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魔法少女は迷い込む

静音がそこに足を運んだのは一・二度のこと。

好き好んで来たいと思うような場所でもなく、この場に留まり続けている『管理者』からも"来なくて良いのですよ"という気遣いがあった。

彼女と何か連絡を取り合う時などは、精霊獣達の誰かが。

静音が此処に来なくてはならない事など無かったのだ。


だからこそ、『邪神』に言われるがままに奏音達を捕らえ、この空間へと連れ立てきた静音が降り立った直後にあげた声がそうであったのは仕方無いことだったのだ。


「何、これ…」


「ん?あぁ、凄いだろ!」


お気に入りの宝物を見せびらかす子供のような表情と、褒めて貰えることを信じて止まない声で、『邪神』は静音が驚くことしか出来ない光景を自慢げに見ろ見ろと広げた腕で指し示していく。

光源が小さな水晶玉しかない為に薄暗く、ジメジメと何だか湿っぽく思えて。

何よりも唯一存在していたのが、全身を絡め囚われている『管理者』の姿だけだった、この空間への静音の印象は醜悪、最悪、怖気が走る、というものだった。

だというのに、まるで別の空間に迷い込んでしまったのかと思い込みたくなる程の、変化を遂げた光景に静音は目を何度も瞬かせ、その上で眩暈まで感じる。


何と例えればいいのだろうか。


暫く考えた末に静音の頭に浮かび上がってきた言葉は、"ゴスロリ"だった。

「少女趣味?」

「やだねぇ、品のねぇ。ロココ調、優美で繊細な高貴なる趣味と言ってくれ」

全体的に白とピンク、丸く柔らかな装飾が多様されている空間。この空間を一つの部屋として考えているのだろう。天井にはキラキラとガラスの粒が光を反射させているシャンデリア。壁には窓があり、偽物とは静音も理解してはいるものの、まるで本当の青空と薔薇の花園が広がっているかのような光景が窓の外に広がっている。ソファーにローテーブル、テーブルの上にはお茶菓子に茶器。その全てもまた、白とピンクが淡いグラデーションで彩る、静音の考えでいえばゴテゴテと無駄に飾りが備え付けられている造り。

必要があるのかと問いたくなる、四人だろうと五人だろうと眠りに付けそうな程に大きな天蓋付きの寝台までもが、この部屋を模している空間には鎮座していた。


キョロキョロと、表情筋が壊れるかもという程に強張らせた顔で周囲を見回していれば、静音はあることに気づき、はっと息を飲んだ。


奏音達がいない。


力をもって抵抗を封じ、共にこの空間に渡ってきた筈の彼女達が。

逃げた!?

そんなことは有り得ないと理解はしていても、焦ることを止めることは出来なかった。


「安心しな。お前らに見えないようにしてあるだけだ。見えてないだけで、確かに此処に居るさ。お前が連れてきた女共も、こいつらが連れてきた男共も、な」


折角の場を壊されちゃぁ敵わねぇだろ?

ケラケラと笑いながら、『邪神』は静音にこっちへ来て座れと指で指示を出す。


『邪神』達が居るのは部屋の中心に位置づけられる場所で、そこに全員が集まっていた。

背の低い、脚がくるりと軽い曲線を描いて床に接しているローテーブルを囲むようにして、ソファーが三脚。ソファーが置かれていない面の先には、壁に炎が燃え盛っている暖炉がある。

暖炉とローテーブルを挟んで向かい合っている一脚には、上機嫌に笑っている『邪神』と、その膝を枕にするようにソファーに横たわっている『管理者』の姿。

その右側の一脚-静音が降り立ったのは腰掛けている『邪神』の左手側にあたる場所であった為、静音からすると正面に置かれているソファーだった-には、少しだけ心細い様子を顔に出し『邪神』に勧められるがままにお茶菓子を手にしたまま動けなくなっている、静音がこの場所に送り出した美音と、奏音達が避難していた部屋へ突入する直前に別れた芽衣の姿。二人の腰の側には精霊獣達の姿もあった。彼らの別段に目立った怪我などのない様子に静音はほっと、肺の中が空っぽになるまでに息を吐き出す。

