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side:『神殺し』と 魔法少女

あっはっははははははは


『くっくっくくくくくくく』


刹那は自分の笑い声に重なる、もう一つの笑い声に気づいていた。

真っ白に統一された建物の内部、その最奥へと繋がる唯一の廊下を目的の存在に向けて足を早めて歩いていた刹那。そうだったのだが、張り巡らしておいた"目"で見てしまった映像に思わずその足を止めてしまい、汚れ一つ無い白い壁に突いた手に顔を押し当て、壁にぴったりと寄り掛かりながら笑い声を上げていた。

その笑い声は、無防備に廊下を反響する。


一応、刹那は人目を避ける行動をしている最中だ。

だというのに、人気が無かったからと廊下を堂々と歩いて目的の存在の気配を感じる方向へと向かっていた。そして、今は人気が無くとも声を聞きつけて人が集まってきそうな程、大きな笑い声を上げている。

全くもって、隠れる気を刹那のその姿からは感じ取る事が出来ない。


「あぁ~面白いなぁ、流石は黒の魔法少女。最高だ!」

"全員、動くな!!!貴方達の大切な神官様が、どうなってもいいのかしら!?"

静音達と別れ、アウネの神が住処としている神殿ともいえる建物へと、『無事に』などと口にするのも微妙な程、刹那は呆気なく侵入してのけた。

建物に入っていく時から暫くは、己の力を振るって姿を見えないように隠してみせていた刹那だったが、建物内に居た警邏隊の制服を纏った者達が慌てた様子で外へと飛び出していった後には、力を使うことなく堂々と姿を露にしている。

姿を隠していた力を解いたすぐ後に、人々の気を引いてみせると言った静音が起こした予想外の行動が、注意深く張り巡らしていた刹那の"目"に届いたのだ。


こちらの味方となっているニコルを、極悪非道にも人質にとったのだと見せつけ、三文芝居のような脅し文句を突きつける。

大立ち回りで、注意を引き付けてくれるのかとばかり思っていた。

まさか、自分自身をあそこまで悪役に突き落として、注意を引き付ける役目を果たすだなんて、刹那も想像していなかった事だ。

悪というレッテルを押し付けられ追われる身となっていた彼女が、自分がそうではないと、自分こそが本来の正道にある存在だと知っているというのに、甘んじてその評価を受け入れて演じてみせる姿を、力を使って垣間見た刹那は、面白いと思う傍らで綺麗だ、美しいと感じていた。


それは、先ほどから刹那の耳に届く、自分の笑い声に重なるように笑う存在も同じだった。刹那はその笑い声と自分自身の奥底で繋がる気配から、それを感じ取っていた。


『あぁ、本当に面白いだ。』


「駄目だよ。」


此処ではない何処かで呟かれた言葉に、刹那はきっぱりと吐き捨てる。

自分が興味を引かれ、好意を持った相手だ。『邪神』が、静音に対して興味を持つのは仕方ないとは思う。だが、それ以上は止めろと刹那は搾り取ったような低い声を出す。


『管理者』が治めるこの世界から、他世界へと招かれていく勇者がどう選び出されるのか。

それは、勇者を招く神の力や性格と相性が良いか、馴染む事が出来るか、というものだった。その世界で力を振るうには、その世界を作り上げている神の力を授けられるしかない。空き容量の多いとはいっても、人によって受け入れられる力とそうでない力がある。合わなければ、神の力に負けてか弱い人の器は壊れることになる。壊れるまでいかなくとも、不調の要因となったり、拒絶反応が出ることもあった。

そして、その神の性格や考え方との相性が悪ければ、その世界にいっても上手く立ち回れない。世界とは、それを形造る神の意向や性格を深く広く反映するものだ。神と合わなければ、世界に馴染む事は難しい。その負荷ストレスによって、勇者は早々に押し潰されることになるのは目に見えている。

それらを深く考慮して、勇者候補達は選ばれる。

その中から、『管理者』と話をすることで一人が選ばれていく。

それを考えれば、"邪神の子"と、そう刹那が一部から呼ばれるのも仕方ないことなのだ。

邪神の力を受け入れても壊れることなく、邪神の世界に馴染めるだけの相性の良さと、邪神の考えを理解してしまえる部分を、刹那は持っていたのだから。

今も、刹那は魂の奥底で邪神と繋がっている。

邪神から与えられた力は、もはや血よりも濃く、今の刹那を形造る要素となっている。


邪神が好むモノを刹那は好むようになる。刹那が好むモノは邪神が好むモノである事が多い。

刹那が静音に感じている好意は、邪神も抱く可能性があるものだった。

そして、アウネ達が引き摺り出されてくるのを今か今かと待ち構え、世界の様子を覗き込んでいる邪神が目にした静音の予想外な行動は、刹那の予想通り邪神の琴線に触れた。


「駄目だよ。静音ちゃんは、魔法少女に選ばれる程の子だ。この世界でこそ一番に輝ける魂の持ち主。俺とは違うんだろ?」


まぁ、そうである筈の他の魔法少女達は、あっさりとアウネを受け入れてしまったが。

その弊害を、彼女達は歪みとして受けることになるだろう。

静音はただ一人、この世界の"勇者"として歪みもなく立っている。しかも、短いとはいえない年月を六つに分割されていた属性全てを受け入れ、受け入れられていたのだ。

刹那が"邪神の子"という誉れを受けるのであれば、静音こそ"管理者の子"という誉れに相応しいと言える。


さて、と刹那は顔を上げた。

一通り笑い上げた。そろそろ、アウネの所に向かおうと浮かべていた笑みを消し去り、その目を鋭く獰猛に光らせた。

変わり果ててしまった生まれ故郷の姿。

『神殺し』として研ぎ澄まされた感覚で嫌でも感じ取ってしまった、二人の神の力が交じり合い、せめぎ合うように変わり果ててしまっている、この世界の匂いや気配。

その全てが、刹那をイラつかせたのだ。

そして、世界を守ろうと奮闘し、その身を削っていた静音に降り注がれた悪意や害意、不当でしかない評価。

短い間とはいえ静音と関わり、遠い世界で話を聞いた事で抱いていた好意を深めた刹那には、それは許すことの出来ないものだった。


さぁ、どうしてやろうか。


刹那は考える。

殺さなければいいのだ。神は人では無い。首を切ろうが頭を潰そうが、簡単には死にはしない。その力が尽き、傷ついた自分自身を再生させられなくなった時、神は死ぬ。そして、神と共に世界も死ぬのだ。世界を生かす方法も無くはないが、最早ほとんど滅んでいるに等しいアウネが本来治めていた世界では意味を成さないだろう。

この世界に寄生し命を繋ぎ、宿主を殺して成り代わろうとしている。

そんな汚らわしい神をどうしようと、刹那を非難するものはいない。その世界の神が望んだ事に邪神が悪乗りした"神殺し"の所業に、苦言を呈することはないにせよ眉を顰めた神々とて、邪神と刹那を支持するだろう。

ペロッ。

刹那は自分の唇を舌を出して舐める動きを、無意識の内にしていた。

その時の凶悪な顔つきは、邪悪と表現するに相応しいものだった。



「貴方は誰ですか?此処で何をしているの?」


薄暗い笑みを浮かべ、どうどうとした足取りで廊下を進んでいた刹那の前に、一人の女が立ち塞がった。

気配を感じ取ってみれば、神として人よりも大きな気配を放っているアウネのそれは、あと百メートルもない先にある。まぁ、人よりも大きいとはいえ、刹那が殺してきた数柱の神々に比べたら、恐れるという行為さえ馬鹿らしくなる程小さく、そして幼いものだった。

