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『神殺し』

「さぁ、何時もの様に俺を楽しませ、満足させろよ?」


そんな言葉と共に放たれた光球は、彼が成すべき事が待ち構える地へと降り立つ前に、懐かしい故郷を訪ねることにした。


彼は日本人だった。

日本の国籍は、日本人の親を持つ者へと与えられる。両親が日本人であった彼にも、日本国籍は何の困難もなく生まれると同時に与えられた。

一つ、一般的な日本人と違うことがあるとすれば、彼が生まれた時に日本の国土の上に居なかったことだった。それも、国際化が進んだ時代においては、そう珍しいことではなかったかも知れないが、あまり外交的とはいえない気質を持つ日本人社会において、それは大きな違うをもたらす。

成長した後に、親の仕事の都合上で居た外国を離れ、日本へと戻る。そこで、まだ学生だった彼は酷い疎外感に襲われることとなった。黒髪に黒目、白人からは黄色と言われる肌の色。外見はしっかりと日本人そのものである筈なのに、日本語も親に教わっていたこともあって何の問題もなく話せていたというのに、『帰国子女』というレッテルによって、彼は周囲に馴染めなかった。


両親と共に出掛けた先での自動車事故。両親は即死、彼は首の脊髄をやられてしまい病院のベットの上で動けなくなってしまっていた。

ただ呆然と、ただ生きているというだけの日々が、何日続いたのか。

馴染む事の出来なかったクラスメート達は、初めの何日かは見舞いに訪れていた。

だが、それも数日で絶え、祖父母や親戚などが全て亡くなっていた為に、彼の下にはただ静寂だけが訪れる日々だった。


もう、誰か息の根を止めにきてくれないか。

何度目かの、そんな思いに包まれている時だった。彼に誘いが訪れたのは…。




「もしも、自由に動く事の出来る体を取り戻す事が出来るとしたら、貴方はどうしますか?」

夢だと思った。暗闇の空間で、生真面目そうな女性から掛けられた言葉。それに対して、俺が最初に思ったのは、日本に戻ってから味わった孤独に暇潰しとして読んでいた流行のライトノベルの設定だった。

「まさか、異世界で勇者にならないかって話?」

「すでに十人目です。」

「えっ?」

女性は苦笑を浮かべて、俺の問い掛けの答えにはならない言葉を漏らした。

「正解です。貴方には、その資質があるのです。もちろん、断っても構いません。資質を持つ者は貴方一人ではないのです。もう二度と、この世界には戻ってはこれませんし。この世界の一般常識など一切通じないかも知れない異世界に行くのですから。何よりも、今回それを望んでいる世界は、『邪神』が治める世界で、敵として向かい合わなければいけない存在が『邪神』なのです。酷く困難な日々となるでしょう。あの方の相手は、話をするだけでも神々でさえ大変な思いをするのですから。」


決めるのは貴方です。


世界を管理している『管理者』だと名乗った彼女は、ゆっくりと決めてくれと微笑んだ。

慈愛に満ちたその微笑みは、しっかりと俺のことを案じていた。まるで、母親みたいだと、死んでしまった母を思い出した。

「異世界へと渡れば、貴方の体は完全に元へと戻ります。そして、この世界に残ることを望んだ場合は、完全とはいえないまでも治しましょう。ですから、本当にどちらを選ぶかは、貴方の自由にしてくれて構いません。」


元へと完全に戻った体をもって、未知なる異世界で大変な思いをするのか。

完全とはいえないまでも治してもらった体で、今まで通りこの世界で生きるのか。


俺の答えは、すぐに決まった。

戻ってはこれないなんて問題にはならなかった。だって、家族も友達もいない世界に、戻ってくる理由など無いと思ったのだ。

「そうですか…。」

それをそのまま、伝えてしまった事だけは後悔した。『管理者』の寂しそうな顔に、彼女の世界を否定してしまったのだと気づいたからだ。だが、彼女はすぐに笑みを浮かべてくれた。

「何度体験しようと、旅立ちの決断を目の当たりにするのは寂しいものですね。ですが、勇気ある子等を私は祝福します。どうか健やかに。」


降り立った世界は、魔法が存在し、漫画や小説で嫌という程見た様々な種族が実際に生きている世界だった。

俺を呼んだのは、その世界の存在達の指導者という位置にある者達だった。主だったそれぞれの種族を代表した数人の人々は、『管理者』から聞いたのだという日本の最上級の謝罪となる土下座をしながら、俺に『邪神』の玩具となれと頼んだ。

