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「――というわけで、リオを取り戻すまでは行動をともにしているの。わたしもぜんぶが終わったらガルディオン市警に出頭するわ」
ローズは亡き古王国の第五王女疑惑以外について、洗いざらいジャックに打ち明けた。
「さっきも言ったけど、この話をバラしたりわたしたちの邪魔をするようなことがあれば、事が片付くまでの間、ジャックにはこの辺りで転がっててもらうから」
まるで悪党みたいな台詞を口にするローズを、ジャックは食い入るように見つめている。
ややあって、ジャックは押し殺した息を吐き出した。
「どうやら、脅されて仕方なく従ってる、とかじゃなさそうだな」
ローズは沈黙する。
ローズのやっていることは、どんな事情があれ帝国に弓引く行為だ。
「……つーか、五日間もタオ人の野郎なんかと二人きりだったのかよ? おい、てめえローズになにもしてねえだろうな?」
「さてね。お嬢さんに言わせれば、俺は性悪凶悪色魔らしいが?」
見る間にジャックの顔が青ざめた――かと思うと、今度はこめかみを震わせて顔中真っ赤に変わる。
「ちょ、ちょっと! 誤解を招くような言い方はやめてちょうだいっ。なにもあるわけないでしょ? っていうかそんなこと、ジャックに関係ないじゃない!」
関係ない、のところでジャックが石化する。
アランはそれを、憐れみを込めた眼差しで見下ろした。
「……それで坊やはどういう魂胆なのかな? お嬢さんの言うとおり、いや、お嬢さん以上に俺は危険因子を甘く見るつもりはないが」
「さっきも言っただろ。誓っておまえたちを陥れたいわけじゃない。つーか、俺は坊やじゃねえ!」
埃を被った資材に腰掛け、長い脚を組んだアランはくすりと笑う。
ローズはそこから一人分空いた定位置に腰を下ろし、正面のジャックの視線を受け止める。
「王立学院の大学部になると、選抜されたごく少数の人員は、学生の身分でも国の研究に携われるようになるんだ。今年は、《原石》の塔の方にも、人材育成の名目で人が割かれている。それに、実は俺も選ばれた」
「まだ高等部なのに? やっぱあんたって性格はともかく、頭の出来は優秀なのね」
「うるせぇな。ともかく、それでごく表層的な部分だけとはいえ、《原石》の塔の内情に触れる機会があったんだ」
口を閉ざしたジャックの顔色は、青ざめるを通り越して蒼白だった。
ジャックはローズではなく、今度はアランに向き直る。
「ローズを連れていくのは、得策とは思えない」
「それについては、おおむね同意見だな」
ローズは仰天した。
「なに二人で分かり合っちゃってるのよ!? わたしにはさっぱりわけが分からないんだけど?」
「……坊や。なにをどれだけ知っている?」
「大したことは知らねえよ。ただ、あれの燃料がなにかは……理解した。それから……ローズは十年も前からずっとマークされてる。俺には、そのピースがどう嵌まってどういう完成図になるのかまでは分かんねえけど」
「……やはり、連中は鼻が利くらしいな?」
極めつけは、アランの意味不明な返答だ。ついにローズの堪忍袋の緒は切れた。
「わたしに関わるっぽい話を、わたしの肩越しに続けてんじゃないわよ! いい加減、ちゃんと説明しないとメイベルの針をお見舞いするんだから!」
立ち上がり、ローズはぜえはあと肩で息をする。
「ローズ。おまえは、王太子殿下に目をつけられている」
「は? どうしてそこで殿下が出てくるのよ? たしかに殿下は《原石》の塔の研究について、名目上責任者もやってるとかなんとかって聞いたけど」
「お嬢さんは――エスターテの連中と知り合いなのか?」
目に見えて、アランが動揺した。普段は飄々としているので、落差が激しい。
「十年前のゴルドン家一斉摘発のときに知り合って、それから良くしてもらっているの。たしかに一介の孤児院住まいの女子学生に対する扱いとしては異例かもしれないけど、殿下はおやさしい方だもの。不思議なことじゃないわ」
「――エスターテ家はかつて、ゴルドンの王杖一族の一つだった。それだけじゃない。エスターテは、ユギトへの妄執に囚われたエレの転生した姿だ」
「またマハニ教神話? ありえないわ。それなら、帝国が古王国を滅ぼしたわけをどう説明するの? エレがユギトを手に入れたがってたっていうなら、古王国を去るのも滅ぼすのも筋が通らない。わけの分からないことを言うのはやめて!」
「俺にはマハニ教云々はさっぱりだけどな。……ローズ、あの方は好意や情なんかで動く人じゃない」
「じゃあ、なにで動いてるって言いたいのよ!」
間髪入れずに噛みついたローズの目を、ジャックは見ない。
それで、彼の言わんとしていることを理解した。
「ジャックも……わたしがわけの分からない存在だって、そう言いたいの?」
