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悪役令嬢ですが、攻略対象を全員無視して隣国の王子を奪います  作者: サトー
第二章 隣国の王子と始まる新たな物語
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最初の記録

龍の背に乗ったリヴィアとルシアンは、忘却の湖の中央へ向かっていた。


湖面はどこまでも静かだった。


風もない。


波もない。


ただ、二人を乗せた銀色の龍だけが、水面すれすれを滑るように進んでいる。


「……本当に広いですね」


リヴィアが呟く。


岸辺が少しずつ遠ざかっていく。


やがて周囲には水面しか見えなくなった。


「ここまで来ると、どこが湖でどこが空なのか分からなくなるな」


ルシアンが周囲を見回す。


「殿下は怖くないんですか?」


「怖いよ」


意外な答えだった。


リヴィアが振り向く。


「……そうなんですか?」


「もちろん」


ルシアンは苦笑した。


「自分が何者なのか分からないというのは、誰だって怖いと思う」


「……」


「でも」


ルシアンはリヴィアを見る。


「君が一緒にいるなら、知りたいと思える」


リヴィアは一瞬言葉を失った。


「……そういうことを、急に言うのは反則です」


「また?」


「またです」


リヴィアは顔を逸らした。


しかし、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。


すると龍が低く唸った。


『到着する』


前方の湖面が、突然黒く染まる。


巨大な円形の魔法陣が水中から浮かび上がった。


その中心には、古代文字が刻まれている。


『世界』


『存在』


『選択』


そして、その下に――。


『記憶』


リヴィアの目が見開かれる。


「……第四の鍵?」


龍は答えなかった。


巨大な翼を折りたたみ、ゆっくりと魔法陣の中央へ降下していく。


水面に触れた瞬間。


世界が反転した。


「っ……!」


リヴィアは思わず目を閉じた。


身体が落ちていく感覚。


けれど、ルシアンの手が彼女の手を掴んだ。


「リヴィア!」


「殿下!」


二人は互いの手を握ったまま、光の中へ落ちていった。


そして――。


足が地面についた。


リヴィアが目を開ける。


そこは、湖の底だった。


しかし水はない。


巨大な石造りの神殿が広がっている。


壁には無数の絵が描かれていた。


龍。


王族。


異世界から来た人々。


そして、世界を観測する巨大な水晶。


「……ここが、最初の記録?」


ルシアンが周囲を見回す。


龍は神殿の入り口を見つめた。


『そうだ』


『ここには、最初に世界の可能性を記録した者たちの記憶が眠っている』


リヴィアは壁画へ近づいた。


その一つに、見覚えのある人物が描かれている。


三百年前の青年。


セラ。


そして――。


もう一人。


黒髪の少女。


リヴィアの心臓が跳ねた。


「……この人」


龍が答える。


『彼女が最初の異世界人だ』


「セラではない?」


『違う』


リヴィアは壁画を見つめる。


『最初の異世界人が、この世界に可能性という概念を持ち込んだ』


『彼女は未来を一つにするのではなく、複数の可能性を残す方法を探した』


「その人が……三百年前の青年と?」


『共に戦った』


リヴィアは壁画を見つめた。


「でも……この人」


自分に似ている。


髪の長さも違う。


顔も違う。


それなのに――。


「なぜか、懐かしい」


その瞬間。


壁画が淡く光った。


黒髪の少女の姿が動き始める。


そして、声が響いた。


『もし、この記録を見ている者がいるのなら』


『あなたは、すでに運命を変えている』


リヴィアの呼吸が止まる。


『私の名前は――』


声が途切れた。


肝心の名前だけが、黒く塗り潰されている。


「……名前が消されている?」


ルシアンが壁画へ近づく。


「誰かが意図的に消したようだ」


龍が低い声で答えた。


『そうだ』


『彼女の名前は、世界の修正によって消された』


『だが、完全には消えなかった』


リヴィアが振り返る。


「どこに残っているんですか?」


龍はリヴィアを見つめた。


『お前の記憶の奥に』


「……私の?」


『だから忘却の湖は、お前をここへ導いた』


リヴィアの胸が大きく鳴った。


「じゃあ……私は、その人の生まれ変わりなんですか?」


龍はすぐには答えなかった。


『それは違う』


「……」


『お前は、お前だ』


『三百年前の彼女と同じ存在ではない』


リヴィアは少し驚いた。


『だが、お前の魂には彼女が残した「選択」が受け継がれている』


「選択……」


『未来を一つにしない』


『誰かの決めた物語を受け入れない』


『自分自身で未来を選ぶ』


リヴィアは目を伏せた。


それは、今まで自分が何度も繰り返してきたことだった。


最初は破滅を避けるため。


その後は、自分の大切な人たちを守るため。


そして今は――。


「……私が選んできたことは、三百年前の人から続いていたんですね」


『可能性としてな』


龍が答える。


そのとき。


神殿の奥から、重い扉が開く音がした。


ゴゴゴゴ……。


ルシアンが剣を抜く。


「誰かいる」


暗闇の向こうから、一人の青年が歩いてくる。


黒い髪。


青い瞳。


三百年前の青年と同じ姿だった。


しかし――。


今度は記録ではない。


実体がある。


リヴィアが息を呑む。


「……あなたは」


青年はルシアンを見た。


そして、静かに笑った。


「やっと来たか」


ルシアンの瞳が揺れる。


「僕を知っている?」


「知っている」


青年はリヴィアを見る。


「そして、君のことも」


リヴィアは警戒しながら尋ねた。


「あなたは誰?」


青年は少しだけ黙った。


そして――。


「三百年前に、世界の修正から生き残った者だ」


その瞬間。


神殿全体に黒い亀裂が走った。


龍が咆哮する。


『下がれ!』


青年の表情が変わる。


「……もう追いついたか」


「誰が?」


リヴィアが尋ねる。


青年は神殿の天井を見上げた。


そこから、黒い王冠の紋章が浮かび上がる。


「黒い王冠を生み出した者だ」


そして、低い声で続けた。


「奴らは、この神殿ごと消すつもりだ」


リヴィアは青い宝石を握りしめた。


三百年前の真実。


自分の前世。


ルシアンの存在。


すべての答えが、この場所にある。


だからこそ――。


ここを失うわけにはいかなかった。

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