「怪我はないな?」

芽衣の膝の上に座っていた黒耀がふわりと飛び、静音の腕の中へと舞い降りた。腕の中に収まった途端にじっとりと静音の全身を見回し、怪我をしていないか確認をしてくる。

「ほら、早く座れよ。話が始めらんねぇだろ?」

『邪神』が指差しているのは、最後の一脚。

静音からするとソファーの背を見る形になっている其処には、出会いは最近であっても見慣れ始めている頭と肩が二つ、ソファーの両端から覗いている。


なんだ、この光景。


そんな思いで呆気に取られ、それが晴れる暇も与えてもくれず、『邪神』は早くしろと急かす。

「いや、だって、これって…」

「静音。あの方に何言ったって、無駄なんだぜ?」

言うこと聞いとけ、と腕の中の黒耀にも、ソファーの背もたれ越しに頭だけ振り返った刹那の微妙な表情にも無言で諭され、静音は戸惑う気持ちをそのままに『邪神』の指示に従って、その指が示す刹那とニコルの間に腰を下ろした。

初めて触れる、凝った装飾の家具。

そんなものに触れ慣れていない静音は、どうしても手付きも動きも恐る恐るという、壊したらどうしようという思いが、透けて見えるものになってしまう。

「汚したら弁償とかって無いわよね?」

「そういう事言うようなことは…大丈夫、多分」

ビクビクと腰を下ろして呟いた静音に、刹那がうんざりという表情をありありと浮かべながら目を逸らし、自信無さげに応じた。

「多分って!ちょっと!!」

この場に居る誰よりも『邪神』を知る筈の刹那の、あまりにも微妙な回答に、静音の潜めていた筈の声も思わず大きなものになった。


「ん?あぁ、どうだ?凄いだろ。あんな光景じゃあ、ゆっくりと話も出来ないと思ってな。突貫で作ってみた」


静音のその様が十分にお気に召した御様子の『邪神』様。

褒め称えろといわんばかりに胸を張って、両手を大きく広げてみせた。

周囲の光景を余すことなく見ろ、とその姿は語っている。

「「作ってみたぁ~?」」

「えっ、こ、これをですか!?」

静音よりも先に出向いていた刹那とニコルも、それに関しては知らなかったようだ。

『邪神』の発言に対して、静音と同じタイミングで驚きの声をあげ、呆気に取られて大きく見開いた目で周囲の、豪華としか言いようのない光景を凝視する。


「今流行りだろ、DIY男子」

「はつ?DIY?…男子ぃ?」


さらなる『邪神』の自信満々の言葉。

大きく反応せずにはいられない静音の反復する言葉が、何よりも"男子"という所で大きく激しいものとなった。

目の前に広がるこれらがDIYという確かに流行ってはいる言葉と行動の範疇に入るのか、という混乱の上での疑問もありはしたが、それ以上に静音からすると"男子"という言葉が琴線に触れたのだ。"男子"と言い返す声が動揺を含み、一際大きなものとなってしまった。


「あ、あの、お兄さんが本当に、ソファーとかテーブルとかを作って、凄かったです!!」

「確かに作ってはいましたけど…最後はマジックショーでしたね」


一部始終を目にしていたらしい美音からは可愛らしい擁護の声があがった。それに芽衣も同意はしているのだが、何処か目が遠くを見ているような感じがして、美音の声は信じきれるものではないと突きつける。


