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それは只の恩返し。

「いいねぇ。うん、いい。好みだわ、あの娘。俺の世界に連れて行って遊びたいくらいだ。」


アウネという名を持つ神が放棄し見捨てた世界の現状を"闇"を通じて知っているというのに、その世界に帰れと躊躇いもなく姉に言い放つ。そんな静音の姿を闇に包まれた空間に浮かんだ光の玉の中に映る映像に観ていたガラの悪い青年の姿をした神が大笑いして、悪い印象しか見ている者に抱かせない表情を口の端を持ち上げて作り上げていた。

「大兄様。そんな可哀想なこと、私は絶対に許しませんから。」

薄暗い空間でも良く分かる程に顔色の悪い"管理者"に睨まれ、大兄と慕われる神が光の玉から目を離し、身動きの取れない"管理者"を振り返る。

「言うねぇ、管理者。」

「あの優しい子に、邪神の世界に耐える事が出来る訳がありませんもの。」

「だが、あのクソ餓鬼が治める気でいる世界よりは、マシかも知れないぜ?」

そして、手の中に近くを飛んでいた光の玉を収め、その中にアウネ神を映し出す。

「自分の都合の悪いことは全部見ることなく、気づく事も無く、お前が全部悪いことにして"地球"を手に入れた気になっているクソ餓鬼が治める世界よりはな。」


お前が必死になって創り出した世界が台無しだな。


無邪気に笑うアウネを映し出した後、次々と光の玉の中に様々な映像が流れていく。

荒れ狂った天候に苛まれている人々の姿。

枯れ果てた砂漠の中を永延と行進している人々の姿。

植物に覆われてしまったビル群も映った。


「邪神なんて呼ばれてる俺の世界も真っ青な荒れっぷりだな。」

ケラケラと笑ってみせるが、青年の顔からは笑みは消えていた。浮かんでいるのは、呆れと怒り。

アウネは、まだアウネの世界が平穏であった頃から、神々の集いである言葉を公言していた。『僕の憧れで、参考にしたのは、大兄の世界なのです。』と。

それは集いに参加する神々の誰もが知っていた。

そんな事を言っていた世界を簡単に捨て去り、誰からも一目置かれていた他に類を見ない世界を創り上がっていた世界を乗っ取ろうとしているアウネ。

引き合いに出されていた"大兄"が怒り狂うとは、アウネは考えてもいなかったのか。

その事にさえも、"邪神"と呼ばれている青年の姿を取った神は、怒りを覚えていた。


数多に存在している世界を司っているそれぞれの神々達には、それぞれの名前、呼び方がある。

アウネのように己独自の名を持って、それを自身の世界の命達へ教えている神。お気に入りの命から名前を贈られ、それを愛用している神。"管理者"のように、名を持つことなく名称のようなものを使っている神。

それは様々だった。

その中で、今存在し続けている全ての世界の中でも古くから有り続け、それよりも前からの世界を数えたらな片手で足りるだろうと言われている、古く安定している世界を司る彼は"邪神"という名称で知られていた。

余り品が良いとは言えない青年の姿を模した"邪神"は、世界を創り上げていく過程の所業によって、自身の世界の命達だけでなく神々にまで"邪神"の名に相応しいと言われている。何時しか神々の中では他にもそう在る神が居るというのに、"邪神"とは彼を示す言葉だと認識されていた。


アウネは、魔法という神の力の一部、世界の理に干渉して組み返る力を人々に与えたのは、大兄の世界を参考にしたと言っていた。

だが、ただ人々に望まれるがままに、自身を崇めてくれるお気に入りに魔法を与えたアウネのやり方は、"邪神"のやり方と全く似ても似付かなかった。


"邪神"のやり方。

それは、試練と滅び、だった。

素養のある命を集め、その前で省略化し神でなくとも扱えるようにした魔法を一度使ってみせる。後は、「何時何時までに魔法を一人でも使えるようにしろ。じゃなけりゃ、世界を滅ぼす。」というだけ。

実際に何度か世界を滅ぼし、記憶は無くとも何度も滅びという行為で打ち鍛えられた命達は魔法を扱えるようになるまでとなった。

"邪神"は、命に試練を与える度に、その方法を繰り返した。

今では、下手な神ならば上回る程の力を持つ命が生きる世界となっていた。

常に脅威として在り続けた"邪神"からすれば、自分も命達も甘やかし尽くした世界を同列に語るなと嘲笑を向けていた。


「で、"管理者"。お前は何時、助けを求めるつもりだ?」

まさか、本当にそのまま穴を塞ぐ材料として使われてしまう気じゃないよなぁ?

