魔法少女は放棄する
結論から言おう。
黒の魔法少女と元・魔法少女達。一対多数のこの戦いは、あまりにもあっさりと終わりを迎えた。
元・魔法少女達。今やアウネの民達を統率している重鎮達の妻という立場に収まっている彼女達。大切な立場になった彼女達に対する護りは、夫達の愛情の深さを相まって、何よりも重きを置かれていたのだろう。避難していた部屋の中には、アウネの神から与えられた力、それを操る才能も、体術においても強い能力を保有していた護衛達が多く配置されていた。
最早、戦いになど身を投じずともいい立場となっている奏音達は部屋の奥で椅子やソファーに腰掛け、全てが終わり、最愛の夫達が笑顔を浮かべて迎えにきてくれるその時を祈りながら待っていた。勿論、祈る相手は彼女達が戦わずにすむ道を示してくれたアウネの神。
護衛達は祈りを捧げる美しい彼女達の姿に使命感をより一層強め、それぞれが最も得意とする武器を手に、何時如何なる時に不届き者が訪れても、彼女達へ一切手出しをさせることなく倒せるようにと、覚悟と気合を確かにしていた。
だが、少しだけ、彼らには油断があった。
外で事の制圧に当たっているのは、彼らが崇拝している方々。彼らが足下にも及ばない、アウネの神の加護を持った血筋であり、その血筋に相応しい才覚を持って、この新天地に導いてくれた人々。それだけでなく、多くの同胞達が全力で制圧に向かっている。
この場所に、愚かな不届き者-黒の魔法少女やその仲間達が辿り着けるわけなどない、と心の何処かで思っていた。
そんな彼らの耳には、外から漏れ聞こえてくる荒々しい音の数々が届き始めた時も、まだそう思っていた。けれど、防音がしっかりと成されている筈の部屋の中にまで響く音、それ以上に実際に体を大きく揺さぶる振動が増せば増すほどに、外で大変な事態が一向に治まることなく、むしろ悪化の一途を辿っていると彼らを理解していった。
不安や戸惑いが増えていった中、幾つもの鍵を内側から掛け、魔術をもって固めた空気を扉の前に、水を凍らせ扉が動かないよう固定し、などという様々な努力によって強固にしていた筈の扉を意図も簡単に突き破り、静音の姿が部屋へと入ってきた。
彼らの全身が無意識の中に恐怖に震えていた。
足下から幾つもの影の手を伸ばし、轟音と煙という破壊の証拠と共に現れた、静音。その顔はただただ、穏やかで、そして揺らぐことのない覚悟を秘めたものだった。
恐ろしいまでの力を秘めている眼光が護衛達を射抜き、その先に存在する奏音達を突き刺していった。
「お、奥方様達に指一本触れさせん!!!」
護衛達の内の誰かが、恐怖に震える声を何とか振り絞り、自身を奮い立たせるよう決意を叫ぶ。
それによって、体を硬直させていた彼らは何とか我を取り戻し、静音に向かってそれぞれの武器を矛先を向けることが出来た。
だが、そんな彼らも今なお魔法少女として正しく在り続けている静音を前にしては、残念ながら何の意味も成さずに終わってしまう。
ものの数秒も保たずして、床一面に崩れ落ちて、ピクリとも動くことも出来ない置物と化している。
アウネの神から授かった力が多少なりともあるとはいえ、今の静音には敵とも言えなかったのだ。
「あっけない。全く持って、面白くも何ともないわね」
そして、それは元・魔法少女達にも言えること。
彼女達が戦いから離脱し、魔法少女としての矜持と引き換えにして得たものは、安然として時間、そしてアウネの神の力。魔法少女であった時と変わらない力を、彼女達はアウネの神から授かっていた。
だから、自分達の事を気遣い使命感を燃え上がらせて護ると言ってくれた護衛達が倒れ伏した後、彼女達は自分達も戦わなければ、敵となってしまった友を止めなければと力を奮った。『管理者』から託された世界の力を操る魔法ではなく、『アウネの神』から与えられた異世界の力を使った魔術を。流石に、静音に対抗するには最も効果的といえる"光"白の魔法少女であった奏音は臨月の迫っている身。座っていた椅子から立ち上がり、静音に立ち向かおうという気力は見せたのだが、友人達に押し留められ、部屋の最奥-静音から一番遠くに離れた位置で全てを見守ることとなった。
「ふっふふっ、あははっ、馬鹿ねぇ!」
この場所に、精霊獣達の誰か一人でも-最も適役なのは闇の精霊獣である黒耀なのは確か-、知り合ったばかりではあるものの、この世界、日本のマスメディアなどの文化が身に染みている刹那や、少なくとも良識のあるニコルでもいい、誰か一人でもこの場に居たのならば、きっと静音の放った台詞や行動の何処かに一言物申してくれていただろう。
部屋の扉を黒い影によって破壊する様も、部屋の中に登場する光景も、その後の表情に言葉。
そのどれをとっても、静音はただの悪役にしか見えないものだった。
実際には世界を救う、只一人の正義の味方、救世の魔法少女なのに。指名手配犯という立場に相応しい立ち振る舞いにしか、全く持って見えなかった。