「お兄さん?マジックショー?お兄さん?お兄さんぅ?」


大事な事なので、二度、いや三度口にする。

美音の差す"お兄さん"というのは『邪神』のことなのか。チラリと隣に座る刹那と、腕の中の黒耀に、静音は目を向ける。

静音にしてみれば、このDIYとマジックショーの結果だという光景よりも、その言葉の方が耳に触るものだった。


「…確かに材木とノコギリ、金槌で作り始めたけど、まぁベンチみたいな感じで。最後は布を被せて三秒だったから」


静音の視線で問われた黒燿もそこには敢えて触れず、DIYとマジックショーについての説明をして口を濁した。


「まぁ見た目は若いし、神の年齢が人に当てはまるもんじゃないのは確かだから。お兄さんでも可笑しくはないんだよ、きっと」


擁護をしているつもりなのだろうが、出会ってからこれまで自信に満ちた姿ばかりを見せていた刹那が、しどろもどろと目を泳がせている様子は異様さを醸し出し、その本音を垣間見せるようだった。顔には大きくす、図々しいなどの言葉が書き出されているように、静音には見えた。

それを口にはしないのは、呆れ果てているからなのか、『邪神』が怖いからなのか、それとも親子と称されている『邪神おや』の痛い発言を恥ずかしいとでも思っているからなのか。


「なんだぁ?きゃーとか凄いとかの感動は無いのかよ」


望んだ反応が無い、と『邪神』は不満を露にしている。

半眼でじとぉっという視線を順番に、刹那、静音、そして反応を敢えて出さずに無言を貫いていたニコルを巡らせた。

「こっちのチビすけは、いい感じに反応してくれたんだけどなぁ?」

『邪神』が顎を指すのは美音。

「子供なんて、箸が転がってもはしゃぐもんでしょ」

お前らももっと反応を、と言い募った『邪神』に、静音は吐き捨てる。

「自然だの人間だの、世界を作り上げるような存在が、DIYくらいしたからって驚いて貰えるとでも?」

へっ、と悪態をついてみせた静音。

その言い分は最もだ、と刹那も黒耀、精霊獣達、そして芽衣やニコルまでもが小さくだが同意であるという頷きを見せた。

「腐っていようが何だろうと神が、家一軒、お城の一室を再現したって、ありがたみもへったくれも無いわね」

静音のその言い分に『邪神』はむっと口先を尖らせ、ととんっと指先でソファーの肘置きを弾いて見せた。


「なら、もっと凄いのを見せてやろう」


パチンッ

『邪神』が指を鳴らした。

ソファーの上でふんぞり返っての、その仕草。

自分の今までのことを棚にあげて静音は、ガラが悪い、これが神様…あぁだから『邪神』か、などという感想を抱いていた。


豪華な部屋を模した空間の、芽衣と美音が座っているソファーの先にある奥に、ぱっとスポットライトが当てたかのように突然、明るく其処にあるものが浮かび上がった。


「扉?」


静音も、隣に座るニコルも驚き、瞬きも忘れて、その光が当てられて浮かび上がった扉を凝視した。

「刹那、知ってたの?」

ふっと気づくと、刹那は別に驚いた様子もなく平然とした面持ちで、いや少しだけ冷たく蔑むような光を宿した目を扉へと向けていた。静音が自分を見ていると気づいた途端にそれらは一瞬にして消え去り、どうした?と柔らかな笑みを浮かべて見せたが、見間違えた訳ではないと静音ははっきりと自信をもって言える。

だから聞いたのだ、あの扉の存在を知っていたのか、と。

「…よぉく見てみなよ。君と、ニコルなら、感じ取れる筈だよ。あれが何なのか」

酷薄な笑みを口元に作り上げ、刹那は二人に言った。

分かる筈だ、と。


「………穴?あの扉が、『管理者』の代わりに穴を塞いでいる?」


アウネの世界とこの世界を結んでしまっていた、最悪な穴。

それを決死の覚悟で塞いでいた『管理者』。まるで段々と一体化、呑み込まれていってしまっているという感じに己自身の体で穴を塞いでいた彼女は今、五体満足の姿で『邪神』の太ももを枕に横になっている。顔色はまだ少し悪いようだとは見えたが、それでも感じる気配や姿形からは大丈夫という印象しか、もう感じることは出来ない。


