1 到着
中年薄暮記から移して書き直しています。あっちは続けていくのに色々結構大変で……
荷物の回転台は、もう止まっていた。
黒いゴムで継ぎ合わされた鈍く光る金属、その上に天井からの光がたまっていた。
何も乗っていない平面の上に影のように動くものがあった。
向こうのガラスに映った自分が、身じろぎするたびに動いていた。
私の鞄は足元にあった。
同じ飛行機から降りてきた人たちは、それぞれの行き先を知っていて
気づいたときにはみんな消えていた。
携帯を見る。電波は来ている。
時刻もこちらのものになっている。
彼女からまだ連絡はなかった。
来る前の電話では、迎えに行くから、と言っていた。
そして、片づけを手伝ってほしい、とも言っていた。
「何をするって?」
「いろいろ。来たらわかるわ」
来たらわかるでは出発の荷造りにも困る。
と言うと
どうせあなたの持ってくるものなんて同じでしょう
と笑った。
実際、困りはしなかった。
私はいつもの鞄にいつものものを入れ、帰りの便を取って、ここまで来た。
自動ドアの向こうを見ていると、背後から人の気配がした。
「おっと」
ぶつかりそうになって声を出し、振り返った私を、彼女は肩越しに見た。
「何してるの」
「待ってたんだよ」
「見ればわかるわよ」
エリコだった。
彼女は私より先に歩きだし、二、三歩行ってから、茶色の紙袋をこちらに差し出した。
「食べる?」
袋の底に、平たい揚げパンが二つ重なっていた。
紙の内側に油の丸い染みがあり、口を広げると、コーンと、少し古くなった油の匂いがした。
「今?」
「お腹すいてるかと思って」
「いや、すいてるけど」
「じゃ、あとにしましょ。ここじゃ行儀悪いし」
彼女はいつも自分で言い出して自分でしまう。
こちらの返事を待たずに、もう次のことを考えている。
紙袋は大きなトートの中に消え、肩ひもについた小さな人形だけが揺れた。
「ロスから?」
「デンバー」
「そうだったわね」
私たちは、そのまま出口へ歩いた。
挨拶らしい挨拶をしていないことに気づいたのは
外に出るガラスのドアが開いたときだった。
会えば何か感じると思っていた。
顔を見た瞬間にわかることがあるような気もしていた。
しかし、彼女の髪が少し短くなったことと、日焼けして見えたくらいだった。
鞄の車輪が周りに響いてやけに大きな音を立てる。
ドアが開くと外から熱気が押し寄せた。
建物の中の冷たい空気が足首に残り
その上に、乾いた熱さが胸までかぶさってくる。
突き刺さる陽から隠してくれていた屋根の影を一歩出ると
首の後ろがすぐ熱くなった。
道路の向こうに何台か停めてある車の窓が、キラキラと光っていた。
「暑いでしょ」
「ああ」
「こっちよ」
彼女が立ち止まったのは、青緑色のトラックの前だった。
ドアの下には乾いた泥がこびりつき
大きなタイヤは私が以前に見覚えていた車の倍ほどもあるように見えた。
何年かぶりに会った甥が、こちらを見下ろす大きさになっていたときの感じだった。
「今度はこれなの?」
「前のじゃ引っ張れないもの」
「そんなに大きいんだ」
「見たらびっくりするわよ」
彼女は鍵を前に出して握った。
短い音がして、車の四方が明滅した。
彼女は運転席へ回り、手すりに片手をかけ、慣れた動きで上がった。
私も足をかけたが、思ったより高い。
長いあいだ飛行機に折りたたまれていた膝が、今ごろになって文句を言う。
鞄を後部座席へ押し込んでから、体を引き上げると、動物の匂いがした。
「そこ、ベンの席だから。あとで払ってね」
ズボンを見ると、すでに白い毛がついていた。
「本人は?」
「留守番。乗りたがるくせに酔うのよ。夏は窓閉めちゃうしね」
エンジンがかかった。
吹き出し口から、外より熱いのではないかと思う風が顔に当たった。
エリコはそれを手の甲で避け、日よけを下ろした。
「どう。元気?」
「まあ、相変わらずさ」
「みんなは」
「うちの連中? まあね」
聞かれたことに何一つ答えていない。
それでも彼女は頷き、手早く髪を後ろでまとめた。
口にくわえていたゴムを取り、両手で結ぶ。
昔、台所に立つときにそうしていた仕草だ。
窓が閉まると、空港の音が遠くなった。
「それで……」
彼女は言いかけ、ミラーを見た。
後ろから白い車が来た。通り過ぎるのを待って、ハンドルを切る。
「帰り、いつだっけ」
日付を答えると、エリコは指を一本ずつ折るように、ハンドルの上で動かした。
「足りる?」
私が聞くと、彼女は前を見たまま少し笑った。
「あなた次第じゃない?」
片づけの話なのだろう。
何日あれば済むのか、まだ何も見ていない私にはわからなかった。
書くときのテンションの上下が、まともに出てしまっている前作から、やや淡々とした書きっぷりではありますが、続けていくためには、短い範囲にハマりすぎない方が、私の脳から出てくる何かを錬成しすぎず、パートごとに勢いや雰囲気がコロコロ変わることを避けられると思い、こちらに移し変えました。




