帝国 x ノルトルンド x アースガルド
パットン卿の屋敷まで移動し、私達はやっとひと息つく事ができた。
ここまでずっと緊張していたので、疲れがどっと押し寄せる。
「それで……そちらの方々はご紹介頂けるので?」
パットン卿の言葉に、それぞれがフードを取り顔を見せる。
「初めましてパットン・ノーストリア伯爵。ノルトルンドの第二王子、アポカリオン・エボルス・ノルトルンドです」
パットン卿の顔が驚きに変わる。
「アースガルドの第一王子、エルヴァシア・アルバス・アースガルド」
続いて私も名乗る。
「まどのあかり『剣聖』……です」
パットン卿の顔は、驚きを通り越して虚無の顔になっていた。
「姫様は……本気なのですな……」
パットン卿の言葉に黙って頷くリリアーナ。
張り詰めた空気の中、可愛らしい音が室内に響いた――
くうぅ。
「姫様……」
リリアーナが顔を真っ赤に染める。
「せっかく火が使えるのだし、お昼にしましょうか」
ここまでの旅程では、帝国の兵士に見つからないように極力火を使う事を控えていたので、ここであれば安心して火が使えると思ったのだけれど……。
「かまどで火は使えますが、食材が殆どありません。
お出しできるのは堅パンに、保存していた酢漬けと……貧乏麦くらいしか……」
「貧乏麦?」
聞きなれない名前に私が反応すると、パットン卿が説明してくれた。
この国どこにでも生えている雑草のような植物で、麦に似た実はつくけれど味が悪く普段は誰も口にしない。
飢饉の時や、よほど貧乏な者しか手を出さないため「貧乏麦」「最後の麦」とも呼ばれているものでした。
貧乏麦か……。
それでも何か引っかかる気がして、食料庫に案内してもらい中へ入ると、ほとんど空の倉庫の端に埃をかぶった袋が山積みになっていた。
恐々と一つの袋を開けて中の貧乏麦を手にして確かめる。
籾殻がついたままの粒。
籾殻を指で捻って、中身を取り出す。
――っ! これ、お米?
まさか……まさか、ね……。
許可を貰って袋を一つ、調理場まで運ぶ。
両手いっぱい程の籾殻付きの稲、両手で擦り合わせて籾殻を取ると大きな瓶に米粒を入れ、棒で突いて糠を落とす。
昔、田舎の祖母から教わった方法だ。
手が痛くなるほど突き続け、ようやく白っぽい米が現れた。
次に、鍋で水洗い。
土や埃を丁寧に落とす。
そして、適量の水を加えて火にかける。
「初めチョロチョロ、中パッパ。赤子泣いても蓋取るな」日本の米炊きの呪文を呟きながら、火加減を調整した。
薪の火がパチパチと音を立て、部屋に甘い香りが広がり始める。
やがて、蓋を開けた瞬間――。
「おおーっ! 米だ! 本物のご飯だ!」
湯気が立ち上り、ふっくらとした白米が輝いていた。
涙が自然と溢れてきた。
この異世界で、こんな奇跡が起こるなんて。
私は構わず一口頬張った。
懐かしい味。
不味いと言われる貧乏麦を頬張って涙する私を、不思議な目でみるみんな。
「あかり? もしかしてそれが米なのか?」
アルバス王子には米のことを話していたので、涙する私を見てそうだと思ったらしい。
「そうです! お米! こんな所にあったなんて!
それに、これだけあれば皆が食べる分までまかなえるかも!」
とりあえず炊き上がったご飯を小さめのおにぎりにして皆に配る。
味付けは塩のみ。
皆が恐々と食べる中、私はおにぎりをひと口食べると涙腺崩壊――
床に座りこんで大泣きする私を、オロオロしながら介抱してくれるマリーとリリアーナ。
「お母さん! お母さん! みんな……」
これまで意識しないようにしていた思いが一気に溢れた。
日本での生活が、思い出が、懐かしい塩おにぎりの味で嫌でも思い出される。
・
・
・
どのくらい泣いていたのだろう。
肩を抱いてくれていたマリーの手。
心配そうに覗き込むリリアーナ。
いつの間にか姿を表していたルナ。
男の人たちは少し離れた場所で見ていてくれた。
「ごめんね、ありがと。もう大丈夫」
マリーがハンカチで涙を拭いてくれる。
私はこの世界でも心配してくれる友達がいる。
腐女子を楽しんでくれる仲間がいる。
笑顔で話せる相手がいる。
日本に帰れるか分からないけれど、今はこの世界をもう少しだけ見てみよう。
せっかくここまで来たのだし、お米も見つけた。
次は、皇帝に会ってギタギタにしてやるんだから!
「よし! 戦の前に腹ごしらえだ!」
男の人達にはお米を白米にしてもらう。
マジックバッグからジャガイモ、ニンジン、玉ねぎと肉、それと今回は……。
横濱舶来亭 + グリコ ZEPPIN
深いコクと強い香り、スパイシーさがカレー本来の美味さを醸し出します(byりゅ◯じ)
黒い箱をみてルナの口からヨダレが……。
ルナはこの組み合わせ好きだものね。
玉ねぎを炒め、ジャガイモとニンジンが色が変わるまで炒めたら肉を投入――ジュワッと脂が焼ける音と匂いが部屋を包む。
パットン卿や屋敷の使用人達は、この時点でお腹がぐーぐー鳴っている。
もう少し待って下さいね、最後にもうひと押しありますから。
肉に焼け色が付いたら、沸かしていた湯を入れてアクを取りながら丁寧に煮込む。
ジャガイモやニンジンが十分に柔らかくなったところで。
カレールウの投入――
「はっ!?」
一瞬、気を失ったかと思うほどの暴力的な香りが部屋中を満たす。
そこにいた人達の鼻腔から脳を直撃、彼らはいったい何の夢を見たのだろうか……。
炊き上がったご飯にカレーをよそい。
「いただきます!」
はぁ……これこれ!
気がつくと、皆はまだ立ったまま私を見ていた。
「は、早く食べないと冷めちゃうよ! みんな、座って座って!」私が促すと、ようやく皆が我に返ったようにテーブルに着く。
白いご飯の上に、トロトロの野菜と肉が絡んだカレー。
スプーンを口に運んだ瞬間――。
「…………っ!!」
パットン卿の目が見開かれる。
「こ、これは……何という味わいだ……! この辛味、しかし優しくコク深く……肉の旨味と野菜の甘みが……!」
使用人たちも次々と声を上げる。
「伯爵様! こんな美味しいものは生まれて初めてです!」
「貧乏麦が……こんなにふっくらと……美味しくなるなんて……!」
アルバス王子は無言で二杯目をよそい始め、エボルス王子も「貧乏麦……これが我が国でも育てられたら」と本気で呟いている。
リリアーナ嬢は頰を赤らめながら、小さく「お、お代わり……」と手を挙げ、マリーは目をキラキラさせて「これがあかり様が言っていた本当のカレーの味なんですね! すごい、すごいです!」と興奮気味。
ルナはもう皿を舐め回す勢いで平らげて、私の皿を狙っている。
全員がカレーを食べ終え、未だ夢醒めぬまどろみの中。
貧乏麦は何処にでも生える雑草だと言っていた。
これをしっかり管理した畑、出来れば田んぼを作って育てる事が出来れば。
この国の独自の作物、新しい産業として持っていければ……。