だが、残念なことに。此処にそれを指摘してくれる者は誰一人いない。
静音はそのまま、魔術を自分に向かって放ってくる昔の仲間達に立ち向かっていった。
「どうして。どうして、こんなことするの!?」
ただ一人。全てを成した静音を除いては、たった一人だけ床に伏せていない状態である奏音。その嫌という程に知っている顔が、泣きそうに歪んで静音に向かって非難の声を叫ぶ。
自分を護ろうとしてくれていた護衛達。昔と変わらずに友人として傍に居てくれていた、避難してきていない葵を除いた魔法少女として共に戦いもしていた仲間達。自分以外の全員が怪我を負って、床に倒れたまま立ち上がれずに、苦痛の声をあげている姿・光景を目の当たりにして、奏音はボロボロと大粒の涙を止める事も出来ずに流し、ガタガタと震えていた。
「どうして?馬鹿なことを聞かないでよ。私達が魔法少女に選ばれたのは何の為?何を成す為に、干渉はしないと決めていた『管理者』が力を私達に託したの?忘れたなんて、そんな馬鹿なこと言わないわよね?」
つい最近、奏音と思わぬ形で再会した時には、耐えようのない怒りが静音を支配した。
でも、どうしてだろうか。
今、こうして対峙していても、そんな思いは露にも浮かんでこない。
むしろ…。
「忘れてなんか、いないわ。でも、間違ってなんかいなかったじゃない。平和になったでしょ?皆が笑顔で、私達もアウネの皆も争うことなく幸せに暮らしていられた!どうして静音ちゃんは、分かってくれないの!?」
「うん、分かった。よぉく分かったわ」
静音はにっこりと、自分でも久しぶりだと思える程の、満面の笑みというものを浮かべてみせた。
そして、一つの決断を下した。
「あんたと話をしても、何一つ交わることなんて無いってことが。よぉく分かったわ」
ようやく降すことが出来た決断。
今までも奏音の言葉なんて、静音は切り捨ててきた。
アウネの民との戦いを止めようと言われた時から、いやもっと前、もっともっと幼い頃からずっと静音はそれを表沙汰にすることは無いものの、奏音と意見を同じものとすることなく相反する存在としてあり続けてきた。
奏音が光、静音が闇、という魔法少女に選ばれたのは、本当に正しいことだった。
静音はずっと、闇だったのだ。
奏音という光、誰からも愛される存在を共に生まれてきた、光から絶対に生まれる影というものを担う存在として。
光の中に何か光を遮るものが一つでもあれば、そこに影が生まれる。これは摂理。
静音をこの世に生み出した片割れ、父親でさえもそう認識しているのだから、この考えを受け入れるしか静音には他に無かった。
でも、今はもう違う。
無意識のことだが、静音はそれが分かっていた。
そして、それをつい先程に確認し、しっかりと自覚することが出来た。
風に水、火。
奏音の光、今この場に居ない葵の地、当たり前だが静音の闇を除く、三つの力が逃れることなど絶対に許さないという意思をもって、護衛達を簡単に倒し終えた静音に対して襲いかかってきた。
それに対し、静音は顔色一つ変えることは無い。
風に対しては地の力を活用し、打ち消してみせた。
水に対しては、風の力をもって散らしてみせ。
火に関しては、水の力をもって存在することさえも許さなかった。
彼女達は驚きのあまりに目を見開き、絶望するような表情を作っていたが、静音にとっては別段驚くことでは無かった。
この数年、仲間で友であった者達に裏切られ一人で頑張り続けていた静音は、ずっと精霊獣達と一緒だった。仕事の時も、食事の時も、寝る時も、病めるときも健やかな時も。契約を交わした相棒、などという関係以上に深くて強い、家族という関係を静音は築き上げた。
その時間が、静音に闇以外の力をもたらした。築き上げた信頼によって、光、火、水、地、風という世界の力が託されたのだ。
与えられた力と託された力では、その意味も大きさも、何もかもが違う。
与えられるということは神があってこその力。ここからここまで、その間ならば使ってもよいのだと神の許しを得て使う力。
静音達が使った魔法は『管理者』から託されたもの。静音達の意思や成長によっては、どこまでも強く高まっていくことが出来る。
静音は思った。
私は正義だ。
誰が何と言おうと、今の今まで世界の為に戦ってきた正義の味方。
なら、弱い者苛めなんてカッコ悪くて、悪でしかないことをやる意味は無い。
「もういいわ。うん、これ以上は時間の無駄。あんたはまだ、ううん、あんた達は気づいてないようだけど。もう、これ以上あんた達にかまけていられないのよね。他はもう、用事を済ませたみたいだもの」
「他?」
「分からないの?本当に?」
奏音達は『アウネの神』から与えられた力を改めて得ている。
いつもは、魔法少女であった時とさほど変わることのない力も術も発揮出来る。そうであるように、アウネの神が力を与えているのだから、当たり前。
なら、その『アウネの神』が力を与えていられる状況に無かったら?
