帰還した王都
長い旅の果てに、エルディア王国の王都が見えてきた。
高い城壁。
白い石造りの塔。
その中央にそびえる王城。
見慣れた景色のはずなのに、リヴィアには以前とはまったく違って見えた。
「……帰ってきた」
銀竜の背から王都を見下ろしながら、リヴィアは小さく呟いた。
隣にはルシアンがいる。
後ろにはセラ。
そして少し離れた場所にはアルベルト。
第一章が始まった頃の自分なら、こんな光景を想像することさえなかっただろう。
悪役令嬢として破滅する未来を避けるため、攻略対象には近づかない。
ヒロインとは敵対しない。
余計なイベントを起こさない。
ただ静かに生きる。
それだけを考えていた。
なのに。
今の自分は、ゲームには存在しなかった王子と一緒に旅をしている。
消えた王国を訪れ。
謎の少女と出会い。
世界を修正しようとする組織と戦い。
そして、自分自身の未来を選んだ。
「随分と遠くまで来ましたね」
ルシアンが言った。
「はい」
リヴィアは微笑む。
「……本当に、いろいろありました」
「後悔していますか?」
「え?」
「私と出会ったことです」
リヴィアは一瞬、言葉を失った。
「どうして、そんなことを聞くんですか?」
「少し気になったので」
ルシアンは穏やかな表情を浮かべている。
「あなたの知っている物語では、私は存在しなかったのでしょう?」
「……はい」
「ならば、私と出会わなければ、もっと平穏に過ごせたのでは?」
リヴィアは王都を見る。
確かに。
ルシアンと出会わなければ、あんな危険な出来事に巻き込まれることもなかったかもしれない。
アルカディアへ行くこともなかった。
世界の秘密を知ることもなかった。
そして、何度も命の危険にさらされることもなかった。
それでも――。
「後悔していません」
リヴィアははっきりと答えた。
ルシアンが少し驚いたように目を見開く。
「……そうですか」
「はい」
リヴィアは彼を見る。
「殿下と出会わなければ、私はずっと『決められた未来』から逃げることしか考えていなかったと思います」
風が二人の間を通り抜ける。
「殿下と出会ったからこそ、私は自分で未来を選びたいと思えるようになりました」
「……」
「だから、感謝しています」
ルシアンはしばらく何も言わなかった。
やがて、ほんの少しだけ目を細める。
「それは……嬉しいですね」
その声があまりにも優しくて。
リヴィアはなぜか恥ずかしくなった。
「……あの」
「はい?」
「そんな顔で見ないでください」
「どんな顔ですか?」
「……分かりませんけど」
「分からないのに注意するのですか?」
「もう!」
リヴィアが頬を膨らませる。
ルシアンは楽しそうに笑った。
その様子を後ろから見ていたセラが、そっとアルベルトへ顔を向ける。
「……二人はいつもあんな感じなんですか?」
「俺に聞くな」
アルベルトはため息をついた。
「俺も理解できない」
銀竜が王都の外れへ着地する。
地面に降りると、待機していた騎士たちが一斉に駆け寄ってきた。
「アルベルト殿下!」
「ご無事でしたか!」
「王太子殿下からも確認を急ぐようにとの命令が――」
騎士たちの声が飛び交う。
しかし、その途中で一人の騎士がリヴィアに気づいた。
「……アーデント公爵令嬢?」
周囲の視線が一斉に集まる。
リヴィアは少し緊張した。
「はい」
「本当に……戻ってこられたのですね」
その言葉に違和感を覚える。
「戻ってこられた?」
「王都では、あなたが行方不明になったと――」
騎士が言葉を止める。
リヴィアは眉をひそめた。
「どれくらいの間、私は行方不明になっていたのですか?」
「……三日です」
「三日?」
リヴィアは驚いた。
アルカディアで過ごした時間。
森を抜けた時間。
地下で戦った時間。
あれだけ長い旅をしたように感じていたのに。
こちらでは三日しか経っていない。
「時間の流れが違った……」
セラが呟いた。
アルベルトも頷く。
「アルカディアでは時間の流れそのものが違っていた可能性がある」
「ということは……」
リヴィアは空を見上げる。
あの世界で起きたことは、こちらではほとんど時間が経っていない。
不思議な感覚だった。
けれど、安心した気持ちもあった。
エヴリンや他の人たちを長く心配させずに済んだ。
王都へ入る。
しかし、すぐに異変に気づいた。