そういえば、と静音は考えた。

この場所に降り立った時から、『管理者』が解放されたのだということは、その横たわる姿を目の当たりにして分かっていた。分かっていた筈だった。

なのに、どうして。

その事にいの一番に反応出来なかったのか。

様変わりした光景や、その後のお兄さん発言などよりも、そちらの方が何をおいても重大だった筈なのに。


「ん?あぁ、それなら簡単だ。俺がそう考えるように思考を誘導してたって、それだけの事よ」


静音の心の内を読んだ『邪神』がニィッと笑う。

いの一番に指摘されたら面白くないだろ?という、くだらない理由。


「で、あれが穴を塞いでるって事で合ってるんですね?」

「正確にはまだ、だけどな。まだ鍵をかけてねぇから、何時でも開いちまう」

「じゃあ、さっさと鍵しちゃいなさいよ」


何をやってるのよ、と『邪神』相手にも静音は物応じ一つせずに切り捨てる。


その姿を見ていた刹那が両手で顔を覆い笑いを堪えようとしていたが、その声は大きく漏れ出し、何よりも肩が大きく震えていたことで、無駄な努力に終わった。

「凄いなぁ、さっすが魔法少女。『邪神』相手にこれって!」

多くの人間は、その圧倒的な存在感や力などに恐れを無し、口を開くことさえも儘ならなくなる時さえあるのだ。そんな素振りも一切なく、静音はまるで対等な相手のように、『邪神』を相手にしている。


「なんだぁ?いいのか、このまんま鍵しても?こっちに奴等を残したまんま?」


そんな態度の静音を『邪神』はますます気に入った様子。

ニヤァと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「出来るの?」


穴の向こう側、アウネの世界は崩壊したのでは無いのか?

人が住めぬまでに崩壊したからこそ、神さえもが見捨てたのでは無いのか?

静音はそう、表情で尋ねる。

「完全に壊れた訳じゃねぇからな。俺とこれが力を合わせたら最期の一線を越えることなく何とかなる程度には、な」

『邪神』の手が、その態度や言葉とは裏腹な優しい手つきで、『管理者』の頭を撫で付ける。


「アウネに属する者共をあそこから放り出し、その後に鍵をかける」


静音の目がスッと細められた。

色々な思いが渦巻く。

そんな状態で早々に自分の世界を捨てたアウネへの怒り。

これで終わる、という安堵。

主だって大きな思いはこの二つだった。


「教えてやろう、かみが定めた決定うんめいを」


この世界よりも、勿論アウネの世界よりも、古く力ある世界。

それを創り出し、なおかつ他の世界にまで干渉する力を持つ、最上格の神の一柱。

『邪神』の言葉は威厳に溢れ、厳かな雰囲気を重く全てを支配した。

荘厳な印象を与える表情で、『邪神』が告げようというそれは、神託、と言うべきものなのだろう。


「だが、その前に。あれが何で出来ているか、当ててみな」


だが、神託に相応しい空気は、一瞬にして神自身が打ち砕く。

先程までの雰囲気は何処へと消えたのか、別人であると言われても仕方ない、ニヤニヤと俗な表情を浮かべた『邪神』はチッチッチッチッと制限時間を計るかのように、一定の速さで音を鳴らしてみせる。


「扉の材料?穴を、二つの世界を繋ぐ穴を塞ぐ…」


静音がチラリと刹那に目を向けたが、答えを知っているだろう刹那は首を横に振り解答を拒否、その上「ヒントは無しだ」という『邪神しゅつだいしゃ』の言葉が飛んできた。


「ま、さか…」


その答えに先に辿り着いたのは、アウネの大神官、『アウネ神』に最も近い人間であったニコルだった。



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