった。