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魔法少女は"魔法の言葉"を囀る

『神殺し』の勇者が訪れてから、早数日。

静音は日々、段々と体や心が軽くなっていくのを感じ、今では魔法少女となったばかりの頃と同じようだと晴れやかな気分に浸っていた。


そして、その感覚は待ちに待った最期のその時が間近だという証。


笑顔が増えていく一方で、心は引き締まっていく。

それは、ニコルも精霊獣達も、そして数日の同居生活と懐かしい地球文化を満喫していた刹那も、語ることはなくとも同じだった。


そして、ある日の朝。

空気が澄み渡るような、清清しい朝。家事にも手馴れたニコルによる、純和風な朝食を食べていた時に、その言葉は刹那から放たれた。


「あっ、俺もういい感じかも」と。


あまりにも軽い言葉に、数秒の間食卓に沈黙が生まれることになったが、よぉく言葉を噛み締めて考えることによって、それが始まりの合図だったのだと皆が気づくことが出来た。

世界を安定させる為に力を貸すという邪神の、その力がこの世界に注ぎ込まれたということ。

邪神の配下である刹那が、全力を発揮出来る状態になったということだ。


「じゃあ、丁度いいから、今日行きましょうか。」

「そうだね。早く終わるに越したことはないしね。」

「……。」


まるで、いい天気になったからピクニックに行こうか、と相談しているような気軽さで、世界の命運を握る重大な決定が成された。

ずっと心に負荷を抱え、張り詰めるような感覚を全身に張り付かせて生活してきた静音は、この数日それから解放されたせいか、考えや行動がどこか軽やかだ。そのせいもあっての決断かも知れないと思いながらも、精霊獣達もニコルも、その決定に反対することはしない。

邪神の助力によって世界が安定したとしても、原因を排除しない限りは終わりではないのだ。

それが分かっているからこそ、早くそれを終わらせようと全員の意思は固まっている。


「じゃあ、幸大さんに連絡を入れて。」

その日になったら知らせて欲しいと言われていた。

及ばずながら、移動手段だけでもいいから、少しでも手助けをさせて欲しいのだと。

「あっ、じゃあ、しておくよ。」

立ち上がろうとした静音を制止、流峰が電話が置かれている場所へと飛んでいった。


「でさ、静音ちゃんとニコルにお願いがあるんだよね。」

机の上に持ち上げた手を握ったり、開いたり、口端を高く持ち上げて笑った刹那は、自分の身体に満ち溢れる力を確認しながら、静音とニコルに目を向けた。

「お願い?」

「そう、俺がアウネの神の所に向かって、ぼこ殴りにして生け捕りにしている間、アウネの民とか他の人間達をさ、俺達の方に向かわせないようにしておいて欲しいんだ。」

刹那のその言葉に、自分が神を倒せることに何の疑問を抱いていない様子が聞き取れた。それに微妙な表情となったのは、袂を分かち、アウネの神の真実を知ったとはいえ、それに物心ついた頃から仕えていた神官であるニコルだった。何度も思い知らされた、自分が仕えていたのは何だったのだ、という苦い気持ちが再び巻き起こってきた。


「ニコルは、別に着いて来なくてもいいわよ?」


その様子に、静音は素っ気無く言う。だが、固く表情を変化させないようにしてはいるものの、静音のその目はニコルを心配そうに見ているのは隠せていない。

仕えていた神、共に世界を渡り、戦ってきた仲間に友人、そして恋人。決別して、戦うことが必要なことだと分かったとはいえ、それらと相対するのは辛いだろうという、静音の気遣い。

だが、ニコルは笑みを作り出して、首を横に振った。

「いいえ。行きます、連れて行って下さい。碌な戦力にはならず、足手まといになると自分でも分かっています。申し訳なく思いますが、罪人である私にも少しでも何かをさせて欲しいと…。」

「いいじゃん、いいじゃん。後悔して自分を哀れむだけって奴より、足手まといでも何でも自分で動こうっていう奴の方が、俺は好きだぜ?」


バンッと大きな音を立てて、背中を前に丸めさせて体を縮こませたニコルの背中を刹那は叩く。

神官という文官タイプのニコルには、全力を取り戻した刹那の打撃は手加減していたとしても、強烈過ぎた。ゴホッゴホッと苦しそうに咳き込むニコルに、静音がお茶を差し出した。

「…好きにすればいいわ。足手纏いになりそうだったら、盾にでも使うから。っていうか、あの変態ソーンの相手をしておいてくれると、私は大変に助かります!!!」

「が、頑張ります。」

むしろ、ソーンは任せたと鋭く目を光らせた静音に、咳き込みながらもニコルは約束した。


「何?簡単な話は聞いたけど、そんな変なのに付き纏われてるの?」


「彼も、昔はあぁじゃ無かったんですけどね…」

おちゃらけているようで、仕事には真面目で。気に入ったものを大切にするところはあったが、執着するようなこともなく。相手が嫌がったり怖がったりすれば、優しく気遣うことが出来る人だった。

この世界に来てから、あぁいった姿を見た。

ニコルのそんな説明に、信じられない事を聞いたという目で、静音だけでなく、精霊獣達も目を見開いて、ニコルを凝視していた。


「な、なんで、なんで、人を引き付けておけなんて言うの?あんたなら、それくらいどうにでもなるでしょう?」

『神殺し』なんて言うくらいだもの。

名前を出来ることなら口にもしたくない存在の、衝撃的な事を聞いてしまった静音は、何とか気持ちを持ち直して話題を戻そうと試みた。

「うん。別に、あの馬鹿アウネを相手にしている間であろうと、人間がどれだけ集まっても対処は出来るよ。」

でも、と刹那の顔に冷たい笑顔が花咲いた。

「でも、殺してしまう事になる。邪神からさ、アウネの神も、それに仕えている人間達も、魔法少女も、殺すなって言われてるんだよね。生かしておかないと罰にならないし、色々と『使えるから』。言われたこと守らないと、邪神って面倒なんだよ。」

殺す、という言葉をこんなにも綺麗な笑顔で簡単に言ってのける姿に、自分達とは何か違う存在に、刹那がすでになっているのだと、静音とニコルは思い知らされた。

『死』を身近にする闇を司っている魔法少女、だからこそ静音はその言葉を誰よりも重く感じられる。それを受け入れ、何とか乗り越えて、静音はようやく立っていた。そんな静音とは全然違う感覚を、異世界で戦い続けた勇者を持っていた。


「じゃあ、私が正面から行って気を引くから、その間に刹那はアウネの方に向かえばいいんじゃない?」

「えっ、変身シーンなら俺も見たい!!」


昔のアニメ並に、ほらクルクルと回ってさ。

見たい、見たい!!

キラキラと目を輝かせ、頬を赤らめさえ見せて、刹那は要望まで出してきた。

昔のアニメ。

幼い頃、好きで見ていた主人公の女の子が変身して戦うアニメの、その変身シーンを思い出した静音は額に青筋を生み出した。

誰がするか、と静音は手元にあった湯のみを掴み、刹那の顔面へとその中身をぶちまける。

「ちょっ、冷めてるからって。」

だが、湯飲みの中の温くなった緑茶が、刹那の顔面を濡らすことはなかった。

緑色の液体は、刹那の顔面で丸くふよふよと浮かんだ状態で、動きを止めている。

『管理者』を通すことによって世界に満たされた邪神の力が、刹那に自然の理を自由にする力を与えていた。

チッ

「静音さん。」

行儀悪く舌打ちした静音を、ニコルが嗜める。

そして、空となってテーブルに降ろされた湯のみに、湯気が立つお茶を注ぎなおしたのだった。


「ちゃぁんと、正々堂々と正面から出て行くだけよ。そうすれば、自然と気を引く事が出来るわ」

丁度タイミング良く、テレビの画面に映し出されたのは何時もの映像。

この顔を見たらご連絡下さいというアナウンサーの声と共に映し出された、黒の魔法少女の写真。ご丁寧にも、変身していない時の、静音としての写真まで映し出された。

どうして、こういう時って学校の集合写真なのかしら、なんて思いながら、静音はその映像を指差した。


「ほら、私って凶悪な指名手配犯だもの。そして、魔法少女。とっておきの魔法を、見せてあげるわ。」





「到着致しましたよ、静音様。建物の中には、高居芽衣という、潜入させている同士が居りますので。」

「ありがとう、幸大さん。」

「いえいえ、静音様も、ニコル様も、後武運を。」


連絡一本で、黒塗りの高級車で向かえに来てくれた、屋代幸大。

足以外にも何か協力を、と申し出た彼にしっかりと断りを入れ、静音とニコルは車を降りる。

そこは、アウネの神が鎮座する建物。

アウネに関わる全ての機関、人が集まる重要地であり、魔導警邏隊が常に警備をしいている、実質この国の中心になっている場所だった。



「あっれぇぇ?静音ちゃんだぁ。何、君から俺に会いに来てくれたの?」


「ヒッ。」


分かっていても、そこに警邏隊の隊長であるソーンが居ることを理解していたというのに、その姿と声を確認した瞬間に、静音の体は凍りつき息を呑むことになった。

「大丈夫ですか、静音さん?」

フードを目深く被って顔を隠したニコルが、固まった静音の背中を宥めるように叩く。それによって、静音は嫌な緊張を解すことが出来た。


「にしても、俺に会いに来てくれたのは嬉しいけど、そのいらない男を連れてだなんて、どういうつもり?お仕置き、されたいのかなぁ?」


目が笑っていない、ニタニタと嫌な笑いを口元に浮かべたソーンが、ゆっくりと、ゆっくりと、その足を進め近づいてくる。

周囲に居た警邏隊の隊員達も、それ以外の人達も、その手に武器を持って距離を縮めようとしていた。

目だけを動かして、周囲のその様子を確認した静音。自分に向けられてくるソーンの言葉を完全に無視し、静音は斜め後ろに立つニコルに顔を向けた。

「静音さん?」

「ちょっと、協力して頂戴。」

ニコルにだけ聞こえる声で、静音はそう頼んだ。

何をするのか、分かっていないまでもニコルは頷く。協力することに否をいう筈もないというのに、どうして今更そんなことを聞くのか、そう考えたニコルだったが、すぐにその意味を知ることになった。


グイッ

静音に肩を引かれ、静音とソーンの間に進まされたニコル。

あぁ、彼からの盾になれという話だったのかと思い至ったが、それはすぐに否定された。

「なっ!」

何を、と最後まで声を出す事も出来ず叫ぶことになった、ニコル。

ニコルの背後に回った静音が、顔を隠す為に目深く被っていたニコルの服に着いているフードを、静音が後ろから無理矢理引っ張ることで排除してしまったのだ。


「えっ!?」

「なっ!!!!!?」


周囲から驚愕の声が響く。

それは当たり前だろう。

公には静養中、その真実は行方知らずだ。幹部達にだけアウネの神が知らせた真実は、黒の魔法少女の仕業。

そんな大神官ニコルが、黒の魔法少女と共に現れたのだから。


何を、とニコルが静音を振り返ろうとするが、それはニコルの背中に当てられた静音の手によって留められた。

そして、大きく息を吸う音を、ニコルは背後から聞いた。



「全員、動くな!!!貴方達の大切な神官様が、どうなってもいいのかしら!?」



それは確かに、建物内に居た人々も含める全ての人間の注意を引く、魔法の言葉だった。

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