皇帝 x 剣聖2
ジャガイモの保管方法や調理法を知らない帝国の人達が、緑化したジャガイモを食べてソラニン中毒になり、帝国が混乱に陥るまで放置する計画。
被害者に子供も含まれるとなれば放置する事も出来ず、私達は早々に帝国へ潜入する事にした。
国境付近までは比較的容易に近づけた、そしてこの辺りから大きな街道は避けて調べていた裏道へと入っていく。
緊張の国境越え……あっけないほど簡単に通り抜けられた。
確かに大きな街道の近くには所々検問があり兵士の姿も見えたけど、少し離れた場所では「これでいいの?」と心配になるほど何もなかったから。
人員の問題か、はたまた兵士達の士気の問題なのか。
どちらにせよ私達にはラッキーだったのは間違いない。
入手していた帝国商人風の服装に着替え、先に見える村を目指す。
村は無人だった。
かなり以前に放棄されたように見える。
捨てられた生活道具の中に小さな子供の物を見つけ、私の良心に刺さる。
ジャガイモのせいではないにしろ、彼等の生活に何かしらの影響を与えた可能性はある。
すっと肩に手を置かれ振り返ると、アルバス王子だった。
アルバス王子の目も赤く腫れている。
「お前のせいじゃない、この国のトップ……皇帝にこの現状を知らしめるのが俺たちの役目だ」
それからも、商人を装って帝都を目指して進んだ。
行く先々で目にする惨状。
「酷い……」
帝都に近づくにつれ、道中の惨状はますます目を覆うものになった。
荒れ果てた畑、干からびた井戸、人々の姿はなく。あっても生気もなく座り込んでいる人ばかり。
中には、雑草を握りしめたまま息絶えている者もいた。
あれは、きっと最後の食料だったのだろう。
これの元凶は、皇帝の失政だ。
重税で農民を苦しめ、食料を帝都に独占し、流通を乱した結果、僅かな食料すら底をつき雑草しか手に入らなくなった。
リリアーナ王女が、馬車の陰で手を震わせ唇を噛み締めていた。
「……これが、私の国の本当の姿……?」
彼女の声は辛うじて聞き取れる程だったが、皆の耳には確かに届いていた。
リリアーナは、これまで帝都の中でしか過ごしてこなかったので、この惨状を目にしたことが無かったのだ。
帝国の第一王女リリアーナ、隣国ノルトルンド王国の第二王子の婚約者として送り込まれ。ノルトルンドをアースガルドと敵対させるよう策略されていたけれど……今では、私たち剣聖腐女子隊の強力な仲間になっている。
「皇帝め……」
アルバス王子も呟く。
私も、同じ言葉を胸に繰り返す。
さらに数日進み、帝都の城壁が見えてきた。
商人として潜入するのはここまで。
これからは、本気だ。
剣聖の剣を抜き、皇帝にこの現実を知らしめる。
いや……知らしめるだけじゃない。
変える。
この帝国を。
私たちは馬車を止め、互いに頷き合った。
リリアーナ王女が静かに言った。
「あかり様、いえ『剣聖』様。父の……ヴァレリウス皇帝の暴挙を止めてください」
私は、剣の柄に手をかけた。
「もちろんよリリアーナ。剣聖の名にかけても」
帝都の門が、ゆっくりと近づいてくる。
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「何だお前達は!! 目的を言え!!」
固く閉じられた門、城壁の上から兵士が私達に怒鳴りつける。
「門を開けなさい! 私は皇帝ヴァレリウスの娘、第一王女のリリアーナです! ノルトルンドより食料を運んで来ました、早く開門なさい!」
荷馬車の先頭に立ち、凛々しく城門の兵士に呼びかけるリリアーナ王女。
城門の上では兵士の慌てる姿が見える。
王女だと言われて、すぐに信用するのもダメだけど――もし本物だったら大変な事になる。
きっとこの城門で一番偉い兵士か貴族の元に確認に走っているのだろう。
少しして、城壁の上に兵士とは違う格好をした人物が現れると「本物のリリアーナ王女様か確認したい! 顔をもっと良く見せてくれ!」と叫んだ。
リリアーナ王女は、日除けに被っていたフードを取ると、城壁の上に立つ人物に見えるように顔を上げた。
「!!」
城壁の人物の姿が消え、城門の向こう側から慌ただしい気配を感じる。
暫くすると、重いかんぬきが外される音が響き、門が少しずつ開き始めた。
人の幅ほどが開くと、一人の人物と数名の兵士が慌てて飛び出してくる。
「王女様! リリアーナ王女様!」
リリアーナの名を呼びながら走ってくる人物。
近づいてきた人物の顔が分かったのか、リリアーナも思わずその人物の名を叫ぶ。
「パットン!? まさかパットンおじ様なのですか?!」
息を切らせて走ってきた人物が、リリアーナ王女の側まで来ると足を止めて跪き。
「おおぉ!! 本当にリリアーナ王女様ではないですか……まさか、また生きてリリアーナ様のお顔を見られるだなんて――」
そこまで言うと、パットンと呼ばれた男は顔を袖に埋めて泣き出してしまった。
そっと男に近寄って、肩に触れるリリアーナ王女。
「パットンおじ様……」
後でリリアーナに聞いた話では、パットン卿は帝国の中では珍しく親和派だが、ヴァレリウス皇帝の父親とは仲が良かったらしく、幼い頃のリリアーナには祖父のように接してくれていた存在だったと言うこと。
しかし……先帝が亡くなり戦争が始まると、前線に送られリリアーナも暫く会えていなかったと言う。
「おじ様は何故ここに?」
「耄碌したジジイは戦場では役に立たないと、こんな城門の番を仰せつかっております」
パットン卿はリリアーナの手を取り立ち上がると、その顔をまじまじと見た。
「暫く見ないうちに、益々お美くしくなられましたな」
「なっ……おじ様!?」
「それに、肌ツヤも良く元気そうで何よりです。ノルトルンドへ送られたと聞いて心配しておりましたが、その様子では良くして貰っているようですな」
そういうパットン卿の顔といえば、頬はこけて服の上からでも痩せているのが見てとれた。
リリアーナが私達の方を振り返る。
「この人たちは……商人に扮装していますがノルトルンドの要人です」
パットン卿の顔が驚きで染まる。
「お父様の暴挙を止めるために、命懸けでここまで来てくれたのです。お願いですおじ様! 私達に手を貸して下さい!」
パットン卿が私達の顔を見る。
その顔は、リリアーナを見る好々爺の顔ではなく歴戦の騎士の顔だった。
「こんな所では何ですので、中へどうぞ」
そう言って、私達は開いた城門の中へと案内されたのでした。




