34学園生活には慣れてきましたが、一人不審者がいるみたいです
「おはようございます」
教室内で子供たちの元気な挨拶が響き渡る。
「では、今日は魔力操作の勉強を頑張っていきましょう。実践の前に、まずは説明からしていきますから、先生の話をよく聞いてくださいね」
クラス担任が教壇に立ち、今日も学園での授業が始まる。最初は説明だと言って、担任は子供たちに教科書を開くよう指示する。早く実践に取り組みたい気持ちを押さえて、子供たちは素直に教科書を開いていく。
「やっぱりどこの学校も、授業はつまらないな」
ぼそりとつぶやいた黒髪紅目の少年は、自分の恰好を見下ろし、ため息を吐く。担任の言う通りに教科書を広げたはいいが、担任の話は大して頭に入っていなかった。
「やはり、異世界転生物の定番、学校の制服が破廉恥なのは、この世界でも健在ということがわかりました!」
用務員として新しく入った女性は、今日も懸命に学園の校舎の掃除に勤しんでいた。働き口がなく、路頭に迷っていたところを偶然、聖女様が通りかかり、拾ってもらった経緯があるというこの女性。聖女様の口添えもあり、用務員としての仕事をもらうことができた。
彼女は、初対面の人に性別を間違えられるような恰好をしていた。学園の用務員はこれまで、男性しか雇ったことがなかった。そのため、彼女は学園側が提供した、男性用の作業服を身にまとっている。ダボっとしたサイズになり、女性の体形を隠していた。
彼女は男性並みの短髪で、レンズが分厚いメガネをかけていた。学園の生徒たちは、彼女のことを不審者を見るような目で見ていた。
「でも、破廉恥とは言え、制服を着た生徒は萌えるわあ。ずっと永遠と眺めていたい!いや、私の使命はそれを許さない。くぬう、己の欲望に負けず、任務を遂行しなければ」
彼女は、生徒たちをガン見しながら、興奮したように鼻の穴を膨らませ、仕事に励んでいた。
「では皆さん、今日の授業はここまでにしましょう」
「先生、さようなら」
「先生、また明日!」
元聖女は、生徒たちに授業終わりの挨拶をする。素直な生徒たちは彼女の声を聞いて、教室から出ていく。教室を出る際には、生徒たちが彼女に挨拶していた。
「それにしても、私が先生をするとは思ってもいませんでした」
彼女は、自分のもといた世界のことを思いだす。しかし、今はそんなことを思っていても仕方ない。気持ちを切り替えて、学園の教師をしている理由を再度確認して、出ていった生徒たちのことを観察する。
「やはり、異世界典型のテンプレ制服ですね」
「にゃー」
いつの間にかそばにいた二匹の猫が彼女に近寄り、足下にすり寄ってきた。その二匹の猫をなでながら、彼女は決意を新たにした。
「やはり、私たちがやるべきことは……」
「学園での生活も二週間が過ぎました。それぞれの潜入生活について聞いていきましょう」
ソフィアは、自身がもつ控室で、二人の人間に声をかけた。目の前には、作業服を着た男のような女性と、女と見間違うようなかわいい少年が、控室に置かれているソファに座っていた。
「私は、学園の仕事にだいぶ慣れてきました。ただ、生徒たちの制服のあまりの可愛さに悶絶して、たまに仕事を放棄して、生徒たちを愛でてしまいそうになります!」
威勢よく返事をしたのは、カナデであり、彼女の発言に聞いていた二人は、ドン引きした様子だった。
「いや、カナデさん。潜入早々、不審者として捕まって解雇されて、城に出戻りというのはやめてください。そもそも、その愛でるという言葉がすでにくそ野郎たちと同じ発想だと思うので、もし今後、そのような発言をするようなら、即帰ってもらい、私とエイト君の二人で、この問題は対処します。さような」
「待ってください!今のはじょうだん……。冗談ですってば。あまりの可愛さに免疫がなくて、ついそう思ってしまったんですよ。それに、よく考えると、萌えはしますが、さすがに破廉恥な格好だなと思うようになりました!学園生活が二週間も過ぎて、もう、すっかり慣れましたので、任務に支障が出ることはありません!」
慌てて弁解するカナデに、ソフィアは信用できないという眼差しを向けたが、カナデに構っている暇はないと判断し、話の矛先をエイトに向けた。
「エイト君はどうですか?生徒として潜入して、何か気付いたことはありますか。些細なことでも何でも構いません。ああ、もといた世界での学園生活を踏まえた感想でもいいですよ」
「僕は……。そうですね。この制服は正直、恥ずかしくて仕方ないです。だって、これ、どうしてこんなにフリルがついているのですか。僕、これでももう10歳なんですよ。10歳の少年が、こんなにフリルのついた制服を着たくはありません。後は」
エイトは、学園の制服に関する感想を正直にソフィアたちに伝えた。