「いや、そこは『邪神』を倒してくれじゃないのかよ!?」

思わず叫んだ俺は悪くない。

居た堪れないから頭を上げてくれと頼み、事情を聞く。


『邪神』は、『管理者』と同じ世界を司る存在。倒すなど、世界の終わりを意味することだと彼等は言った。『邪神』は彼等に力を与え、知恵を与え、そして彼等に失望した時には滅びをもたらすものだった。『邪神』が失望するのは、世界に生きる命達が、夢を忘れ、向上心を忘れ、変容することを止めた時。そして、それ以外にも命に危機感を与え、恐怖を与え、強い意志を与える為に滅びさえもたらす試練を世界へと与えし、厄介な事に『邪神』が刺激を欲しい時、暇を感じた時にも酷い干渉をもたらすのだという。

俺に与えられた役目は、地球の文化や知識で世界に刺激を与え変革を促すこと、そして『邪神』の暇を潰すこと。

俺を召喚した奴等は、俺に出来うる限りの力を与えた。攻撃する為のもの、護る為のもの、よいよい環境で過ごすためのもの。俺がこんな力や術があったら、と思うものを全て用意してくれた。

一番驚いたのは、『邪神』が俺に力を与えたことだった。しかも、『邪神』に大打撃を与えて暫くの間世界へ干渉出来ないようになる程の力を。

俺を倒してみない?と笑いながらに行った『邪神』に、俺は恐怖を覚えると共に高揚を覚えていた。

そこに、動けなくなってしまっていた頃には感じなかった、生きているという実感と喜びを覚えたのは、読み耽った異世界モノからの影響されたからだった、のかも知れない。

そこからは、本当に漫画や小説の世界を堪能している気分だった。「まぁ世界を楽しめよ。」と自分が与えたくせに俺が得た力を全て封じ、レベル制だの、アイテムだの、スキルだの…こいつ絶対に地球のゲームで遊んでるだろうと思った。

仲間を集め、レベルを上げ、スキルを手に入れて、色々な場所に隠されていたアイテムを集め…、お前地球のサブカルチャーに詳しすぎだろと何度も叫ぶ羽目になった。


何度も『邪神』と戦った。

そして、俺が一番最近手に入れた称号は『神殺し』だった。

俺はお前を殺してないだろう、と文句を言えば、本当に神を殺す羽目に陥った。

世界を司る神でも、死にたいと思うらしい。大量に存在している異世界の中でも、そんな考えを抱いてしまった世界の神を殺してこいと、俺は派遣された。

その際、俺の敵として立ちはだかったのは、その世界の命全てだった。神に死にたいと思わせる、そんな事を仕出かした世界の命達は"死にたくない"と願い戦う。『邪神』はやはり『邪神』で、死にたいと願う神を何処かへと閉じ込め、俺はそれとは遠く離れた場所へと落とされた。その世界の人々には、神を殺す悪魔が現れたとか言い含めるという徹底振り。俺はそれらを全て退けて、神を殺さなければならなかった。


疲れた。

荒れ狂った。


だが、そうやって手に入れた力で、故郷を救う助けとなれるのならば、今は良かったということも出来る。

そして、『魔法少女』には腹が立つ。

異世界へと旅立った俺達と同じような存在だ。違うのは、故郷である世界を離れずに済んだことだけ。だというのに、敵に懐柔されて仮初の平和に身を浸している。

五人もいて、マトモだったのは一人だけ。

その上、自分達のことばかりで、世界の本当の有様を知りもしない。


『邪神』が殺さずにもってこいといったのは、アウルという名の神。『邪神』曰く、馬鹿な餓鬼。

なら、他も好きにしていいかと俺は聞いた。

だが、帰ってきたのは「殺す以外なら」という答え。

死んでは絶望出来ないだろぉ?とねっとりとした声音でいったその顔は、まさに『邪神』だった。何を考えてるのか、聞いても教えてはくれないだろう。

だが、それが奴等にとっての一番の絶望になるということだけは、確信出来た。





光球の状態で彼が訪れたのは、彼の故郷だった。

日本ではない、彼に与えられたもう一つの国籍の地。

両親との懐かしい記憶や、数多くいた友人達と遊びまわった思い出、そんな彼にとって大切なものが溢れている地は、すっかりと変わり果てていた。


元々風が強く、乾燥した土地だった。

田舎とはいえない、多くのビルが立ち並んだ街並みだった。

今や、そのビル街には昔のような活気はない。不気味なほど静まり返ったビルの足下には砂漠が生まれていた。

光球から人の姿へと戻り、そのビルの合間に生まれている砂漠状態の地面へと降り立つ。

立っているのもやっとな強風が荒れ狂い、砂を巻き上げて運び続けていた。


『管理者』が管理できず、精霊獣達の手さえも行き届かなくなった世界は、ただ自然が荒れ狂うだけの命が生き辛い地へと変化してしまっていた。

魔法少女達はいい。

この世界の神に成り代わろうとしているアウネの神が居て、精霊獣達が最期に残った黒の魔法少女と共に存在しているのだ。日本は最期の最期まで、平穏な自然の姿を体感し続けることが出来るだろう。