どれだけ強く噛みしめても、唇の震えを誤魔化せそうになかった。
アランにゴルドン王朝の末裔だと言われたときはまだ、彼が別の場所に立っている人物だからと言いわけができた。アランの妄想かもしれない、臍まわりの痣だって偶然できたもので、《原石》動力に反応してしまうのも金属アレルギーみたいなものなんだと思っていられた。
だけど、同じ存在だと思っていたジャックにまで、アランと同じようなことを言われては、上手い言いわけ一つ出てこない。
いや、どうせジャックも、イーストン孤児院の皆も、ベレスフォード女学院の学友も誰もかれも、ローズを赤毛緑目の魔女という記号でしか見てこなかったのだ。
十六年間、ずっと魔女じゃないという証明のために、ただそれだけのために生きてきた。
人一倍、努力したつもりだ。《原石》動力のアレルギーがあって、名門王立学院への入学の道は閉ざされたけれど、それでも女学院では座学はずっと首位を守ってきた。
頑張れば、道は開けるとずっと思ってきた。そんな自分の願いと祈りだけを胸に抱いて、下は向くまいとぐっと顔を上げて、日々を送ってきた。
でも、結局誰一人、ローズに振り向いてなんかくれなかった。
期待したローズが、愚かだったのだ。
(ううん、まだ――まだわたしには、縋れる人がいる)
「……殿下は、わたしは魔女なんかじゃないって言ってくれた」
光明のように降ってきたかつてのブラッドの言葉に、ローズは飛びついた。
誰もが赤毛と緑の瞳を見て顔をしかめるなかで、彼だけが色眼鏡で見ることなく、ローズをローズとして扱ってくれた。
「あなたたちが言うように殿下がわけの分からない理屈で動いてるっていうなら、そんなこと言いっこない! 殿下だけよ。わたしのことを真正面から見て、大事にしてくれたのは」
言うなり、ローズは駆け出した。
「ローズ!」
「お嬢さん、止まれ!」
叫ぶ声にも振り向かず、ローズは走る。
もう、なにも考えたくなかった。
廃屋の入口あたりまでくると、午後の生ぬるい風が、ふわりとスカートの裾を巻き上げた。
日なたに、長い影が伸びている。影が、ローズを絡めとるようにゆらりと動いた。
「ハァイ、ローズちゃん。ご機嫌麗しく。なんちゃって」
甘い毒のように、その声はローズの身体を巡った。
目を見開き、仰け反ったローズは、途端に地面にしゃがみ込む。確かめるまでもない。《原石》動力が稼働している。
無理やり手首を掴まれ、物のように抱き上げられ、ローズは男の青い瞳がやわらかく細められるのを見た。
「やっぱ、その表情、食べちゃいたいくらいにかわいいね?」
耳元で囁かれた言葉に、硬直する。
五日前、リオを攫っていった、奇抜な白髪頭の変態不良軍人だ。
「――エリス・ワイルド少尉」
追いついてきたジャックが、緊張感を滲ませた声で言う。
「あれぇ? 王立学院の期待の星、ジャックくんじゃん? どうして王杖なんかと一緒にいるのかなあ? まさか、帝国に刃向かうつもりなんかじゃないよね?」
言って、エリスは指を鳴らした。
たちまち、通りの方から機械獣の群れと下士官たちが現れる。なかには、詠唱を始めたアランに、《原石》の欠片を向ける下士官の姿もあった。
「まあ、良いや、なんでも。君が一生懸命直してたローズちゃんの《蜂》に、発信器を仕込ませてもらったんだよねっ。野郎には興味ないけど、君には感謝してるよ?」
瞠目したジャックに、エリスは蜜の滴りそうな笑みを向けた。
「じゃあね、君たちのオヒメサマはもらっていくから。あ、なんか俺ってば悪役っぽくない?」
ケラケラと笑って、エリスはそばに控えていた《豹》に飛び乗る。
「は、なして!!」
ローズは身をよじり拳を握ったが、繰り出す前にエリスに腕を思いきり掴まれた。ともすれば骨が折れてしまいそうな、加減を知らない暴力的な力だ。
青い瞳に、嗜虐的な悦びが過ぎる。
「アランたちに、手出し、しないで」
「それじゃあ、ローズちゃんはどんなお願いを聞いてくれるのかなあ?」
赤い痕がつき、爪が立てられたところから血の滲んだローズの腕に舌を這わせ、エリスはもう一度指を鳴らした。
一斉に機械獣がアランたち目がけて襲いかかる。
「アラン! ジャック!」
ローズは叫び、身を乗り出そうとするが、エリスに阻まれ叶わない。
エリスは舌打ちして、面倒くさそうなため息をついた。
「俺、耳元でガーガーと他の男の名前叫ばれるのが一番嫌いなんだよね」
およそ今までのエリスのものとは思えない低いトーンの声が落ちたかと思うと、ローズの腹部が鈍い痛みを訴えた。視界がかすんでようやく、殴られたのだと気づく。
機能が停止しかけた聴覚が、消え入りそうなお嬢さん、という声を捕らえる。
「考えろ! 思考を止めるな。必ず――必ず、助けに行く」
そう叫んだ強烈な声の在り処ももう、分からない。
ローズの意識は、底の知れない闇の奥へと急速に落ちていった。