漆黒の闇の中を歩かされたこともある刹那には、気配を感じ取れていれば目を瞑っていても目的の場所に辿り着くことが出来る。どうやって捕らえようかと考えながら、前を全く見ることなく俯き加減に歩いていた刹那は女の声に顔を上げた。


全身、建物の内装に溶け込んでしまいそうな、真っ白な装いの女。


目の前に立ち塞がったその女から感じ取った気配に、刹那は歪めた表情を浮かべた。

「もう、ほとんど消えてるけど、大地の匂い。…確か…平原、葵だっけ?」

清楚という印象を通り越して、何か不安定で痛々しい印象を与える首から足の先まで多い尽くす真っ白の装い。

だが、顔を上げて真正面に見据えた刹那には、その所々に普通では見えない汚れが見て取れたのだ。

黒い靄のような、水分をたっぷりと含んだ墨汁を紙に落としたような黒い滲みのようなものが、葵の体のあちらこちらに重なって見えた。


「あ~ぁ。随分とまぁ、汚れちゃって。」


その身に宿すのが闇である静音も、刹那には黒く見えた。でも、それは混ざり気のない純粋で綺麗な黒色で、光り輝いて静音の姿を照らし出していた。

だが、葵の体に重なるように見える黒色はそんな綺麗な黒ではないのだ。色々な色を混ざり合わせて作った、見る角度などによっては違う色が浮き出てしまう、そんな黒。しかも、葵の体や本来の色をくすませてしまう汚れのような黒だった。


「此処は、アウネの神殿です。関係者以外は足を踏み入れることを許されていません。興味本位で此処まで来たのでしょうが、このまま立ち去るのならば見なかったことに出来ますよ。さぁ、早く…」


「お優しいね、地の魔法少女。いや、優しいというより、覚悟がないんだね。その決定の先にある責任を取るという覚悟。」


葵の言葉を遮り、刹那は笑う。

覚悟を決めるということは、とても勇気がいることだ。

魔法少女で有り続けず、戦わない道に役目を放り投げて逃げた彼女達に、勇気などある訳がない。

立ち去れば見逃す、それは慈悲に溢れる言葉だ。刹那でない誰かが言われたのなら、なんとお優しい方なのか、と涙を流して喜んだだろう。

だが、刹那はそれを笑って切り捨てる。


葵によって見咎められた侵入者が捕らわれ、そして与えられる罰。


葵は自分の行動一つで起こるかも知れない痛みや苦しみ、憎しみを、仕方ないことと受け止める覚悟がないだけだ。

それを、葵の目が物語っている。

早く消えて、と願っていることをありありと映し出して、葵の目はゆらゆらと不安に揺らめいているのだ。

本当に、自身の信念を持って人に優しさを示す者は、そんな風に揺らめくことはない。

そう、刹那は考えている。


「何を…?貴方は、誰?」


「困ったなぁ~君程度だと本当に困るんだよ。だから、そこを退いてくれないかな?」


凄みさえ感じられる笑みを浮かべたまま、逃げ出すこともしない男に、葵は戸惑いの声を上げて怯えをみせる。

そんな彼女に、刹那は出来るだけ優しく語りかけた。

そうでなければ、苛立つ相手を前にしている今、ついつい傷つける力を発揮してしまうかも知れない。そうなれば、魔法少女で無くなった存在が無事であれる可能性はほんの僅かなものだ。


「アウネ神に何の御用なの?」


「世界を壊した代償を回収に来たんだ。」

さぁ、退いて。

今度の声には優しさではなく、力を込めて圧力を葵へと押し付ける。


どうして?

平和な日常に戻れたのに?


刹那からの掛かる、息苦しさを感じさせる圧迫感の中、それでも葵は愚かな言葉を吐き出す。それをしっかりと聞き取った刹那が浮かべた表情に、葵はヒッと引き吊った悲鳴を上げて床にへたりこんだ。

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