街を歩く人々が、リヴィアたちを見るたびに小声で話している。
「……あれが?」
「本当に一緒だったのか?」
「隣の人はヴァロリアの……」
「まさか、あの噂は……」
リヴィアは困ったように眉を寄せる。
「……噂になっていますね」
「当然でしょう」
アルベルトが言った。
「お前は行方不明になった直後、ヴァロリアの第二王子と共に帰ってきたのだからな」
「それは……」
リヴィアはルシアンを見る。
彼は何も言わず、楽しそうにこちらを見ている。
「殿下、笑っていませんか?」
「いえ」
「絶対に笑っています」
「気のせいでしょう」
「……もう」
王城へ向かう途中。
見慣れた噴水広場を通り過ぎた。
そこで。
「リヴィアさん!」
聞き覚えのある声が響いた。
振り向く。
淡い茶色の髪が揺れている。
緑色の瞳。
小さな身体で、こちらへ駆けてくる少女。
「エヴリン!」
リヴィアも思わず駆け寄った。
二人はその場で向かい合う。
「本当に無事だったんですね!」
「心配をかけてごめんなさい」
「よかった……本当に、よかったです」
エヴリンの目には涙が浮かんでいる。
リヴィアはそっと彼女の肩に手を置いた。
「もう大丈夫です」
「……はい」
エヴリンは笑った。
その笑顔を見て、リヴィアも微笑む。
ゲームのヒロイン。
以前の自分なら、怖くて仕方がなかった存在。
でも今は。
大切な友人だ。
「ところで……」
エヴリンがちらりと後ろを見る。
そこにはルシアンが立っている。
彼は礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして、エヴリン嬢」
「は、初めまして……!」
エヴリンが慌てて頭を下げる。
そして。
彼女はリヴィアの耳元へ顔を近づけた。
「……リヴィアさん」
「はい?」
「もしかして……」
エヴリンが小さな声で尋ねる。
「ルシアン殿下と、何かありました?」
「……っ!」
リヴィアの顔が一気に赤くなる。
「な、何もありません!」
「でも……」
「本当に何もありません!」
少し離れたところで。
ルシアンが微笑んでいた。
その横でアルベルトが額に手を当てる。
「……始まったな」
「何がですか?」
セラが首を傾げる。
「俺にも分からない」
王都へ戻った。
仲間たちと再会した。
そして、日常が戻ってきた。
リヴィアはそう思っていた。
――その夜までは。
王城の一室。
リヴィアは一人、窓辺に立っていた。
月明かりが部屋へ差し込んでいる。
机の上には、アルカディアから持ち帰った古い紙。
そこには、あの言葉が残されていた。
『第一記録』
『世界の修正に失敗』
リヴィアは指先で文字をなぞる。
「……本当に、これで終わったのかな」
その時。
コンコン。
扉が鳴った。
「どうぞ」
扉が開く。
「失礼します」
入ってきたのはルシアンだった。
「殿下?」
「少し話したいことがあります」
「何でしょう?」
ルシアンは部屋へ入り、扉を閉める。
そして、いつもの穏やかな表情ではなく、少し真剣な顔をした。
「実は、王都へ戻ってから一つ気になることがあります」
「気になること?」
「ええ」
彼は懐から一枚の紙を取り出した。
そこには――。
黒い王冠の紋章が描かれていた。
「これが?」
「今日、王城の地下で見つけました」
リヴィアの表情が変わる。
「地下で……?」
「はい」
ルシアンは紙を彼女へ渡した。
裏面には、短い文章が記されていた。
『記録者が消えても、記録は消えない』
リヴィアは息を呑む。
第一章は終わった。
そう思っていた。
けれど。
まだ、すべてが終わったわけではない。
そしてそのことを知っているのは――。
今、この部屋にいる二人だけだった。
第二章も読んでくださり、本当にありがとうございます!
第一章で運命に抗ったリヴィアの物語は、ここから新たな舞台へと進んでいきます。
王都へ戻ったリヴィアを待っていたのは、まさかの婚姻話――。
そして、ルシアンとの関係も少しずつ変化していきます。
二人の未来には、いったい何が待っているのでしょうか?
これから始まる第二章も、ぜひ楽しみにしていてください!
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これからもリヴィアたちの物語を、よろしくお願いします!




