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その日も、今宵のように星の降ってきそうな夜だった。
アランは、目の前で仲間や家族や同胞、そして王族が侵略者たちに殺されるのを見つめていた。すぐそばで、生まれて間もないロザリアが泣いている。まるで、この終わりの日に抗うような、嵐のような泣き声だった。
ついに玉座が血に染まり、そのすぐ後ろにいたアランにも侵略者の手が伸びてきた。
異変が起きたのは、そのときだった。タオの血脈を引く者たちの骸が積み重なった王の間に、突如目を焼くような光が溢れた。
光源を探して、アランは目を瞬く。
ロザリアの身体が、眩いばかりの光彩に包まれていた。
そして、惨劇は起きた。
その力は、あらゆる敵を焼き、すべてを闇に屠った。あのとき、タオ王国の宮殿にいた異分子は皆、この世から塵一つ残すことなく消え去った。
それが、ロザリアの持つ禁忌の力。その名を、春という。ユギトの司りし、絶対的な破壊の力だ。
「似合わない力を持ったもんだな」
軽く笑ったアランの声は、ひどく乾いている。
昼間のエリスたちの襲撃からどうにか逃げ切ったアランとジャックは、ガルディオンに潜伏して戦闘で負った傷を癒していた。
アランは軽傷だったが、ジャックは少々深手を負って、熱が引かない。うわ言で何度もローズの名を呼び、まんまとメイベルに細工をされてしまったことを悔いてか、謝罪の言葉を口にしている。
軍を撒いてすぐ、ジャックには適切な処置をほどこした。おそらくそう経たずに回復するだろう。
ローズと同い年だというこの青年は、彼女に好意を寄せている。あれで隠しているらしいが、バレバレだ。
帝国で生を受け、魔術師蔑視の教育を受けて育ったはずの彼は、帝国に背を向けローズを助けることを決めたらしい。まだ葛藤はあるようだったが、ローズと同じでアランの言葉にも誠実に耳を傾ける。
普通のメティオラ人――いやメティオラ人に限らず、タオ人にもあてはまるが、敵対する憎むべき人間の言葉を聞くことのできる耳を持つのは、なかなか難しい。
「あ……?」
薄目を開いたジャックの瞳に、蝋燭の明かりが揺れる。
街外れにある、廃業になった装飾品店の一間を拝借し、アランはジャックの看病にあたっていた。
「お目覚めか? せっかく格好よく立ち回ってぶっ倒れたっていうのに、起きたらお嬢さんの膝の上、とかじゃなくて悪いな」
「……んだよ。いちいちうるせえんだよ、じじくせえ」
爺臭いと言われるほど歳を取っていないつもりだったが、八つも歳の離れたジャックにしてみればそんな感覚になるのも仕方のないことなのかもしれない。
「てめえこそ、なんで俺なんかかまってんだよ。ローズは――ああ、クソッ」
ジャックは握りしめた拳を床に打ちつける。それから痛みをこらえるように顔をしかめた。
「反対の腕の出血がひどかった。あんまり自分の身体を痛めつけるなよ」
「ローズは……やっぱり、ゴルドンの血を引いているんだな?」
「察しが良くて助かるよ。坊やは、お嬢さんが亡国の王女で、強大な魔力を秘めていると知っても、彼女を連れて逃げる気概はあるか?」
「……どういうことだよ?」
ジャックは、怪訝そうにアランを仰いだ。アランは頷く。
「その気があるなら、後で詳しいことまで説明するが、お嬢さんはその血筋ゆえに狙われている。彼女を守りたいのならば、命の危険なんて日常茶飯事になる可能性もある。それでもお嬢さんと逃げる気があるなら、協力する」
「……てめえはどうするんだよ」
「王杖一族――かつてタオ王家の側近として仕えた俺がそばにいることは、彼女が王女だと宣伝して回っているようなものだ」
「俺は……ローズを失いたくないし、塔内部を見て、帝国に疑問を抱いた。逃げられるなら、逃げたい。けど、俺には金もなければ、社会的な地位もない」
どれだけ守りたいと言ったところで、伴う力がなければ、その言葉は虚構にしかならない。先走った気持ちだけで、人を国を世界を相手に戦えると思うだなんて、世間知らずも良いところだ。
ジャックが胸に抱えているのは、夢見がちな子どもじみた熱狂でもなければ、大人特有の諦めでもない。
「金なら、俺にも用意できる。東大陸行きの船に乗って、帝国の支配下から逃れろ。万博で出入りが激しくなっている今なら、好機だ。もちろん、その分警備も厳しくなっているが、たぶん坊やなら自動機械人形の一体や二体を出し抜くくらい、わけないだろう。その手助けならしてやれる。坊やは機械科学に明るいようだから、東大陸でも重宝されるさ。――できるか?」
ジャックはしばしの間逡巡したが、アランの目を真っ直ぐに見つめて深く頷いた。
(たしかに、“坊や”なんかじゃないな)
そこにあるのは、一人の男の覚悟だ。
きりりと、左脚の古傷が引き絞られるように痛む。
ジャックは、射抜くようにアランを睥睨した。
「てめえはなんで、仕えているわけでもないローズにそこまでする? いや、そこまでするのにどうして、自ら守ろうと思わない? さっきの言葉は、俺には言いわけにしか聞こえねえな」
ローズのそばにアランがいることは、彼女が王女であると宣伝して回っているようなもの。
そう嘯いたアランの真意を、ジャックは問う。
「さっきのだって、嘘偽りない本音なんだが」
「あんまり俺をガキ扱いしてんじゃねえよ」
「まあ……ジャックにはすべて話さないと筋が通らないな」
言って、アランは蜘蛛の巣の張られた壁に、背を預ける。
名を呼ばれたジャックは少し、驚いたような顔をしている。それで少し胸がすいたような気がするから、まだまだ自分も狭量だなんてことを思う。
生涯守るという誓いを立てた王女ロザリアとともに在る宿命を、昔も今も棄てる理由。いや、棄てるだなんて、覚悟もなにも備わってなんかない。
ただ、逃げた。義務から宿命から、もしくは運命なんて大層なものから、アランは戦う前から逃げ出したのだ。
「俺には、あの春の力が、恐ろしい」
今からアランが語るのは、彼が知りうる限りのローズに関することすべて。生い立ち、その秘められし力、千古の昔から続く呪いの血脈――そんな、あの馬鹿正直できゃんきゃんとやたらうるさい少女にはまるでそぐわない厄介な事情だ。
それが、アランが一度ならず二度までも棄てようとしている役目を継ぐ少年に対する、せめてもの誠意。情けなさに皮肉な笑いが込み上げるが、あの日から十六年もの時が流れても、アランにできるのはそんな、ごくささやかなはなむけに過ぎなかった。