「あっ、風が止んだな。」


ムカムカと、これから立ち向かうことになる魔法少女達を考えていた。

そんな時、あれほど彼の体を痛めつけていた強風が、ぱったりと止んだ。

静寂を取り戻した空を見上げると、そこに感じ取れたのは嫌と言うほど馴染んでしまった『邪神』の気配。


お前が馬鹿を連れてくるまで、俺は『管理者』に力を分け与えて、現状を鎮める努力をしておくわ。


似合いもしない努力という言葉を使い、真面目そうな顔を作った『邪神』はそう言っていた。慣れないことをしているせいか、顔の筋肉が変に引き攣っていたから、ろくでもないことを考えている事は理解出来た。

が、その言葉は最もなことの為、彼は地球へと降り立つことを選ぶしかなかった。


「だけど、あの状態で手を出すのは鬼畜過ぎるだろう…」

力を直に注いでやる、と舌なめずりしたのを感じたのは、世界間を移動する為に潜っていた『邪神』の中での事。マジで『邪神』様だった。


自身の体を材料として用いて、手足の自由を完全に失っていた『管理者』。

そんな彼女と、あの『邪神』を二人っきりにするのは…。しょうがないとは思いつつも、彼は罪悪感に苛まれていた。



わぁぁぁ!!!!

今からでも助けに向かおうか、と頭を抱えて彼の耳に歓声が聞こえてきた。

見れば、ビルの中から人々が出てくる様子が窺えた。

『神殺し』と呼ばれるだけの彼がやっと耐えられた強風。普通の人には耐える耐えられないの問題ではなかったのだ。強風が止むまでビルで静かに耐えるしかない。そんな日々を送っているのだろう。人々は薄汚れた服を纏い、皆一様にやつれているようだった。


「お姉ちゃんのいう通りだ!風が止んだ!!!」


気になって、その声がする方へと目を向けた。

そこには、喜びをあらわにしている小さな子供等に囲まれた女性がいた。

彼の目には、その女性が光を纏って輝いているよう視えた。


あぁ、彼女は"光の魔法少女"の可能性を持っている子か。


この地にアウネが降り立っていたのなら、そうなっていたであろう存在。

その可能性を通じて、『邪神』から力を分け与えられてた世界が落ち着きを取り戻すことを勘付いたのだろう。皆が皆、彼女のことを褒め称えて、風の止んだ街の各方向へと散っていった。


「大丈夫。優しい神様が助けに来てくれたから。」

「やさしい、かみさま?」

「そう。だから、もう大丈夫だよ。」


その意味を理解することが出来ない子供達に優しく微笑みかけ、彼女は空を仰いでいた。

その横顔に、何処か見覚えがあるように感じたのは、この地に住んでいた頃の顔見知りなのかと考えようとしたのだが、彼女の言葉に引っかかりを覚えてしまい、それどころではなかった。


優しい神様?


己の世界の住人から、「数百年ほど帰ってこなくても大丈夫ですから。この命尽きようと世界を維持し続けますので、本当に帰ってこなくても大丈夫ですから。えぇ、本当に。」と言われる神が、優しいといえるのかは口を濁すことにした。


「さぁ、優しい…神様の命令を果たしに行くか。」


光球へと戻った彼は、真っ先に降り立つべきだった地へと、懐かしい故郷の地を蹴り飛び立っていった。


その、普通の人間には見ることもできない軌跡を彼女は目撃していた。

「頑張ってね、セツナお兄ちゃん。」

それは無意識での言葉だった。誰かの姿を見て言った言葉ではない。その軌跡を目にしたことで、自然と口から漏れ出たのは、幼い頃に遊んでくれた近所のお兄さんの名前。

無意識に漏れ出た言葉は彼女の頭にも残ることはなかった。ただ、もう大丈夫だという想いだけが彼女の中に残り、晴れやかな太陽のように艶やかな笑顔を浮かべさせていた。

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