振り向いた"邪神"は、その顔に浮かべていた怒りや呆れを消し、壁に手足などの体の大半を捕らわれ身動きが出来ない"管理者"にニコヤカな笑いを見せる。

ただ、その薄く"管理者"へと向ける目に、冗談や笑いなど一つも感じられない。

「お前が望めば、多くの奴等が助けの手を伸ばすさ。いや、伸ばさずにはいられないってな。お前が、お前の子である命を貸し与え、その命運を修正した世界の奴等は特にな。」

「私は、当人の選択も踏まえて、数人の子等を神々へお渡ししただけ。その命に付加価値を与えて、世界を修正なさったのは皆さんの力量によるものです。私は何もしていません。」


「いやいや、だからこそ多くの世界が終わりを迎えずに済んだんじゃないか!!」


魔法に加護、神から何の力も与えられずに己の力、進化のみで生き抜くしかなかった地球の命達。他の世界に比べてみれば、言うならば空き容量がたっぷりとあった。命そのものが力強い"管理者"の子等は、神ですら容易に手出し出来ない困難に直面した多くの世界で重宝された。

若い神が治める不安定さのある世界には、導き役、助け手として。

古い神が治める安定したが故に停滞してしまった世界には、刺激として。

神が手を出すには大げさ過ぎる事態や、神でさえ理解し難い不測の事態。その空き容量に、その世界の神の力を授けられた地球の人間が、変革を与え進化を促すこととなった。


人間の一部の若者達に、異世界転生などが流行していることもあり、最近では"管理者"の問い掛けに意気揚々と頷き旅立っていく者が多かった。

二度と地球には戻れない。

それを聞いて躊躇うものも多かったが、それでも構わないと答える者の多いこと。

それは少しだけ、"管理者"を落ち込ませる事ではあった。


「…お優しい皆様は、私が助けを求めれば、助けて下さろうとすると思います。」

ありがたいことです。

"管理者"は苦しそうな顔に、笑みを生み出す。

「ですが、そんな事をすれば、皆様の世界が危険に晒されてしまうかも知れません。神が一時でも己の世界から目を逸らし、その力を他の世界へと延ばすなど、あってはなら無い事。だから、これは私自身がこの存在全てを賭けてでも対処するべき事なのです。」


ですから、大兄様もお早く御自身の世界にお帰り下さい。


自身の体を使い、穴を塞ぐ。

限界を迎えようとしている世界を支える為に力を尽くす。


それは大変な痛みを負う行為だ。

だというのに、"管理者"は"邪神"や他の神々を頼ろうなどと一切考えない。それどころか、こうしてフラリと顕れた"邪神"に対して、案じた言葉さえかけるのだ。

簡単にそれに近いことをしてのけたアウネの神とは大違いだ。

助けの手を伸ばした神の世界を巻き込んで共倒れになる可能性が高いことを、しっかりと理解し弁えている"管理者"。だからこそ多くの神々が今、この地球へ注目を集めている。動こうにも動けない、そんなジレンマに歯軋りをしながら、神々は「どうか」と祈っていた。


それは、地球を後にして異世界へと降り立った、それぞれの世界で『英雄』や『勇者』など様々な呼び名を受けて生きている人間達も同じだった。

神の力を授けられて、それぞれの世界に馴染んだ『英雄』達。その為に、神の声が常に近くあり遠い故郷の危機も知らされていた。二度と戻れない故郷。その場の勢いであった者から、何の未練も残っていなかった者、色々な事情のもって異世界に馴染んだ彼等は、彼等を案じながら見送った"管理者"を想い、故郷を危機に陥れる"アウネ神"に憎悪を抱き、そして不甲斐ない同胞"魔法少女"に怒りを抱いた。


