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機械帝国の魔女  作者: 雨谷結子
第4章 愚者の真夏の夜の夢
14/24

 魔術師の逃亡騒ぎに加えて、万国博覧会を前に主要な駅の警備態勢が強化されているらしく、結局ローズたちはガルディオンまでの気の遠くなるような道程を徒歩で進んだ。歩き始めて五日目にしてようやく、《原石》の塔とザッカルト大聖堂、エスターテ宮殿の威容がお目見えした。

 八日前より緊張感のいや増した帝都には、期待と熱狂が渦巻いていた。行き交う紳士淑女の足どりは軽やかで、その所作は洗練されている。

 たまに通りを横切る、襤褸切れを纏った少年や老婆を見る目は冷ややかだ。ガルディオンの旧市街に勝手に住みついた貧民たちは、半年ほど前に一斉退去を命じられている。スラムは消えては現れ、現れては消えといたちごっこを続けていたが、どうやらそれも下火になりそうだ。裏通りの隅っこで新聞紙でつくった御殿を自動機械人形に破壊された中年の男が、罵り言葉を吐いている。

 街中には、二日後に迫った第一回ガルディオン万国博覧会の開催を告げる色とりどりのポスターが所狭しと貼られていた。その間を縫うように、タオ人のテロ組織グループ指名手配の貼り紙もあった。

 あれだけ派手に立ち回ったというのに、どういうわけかローズたちの貼り紙は今のところ見かけていない。

 万が一にもボンネットが風に飛ばされでもしないように、ローズは頭頂部を抑えながら路地裏を歩いていた。

 ちなみにガルディオンに来る前に遠回りして、港湾都市リュンドで着替えを仕入れてある。交通の要衝リュンドは、万国博覧会の開会を前にしてあらゆる人種でごった返していて、観光客を装って買い物をするには絶好の場所だった。

 ローズは、ちらりと隣の紳士然としたアランの姿を見やる。窮屈そうに胸元の釦を外そうとするアランを軽く睨んで咎めるのは、本日これで三度目だ。

「俺に帝国紳士は向かないらしい」

「そのようね」

 間髪入れずに肯定したローズに、アランはおどけたように肩を竦めてみせる。

 頭上の狭い空は青く澄みわたり、窮屈な路地は濃い影に塗り潰されている。影の隙間に出来た光にブーツの先で触れるという子どもじみた遊びをしながら、ローズは歩みを進める。

 両脇の家並みが少し低くなっているところまで来て、ローズは自分の影の隣に小さな影を認めた。動いている。

(鳥かしら?)

 怪訝そうに顔を上げたローズは、目玉がこぼれ落ちそうなほど目を見開いて、それから顔をほころばせた。

「メイベル!」

 ローズの声に応えるように降りてきた《蜂》の頭をひと撫でする。メイベルの背には、アランが切り落とした翅が四枚、綺麗に揃っていた。

「その機械蟲は、お嬢さんの……」

「そうよ。あなたのせいで引き離された、わたしの相棒」

 あなたのせいで、のところに妙に感情を込めてローズは嘯く。

「でも、なんでこんなところに……っていうか、誰かが直してくれたのかしら?」

「腹部が光ってるな」

「なにか録音されてるみたい」

 ローズはメイベルの腹まわりにある再生ボタンを押した。

「「ローズ!!」」

 思いがけず二重に響いた声に、ローズは飛び上がる。メイベルを凝視するローズに対して、アランは路地の前方に視線をやった。アランにつられて、ローズも顔を上げる。

 灰色がかった綺麗な金の髪と、少し吊り目がちな鳶色の瞳。全力疾走するひょろりと長い手足は、王立学院高等部の上品な制服に包まれている。

「…………ジャック?」

 見る見るうちにその人影ははっきりとした形を取り、ついにローズの元に辿り着いた。

 乱暴に肩を掴まれる。あまりの激しさに身を引きかけたが、ジャックは手を離さない。

「おまえ――どれだけしんぱ……め、迷惑かけたと思ってんだ!?」

「ごめんなさい。孤児院の方、引っかき回されたりした?」

「いや、まあ、多少、な。そんなことより、怪我は? 今までどこにいた? あのわけの分からない噂は本当なのかよ?」

「ちょっと、そんな一気に言われても――ええと、このとおり、元気よ。一週間ほど帝国各地を漫遊してきたの。噂がどんなものか知らないけれど、たぶん白黒つけがたいものでしょうね」

「おい、俺は真面目に聞いて――って、その後ろにいる奴はなんだ?」

 ジャックが顔を曇らせたのに一拍遅れて、ローズは固まった。

「わ、わたしを助けてくれた親切で立派な正真正銘の帝国紳士よ。す、素敵な方でしょう?」

 あまりに思ってもみないことを口走ったせいで、声が裏返った。

 胡乱げな視線はジャックだけでなく、当のアランからも注がれている。余計なことを……とでも言いたげな表情だ。

(本物の帝国紳士を前に、正真正銘なんて形容はフツー使わないわよ! わたしのバカっ)

「馬鹿正直なのも考えものだな……」

 アランが遠い目をして、感慨深げに呟く。

「おい、まさかとは思うけど、女王陛下に誓ってタオ人なんかじゃねえよな?」

「うふふふふふ、まっさか、そんなわけないじゃない!」

「お嬢さん、目が死んでいるぞ」

「…………ローズ、ちょっと顔を貸せ。そこの“親切で立派な正真正銘の帝国紳士”サマもご同行願おうか」

 少々警戒の色を濃くしたローズとアランに、ジャックは苦虫を噛み潰したような顔をして深くため息をつき、髪をかき上げてから付け足す。

「建設途中で打ち捨てられた廃屋だ。密談にはもってこいさ。心配なら、メイベルの針をずっと突きつけてたっていい」

 ローズがアランを仰ぐと、彼は仕方なしといった様子で頷いた。

「ちょっと見ない間に、あんたまたなんか感じ変わったわね」

「……誰のせいだと思ってんだよ、馬鹿」

 吐き捨てたジャックに対して首を傾げるローズの横顔を、アランは口元にほのかな笑みを浮かべながら、枯れた冬を宿した瞳でじっと見つめていた。

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