彼が着ている制服は、初等部のものだった。エイトの見た目は10歳前後に見えたため、初等部への編入が決まっていた。本人も10歳だと明言しているので、妥当と判断され、初等部で授業を受けていた。
彼の言う通り、制服にはぜいたくにフリルが使われていた。白いブラウスの袖と襟、ボタンを留める場所にフリルがあしらわれている。ブラウスの上には紺色のベスト、下は丈が短すぎるのではないかと思うほどの短パンとなっていた。他には、赤いフリフリのリボンを首につけることになっていた。
「しかも、この短パンの短さも恥ずかしいです。下着が見えそうになります……」
「うわ、こ、これは、薄い本の展開もあり得る……。ショタもおいしいんだよねえ。相手は先生か、それとも、その辺の変態親父か」
「カナデさん、あなたが襲いそうな雰囲気です、ていうか、カナデさんは、オタクでしかも腐女子だったんですか?」
「カナデさん、でしたよね。相手が僕だからいいですけど、間違っても、他の生徒にその顔はやめた方がいいと思いますよ」
カナデは、先ほどまでの興奮がまたぶり返して、鼻息荒くエイトを凝視していた。その様子を二人がゴミを見るような目で見ていることに、カナデは気付いていなかった。
「いや、ショタもいいねえ。い、いやいや、私はそれを阻止するために動いて、でもやっぱり、制服はこのままでも、いやいや、それだと私もくそ勇者たちと同じになる」
興奮していたかと思えば、急に自問自答を始めた。カナデの不審な様子に二人はどうしようかと思ったが、ソフィアはカナデの扱いに慣れてきたのか、放っておこうとエイトに提案する。
「エイト君、カナデさんのことは放っておきましょう。そのうち、戻ってくると思いますから。それで、制服についてですが、ご自身の着用している服装の感想はわかりましたが、他の学年の制服はどうでしょう。中等部や高等部とは交流はありましたか?」
「放っておいていいんですね……。わかりました。僕は初等部ですけど、中等部や高等部の人たちとは食堂ですれ違ったりしていますので、制服姿は見かけたことがあります。僕の意見ですが、あまり着たいものではないですね」
「そうですか、まあ、私もあのような制服には袖を通したくないので、同じ意見で間違いはなさそうですね」
はあと二人は同時にため息をつく。
「トントン」
そこに来客を告げるドアをノックする音が聞こえた。慌てて、たたずまいを正し、来客に備えるエイトとソフィア。
「どうぞ、入ってきても構いませんよ」
ソフィアが入室を促すと、失礼しますという声とともに、一人の女生徒が部屋に入ってきた。
「おや、どうしたんですか。マリアさん、あなたが私に用事とは珍しい」
「すいません。ソフィア先生にご相談がありまして、他の先生には言いづらいことでも、ソフィア先生ならと思いまして」
思いつめたような表情の少女は、ソフィアが教えている生徒の一人だった。
マリア・アナスタシア。彼女は高等部一年の生徒で、成績優秀で魔力の量も多く、真面目ないわゆる優等生という印象をソフィアは持っていた。そんな彼女が相談とはいったいどんな内容なのだろう。
「ソフィアさん、私、もう復活しました。もう、生徒たちの誘惑にも負けません。いつでも改革をおこせま、ええええええええ!」
「カナデさん、うるさいです」
「あ、あのそちらの方は?」
ソフィアが相談内容を尋ねようかと思っていたら、突然、現実世界に戻ってきたカナデがソフィアに向かって謎の宣言を始めた。大声での宣言と、その後の叫び声に、ソフィアは頭を抱える。しかし、その行動を初めてみたマリアは困惑していた。
「ああ、あれは気にしなくていいですよ。私が見ている患者の一人で、かなりの重症者です。たまにああして、訳の分からないことを言ったり、叫びだしたりします。カナデさん、私にお客さんが見えたので、今日の相談はお開きです。自分の部屋に戻ってもらえますか?あと、そこに座っているエイト君も、後でゆっくりと話を伺いますので、カナデさんと一緒に部屋に戻りなさい」
「そ、その子は一体、は!もしや、ソフィアさんも、私と同じで、目覚めてしまったのですか。いえ、私に偏見はありません。ただ、先生と生徒というのは……。禁断の関係で、あまりお勧めはしま、いや、いいですよ。いや、ダメです、私たちには使命が」
『自分の部屋に戻りなさい!』
「ワカリマシタ」
何を言っても無駄だと判断したソフィアが、強制的にカナデを部屋から追い出した。エイトもソフィアのいら立ちを感じ取り、カナデに続いてべコリと頭を下げて部屋から出ていった。
「それで、マリアさん、相談というのは?」
「実は私……」
マリアが話し出した内容は、ソフィアの想像を超えた嫌なものだった。