「"管理者"。俺は、お前を助けに来たんだ。」


"邪神"は、彼女が手足を動かす事も出来ないという事をいいことに、その頬を自身の両手で包み込むと、顔を近づけた。

「大兄様?」

"邪神"の笑い顔。だが、その笑みは普段の彼を彩っている意地悪さや邪悪さを思わせるものではなく、落ち着き払った優しげなものだった。

"管理者"は、そんな見た事も無い"邪神"の笑みに驚き、呆気に取られてしまった。


だが、そんな笑みはすぐに消え、よく見るニヤリという音がよく似合う意地の悪いものに変わった。


「俺の世界のことまで心配してくれるなんて、お前は本当に可愛いなぁ。だが、心配は無用だ。俺の世界はこの程度で揺らぐ程若くはねぇし、不安定でもねぇ。それに、俺の世界の奴等なら、どうぞどうぞって俺を送り出してくれるんじゃねぇか?神々の集いの時でも、何なら数百年は帰ってこなくても結構ですよ、なんて可愛くねぇ事ばっか言う奴等だからよ。」

「それは、大兄様が変な介入と滅びばかりをもたらしていらっしゃるから…」

「だから、お前が心配することは何も無い。俺が、お前を、助けてやる。」


チュッ


「大兄様!?」

そう言っている間にも"邪神"の顔は"管理者"の顔へと近づき、そして音を立てて"管理者"の額に口付けを与えた。

口付けをされた"管理者"は、自身の額が熱を放っているように感じた。

そして、痛みを感じ、すでに自身のものであるという感覚が薄れてしまっていた手足に、自分のものであるという感覚が戻ったことを知る。

「消耗した力を少しだけ補給したものの、それだけではお前を解放するには及ばない。」

チュッ、チュッ、

何度となく、額、頬、鼻の先と、"邪神"は口付けを施す。その度に、"管理者"はこれまでに使った力が僅かとはいえ回復した事に気づく。

「やっぱり、ちゃんとした材料が必要だよなぁ~」

って事で、アウネでも狩ってこさせるか。

地球とアウネの世界を繋げてしまっている穴。それを完全に塞いでしまうのは、"管理者"かアウネ神の二柱にしか出来ないこと。"管理者"を助けるには、アウネ神を用いる必要があった。

散歩にでも、と誘うような気軽な声音で"邪神"は言う。

だが、それは酷く困難な事だった。

「っっても、黒色の魔法少女ちゃんには無理だもんな。」

「あの子に、これ以上の無茶をさせる訳にはいきません。」

世界の一角の要素を担っているとはいえ、元はただの人間の少女でしかない静音に、そんな事を任せることは出来ない。"管理者"はきっぱりと言い放った。

自身の世界を捨てた愚かモノとはいえ、神は神。魔法少女如きがどうにか出来る存在ではない。


「って事で、ちゃぁんと連れて来たから安心しな。俺の大切な玩具、その名も『神殺しの勇者様』ならアウネの馬鹿も原型なんて留めずにボッコボコだ。」


「彼、が?」


地球の人間を譲り受けた世界の一つには、"邪神"の世界もあった。

といっても、"邪神"が呼び寄せたわけではない。それを"管理者"へ願い出たのは、親である"邪神"をして下手な若輩の神などよりも力のある"邪神"の世界の命達だった。その理由は、世界の停滞を理由に滅びを振りまこうとして"邪神"への抵抗の為。地球から降り立った青年は、敵である筈の"邪神"からも力を与えられ、"邪神"には後一歩及ばないまでも、それ以下の神々ならば上手くいけば殺すことの出来る『神殺し』となった。


"管理者"にとってみれば、自身が送り出した子等の一人。

何十人といる中の一人ではあるが、彼女はその一人一人を忘れることなく覚えている。


「じゃあ、それはあっちに任せて。」

"邪神"の言葉に、彼の中から一つの光が飛び出し、地上の映像を映し出していた光球の一つの中に飛び込んでいった。

「お前には、もうちょっと俺の力を補給するとしようか。」

ニヤリと笑う"邪神"。

嫌な予感を覚えた"管理者"は必死に顔を背けようとするが、がっしりとその顔を包み込んだ"邪神"の手がそれを許すわけが無かった。

「ゆっくり、じっくり、ねっとり、と。俺を味合わせてやろう。」

「結構…ぅぐっ・・・」


"邪神"の口が"管理者"の口へと重ねられ、その拒絶の声を遮ってしまった。

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