静音が此処に辿り着くまでに、刹那はあっさりとやることを終わらせている。流石は『神殺し』と呼ばれる勇者だ。静音とは場数も力も違う。
『アウネの神』さえ抑えてしまえば此方のもの。今、静音があっさりと制圧を終える事が出来たように、精霊獣達も有利に戦いを進めて終わらせる事が出来ている頃だろう。
「分からない?」
どうして分からないというのか。
ふっと重荷が体の中から抜け出たような、今まで全然気づいていなかった息苦しさから開放されて、思いっきり深呼吸が出来るようになった、そんな感じを静音は体験した。
なんだったんだろう。爽快な感覚に何があったのかと考えれば、すぐに答えらしきものに思い至り。
すでに信頼出来る友といえる存在となった『神殺しの勇者』刹那が何処に向かったのか、彼の揺るぎ無い心や感じ取れる力を思えば、口元に笑みが零れた。力の貸し借りによって繋がりの出来ている奏音達とは違う形で、静音も何が起こったのかと気づけたのに。
それなのに、あれから力を与えられ繋がっている筈の奏音が、どうして気づいていないのか。
「あぁ、そうね」
でも、その疑問を奏音にぶつける前に、静音は理由にたどり着いた。
簡単なことだ。
姉妹で仲間だった彼女達が今や敵と成り果てているのと、そう変わらない理由。
自分にとって良いことにしか目を向けたくない、という下らない理由だろう、どうせ。
それは静音の予想でしかない。だが、確かな確信があった。
知っている筈のことを無視して、世界の意思を無視して、敵と和解して手を結んだことも、
一人でも戦い続けた静音の行動を馬鹿にして、取り込もうとしたことも。
魔法を捨て、魔術に身を浸したことも。
確実に起こっている異変に気づこうとしないことも。
全て全て、自分が傷つきたくないから。戦いたくない、平穏が欲しいという、願いを妨げることだから。
そんな事実は無いのだと、少なくとも奏音は考えているのだろう。
「バッカみたい。いいわ、もう。話しても無駄。」
「静音ちゃん…」
「あんたは敵でも話せば分かる、とか言うけど。話をしても聞こうともしない相手に、どれだけ言葉を積み重ねても無駄でしょう?だから、もう私はあんたの話に付き合わない」
静音はそこまで言うと、あっさりと、本当に玩具に対した興味を無くした子供のように、目を合わせることを止めて言葉も断ち切った。
なんだぁ~つまんねぇな。
それが誰の声なのか、静音は周囲を見回すこともなく、気づくことが出来た。
この部屋に向かう最中に聞いた笑い声。
何より、その声に宿った力や気配からも理解できた。
「うっさい」
血みどろの戦いでも望んでいたのか、と『邪神』に向けて悪態をつく。
「こいつらはどうしたらいいわけ?このまま、此処に置いておく?それとも、そっちに?」
姿は無くとも、此方を確かに見ている。
そう分かっているからこそ、淡々と、目の前に居る相手に話すように言葉を重ねる。
奏音の娘、美音を使えると言って連れ去ったくらいだ。『邪神』に何か考えのあることを静音は知っている。だが、何をしようというのか、と言うことには考えが及ばない。
だからこその問いかけだった。
その他はそのままでもいいが。そうだな。主役級には説明の一つや二つ、必要だな。
此方に招こう。
見えない手を差し出されたような感覚を覚え、そして静音はそれに手を重ね合わせるように想像を働かせ、応じてみせた。
役者は揃った。
さぁ、これで終わりだ。
一瞬にして周囲の光景が揺れ動き、見たことも無い光景の広がる空間へと移動していた。




